悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R77,負けから学べる事は多い(学べば勝てるとは言ってない)



絶対悪の原典たる者達アーリマン・アヴェスターズ』。
 ちょっと前まで立派な悪の組織だったが、魔地悪威絶商会と言う悪の組織(笑)に敗北し、悪の組織(笑)に成り果てた組織である。


 その本社ビルに収まった会議室。
 薄青色のLEDライトが淡く照らす広い室内には、大きな円卓が一つのみ。
 この円卓を囲み、アーリマン・アヴェスターズの幹部達は雑談したりUNOしたりしているのだ。


「そう言えば、最近アシャード見ないね」


 円卓に頬杖を付き、やる気無さ気につぶやいたのは、フードを被った緑髪褐色肌の少年。
 アーリマン・アヴェスターズのボス、悪神族アーリマンのアンラである。


「一応、休暇願は出てますよ。添えられた理由は『忍者に、俺はなる』と言う謎に満ちたモノですが」


 綺麗な金髪を阿呆みたいに無数の三つ編みにしたアンラの秘書、シェリーがスマホをイジリながら回答。
 ちなみにシェリーは今、ガイアに「最近お誘いが無いのはアレですか? ついに面倒臭くなりましたか?」的な文章を送ろうとしているのだが、メールの文字数制限(一万字)に引っかかったので、どこを添削しようか悩んでいる所だ。


「忍者、か。そう言えば、俺をじゃんけんで破った彼女も忍者だったな」


 と、過去を振り返り静かに笑ったのはガチムチな芝生頭の悪神族アーリマン、タルウィタート。
 厳つい外見に対して、争い事はじゃんけん勝負以外は受けない平和主義者だ。


「忍者コスのお姉様……滾る。あ、でもタート○ズと被る」


 変な妄想に励む百合系悪神少女ドゥル子はさておき、本日もアーリマン・アヴェスターズは暇である。


「やる事が無いねー。どうする? UNOでもする? あー、でも毎月恒例幹部総員全力UNO大会は明日かー……んー、前哨戦?」
「それは良いですね」


 メール改稿作業が少々行き詰まってしまったシェリーは、少し別の事をしようとアンラの提案に賛成。


「ああ、そうだ。一つ言い忘れていた事があった」


 と、ここでタルウィタートが何かを思い出した。


「どうしたのさ、タルウィ」
「俺は明日のUNO大会、欠席するぞ」










「……で、何で俺らにタルウィの尾行を依頼するんだよ」


 夕日が差し込み始める時間帯。魔地悪威絶商会オフィス。
 日除けカーテンを引きながら、ガイアは「また妙な事を……」と呆れた様に溜息を吐いた。


「だって、月に一度のUNO大会だよ!? 普段はどこにいるのかもわからない睡眠馬鹿ブーシュ修行馬鹿アストですら毎回参加する…僕らに取っては神事に近い催しだ!」


 来客用のソファーで来客用のお菓子を食い散らかしながら、アンラが力説する。


「どんだけUNOに力入れてんだよ……」


 暇かお前ら。


 ……まぁ、ガイア達に人の事を言えた義理は無いが。


「気になる…あのタルウィがUNOより優先する用事…至極気になる」
「本人に何で休むかは聞いたのか?」
「うん。そしたら『いつか話せる日が来ると思う』とか意味深な事を言う! もう尾行してでも今すぐ知りたくなるじゃんそんなの! でも明日はUNO大会…モブ部下の黒服連中は定休だし、アーリマン・アヴェスターズの幹部は当然動けないんだよ!」


 モブ部下と言うと、いつぞやタルウィタートとゴミ拾いしてた人達か。
 どうやらUNO大会の日は、幹部以外には休みを与えているらしい。


「でもアンラさん、私と同じで分身とか出来ますよね?」


 アンラと共に来客用のお菓子を貪るテレサが言う通り。アンラは分身魔法が使える。
 わざわざ魔地悪威絶商会を頼らずとも、分身に尾行させてしまえば済む話だろう。


「分身に気を割いてたら、UNO大会で全力を出せないじゃあないか!」


 要するに、UNOに全霊集中したいから分身を操って尾行させると言うのも無し、と。


「と言う訳で頼むよ、テレサ! タルウィの素行調査を!」








 タルウィタートの住まいは、駅から徒歩二〇秒圏内と言う中々立地の良いマンションの一室だと言う。
 アンラからその住所を教えてもらい、ガイアとテレサは朝からそのマンションの前で張り込む事にした訳だが……


「……まぁ、あいつがこんな時間に起きれる訳ねぇか……」


 駅前のロータリー。ガイアはタルウィタート宅が収まったマンション玄関を伺える位置にあるベンチに腰掛け、スマホを確認。


 現在時刻〇七:五九。
 タルウィタートは七時五八分に行われる最後のめざましじゃんけんが終わるまで絶対に家を出ない、と言う話だったので、七時五〇分を集合時間にしたのだが……テレサに送ったメッセージには、一切既読が付く気配が無い。


