悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R51,赤黒い鼻のトナカイさん(恐)《後編》
「ゴフォ……先程、我のことを見ていたのは貴様らか……」
風景も気温も寒々とした公園にて。
禍々しい歪で巨大なトナカイ、御手伝鹿獣のゴッフォは仁王立ちで待ち構えていた。
「……二足直立までできるのか……」
よく見れば、前足の蹄が五指を思わせる形状に分岐している。
最早、魔獣と言うか、限り無く獣寄りの獣人と言う感じだ。
「強そう」
「あ、あの、アシリアちゃん、まずはテレサさんたちがお話合いをですね……」
耳をピコピコさせてやる気満々なアシリア。
アシリアが早まらない様になだめるコウメ。
そしてテレサはガイアの陰に隠れて足にしがみつきガッチガチに震えてる。
「や、やぁ、ゴッフォ……」
「ゴフ……ふん、ゴミ虫が……やはり一人では何もできんか」
ゴッフォがサンディを睨みつける。
その目に宿っている感情は怒り…ではなく、呆れ。
「俺達が来るってわかってて、わざわざ待ってたって感じだな……」
「うむ。貴様らは妙な術で、我の居場所を知る方法があると見た」
ゴッフォが口角を上げ、不気味な笑みを披露する。
「ならば、逃げ回るも面倒だろう……荒事は趣味では無いが、ここは始末するのが楽」
ムキっ、と音を立て、ゴッフォの肢体が怒張する。
「ゴフォフォフォ……さぁ、まずはどいつの血肉で我の鼻を紅く彩ろうか……!」
……あれ?
「……おい、サンディさんよ。何か話が違うくね?」
温厚なんじゃ無いのかあの化物。
「あれでも他の奴よりは比較的温厚な方っすよ」
……成程、比較対象がクレイジーだったと言うオチか。
「むぅぅん!」
めぎゃめぎゃめぎゃッ! と、ゴッフォの巨躯から怪音が連続。
その毛皮のあちらこちらが裂け、無数の黒い球体が露出する。
あれは、おそらく眼球だ。奴の顔面にある両眼と同じ、白目の無い黒眼。
「絶対反応形態『百見鬼神の構え』……!」
「……おい、サンディ……」
「あれは奴らの戦闘形態っす。奴らは音速の世界を生きる生物。当然、反応・挙動速度もそれに相応の領域っす。そしてあの形態になることで、全身の眼で三六〇度全方位をカバーできる様になるっす。つまり、音速戦闘ができる死角皆無の筋肉お化けと化すんすよ!」
「おう、解説どうも。ただ俺はそう言うこと聞きたかった訳じゃない」
ただガイアは、「おいサンディてめぇこの野郎」と言う気持ちを込めて名前を呼んだだけである。
「とにかく…待ってくれトナカイ! 俺たちは話合いに来たんだ!」
「生憎、我は獣の類。恥ずかしながら知恵が少々足らなんだ。ゴミ虫やそれに与する愚者と交わす言葉は存ぜぬ」
「いやいやいや! 存じてる! 絶対存じてるだろお前それ!」
「存じぬし。絶対存じぬし」
ゴッフォが足を広げ、腰を沈めた。
少し首を下げ、その雄々しい剛角でガイアたちに狙いを定める。
「っ……あ、あの、ゴッフォさん!」
ここで声を上げたのは、テレサ。
意を決したのか、小股歩きでおそるおそるガイアの陰から前へ出る。
「む? 何だ、まだいたのか。見えとらんかった」
「う、うぅ……」
ゴッフォの無数の眼が、テレサを真っ直ぐに捉える。
さっきよりも数段禍々しさが増したゴッフォに、テレサは最早泣きかけ。木の葉が頬をかすめただけでも号泣し始めてしまいそうなくらいギリギリの所だ。
