悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R53,年越し前の大事な儀式(大掃除)

 一二月。別名、「師走」である。
 年末は「師匠」と謳われる様な優れた僧侶でも慌てふためき半狂乱で奔走する、故に師走……らしい。


 何故、師匠は走るのか。


 ……まぁ、そこを追求するのは無粋な話だ。
 西や東でお経を読み上げるためとか、昔陸上部だった血が騒ぐとか、元気な老後のための体力作りとか、走る理由は人それぞれで良い。


 人間死ぬまで現役だ。
 走りたいと言うのなら、何も言わずに走らせてやれ。


 もし、どうしても師匠が走る理由が知りたいのなら、一緒に走ってみれば良い。
 共に走り、その果てを並んで見れば、無粋な言葉を用いらずとも全てがわかるだろう。
 立ち止まって喚くだけじゃ何もわからないぜ。


 走り出せ、人生。
 エブリデイ師走。


 まぁ、何はともあれ師走である。


「さぁ、皆さん、年末なので大掃除しましょう! 心機一転で良い新年を迎え入れるために!」
「にゃーッ!」


 と言う訳で、本日は大掃除だ。
 テレサの手にはいつぞやのトイレ掃除の際にも持ち出していたラバーカップ。
 アシリアは大型ルンバの上で雑巾を構えている。


「……お前らは何がしたいんだ」
「大掃除ですってば!」
「アシリアもおー掃除する!」


 アシリアのテンションを表す様に、ルンバが高速で旋回軌道を描き始めた。


「さ、ガイアさんとコウメさんも準備を! 装備はそこに置いてあります!」


 テレサが指したのは、来客スペース。
 そこにあるテーブルの上に、何やらごちゃごちゃと置かれている。


「えーと…え……サングラスと、ツルハシと、黄色いヘルメットって……あの……」
「モグラかよ」


 流石は阿呆姫テレサが用意したラインナップだ。
 他にもUSBケーブルやらレターケースやらサランラップやらワンダーコアやら……
 掃除のプロたる主婦たちの知恵を借りても、掃除用具として扱うのは難しそうなモノばかりが並んでいる。


「って、これスタンガンか?」


 ある意味では掃除用具かも知れないが、いささか対人的過ぎる。
 今排除したいのは社会のゴミではなく社内のゴミなのだが。


「何でこんなもん持ってんだお前」


 護身用にしても、魔法があるだろうに。


「ウィリアム兄様が、どうしてもって」
「ああ、成程な」


 あの妹大好きテケテケならそれくらいは普通にやるだろう。
 むしろ、スタンガン程度の護身具で踏み留まったのが意外だ。


「おやおや、これは忍者スタンガンではありませんか」
「うおっ、カゲヌイ……相変わらずいつの間に……」
「相変わらず真の忍者ですので」


 と言う訳で、いつでもどこでも現れるくノ一、カゲヌイも合流。


「つぅか、忍者スタンガンってなんだよ?」
「ヤツザキ堂が副業オプションで販売してる特製護身具です。シンプルな取り回し、わかりやすい性能、護身具と言うには攻めに比重を置きすぎてる設計思想デザイン。ヤツザキ印の護身具と言えば、物騒な方々の間では大人気ブランドですよ。ただ、それ故に入手は困難ですね。私でも多くは網羅コレクションできてません」


 副業ってことはそんなに多くは作ってないんだろうし、それで人気ってことは確実に極端な需要過多に陥るだろう。
 そりゃあ入手は難しくなる。


 ……あのテケテケは、妹のためならそんな物まで手に入れくるのか。


「ちなみにこのスタンガンの出力は三段階。弱は死ぬほど痛い。中は死にまくるほど痛い。強は逆に生き返りそうな勢いで死ぬ」
「本当に護身具っつぅには殺意がすごいなおい」


