悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R72,毎月恒例ヘビーデイ(乙女だから仕方無い)
「…………………………」
朝。ガイアの住むボロアパート、1Kの一室に設けられた、申し訳程度のキッチン部分。
ガイアは炊飯器の前で腕を組み、眉をひそめていた。
炊飯器は『保温』の項目が点灯している。
「…………………………」
おもむろに、ガイアが炊飯器のボタンを押し、蓋を開ける。
すると、見事に炊き上がり裏まで打たれたほっくほくの白米が姿を現した。
「……完璧に炊かれてやがる」
ガイアは昨晩、炊飯器のタイマーをセットせずに寝てしまったはずだ。
それどころか、まず米を洗ってすらいなかった。
さっき起きてそれを思い出し、「あーやっちゃったよー。パン残ってたっけかー」とか思いながら炊飯器の元へ向かってみれば、これだ。
「…………………………」
なんとなく、ガイアは振り向いて見るが、特に何も異変は無い。
この手の妙な現象は、今回が初めてでは無い。
靴箱がいつの間にか整理されていたり、冷蔵庫の中身も古い奴が前に出されていたり、果てはアイロンのかけられた着替え一式が用意されている、なんて事もあった。
「……まさか、な」
ガイアとしても、心当たりが全く無い訳では無い。
正直、以前クナイを投げ散らかして来た真の忍者さん以外有り得ないだろうと言う確信すらある。
でも、カゲヌイの話じゃ、彼女は決して他者のプライベートを侵す様な忍者では無いはずだ。
それが何故?
影の薄さと最近全く出番が無い焦燥から、ついに超えては行けない一線を超えてしまったのか?
有り得ない話では無い。
……しかしまぁ、何だ。とにかく、それを認めてしまうと非常に暮らし辛い。ガイアだって年頃の男。それ相応の営みってモンがあるのだ。
ここは小さいおじさんの仕業と言う事にしておく。小さいおじさんなら「励めよ若者」と暖かく見守ってくれるはず。
「……ったく……」
えぇい、にしてもだ。何故に真の忍者はこうも全員厄介なんだ。
とガイアは辟易とした溜息。
少し弱れ、特にカゲヌイ。などと念じてみる。
まぁ、到底届かぬ怨念だ。
あの連中じゃ全力で丑の刻参っても風邪すら引きはしないだろう。
もし万が一、真の忍者が風邪でブッ倒れでもした日には、大雨が降るどころか異常気象で世界が滅びそうだ。
「ん?」
と、ここでガイアのスマホが軽快なポップスを奏で始めた。
電話だ。発信者は…テレサ。
「何だ朝っぱらから……」
絶対ろくな用件じゃねぇな、と思いつつも、放置して取り返しが付かなくなる方が面倒なのでさっさと通話ボタンをタップ。
「もしもし。どうした阿呆」
『あ、ガイアさん!? おはようございます! 大変なんですよ! ヤバいです! マジヤバいんです! どれくらいヤバいかわかりますか!?』
「わからん」
『すッごぉぉぉく、ヤバいんですッ!』
「……慌ててんのはわかるけどよ、何がどうヤバいのか教えてくれ」
『カゲヌイさんがブッ倒れてます!』
世界がヤバい。
魔地悪威絶商会オフィス。
来客用のソファーの上には、にわかには信じられない光景が広がっていた。
「けふんけふん。……いやはや……私とした事が『こんな日』に人前に姿を晒してしまうとは」
発熱のせいか、全身が真っ赤に茹で上がったカゲヌイが、ぐったりと横になっているのだ。
時折苦しそうに咳もしている。
「…………なぁ、カゲヌイ。写メ撮って良いか?」
「ガイアさん!? 何故に写メ!? 病人に対する第一声としてどうなんですかそれ!?」
