悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R64,悪の天才科学者(ルンバ)

 本日は大学の講義が無いのは良いが、特に遊ぶ予定も無い。
 と言う訳で、ガイアは朝っぱらから魔地悪威絶商会オフィスへと足を運んだ。


(前にも思ったが……暇になるとここに来るのが習慣になってるのが何かアレだな……)


 まぁ、自室で無意味にゴロゴロするよりは、テレサを弄り倒す方が有意義だろう。
 それにアシリアの勉強を見てやるなり、コウメが人に慣れる訓練として世間話に付き合うのも一興だ。


 微妙な気分を前向きに振り払い、ガイアはオフィスのドアを開ける。


「あ、ガイア」


 早速出迎えてくれたのは、赤髪の猫耳少女、アシリア。
 室内清掃に従事する魔法の大型ルンバことバンバさんの上にペタンと座り込み、オフィス内をぐるぐると回っている所だった。


 軽く見回して見ると、コウメも来客用ソファーに座って何やら手紙をしたためていた。
 おそらく、乙姫への定期連絡だろう。


「おはよ」
「ああ、おはようアシリア。コウメもおはよう」
「あ…おはようございます……」
「テレサは……まだ来てないか」


 まぁ、お城でまだ惰眠を貪っているか、どっかでまた阿呆な事をしているか…


「皆さん! おはようございます!」


 噂をすればなんとやら。
 バーンッ! と元気にドアを開け放ち、笑顔全開のお姫様がオフィスへとやって来た。


「お、ガイアさんが朝からいるとは珍しい! そして丁度良いです!」
「あぁ? 何がだよ?」
「実はですね……私はとても重要な事に気付いてしまったんです……!」


 どうせまたどーでも良い事だろうな。
 そう確信的なモノは感じつつも、ガイアは一応「……まぁ、言ってみろ」と溜息。


「この組織には、悪の組織として致命的に足りてないモノがあります!」
「……今更か?」


 この組織が悪の組織を謳うには足りないモノ。
 そんなの、指折りで数えてたら日が暮れてしまう。
 いくら暇とは言え、せっかくの休日をそんな悲しい作業に費やしたくは無い。


「良いですか、ガイアさん! 私達には、『悪の天才科学者』が足りないんです!」
「……天才科学者ぁ?」
「はい! 人造人間とかとかいっぱい作って、最終的には自分自身も改造しちゃう人です!」


 ああ、さてはこいつボールを七つ集めるアニメの再放送でも見やがったな。とガイアは察する。


「何だお前、緑色の化物でも作りたいのか?」
「いえいえ。流石に私だって、人造人間を作ったりとかは倫理的にアレだってわかりますよ」
「じゃあ何でだよ?」


 悪の天才科学者と言うと、倫理感とかアレな方向の奴がほとんどだろう。
 その方面の要件では無いと言うのなら、一体、悪の天才科学者に何の用だと言うんだこのお姫様は。


「天才科学者がいるかどうかだけで、大分悪の組織感が変わると思いませんか!?」
「……要するに、体裁を整えたいだけか」
「身も蓋もない言い方しないでくださいよう!」


 いや、事実まんまその通りだろうに。


「と言う訳で、ホームページで天才科学者急募の求人を出しましょう!」


 この中で、ホームページを編集する技術を持ってるのはガイアだけ。
 故に、テレサはガイアが今この場にいてくれた事を丁度良いと言ったのだろう。


 まぁ、別に暇だからイイけど。とガイアが自分のデスクに向かおうとした、その時。


「ふふふ……話は聞かせてもらったよ!」


 突如、オフィス内にワープゲートが開き、中から緑髪褐色肌の少年が現れた。
 悪神族アーリマンのアンラだ。


「アンラさん!」
「やっほいテレサ! 天才科学者をお求めかい!?」
「! そのノリ……良いツテがあるんですね!?」
「その通り! アーリマンにお任せ!」
「嫌な予感しかしねぇから止めとこうぜ」
「こらガイア! 僕の出番ターンを早々に終わらせようとしないでよ! 殺生にも程があるよこのプチ外道!」
「お前が気を利かすとロクな事にならねぇだろうがナチュラル外道」