それでも、テレサはゴッフォと向き合う。
自分が、サンディとゴッフォを取り継ぐと言ったから。
「こ、答えてくだしゃ、さい! な、何で、サンディさんがぎょミ虫だなんて決め付けて、見捨てたりしたんですか!?」
「未熟、貧弱、愚劣、低俗。そして何よりチャラい」
「くっ…チャラい以外はことごとく否定できないっす! 激悔ッ!」
「いや、むしろチャラいが一番否定できないだろお前」
「えぇっ!? 俺これでも清純派が売りっすよ!? 見てくださいよこの純白の髪に白く輝くアクセを!」
「そんながっつり形から入る清純派聞いたこと無ぇよ」
何と言うか「清純派になりたいから白や銀で決めるぜい!」って発想がもう根本的にチャラい。
あと、本当に清純な奴は自分の売りとか探さないし求めないし強調しようと思わないだろう。
「夢魔として夢を操る技術は未熟。我がトップスピードで走れば五体がモゲるからもうちょいゆっくりと喚く。基本的に発想が阿呆。トナカイ相手に下ネタで笑いを取ろうとする、そしてチャラい。そんな奴を見捨てぬ道理がむしろどこにある!?」
「うぐっ……」
「よいか……我は悠久の歳月、夢魔一族と共に歩んで来た! 最早、我も夢魔一族の者だと躊躇うことなく名乗りあげよう! 我は夢魔一族と共に歩んだこれまでの生涯を誇っている!」
ゴッフォの全身の眼が、血走り始める。全身の怒張っぷりが更に増す。
怒りだ。怒りがゴッフォの体を駆け巡っている。
「このドリームサンタ計画は、我ら夢魔一族に取って大きな意味を持つ門出ぞ! 様々な種族に疎まれ、内向化し、衰退の気すら見え始めていた一族が、振り絞れるだけの勇気を持って踏み出した一歩ぞ!」
きっと、ゴッフォはその眼で眺めて来たのだろう。夢魔一族が辿った歴史を。
力無かったが故に数々の迫害を受けた。
弱肉強食の時代が終わっても尚、唯一持つ能力の使い方を批難され、拒絶され続けた。
そうして外界に触れることに酷く萎縮し、閉ざされた世界で細々と生きることを選んだ。
でも、ある日、一族はふと気付いた。
自分たちは「もうこれでいい」と諦観し、納得している。
だが、子や孫にまで、この閉ざされた世界で生きることを強制する権利が、自分たちにあるのだろうか。
愛すべき未来の肉親の生涯を狭める道理が、果たして存在するのだろうか。
彼らのために、何もしなくて良いのか。
彼らのために、出来ることは本当に無いのか。
そんな訳が無い。
やれることはあるはずだ。
だって、今まで何もしてこなかったのだから。
だから夢魔たちは必死に考えた。
時代は移ろい、もう弱者だからと迫害を受けることは無い。
問題は、能力の使い方。
外の世界で夢魔の能力が有意義であると認知される様になれば、自然と歩み寄りができるはずだ。
だからこそのドリームサンタ計画。
夢魔が、世界中の皆に一夜限りの素敵な夢をプレゼントする。
夢魔がいるから、特別な日が更に特別になる。
それを世界の常識にしてしまえば良い。
きっと、時間はかかるだろう。
でも活動し続ければいつか、夢魔が外世界に馴染める日が来る。
可能性が飽和した、素晴らしい社会に溶け込める日が来る。
どれだけ上手くても、夢魔はプロスポーツ選手になれない?
どれだけ腕が良くても、夢魔は飛行機のパイロットになれない?
どれだけ格好良くても、夢魔はアイドルになれない?
どれだけ先見の明に優れていても、夢魔は政治家になれない?
