悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R60,ラブコメ主人公の標準装備(え?なんだって?)



「あ、あの…ガイアさん、いつもその雑誌を読んでますね」
「ん? あぁ、ジャンプか」


 来客用のソファーで雑誌を読んでいたガイア。
 そんな彼の元にお茶を持ってきてくれたコウメが、珍しく世間話的なモノを振ってきた。


「なんか気になる漫画でもあるのか?」
「あ、は、はい。その雑誌で連載していると言う『ガンキュー!!』と言う漫画が中々カップリングが捗…面白いと、ヨーコさんがよく言っているので…」
「アレか」


 熾烈に男臭い熱血&根性&根性な視力検査漫画だが、何故か女性層からも絶大な支持を得ていると聞いたことがある。
 ヨーコもその支持者の一人だということだろう。


「アレなら俺単行本も集めてるぞ。今度持ってくるか?」
「え、良いんですか……あ、いや、でも私なんかのためにそんな手間…」
「まだそんなに巻数出てないし、そう手間でもねぇよ」


 雑誌の風潮から考えると、むしろこれからどんどん巻数が嵩むと予想される。
 今の内に既刊を全部貸して、今後は一冊ずつ共有する方が楽だ。


「アレは本当にオススメだぞ。特に赤葉城東眼科での再検査は手に汗握る展開の連続で……」
「腋汗握る変態?」


 突如、ガイアとコウメの会話に乱入してきた不可解な言葉。
 それは、自分のデスクでスマホゲームに興じていた我らが大将、テレサの口から放たれたモノだった。


 ……突然この阿呆は何を口走っているんだ。
 あまりの突拍子の無さに、ガイアは思わず読んでいた雑誌を落としてしまうくらい動揺。


 と言うか、いくら記憶違いや聞き間違えの多いテレサとは言え、今のは流石にあり得ないレベルだ。
 どんな壮絶な環境で今の会話を聞いたって、あんな酷い聞き間違えが起こるとは思えない。


 もしかしたら、ガイアの方が聞き間違えたのかも知れない。


 現に、アシリアは全く気にする様子もなく高校数学の参考書とにらめっこ中。
 カゲヌイも特に何かを取り立てる気配は無く、荒縄をアロマキャンドルの火で炙ると言う謎の作業に没頭している。


 空耳だった……のだろうか?


「……あの、テレサさん? 腋汗って…一体何を……」
「ありがとうコウメ」
「え? ガイアさんまでいきなり何を……!?」


 コウメのおかげで空耳では無かったと言う確信が持てた。


「?」


 一方、テレサは「どうしたんですか?」と言いた気に小首を傾げている。


「あのなテレサ、今のはいくらなんでも酷いぞ」
「……? 色物はイクラ納豆でも拾ってろ?」
「……イクラ納豆ってなんだよ」


 潰れやすい繊細なイクラちゃんと激しめに混ぜ混ぜ前提の納豆では、相性最悪な気がする。


「ガイアさん、何でさっきから変なことばっかり……悪いモノでも食べたんですか?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするが」
「ソーダ味を堪能するオカマ絵師スーパー……? あ、さてはガイアさん、今日はそう言う趣向で私を弄り倒すつもりですか!?」
「いや待てよ、なんかマジで聞き違え方が天元突破してんぞお前」
「またそんな『い○まちお』とかよくわからないこと言って! 屈しませんよ! 今日と言う今日こそはガイアさんの思惑に打ち勝ってギャフンと…」
「色々と話聞けよこの野郎」


 普段からテレサは阿呆だが、今日のテレサは異常だ。


「ほうほう、成程」
「カゲヌイ? 何が成程…つぅか、謎作業は終わったのか?」
「謎作業? ああ、ケバ焼きのことですか。ぶっちゃけ、これはとても大事な作業ですよ。まぁ、上級者のお客様の中には敢えて『なめし処理』をしていない縄を好む方もいるらしいですが……」
「いや、ごめん。うん。その話は今度聞かせてくれ。で、どうした?」