テレサに突っ込まれ、ガイアはスマホを片手にハッと我に返る。
「す、すまん。ストレス溜まった時に見たら非常にスッキリしそうな一枚が撮れそうな気がして……」
「おやおや……私も嫌われたモノですな」
「……正味、お前だって身に覚えはあんだろ?」
「けふっ。ぶっちゃけ、モチのロンですね。なのでまぁ一枚くらいなら良いですよ」
力無く震えるピースをかかげ、カゲヌイが薄い笑みを浮かべる。
「つぅか、いきなりどうしたんだお前。見た感じ、完全に風邪っぽいけど……」
真の忍者が風邪なんて引くのか。想像できない。
ガイアの知る真の忍者はそんな生き物じゃない。
もしかしてこれは仮病で、俺たちを何かしらのドッキリにかけようとしてんじゃねぇのか? とガイアはカゲヌイを写メりつつ、疑いの目を向ける。
「これはまぁ、いわゆる『真の危険日』と言う奴です」
「…………はぁ?」
どうせトゥルー忍者の事だ。
危険日、と言う単語から一般人が連想する様な事柄を差す言葉では無いだろう。
「ガイアさん、危険日ってなんですか? 危ない日?」
「えっ……お前、もう一六歳なんじゃ……」
「? 年齢が関係あるんですか?」
「……ああ、いや、なんでも無い。うん。詳しい意味は後でコウメにでも聞いてくれ。絶対に俺より詳しいはずだ」
「は、はぁ……わかりました」
「けふん。難なら私が『真の危険日』の説明の前に、世間一般で言う『危険日』の説明を……」
「お前は無理しなくて良い」
ガイアが説明するのは何となく憚られるし、カゲヌイに説明を任せると面白優先で妙な事を吹き込みそうだ。
コウメならきっと、保体の授業的な無難な説明が出来るだろう。
と言う訳で、カゲヌイには『真の危険日』とやらの説明に集中してもらう。
「まぁ良いでせう。では、話を戻しますが……我々トゥルー忍者が如何様な存在か、テレサ氏もガイア氏もよくご存知でせう?」
「ああ、まぁな」
毒を飲まされたら刹那にその毒の抗体を生成し、涼しい顔で「奥ゆかしい貴婦人の様な味わいですね。植物由来と見た」などとテイスティングする様な連中だ。
「古来より、トゥルー忍者は完全無欠。余りにも至高。故にトゥルー忍者に恨みを持つ連中から『少しくらい隙見せろや。殺す気が萎えるんじゃ』と日夜クレームの嵐だった訳です」
「そのクレームもどうなんだよ……」
「まぁ、いつの世も理不尽なクレーマーと言う者はいるのです。そして、我々の先祖は仕方なく大人の対応をした訳です。それが『真の危険日』」
トゥルー忍者の遺伝子に刻まれたとある特異性質。
それは月に一度、一日だけ忍者細胞が全機能を停止し、常人並の身体能力値になる……と言うモノ。そしてその一日の間は常に四二度を越える熱にうなされ、咳や鼻水も止まらないと言うオマケ付き。
「……真の忍者って……」
今更過ぎる感ではあるが、本当に何でもアリな連中だ。
「月に一度の隙のバーゲンセール。まさしく危険日。けふん。ちなみに忍者細胞の恩恵が無くなる事や発熱のせいで身体が異様に重くなるので『重い日』、か弱い幼女の如く弱体化してしまうので『女の子の日』などと呼ぶこともあります」
「わざとじゃ無いんだよな? その名称の数々を考えた奴は、狙って名付けた訳じゃ無いんだよな?」
「真の忍者は面白を尊ぶ。けふん」
狙ってそう言う呼び方にしたらしい。
「ったく……ん?」
ふと、ここでガイアはちょっと悪い事を考えてしまう。
話通りなら、カゲヌイは今、ガチで弱っている。
それも、普通の病人レベルまで弱り切っている。
(冷静に考えるとこれは……日頃の恨みを晴らす好機か?)