 そらそうだ。テレサは昼前起床がデフォルトだと聞いている。
 多分今頃、ベッドの中で幸せそうな阿呆面を晒しているのだろう。


「俺一人で尾行…ってのは後で妙な勘違いされても面倒だし、出てこい、カゲヌイ」
「やれやれ。お呼びでせうか」


 ガイアが座るベンチのすぐ傍。
 マンホールの蓋がゆっくりとスライドし、中から真のくノ一、カゲヌイが這い出して来た。


 やっぱりいたか、とガイアは溜息。


「よっこらせーいちろう。全く。『良い年頃の青年がガチムチの男性を尾行する』なんて実に芳しい状況だったのに……何故にガイア氏はいつもいつも、隠れて楽し気傍観している私を呼んでしまうのでせう?」
「そう言う吹聴であらぬ誤解を広める輩がいるからだよ。今目の前に。……つぅか、不満なら呼ばれても出てこなけりゃ良いだろうに……」
「名前を呼ばれたら出ますよ。真の忍者…以前に、一人のエンターティナーなので」


 求められたら応えちゃう。それが真の芸人エンターティナーの性か。


「しかしまぁ、毎度ながら面白い事になってますね。高次元生物…それも悪神族アーリマンの尾行なんて」
「タルウィは全然周りを警戒しないから、難しい事は無いらしいけどな」


 タルウィタートは『熱』を司り、熱源反応一つから対象のあらゆる情報を抜き取れる。その索敵能力は非常に高い。
 だが、アンラの話によると…彼は生来、日常生活の中で「周囲を警戒する」と言う感覚を持ち合わせていないらしい。


 理由は単純。シンプルに強いから。
 タルウィタートは『戦闘能力だけ』を見れば、現存するアーリマンの中で最強…つまりアンラよりも強いそうだ。


 アンラ曰く、「いくら僕でも、正面からの殴り合いじゃあ…タルウィに片膝を着かせる事すら至難の業だろうね」との事。
 大昔に起きた精霊と悪神族アーリマンの全面戦争の時など、タルウィタートはまさしく一鬼当千の無双ぶりを披露していたと言う。


 その圧倒的スペックから、何時何処で誰にどう襲撃されようと、後出しでどうにでもできる。
 油断では無く、妥当な無警戒。絶対強者の余裕。


「そんな御仁が今では『じゃんけん以外の勝負は受けない』と……そして肝心のじゃんけんはクソ弱い。悲劇と言うかもう喜劇ですね」
「平和的で良いっちゃ良いけどな……っと」


 その時、マンションの玄関の自動ドアが開き、褐色肌の大男が姿を現した。
 タルウィタートだ。相変わらず熊みたいな体格で、格好はいつも通りフード付きのパーカーにジャージのズボンで足元は涼しげな島草履。
 特に不審な様子は見当たら…いや、明らかに様子がおかしい。


「……何と言うか……」
「穏やかな雰囲気ではありませんね」


 気配を読む事に優れている訳では無いガイアでも、その異様な雰囲気を察せる。
 それくらい、タルウィタートは何かこう…物騒な雰囲気を醸し出していた。


 まるで、死地に赴く覚悟を決めた戦士の様な……そんな気迫が、数十メートル以上も離れた所にいても伝わってくる。


「普段の気の良さが嘘の様ですね。これは意外」
「……一体、どこに行く気なんだ……?」


 アンラから提供された情報によれば、タルウィタートはいつも朝一、アーリマン・アヴェスターズ本社ビルに顔を出すと言う。
 だが、今タルウィタートが歩き出した方向は、本社ビルとは真逆の方面だ。
 まぁ、休暇を申請したのだから、社に顔を出す訳が無いか。


「ともかく、尾行開始ですね」
「お、おう……」


 あのタルウィタートが、あんな雰囲気で向かう場所。
 少々先行きに不安な物を覚えつつも、「まぁカゲヌイいるし大概の事は洒落で済むだろ」とガイアは判断。
 尾行を開始する事にする。






 その頃、テレサは。


「むふふー……らめですよガイアふぁん……そんなに生クリームばっかり食べれませんよー……うひゅふー、そっちの練乳アイスも食べたいれふー…」


 幸せそうな夢を見ていた。








「………………」


 現在時刻、〇八:五九。


 ガイアとカゲヌイは、鉄柵で囲まれた円形の闘技場を見下ろす観客席に、並んで座っていた。
 仰げば、無数のダクトが這い回る鉄の天井。周囲では、柄の悪そうな連中が何かを待ちわびる様に目をギラつかせて待機している。


 ならず感あふれる地下大闘技場。
 タルウィタートを尾行した末に、ガイアとカゲヌイが辿り着いたのは、世界観が違い過ぎる場所だった。


「…………………………」


 しかし、ガイアの顔に緊張感は皆無。
 むしろ呆れ果てている。


「……なぁ、カゲヌイ」
「なんでせう?」


 時刻は、〇九:〇〇。
 会場中に響き渡ったド派手な爆竹音。
 闘技場の外周に沿う形で設置された柱の先端に、カラフルな配色の炎が踊る。


『レディィィィスェェンンジェントゥルメェェェンヌッ! お待たせしたぜフォォォォォォォオオオオオオ!』


 闘技場の中心に躍り出たMCらしき世紀末ファッションの男が、マイクを片手に叫ぶ。
 合わせて、観客席が爆発。ガイアとカゲヌイ以外の数百人が一斉に立ち上がり、野太い歓声でMCの叫びに応えた。