そんな阿呆な話が本当にあったのか? 馬鹿らしい。
歴史の教科書を読んで、誰もがそう失笑する時代がきっと来る。
「感動した! 喜びに打ち震えた! 己が愛する者達のために、一族に取って恐怖の対象である外界と向き合おうと言った同胞の姿に! 絶頂すら覚えた! あの日以来、この心臓の鼓動は早まったまま、落ち着く気配は微塵も無い!」
このまま衰退し、共に滅びるのも良かろう。
そう思って老いを、時と共に緩やかになっていく心音を受け入れていた。
だが、そうも行かなくなった。
ゴッフォは、奮起した同胞のためにソリを引くことを決意した。
「……だのに、だ! 貴様の様な生半可な覚悟でこの計画に参加する同胞がいたとはな……!」
「ッ……!」
「失望だ、絶望だ! これ以上の悲劇があろうか!? ゴミ虫よ! 貴様はわかっているのか!? この計画が、どれほど重く…」
「サンディさんはわかってますよ!」
「!」
ゴッフォの怒号を遮ったのは、テレサの上擦り気味の叫びだった。
泣きそうなのを必死に堪えていた所で大声なんか張ったもんだから、完全に涙腺に歯止めが効かなくなっている。
ボロボロと涙をこぼしながらも、テレサは続ける。
「確かに、サンディさん超チャラいですよ! 私だってそう思います! でも、それは見た目の話ですよ! サンディさんがサンタさんをやる気持ちは、チャラくなんて無いです! 見た目だけで勝手なイメージを押し付けるのは、良くないことです! ちゃんと話を聞いてあげてください!」
「……ふん。ほざけ小娘」
殺意にまで発展しそうなドス黒い気迫を視線に込め、ゴッフォがテレサを睨む。
「見た目で勝手な偏見を抱くな? 笑わせる。先程から我の見た目に怖気付き、ガチガチガチガチと騒がしいくせに、よく囀れたな」
「っ……えぇ、そうですね! 私はあなたの見た目が恐いです! えぇもうそりゃ恐いですよ! ごめんなさい! でも恐いものは恐いです!」
それは揺ぎ様の無い事実だ。
半ばヤケクソ気味に、テレサもそれを認める。
「でも…いいえ、だからこそ、私はあなたの言葉に耳を塞ぎません! 塞いじゃいけないんです!」
「!」
「勝手に決め付けて、話を聞かないなんて、そんなの酷いです! ええ、絶対にそれは酷いことですよ! そう思いませんかガイアさん! ガイアさんならきっとそう思いますよね!? 私わかってますよ、ガイアさんはいざと言う時だけは、絶対に私の味方ですから! これは今更話を聞くまでもありません!」
勝手なイメージじゃない。長い付き合いで確信している事実。
私にはガイアさんがいますから! と自分に言い聞かせ、テレサは一歩前へ、ゴッフォの方へ歩み出る。
「と言う訳で、『私たち』は断固として、ゴッフォさんのその姿勢をナンセンスだと主張します!」
心の奥底に火が付き、完全にヤケクソモードに突入したらしい。
涙も止まり、テレサはずかずかと、ゴッフォの方へ。
「え、ちょっ……テレサさん、止めなくて良いんですか……!?」
「大丈夫だと思う」
「……あぁ、そうだな」
ガイアもアシリアも感じていた。
ゴッフォがテレサに向けている視線が、少しだけ変化していることに。
「ゴッフォさん、良いですか!? まずは私の話を良く聞いてください!」
「お、ぉぉう……」
ゴッフォとテレサの距離は僅か数メートル。
ゴッフォが腕を振るえば、テレサの首が飛ぶ距離だ。
だのに、テレサは堂々、むしろゴッフォがやや困惑を顕にしている。
そりゃそうだ。
さっきまで自分に超怯えてた小さな生き物が、突然大股で胸を張りながら接近して来る。
誰だってそのギャップには困惑する。
「では、まず……」