「ガイアさん? 何を考え事してるんですか?」
「ん? あ、いやなんでも無いぞ。全然なんでも無い」
さて、どっかに油性のマジックペンは無かったか…と、ガイアがオフィス内を物色すべく動こうとした、その時。
「くくくく……! くははははははは!」
「っ!?」
「!? ガイアさん! 何か悪人っぽい謎の高笑いが!」
「誰が悪人かッ!」
その叫びと共に、オフィスの壁紙の一部がビランとめくれ返った。
否、壁紙と全く同色の布が剥がれ落ちたのだ。
「あ、お前は……いつかの天狗!」
布の陰に隠れていたのは、雉柄の翼を負い、高々しい鼻を掲げた天狗。
「くくく……久しぶりだな男の方。貴様と顔を合わせたのは牢に入れられる前の僅かな間だったが…その顔、しっかり覚えているぞ!」
それは、かつて成り行きでガイア達と敵対した紋々太郎一派の一人、雉天狗の…
「天津飯さん!」
「天冠だッ! って、おい小娘ェッ! 数日前に名乗り直したばかりだぞ!?」
「数日前……? つぅか、何であんたここに……」
「よくわからん内にこちらの世界へ転移してきた。そして絶賛帰る方法がわからん! どうだ、参ったか!? 私は参っているッ!」
腕を組んで威張りつつ言う事か、とガイアは呆れる。
「けふん。で、その帰宅困難者のご褒美TENGA氏がそんな忍者っぽいアイテムを用いて何故ここに?」
「おのれ、コス…真の忍者! 天冠だと何度ッ! それと、これは忍者っぽいアイテムでは無い! 雉天狗に伝わる伝統の逸品『ナカズバウタレンの布』だ! 潜伏に便利ッ! 他にも麻痺毒を分泌する妖刀や非常に丈夫な捕縛用の縄なんかもあるぞ!」
「天狗さんってすごいんですね」
「いや、で、何でここにいたんだよ?」
「決まっている! そこの忍者女に報復するためだ!」
「けふっ、おやおや。前回ので懲りなかったので?」
「当然ッ! 誇りある雉天狗、屈辱に塗れたままでは終われん! 故に雪辱の機会を待つべく、コソコソと貴様の周りを嗅ぎ回っていたのだ」
「誇りある奴の行動かそれ」
「黙れ男! その辺は私の中でも葛藤したんだ! 勘弁しろ! 泣き崩れる私が見たいのか!?」
まぁ、カゲヌイに正面から挑んでも黒歴史を増やされるだけだろう。
天冠の行動は誇り云々はひとまず置いといて妥当と言えなくも無い。
「……とにかく、だ。ふふふ…そんな私に今まさしく、朗報が入った訳だ……!」
「!」
カゲヌイは今、最早ただの病人。これ以上の報復の機会は無いだろう。
「ああ、この日をどれだけ待ちわびたか……!」
「けふん。私の女の子の日がそんなに待ち遠しかったのですか? あなたと行為に及んだ記憶はありませんが」
「言い方ッ! 私が待っていたのは雪辱を果たせる日だ! そしてそんな一晩の勢いでやらかした彼氏みたいな心境で待っていた訳では無ぁいッ!」
「いちいち全力でツッコむなあの天狗」
「真面目さんですね」
「えぇいッ! 外野も黙っていろ! あと私は真面目さんでは無く天冠さんだ! 何度ッ! もう嫌こいつらッ! この忍者女の次は貴様らだからなッ!」
天冠がプンスカと怒りながらその翼を広げていく。
翼を指揮棒に風を操る、雉天狗一族の秘術を使う気だ。
だが、
「けふん。まぁ、こう言った輩が現れるのは想定済みですがね」
カゲヌイが胸元から取り出したのは、小さなリモコン。漫画とかでよく見るミサイル発射したり自爆したりするアレっぽい形状だ。
カゲヌイはその先端に付いているボタンを「えいっ」と押す。
すると、どこからか金ダライが降り、天冠の脳天に直撃した。
「げぶるッ!?」
「えぇっ!? 金ダライ!? 一体どこからですか!?」
「お前……いつの間にあんな罠を……」
「真の危険日中は大変無防備になりますからね。そう言う無防備状態を作るための日ですし」
だが、だからと言って素直に報復を受けるタマでは無いのだ。真の忍者は。