 最早普通に武具だ。


「もうっ! いつまで選んでるんですかガイアさん、コウメさん、カゲヌイさん! 掃除は既に始まってますよ!」
「ナチュラルに私も掃除要員の頭数に……まぁ暇だから良いですが」


 カゲヌイはそう言って鞭を取り出した。


 ラバーカップを構えてやる気満々のテレサ。
 ルンバを駆りオフィス狭しと走り回るアシリア。
 鞭でヒュンヒュン空を切るカゲヌイ。
 ヘルメットを被り、ツルハシを持って困惑おろおろするコウメ。


 ……一体これから何が始まるのだろうか、とガイアはスタンガン片手に溜息。


 とりあえず、それぞれの担当箇所の割り振りと相応の道具の配布からやり直さなければならない様だ。










「意外と溜まるモンだなー……」


 普段から暇を持て余したガイアやコウメがオフィス内の清掃に務めちゃいるが、それでも溜まるモンは溜まる。
 特に、棚の上とか、ソファーの下とか、普段目に触れない・手の届かない場所は凄いモノだ。
 棚の上を軽く雑巾で拭えば、雑巾の表面は一瞬で不健康的な絵面になる。


「うにゅ? ガイア、バンバが動かなくなった」
「ルンバな」


 見ると、ルンバはアシリアを乗せたまま充電スタンドへピットイン。
 床のゴミを喰らい尽くし、満足して住処へ戻ったと言う所だろう。


「お腹いっぱいになったから休憩してんだよ。お前もお腹いっぱいになったら一息くだろ? 少し放っといてやれ」
「わかった! バンバ、また後で掃除して遊ぶ!」


 テレサが魔法で召喚した大型ルンバ、どうやら名前はバンバさんで決定の様だ。


「しかし、どうせこの世界はサ○エさん方式なんですから、年末大掃除なんてしなくても来年には綺麗さっぱりリセットされていると思うんですがね」
「おいそこのくノ一。身も蓋もないことを言うんじゃねぇ」
「ガイア、サ○エさん方式って何?」
「ん? あ、ああ……まぁ、なんだろうな……大人の都合って奴の典型例だよ」
「大人の都合?」
「大人にならないとわからない奴だ。つまり大人になったらわかる。良かったな、大人になる楽しみが増えたぞ」
「わかった! 楽しみにしてる!」


 物分りが良くて助かる。


「で、でも…サ○エさんだってたまに大掃除回やってますし、汚れはリセットされてない可能性が……とか生意気言ってごめんなさい」
「おや、それは確かに。これは一本取られましたね」


 コウメの指摘はごもっともではあるが、論点がズレている気がしないでもない。


 と、ここでトイレの方から「ふにゅおおおぉぉぉぉぉおお…」と間抜けなふんばり声が。
 自ら意気揚々とトイレ掃除を買って出たテレサの声だろう。


「……何してんだあいつ……」


 一応、あの阿呆のことなので何かとんでもない珍事が起きている可能性を考慮。
 少し身構えつつ、ガイアはトイレの様子を見に行く。


 すると、便器にラバーカップを突っ込んで、その柄を必死に引っ張るテレサの姿が。


「……何してんだ、マジで」


 それは掃除に使わないと以前にも説明したはずだが。


「あ、ガイアさん、丁度良い所に! 実はですね、便器を拭くために使ってた布巾が便器に落ちちゃいまして!」
「で、ドジ大爆発で水流しちまって、便器が詰まったと」
「ドジじゃありませんよ! あれはちょっとした事故です!」
「はいはい……で、何でそんな気張ってんだ?」
「抜けないんです! なんか、布巾がすごい引っかかってるみたいで」
「はぁ?」