『こぉぉぉれよりッ! 四年に一度の『裏じゃんけん』の裏祭典! 第九九回、裏じゃんけん世界裏選手権大会、通称『裏じゃんけん裏オリンピック』開催だぜぇぇぇぇぇ!』
「「「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


「阿呆って世界中にいるんだな」
「いやいや、それは早計ですよガイア氏。裏じゃんけんとやらが、我々の知っているじゃんけんと同一の物とは限りません。真の忍者である私ですら把握していなかった競技。興味があり…」


『必要無いと思うが、一応裏じゃんけんのルールを説明しとくぜ! 要するにただのじゃんけんだ! なんとなく裏っつってるだけだぜ! 違法性とか皆無だから安心して見てけよいィィィイイイイイイェエエエエエエ!』
「「「イィィィィィエェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」」」


「阿呆って世界中にいるんだな」
「テレサ氏が霞んでしまうレベルですね」


 ……まぁ正味、タルウィタートが真剣になってるって時点で、ちょっぴり予想はしていたが。


 四年に一度のじゃんけんの世界大会…いや、裏じゃんけんの世界大会への出場、か。
 そりゃあ、タルウィタートに取っちゃこれは外せない予定だろう。


 アンラに言っていた「いつか話せる日が来ると思う」的な発言は、推測するに、おそらく「優勝した時にサプライズ報告する」的なニュアンスだろう。
 タルウィタートのじゃんけんの弱さはアーリマン・アヴェスターズ内でも時折ネタにされる領域らしい。
 なので「自分の事をじゃんけん弱いマンだと嗤うアンラ達の鼻を明かしてやろう」的な意志があるのかも知れない。


『さぁぁ! 時間が勿体ねぇ! 早速予選第一試合を始めるぜぇ! 第一試合は、なんとこの大会を見に来てる奴ならご存知過ぎる二人が激突だぁぁ! まずはこいつ!』


 MCが手をかざした入場ゲートから、何やら歪な形の影が現れる。


『現在三大会連覇中! ニチスディッツ連邦共和国より推参! 「じゃんけんは科学だ」! じゃんけんのために私財の五分の三を投じ、右腕の義手にニチスが誇る最新技術を詰め込めるだけ詰め込んだ科学じゃんけんの申し子ぉぉぉ! ガルギニエフ・ボルグシュタインズバルガアアアアアアアアン!!』
「ニチスの科学は世界一ィィイイイ! 我が右腕に、出せないグーチョキパーは無ァァアいッ!」


「阿呆って世界中に(以下略」
「(以下略」


『続いてはァ!』


 MCがガルギニエフ・ボルグシュタインズバルガ某の入場してきたゲートとは反対側のゲートに手を向けると……


「お」
「早速来ましたね」


 観客達の熱狂が、一際盛大になる。


 入場したのは、タルウィタートだ。
 闘志の顕れか、頭には黒地に緑色の炎が描かれたタオルを巻き、筋骨隆々とした上半身には一糸纏わず、下は和風の袴を着用している。
 戦意高揚。その口からは白い蒸気が漏れ出し、コバルトブルーの瞳は濡れた刀の様な怪しい輝きを放つ。


 凄まじい。観客席から傍観しているだけでも、背筋がゾッとする気迫だ。
 もし、これから始まるのが正統派の格闘技だったなら。
 ガイアもきっと、あの鬼神の如き男の奮迅する姿を想像し、期待し、さぞかし興奮した事だろう。


 鬼神の如きあの大男は…かつて、純粋悪・絶対悪の象徴として世界中の生物から恐れられた最凶の一族の生き残りは…これからじゃんけんをするだけ。
 そのたった一つの真実が、全ての熱を光の速さで奪い去っていく。


『九八大会連続初戦敗退! 生けるレジェンド! 「敗北とは、種を蒔く事」! 一体お前の蒔いた種はいつ芽吹くのか! 蒔くだけ蒔いて水やってねぇだろ疑惑! もしくは蒔く種が全て尽く腐っているのか!? 神どころか悪魔にすらも見放された男! もうここまで来るとわざとだとしても頭おかしい! 息をする様に負ける説明不要の絶対敗者! タルウィタァァァァトォォォォ・テェンペスタァァァァァァアアアアアア!!』
「ふっ…敗者を嗤う声が歓声に変わった日。今日は後にそう記録される日になると、今ここで予言しよう」


「……もう嗤うとか言う次元のディスられ方じゃねぇぞ……」
「しかも開口早々、懇切丁寧かつ綺麗に負けフラグを建てましたね。仕事が鮮やかにして迅速。流石はアーリマン」


 この数秒後。
 タルウィタートはきっちりフラグを回収した。



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