と言うか、むしろ真の危険日の本懐は「これぞ好機とばかりに復讐に来た間抜けをズタボロにして嘲笑う」事にある。
「けふっ、故に、真の忍者は常日頃から自分がよく足を運ぶ場所に罠を仕込む習慣を付けているのです」
ちなみにこれだけではありませんよ、とカゲヌイはボタンを連打。
一度プッシュする度に、どこからともなくクリームパイやら大きめの陶器やら矢が飛来し、天冠に襲いかかる。
「ごあっ、めっ、づぁ、ちょ、待っ、もっ、らめっ、い、ひ、ひぎぃっ!」
「そんでもってフィニッシュはこちら、けふん」
そう言って、カゲヌイは一際力を込めてボタンを押し潰した。
呼応し、クリームと破片と矢に塗れた天冠の足元の床が、ガパッと開く。
「き、貴様あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
クリームやら何やらに塗れたせいで翼が上手く動かせなかったのだろう。天冠は綺麗にストーンッと落ちていった。
「行き先はマントルです。焼き鳥一丁」
「か、カゲヌイさん!? いつの間にオフィスにこんなに罠を!? 何かのはずみで起動したら危ないじゃないですか!」
「ご安心をテレサ氏。真の忍者は誤作動を起こす様な罠の張り方はしません。それに、考え方を変えてみませう。このオフィスは真の忍者手製の罠で守られているのだ、と」
「! 成程、何かと物騒な世の中ですからね…防犯は大事です!」
「そうです。いつ何者が攻めて来るかわかりません」
「あのな、こんなしょうもない便利屋に攻めて来る奴なんて……」
……いや、過去にいたな。シラユキの暴食とか言うのが。
「けふん。テレサ氏達は、魔族代表格とも言える悪神族と既に衝突してますし……次は天使辺りが攻めて来たりするかも知れませんね」
「おいそこ。しれっと妙なフラグを建てるな」
「して、そんな事よりガイア氏。よろしいのですか?」
「あ? 何がだよ?」
「マジックペン。さっき探そうとしていたでせう?」
「……………………」
「難なら、私の私物を貸してさしあげませう。さぁ、私のこの美しい額に『肉』と書いても良いのですよ? ぶっちゃけ、書けるのなら…ですが。ふふふふ……けふっ」
「…………遠慮しておく」
「おや、残念。けふふっ」
「…………………………」
やはり、カゲヌイはカゲヌイである。
ガイアは無謀な夢を諦め、大人しく氷のうとお粥の準備に取り掛かる事にした。
朝。ガイアの住むボロアパート、1Kの一室に設けられた、申し訳程度のキッチン部分。
ガイアは炊飯器の前で腕を組み、眉をひそめていた。
炊飯器は『保温』の項目が点灯している。
「…………………………」
おもむろに、ガイアが炊飯器のボタンを押し、蓋を開ける。
すると、見事に炊き上がり裏まで打たれたほっくほくの白米が姿を現した。
「……完璧に炊かれてやがる」
ガイアは昨晩、炊飯器のタイマーをセットせずに寝てしまったはずだ。
それどころか、まず米を洗ってすらいなかった。
さっき起きてそれを思い出し、「あーやっちゃったよー。パン残ってたっけかー」とか思いながら炊飯器の元へ向かってみれば、これだ。
「…………………………」
なんとなく、ガイアは振り向いて見るが、特に何も異変は無い。
この手の妙な現象は、今回が初めてでは無い。
靴箱がいつの間にか整理されていたり、冷蔵庫の中身も古い奴が前に出されていたり、果てはアイロンのかけられた着替え一式が用意されている、なんて事もあった。
「……まさか、な」
ガイアとしても、心当たりが全く無い訳では無い。
正直、以前クナイを投げ散らかして来た真の忍者さん以外有り得ないだろうと言う確信すらある。
でも、カゲヌイの話じゃ、彼女は決して他者のプライベートを侵す様な忍者では無いはずだ。
それが何故?
影の薄さと最近全く出番が無い焦燥から、ついに超えては行けない一線を超えてしまったのか?