 特に、ガイアは割と最近、アンラのおかげで臨死体験ラッキースケベしたばかりである。


「まぁまぁ。とりあえずうるさいガイアはシェリーの浴室にドーンッ!」
「なっ、ちょテメ、待…」


 突如足元に開いたワープゲートにストン、と飲み込まれ、ガイアは姿を消した。


「ガイアさーんッ!?」
「大丈夫。なんだかんだシェリーはガイアには甘いから。生命までは奪わないよ」


 生命以外は保証しかねるけど、とボソッとアンラがつぶやいたが、「まぁ、シェリーさんの所に行っただけなら心配する事も無いですね」と納得するテレサの耳には届いていない。


「で、ガイアの事は置いといて。テレサは天才科学者の部下が欲しいんだよね」
「はい! めっちゃ欲しいです! 悪の組織的にもそうですし、未来感溢れる道具とか作ってもらってタラララッタラ~的な事もしたいです!」
「ふふふ……そんな君の夢を叶えてあげる術を、僕が持っているとしたら……どうする?」
「……ここに、カントリーマ○ムのバニラ味が二枚あります」
「交渉成立だ。……にしても、バニラとココア一枚ずつじゃなくてバニラを二枚出して来る辺り、わかってるねテレサ」
「そこそこ付き合いも長くなって来ましたしね!」


 と言う訳で、早速アンラは準備に取り掛かる。


「さて、じゃあ何か丁度良さそうなモノを……お、ちょっと猫耳娘。その円盤型の機械をこっちに連れてきてくれる?」


 そして何故か、アンラはアシリアを乗せてオフィス内を徘徊する魔法のお掃除ロボット、バンバに目を付けた。


「うにゅ? わかった。バンバ、アンラが呼んでる」


 アシリアが尻尾で軽くバンバの尻を叩くと、バンバはくるりと方向転換。
 まるでアシリアの指示に従うかの様に、ゆっくりとアンラの方へ向かって走行し始めた。


「? バンバさんで何をするんですか?」
「そう言えば、テレサ達にはまだ僕の『固有能力』を教えて無かったよね」


 アーリマンには、生来何かしら司ってる事象や物事が存在する。


 例えば、タルウィタートは『熱』を司り、そこから派生する『固有能力』で気温操作を始め、熱から情報を抜き取るなどの芸当が出来る。
 ドゥル子は『虚偽』を司り、他者に誤った認識を植え付ける事が出来る。
 アストは『不幸』を司り、自らが精製した縄を巻いた相手を不幸な目に合わせる事が出来る。
 ブーシュは『堕落』を司り、狙った相手にかかる重力を加算、強制的に就寝態勢を取らせる事が出来る。


 そして、アンラが司るのは、


「僕、アンラ・マンユが司るのは『悪欲』だよ」
「握力?」
「僕がそんな脳筋に見える? ねぇ? 悪欲ね。あ・く・よ・く」
「アンラ、あくよくって何?」
「んー? 簡単に言うとね、道徳的にあんまりよろしくない願望の事かな」


 欲には『善欲』と『悪欲』があるとされている。


 善欲とは「世界が平和になって欲しい」とか「家族・友人はいつまでも健やかでいて欲しい」と言った、自己よりも大きな区分への利益を望む欲求。
 平たく言えば世のため人のため的な精神に満ち満ちた願望だ。


 一方、悪欲は「武器を売って設けたいから戦争になって欲しい」とか「嫌いな奴は消えて欲しい」と言った、自己最優先的で周囲のデメリットを鑑みない欲求。
 要するにエゴの塊をエゴでラッピングしてエゴく仕上げた様な願望だ。


「まぁ、でも、道徳的観点を抜きにすれば、生物本来の在り方に一番マッチするモノだよ」


 生物は元来、自己利益・自己快楽・自己発展を本能的に望む様にできている。それは突き詰めれば、悪欲に行き着く。
 故に、生命ある者は簡単に悪欲に堕ちる。そして、周囲から何かしらを奪い取る。


 悪欲とは『病』の様なモノだ。


 疫病の如く、簡単に伝播する。
 死病の如く、生命を蹂躙する。


 それを司るアンラの固有能力は、「悪欲チカラの拡散」と「悪欲チカラによる支配」。


 アンラ自身の膨大な魔力や様々な能力を、他者に伝播・拡散…つまり、分け与えることができる。
 そして、他者の力を蹂躙・支配…つまり、己の中に取り込み、我が物とすることができる。


「要するに、アンラさんは自分の能力を人にあげたり、人の能力を取ったりできるって事ですか?」
「うん。そして、僕がアレコレできる『能力』には、『知識力』なんかも含まれる」