 布巾なんてそんな硬いモンでも無いだろう。
 普通に二・三回カポカポすりゃ取れると思うが。


「貸してみ」


 と言う訳で選手交代。
 テレサに代わり、ガイアがラバーカップを引っ張ってみる。


 すると、あっさりスッポンと抜けた。


「ほれ見…」


 そして、そのラバーカップの先端には、何か丸いモノが引っ付いていた。


「……………………」
「……………………」


 何か、丸いモノには黒い毛が生えている。人間で言えばおかっぱヘア的な感じか。
 毛の生えてない部分は肌色で、目と耳が二つずつに鼻と口が一つずつ。


「……………………」
「……………………」
「……………………」


 ラバーカップの先端に引っ付いてたそれと目が合ってしまったガイアは、静かにラバーカップを便器の中へ戻した。


「……ごめんテレサ。俺、今日すこぶる調子悪い。インフルかも知れん」
「い、いやいやいや! 高熱の幻覚作用とかじゃないですよ! 今の絶対普通に生首ですよ!」
「生首じゃないけど」


 落ち着いた少女の声と共に、ザパァと便器の水から浮上したおかっぱヘアの球体。
 それはどうみても、頭にラバーカップが引っ付いた少女の生首だった。


「……また変なのが……」
「変なのとは心外。こんなプリチーな精霊を捕まえて、酷い物言い」
「精霊さんなんですか?」
「うん。あたしはハナコ。トイレのハナコ……今風に言うと、トイレの神様と言えばわかりやすいかも」


 ガイアの記憶では「トイレのハナコ」は全国の女子小学生を膀胱炎にするために生まれた様な妖怪だったはずだが……いつの間にか神格化されていた様だ。


「あ、あなたがかの有名なトイレの神様!?」
「ああ、そういやお前、トイレの神様の信者だったな……」
「ほう。あたしを信仰するとは、良いセンス。そんなあなたにはトイレットペーパーをワンロール進呈する」


 んべぇ、とハナコの口からトイレットペーパーが現れ、ふわふわとテレサの元へ浮遊移動。


「ハナコ特製『尻セレブ』。違いはお尻がわかってくれる」
「……何か、唾液みたいなので湿ってるんですが……」


 それはトイレットペーパーとして致命的では無いだろうか。


「精霊の唾液が持つ効能を舐めてはいけない。精霊の唾液に接触したモノはしばらく高い滅菌・抗菌作用を得る。免疫力に加えて治癒力も上がるからお尻を負傷してもすぐ治る。つまり破傷風予防も万全。清潔な肛門ライフをあなたに。これぞまさしく清尻せいけつ
「トイレットペーパーにそこまで多くは求めてないのですが……」


 それに間接的とは言え「精霊にケツを舐められている様なモノ」と考えると、気分的にもアレである。
 用を足す度、不必要な罪悪感を背負うことになりそうだ。


「ってか、いくらトイレのハナコさんとは言え、何で便器の中から……」
「トイレ街道を散歩していたら、突然布巾が覆いかぶさってきた。混乱の余りもがいていたらこのトイレで詰まった。大体そんな感じ。なので引っ張り出してくれて助かった」
「ご、ごめんなさい。その布巾を流したのは私です……」
「そうなの? …でもまぁ、きっちり救助してくれたから許す。世の中結果が全て」
「流石神様! 寛容です!」
「もっと崇めて良いよ」
「ははぁー!」


 便器の中で浮かぶ生首を崇め奉る姫君。
 なんだこれは、とガイアは全力で思う。


「ところで、あなたたちはトイレにたむろして何をしているの?」
「トイレ掃除だ。一応」
「はい! トイレを掃除してべっぴんさん大作戦…って、はっ!」


 とここでテレサは何かに気付いた様子。


「ハナコさん! トイレの神様と言うことは、まさかあなたはトイレ掃除に従事する者をべっぴんさんにする力をお持ちで!?」
「いや、流石にそれは無…」
「持ってるけど」