有り得ない話では無い。
……しかしまぁ、何だ。とにかく、それを認めてしまうと非常に暮らし辛い。ガイアだって年頃の男。それ相応の営みってモンがあるのだ。
ここは小さいおじさんの仕業と言う事にしておく。小さいおじさんなら「励めよ若者」と暖かく見守ってくれるはず。
「……ったく……」
えぇい、にしてもだ。何故に真の忍者はこうも全員厄介なんだ。
とガイアは辟易とした溜息。
少し弱れ、特にカゲヌイ。などと念じてみる。
まぁ、到底届かぬ怨念だ。
あの連中じゃ全力で丑の刻参っても風邪すら引きはしないだろう。
もし万が一、真の忍者が風邪でブッ倒れでもした日には、大雨が降るどころか異常気象で世界が滅びそうだ。
「ん?」
と、ここでガイアのスマホが軽快なポップスを奏で始めた。
電話だ。発信者は…テレサ。
「何だ朝っぱらから……」
絶対ろくな用件じゃねぇな、と思いつつも、放置して取り返しが付かなくなる方が面倒なのでさっさと通話ボタンをタップ。
「もしもし。どうした阿呆」
『あ、ガイアさん!? おはようございます! 大変なんですよ! ヤバいです! マジヤバいんです! どれくらいヤバいかわかりますか!?』
「わからん」
『すッごぉぉぉく、ヤバいんですッ!』
「……慌ててんのはわかるけどよ、何がどうヤバいのか教えてくれ」
『カゲヌイさんがブッ倒れてます!』
世界がヤバい。
魔地悪威絶商会オフィス。
来客用のソファーの上には、にわかには信じられない光景が広がっていた。
「けふんけふん。……いやはや……私とした事が『こんな日』に人前に姿を晒してしまうとは」
発熱のせいか、全身が真っ赤に茹で上がったカゲヌイが、ぐったりと横になっているのだ。
時折苦しそうに咳もしている。
「…………なぁ、カゲヌイ。写メ撮って良いか?」
「ガイアさん!? 何故に写メ!? 病人に対する第一声としてどうなんですかそれ!?」
テレサに突っ込まれ、ガイアはスマホを片手にハッと我に返る。
「す、すまん。ストレス溜まった時に見たら非常にスッキリしそうな一枚が撮れそうな気がして……」
「おやおや……私も嫌われたモノですな」
「……正味、お前だって身に覚えはあんだろ?」
「けふっ。ぶっちゃけ、モチのロンですね。なのでまぁ一枚くらいなら良いですよ」
力無く震えるピースをかかげ、カゲヌイが薄い笑みを浮かべる。
「つぅか、いきなりどうしたんだお前。見た感じ、完全に風邪っぽいけど……」
真の忍者が風邪なんて引くのか。想像できない。
ガイアの知る真の忍者はそんな生き物じゃない。
もしかしてこれは仮病で、俺たちを何かしらのドッキリにかけようとしてんじゃねぇのか? とガイアはカゲヌイを写メりつつ、疑いの目を向ける。
「これはまぁ、いわゆる『真の危険日』と言う奴です」
「…………はぁ?」
どうせトゥルー忍者の事だ。
危険日、と言う単語から一般人が連想する様な事柄を差す言葉では無いだろう。
「ガイアさん、危険日ってなんですか? 危ない日?」
「えっ……お前、もう一六歳なんじゃ……」
「? 年齢が関係あるんですか?」
「……ああ、いや、なんでも無い。うん。詳しい意味は後でコウメにでも聞いてくれ。絶対に俺より詳しいはずだ」
「は、はぁ……わかりました」
「けふん。難なら私が『真の危険日』の説明の前に、世間一般で言う『危険日』の説明を……」
「お前は無理しなくて良い」
ガイアが説明するのは何となく憚られるし、カゲヌイに説明を任せると面白優先で妙な事を吹き込みそうだ。
コウメならきっと、保体の授業的な無難な説明が出来るだろう。
と言う訳で、カゲヌイには『真の危険日』とやらの説明に集中してもらう。
「まぁ良いでせう。では、話を戻しますが……我々トゥルー忍者が如何様な存在か、テレサ氏もガイア氏もよくご存知でせう?」
「ああ、まぁな」
毒を飲まされたら刹那にその毒の抗体を生成し、涼しい顔で「奥ゆかしい貴婦人の様な味わいですね。植物由来と見た」などとテイスティングする様な連中だ。