 言いながら、アンラは掌に魔法陣を展開。
 そこからドリルやらトンカチやら、膨大な工具を召喚していく。


「僕はちょっと前に、性格がクソ最悪な天才科学者を丸ごと取り込んでるんだ。ちなみに本人から事後承諾も得てるからご安心」
「えーと…性格がクソ最悪と言いますと……」
「幼女の心臓を抉り出して高笑いする程度かな」
「ひぇっ……」
「まぁ、結局その幼女は無事だったし、科学者は幼女の保護者に九割殺しにされたらしいけどね」
「……世の中には、すごい幼女さんがいるんですね……」


 ※知り合いです。


「とりあえず、そんな訳で僕には今、そいつの科学力がある。それでこの機械に人工知能を与えて、そこに僕の中に保存してる性格クソ最悪の天才科学者の知恵を分け与えれば……」
「バンバさんが天才科学ルンバに!?」
「その通り!」
「アシリアちゃん! バンバさんが進化の時ですよ! ノットBボタン!」
「進化? ……! バンバ強くなる!?」
「そりゃ勿論! 僕が改造するんだからね! 余計なオプションてんこ盛にするに決まってるじゃん!」
「え、えぇと……その……何か、危険な匂いが……」
「良いかい、コウメ。進化とは挑戦だよ。危険を乗り越えてこそだ!」
「熱い展開ですね!」
「熱い!」
「え…ぇぁ………………ごめんなさい……」


 ガイアがいないので、代わりにコウメが止めに入ろうとしたが、荷が重かった。


「と言う訳で、レッツ魔改造!」










「くっそ……アンラの奴……!」


 痛む右手を押さえながら、ガイアは階段を登り、魔地悪威絶商会オフィスドア前に辿り着いた。


 またしてもシェリーの入浴タイムにブッこみをかけてしまった訳だが……ガイアだって流石に成長している。
 悲鳴だけはギリギリで耐える事に成功し、今回は右手にシッペをされるだけで済まされた。


(つぅか……不安だなおい……)


 アンラはテレサに天才科学者を紹介する気満々だった。
 一体どこの何者をテレサに紹介する気だったのか……


 そして、ガイアがシェリーのマンションからここに来るまでに既に小一時間が経過している。
 アンラならば、とっくの昔に本懐を遂げているはず。


 ……このドアを開けたら、すげぇ変な奴がいるかも知れない。
 そんな不安がガイアを襲う。


 別に、今更変な奴が一人や二人出て来た所で構いやしない。正味、慣れた。
 でも、今回は同僚になる訳だ。中々の距離である。あんまり変な奴は嫌だ。
 新規の変態はできればお断りしたい。


「……っし!」


 意を決し、ガイアがドアを開けると……


「……………………」


 そこには、白衣を着た人物がいた。
 それも、首から上が円盤型掃除機、いわゆるルンバになっている。しかもただのルンバじゃない。ジオン公国辺りが好みそうなデザインの単眼モノアイが追加されていた。


「る、ルンバ人間……!?」


 一体何だ。これは何なんだ。一体どこの科学と幻想のファンタジアに迷い込んだんだ俺は。
 ガイアはもう白目を剥きかねない勢いで混乱する。


 そんな中、


「ピー。入室者確認ンバ。ゲノム解析…認証ンバ。ガイア、お帰りンバ」


 ルンバ人間、喋った。しかも中々のイケメンボイスだった。
 何か、語尾にンバって付いてたけど。


「あ、ガイア! 見て見て! バンバ進化した!」


 ルンバ人間の肩に飛び乗り、何やら楽しそうに耳やら尻尾やらをパタつかせるアシリア。


「ば、バンバって確か……年末の掃除の時にテレサが出して出しっぱにしてたルンバだよな……」


 今日もアシリアがライドして遊んでいたはずだ。


「アンラが進化させた!」
「そうです! バンバさんは魔地悪威絶商会のオフィス清掃用ルンバ改め、今日から魔地悪威絶商会専属の天才科学ルンバになったのです!」
「……その……そうみたいです、はい……」
「ピー。よろしく頼むンバ」


 スッと、バンバが白い手袋に包まれた右手を差し出して来た。


「え……あ、ああ……よろしく……」


 まぁ、何だ。
 全く知らない奴では無い、新規の変態では無いだけ、マシと言う事にしよう。そうしよう。


 深く考える事を辞め、ガイアはバンバと握手を交わす。


 こうして、魔地悪威絶商会に天才科学ルンバが加わったのだった。






 …この時、誰が予想しただろうか。
 まさかバンバが進化したが故に、あんなプチ騒動が起きるなんて……





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