 そっちの道の知識は特に欲しいとも思わないので、ガイアは至急話を本題へ戻す。


「テレサ氏のこの症状、最近話題の『あのやまい』ではないかと思いまして」
「あの病……?」


 最近、インフル以外にこの国で流行ってる病気なんてあっただろうか。
 ガイアは特に思い出せない。


「ノンノン、ガイア氏。流行りの病気だけが話題になるとは限りませんよ」
「当然の様に心を読むな。で、その病気って一体……」
「その名も『エナンダテ病』。症状は『お前は頭イカれてんのか?』と思えるレベルの突発性難聴。ネット上では『ラブコメの主人公病』と言う異名で今非常にワロスされています」
「…………………………」
「これはいつぞやのデミ忍者病と違って、ぶっちゃけガチの奴ですよ」


 ガイアの疑念の視線に対し、カゲヌイは忍者スマホの検索結果画面を突き付ける。


「マジであんのかよ……」
「まぁ、これはいわゆる『精霊病』…本来は精霊を筆頭とする高次元生物しか罹らない特殊な病なので、普通は聞き覚えがなくても仕方無いでせう」
「なんでそんな病気にあいつが……って、まぁ、その辺は今更か」
「でせう」


 テレサは超位精霊であるハナコですら『自分に比肩する』と認めるほどの魔力を持っている。
 色んな意味で、このお姫様に人間の常識は通じない。


「もう! ガイアさんだけじゃなくカゲヌイさんまで『○○○○』とか『×××』とか『△△△△△』とか、意味のわかんないことばっかり! 何語ですかそれもう! 最悪の黄金タッグですよこれは!」
「おい最悪だ。あいつさっきから俺らの会話が淫語の応酬にしか聞こえてないっぽいぞ」
「まぁ、ガイア氏の年代の若者が語らうことなんて大体そんなモンでせう」


 至極不名誉な誤認である。


「で、何か有効な治療法とか無いのか? その不人気キャラを量産しそうな病気」
「忍者スマホで調べてみた結果、患者にアイアンクローをするとすぐに治るそうです。今のところ、これ以外の治療法は確立されておりません」
「治療と言うには荒々しくないか!?」
「いわゆる民間療法、ネギで首を絞めつつブラウン管テレビにチョップする感覚でせう。さ、そんな訳でどうぞ。テレサ氏にアイアンクローすると言えばガイア氏の天職」
「そんなバイオレンスな才能を賜った覚えは無ぇ!」
「よくやるし、似合ってますよ」
「よくやることは否定できないが、似合ってるとは思いたくねぇよ!」


 幼女にアイアンクローするのが似合う大人になんてなりたかない。


 大体、ガイアがテレサにアイアンクローを喰らわせるのはあくまで教育の一環だ。いわば体罰。
 特に阿呆なことをしてないテレサにやるのは、いくらガイアと言えど気乗りしない。


「しかし、テレサ氏をこのまま放置する訳にも行かないのでは?」
「あぁ、それは確かに……」


 流石にここまで会話にならないのはキツい。


 もう、仕方無い。


 と言う訳で、ガイアは指の関節を鳴らしつつテレサの元へ向かう。


「ほえ? ガイアさん? 今度はなんですかいきなり近づいて来て私の頭を撫ででででででで!? 久々のアイアン!? でも何で!? 私今回は特に怒られる様なことしてな痛たたたたたたたたたたたたたた!? 待ってガイアさん!? 何か耳がスーッとして来たんですが!? 何か変です! 中断! ドクターストップ!」
「安心しろ、それは多分正常に戻ってる証拠だ」
「ひえぇ!? 何言ってるかわからないけど止めてくれる気配なし!? 誰かヘルプ! ヘルプなうです!」
「うに! できた! コウメ、答え合わせして!」
「え、あ、は、はい……」
「さて、次は仕事用のブーツでも磨きませう」
「ほぁああぁぁぁ!? なんですかこの非情空間!? 血と涙の乾燥度が観測史上最…って、ぴゃうぁ」


 そろそろ良いだろう、とガイアはテレサを解放。


「さて……どうだテレサ。俺が何言ってるか、ちゃんとわかるか?」
「うぅ……いくらなんでも酷いですよガイアさん……あと『俺に取って腋はブラックホール』って何の話ですか?」


 ……どうやら、まだ足りなかった様である。



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