「古来より、トゥルー忍者は完全無欠。余りにも至高。故にトゥルー忍者に恨みを持つ連中から『少しくらい隙見せろや。殺す気が萎えるんじゃ』と日夜クレームの嵐だった訳です」
「そのクレームもどうなんだよ……」
「まぁ、いつの世も理不尽なクレーマーと言う者はいるのです。そして、我々の先祖は仕方なく大人の対応をした訳です。それが『真の危険日』」
トゥルー忍者の遺伝子に刻まれたとある特異性質。
それは月に一度、一日だけ忍者細胞が全機能を停止し、常人並の身体能力値になる……と言うモノ。そしてその一日の間は常に四二度を越える熱にうなされ、咳や鼻水も止まらないと言うオマケ付き。
「……真の忍者って……」
今更過ぎる感ではあるが、本当に何でもアリな連中だ。
「月に一度の隙のバーゲンセール。まさしく危険日。けふん。ちなみに忍者細胞の恩恵が無くなる事や発熱のせいで身体が異様に重くなるので『重い日』、か弱い幼女の如く弱体化してしまうので『女の子の日』などと呼ぶこともあります」
「わざとじゃ無いんだよな? その名称の数々を考えた奴は、狙って名付けた訳じゃ無いんだよな?」
「真の忍者は面白を尊ぶ。けふん」
狙ってそう言う呼び方にしたらしい。
「ったく……ん?」
ふと、ここでガイアはちょっと悪い事を考えてしまう。
話通りなら、カゲヌイは今、ガチで弱っている。
それも、普通の病人レベルまで弱り切っている。
(冷静に考えるとこれは……日頃の恨みを晴らす好機か?)
「ガイアさん? 何を考え事してるんですか?」
「ん? あ、いやなんでも無いぞ。全然なんでも無い」
さて、どっかに油性のマジックペンは無かったか…と、ガイアがオフィス内を物色すべく動こうとした、その時。
「くくくく……! くははははははは!」
「っ!?」
「!? ガイアさん! 何か悪人っぽい謎の高笑いが!」
「誰が悪人かッ!」
その叫びと共に、オフィスの壁紙の一部がビランとめくれ返った。
否、壁紙と全く同色の布が剥がれ落ちたのだ。
「あ、お前は……いつかの天狗!」
布の陰に隠れていたのは、雉柄の翼を負い、高々しい鼻を掲げた天狗。
「くくく……久しぶりだな男の方。貴様と顔を合わせたのは牢に入れられる前の僅かな間だったが…その顔、しっかり覚えているぞ!」
それは、かつて成り行きでガイア達と敵対した紋々太郎一派の一人、雉天狗の…
「天津飯さん!」
「天冠だッ! って、おい小娘ェッ! 数日前に名乗り直したばかりだぞ!?」
「数日前……? つぅか、何であんたここに……」
「よくわからん内にこちらの世界へ転移してきた。そして絶賛帰る方法がわからん! どうだ、参ったか!? 私は参っているッ!」
腕を組んで威張りつつ言う事か、とガイアは呆れる。
「けふん。で、その帰宅困難者のご褒美TENGA氏がそんな忍者っぽいアイテムを用いて何故ここに?」
「おのれ、コス…真の忍者! 天冠だと何度ッ! それと、これは忍者っぽいアイテムでは無い! 雉天狗に伝わる伝統の逸品『ナカズバウタレンの布』だ! 潜伏に便利ッ! 他にも麻痺毒を分泌する妖刀や非常に丈夫な捕縛用の縄なんかもあるぞ!」
「天狗さんってすごいんですね」
「いや、で、何でここにいたんだよ?」
「決まっている! そこの忍者女に報復するためだ!」
「けふっ、おやおや。前回ので懲りなかったので?」
「当然ッ! 誇りある雉天狗、屈辱に塗れたままでは終われん! 故に雪辱の機会を待つべく、コソコソと貴様の周りを嗅ぎ回っていたのだ」
「誇りある奴の行動かそれ」
「黙れ男! その辺は私の中でも葛藤したんだ! 勘弁しろ! 泣き崩れる私が見たいのか!?」
まぁ、カゲヌイに正面から挑んでも黒歴史を増やされるだけだろう。
天冠の行動は誇り云々はひとまず置いといて妥当と言えなくも無い。
「……とにかく、だ。ふふふ…そんな私に今まさしく、朗報が入った訳だ……!」
「!」
カゲヌイは今、最早ただの病人。これ以上の報復の機会は無いだろう。