 持ってるのかよ。


 いや、まぁ、ドゥモの若返りのパンの件もあるし、精霊連中の力が人間こちらの予想を超えてくるのは常だが。


「かけられた対象が美人に成長する魔法。かけて欲しいの?」
「そりゃ当然ですよ! 大人の妖艶さはダークヒーローには必須です!」
「ふぅん。別にあたしに取っては難しい魔法じゃないし、良いけど」
「よし来た! ビビビっとやっちゃってください」
「……テレサ、一応、嫌な予感がするから言っとくぞ。やめとけ」
「何でですか!?」
「お前はコックリさんに言われたことを忘れたのか」


 コックリさんは言った。
 テレサがダークヒーローになる方法を知るには、地球から冥王星で暮らす微生物を観測するくらいの気概が必要だと。
 それなのにこんな棚ぼたみたいな感じでダークヒーローに一歩近づけるとは思えない。
 何も進展しないどころか、何かとんでもない絶望が待っていそうだ。


「それでも、目の前のチャンスに手を伸ばさない理由にはなりません! さぁハナコさん! 私に魔法をかけて!」
「んー……そっちの保護者っぽい人。この子はこう言ってるけど、どうするの?」
「……まぁ、やってみてくれ」


 ガイアのGOサインを受け、ハナコさんはコクりと頷いた。
 そして、異変が起きる。
 ハナコさんの輪郭をなぞる様に、薄山吹色の光が溢れ出したのだ。


「じゃあ、やる。超位精霊魔法『良い感じの階段登れトキメキ・ステップ』」
「ほぁああぁぁ! 何かすごいの来そうですよ! 見ててくださいガイアさん! 私が華麗に変身する様を!」


 と、ハナコが光り輝くこと数秒。
 特に何かそれ以上の変化が起きること無く、ハナコの光は途切れた。


「はれ……?」
「終了。これであなたには『美人に成長する魔法』がかかった」
「……してませんよ?」
「……成程、成長する、か」
「ほえ?」
「あなたは大人になった時、美人になることを確約された」
「………………あ」


 どういう事か、理解したらしい。
 テレサにしては理解が早い。


「結局、妖艶さは大人になるまでお預けってことですか!?」
「うん、多分、気長な話になると思うけど頑張って」
「気長?」
「だって、あなた魔力量がすごいもの。多分、良い感じに成熟するまで結構時間がかかると思う」


 魔力とは、生命の力だ。
 普通の生き物にだって、魔法が使えるほどでは無いにしろ魔力は存在している。
 魔力量が度を超えて極端に多い生物は、成長速度がゆったりだったり、超越し過ぎると肉体年齢を操れるに至る者までいたりする。
 そう、いわゆる高次元生物の方々だ。


「あなたの魔力量は最早『超位精霊』であるあたしにも比肩してる。これは人間として異常。まぁ、いくら魔力が多くても、人間の体細胞のスペックじゃそこまでズバ抜けて長命になることは無いだろうけど…確実に人間としてはすごく長生きできる」
「……人より長生きできる分、相対的に人より成長速度が遅いってことか」


 テレサは一六歳にして九歳のアシリアとどっこいどっこいの成長ぶり(むしろやや負けている)。
 大体、二分の一くらいの成長速度か。


「つまり、テレサが二〇歳相当に成長するには、あと四半世紀くらいはかかるってことか……」
「もっとかかるかも。高次元生物でも、乳児期から幼少期の成長速度は早いから」


 乳児期と言う弱み丸出しの時期が長いのは生物として致命的と言える。
 その時期の成長が他の時期に比べて早いのは、生物としては当然の形だ。


「あ、あば、あばばばばばば……」


 テレサが口を開けたまま白くなって硬直してしまった。


「……だからやめとけって言ったのに……」


 魔法が期待外れだったどころか、絶望的な現実を叩き付けられた。
 明日にはすごい成長期が来るかも! と言うテレサが日頃から抱いている淡い期待すら打ち砕かれた訳である。


「……まぁ、なんだ。掃除が終わったら、ファミレスにパフェ食いに行こうぜ」


 もう、ガイアには慰める以外の選択肢が見当たらなかった。



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