「ああ、この日をどれだけ待ちわびたか……!」
「けふん。私の女の子の日がそんなに待ち遠しかったのですか? あなたと行為に及んだ記憶はありませんが」
「言い方ッ! 私が待っていたのは雪辱を果たせる日だ! そしてそんな一晩の勢いでやらかした彼氏みたいな心境で待っていた訳では無ぁいッ!」
「いちいち全力でツッコむなあの天狗」
「真面目さんですね」
「えぇいッ! 外野も黙っていろ! あと私は真面目さんでは無く天冠さんだ! 何度ッ! もう嫌こいつらッ! この忍者女の次は貴様らだからなッ!」
天冠がプンスカと怒りながらその翼を広げていく。
翼を指揮棒に風を操る、雉天狗一族の秘術を使う気だ。
だが、
「けふん。まぁ、こう言った輩が現れるのは想定済みですがね」
カゲヌイが胸元から取り出したのは、小さなリモコン。漫画とかでよく見るミサイル発射したり自爆したりするアレっぽい形状だ。
カゲヌイはその先端に付いているボタンを「えいっ」と押す。
すると、どこからか金ダライが降り、天冠の脳天に直撃した。
「げぶるッ!?」
「えぇっ!? 金ダライ!? 一体どこからですか!?」
「お前……いつの間にあんな罠を……」
「真の危険日中は大変無防備になりますからね。そう言う無防備状態を作るための日ですし」
だが、だからと言って素直に報復を受けるタマでは無いのだ。真の忍者は。
と言うか、むしろ真の危険日の本懐は「これぞ好機とばかりに復讐に来た間抜けをズタボロにして嘲笑う」事にある。
「けふっ、故に、真の忍者は常日頃から自分がよく足を運ぶ場所に罠を仕込む習慣を付けているのです」
ちなみにこれだけではありませんよ、とカゲヌイはボタンを連打。
一度プッシュする度に、どこからともなくクリームパイやら大きめの陶器やら矢が飛来し、天冠に襲いかかる。
「ごあっ、めっ、づぁ、ちょ、待っ、もっ、らめっ、い、ひ、ひぎぃっ!」
「そんでもってフィニッシュはこちら、けふん」
そう言って、カゲヌイは一際力を込めてボタンを押し潰した。
呼応し、クリームと破片と矢に塗れた天冠の足元の床が、ガパッと開く。
「き、貴様あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
クリームやら何やらに塗れたせいで翼が上手く動かせなかったのだろう。天冠は綺麗にストーンッと落ちていった。
「行き先はマントルです。焼き鳥一丁」
「か、カゲヌイさん!? いつの間にオフィスにこんなに罠を!? 何かのはずみで起動したら危ないじゃないですか!」
「ご安心をテレサ氏。真の忍者は誤作動を起こす様な罠の張り方はしません。それに、考え方を変えてみませう。このオフィスは真の忍者手製の罠で守られているのだ、と」
「! 成程、何かと物騒な世の中ですからね…防犯は大事です!」
「そうです。いつ何者が攻めて来るかわかりません」
「あのな、こんなしょうもない便利屋に攻めて来る奴なんて……」
……いや、過去にいたな。シラユキの暴食とか言うのが。
「けふん。テレサ氏達は、魔族代表格とも言える悪神族と既に衝突してますし……次は天使辺りが攻めて来たりするかも知れませんね」
「おいそこ。しれっと妙なフラグを建てるな」
「して、そんな事よりガイア氏。よろしいのですか?」
「あ? 何がだよ?」
「マジックペン。さっき探そうとしていたでせう?」
「……………………」
「難なら、私の私物を貸してさしあげませう。さぁ、私のこの美しい額に『肉』と書いても良いのですよ? ぶっちゃけ、書けるのなら…ですが。ふふふふ……けふっ」
「…………遠慮しておく」
「おや、残念。けふふっ」
「…………………………」
やはり、カゲヌイはカゲヌイである。
ガイアは無謀な夢を諦め、大人しく氷のうとお粥の準備に取り掛かる事にした。
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