テレサは真っ直ぐ、ゴッフォのそのトラウマチックな顔を見上げた。
そして大きく深呼吸。
直後、テレサは全力で頭を下げた。
「改めてごめんなさい! やっぱりそのお顔は恐いです!」
「!? お、おぉう……そう言いつつよくここまで近付いて来たものだな……」
「話を聞いてたら、ゴッフォさんは少し酷い所もあるけど、大体良いトナカイだってちゃんとわかりました! だからちょっとだけ大丈夫です!」
振り上げたテレサの顔に張り付いていたのは、やや引き攣り気味の笑顔。
作り笑い、とかでは無い。テレサが友好的な相手に無差別に振りまく笑顔に、ゴッフォに抱く僅かな恐怖が混ざった結果の産物。きっちり天然物の笑顔だ。
「サンディさんもそうです。最初は、チャラい人だなぁと思ってました。……まぁ普通にチャラい人ですけど」
「……俺ってそんなチャラいっすか?」
「チャラいから黙って聞いてろ」
全くチャラい茶々入れやがって。
「でも、きちんとお話を聞いてたら……サンタさんのお仕事だけは、真面目にやろうとしてるって、ちゃんとわかりました」
「……だから、我もあのゴミ虫チャラ男の話をきちんと聞いてやれ、と?」
「はい! その通りです! 流石ゴッフォさん! 顔は恐いけど話が早い!」
余計な所で余計なことを言う。
いつものテレサ節だ。
宣言通り、ゴッフォを理解し、慣れた証拠だろう。
「…………………………」
しばらくの沈黙。
それを破ったのは、ゴッフォの深い溜息だった。
「……調子を狂わせる小娘だ。才覚すら感じる」
ゴッフォの全身に開眼していた黒い眼が、ゆっくりと閉ざされていく。
戦闘形態の解除、つまり……
「恐怖を乗り越え笑ってみせるその様、美事なり。称賛だ。貴様の願いを聞き入れよう」
「ありがとうございます! では、よろしくお願いします!」
「承知した。おいゴミ虫チャラ男、こっちに来い。話を聞いてやる」
「う、うっす!」
ゴッフォの元へ向かうサンディの背中を見送りながら、ガイアは溜息混じりに笑う。
「な、コウメ。大丈夫だったろ」
「は、はい……すごいですね、テレサさん……あんな恐いトナカイさんを相手に……」
「ま、その辺は俺もちょっと予想外だったよ」
中々根性があるのと行動力に優れているのは前々から知っていたが、今回は流石に無理なんじゃないかと思っていた。
何故なら、テレサはホラー系が本当にマジで完全に全然ダメダメだから。
一方通行的な各種メディアとと違って、相互意思疎通が可能な相手なら、超ホラー顔でも場合によってはイケる。と言うことか。
まぁ、とにかく、テレサがとても頑張ったことには変わり無い。
「今日一日くらいは、普通に優しくしてやるかね……」
これで、トナカイ探しの依頼は一件落着だろう。
ゴッフォも馬鹿じゃない。
チャラさへの先入観を抜きにサンディの言葉を聞けば、きっとその熱意は汲み取ってくれるはずだ。
今年のクリスマスは、良い夢が期待できそうだ。
「おお、そうだ小娘。友好の証として、特殊な時計と合わせて使用するこの精霊獣メダルを……」
「またそれかよ! だからやめろって!」
「何故だ、流行の最先端だぞ? よう出るぞ?」
「何でも乗れば良いってモンじゃないからな!?」
「ちなみに我のはXYZメダルと言って、零式ウォッチじゃないと使えない」
「なんですと!? ガイアさん! 至急ベロ式とやらを買いに行きましょう!」
「お前はお前で踊らされてんじゃねぇよ! どうせあとで『全てのメダルに対応したウォッチ』とか出るパターンだぞこれ!」
……コックリさんと言い、精霊獣は一体どこへ向かおうとしているのか。
風景も気温も寒々とした公園にて。
禍々しい歪で巨大なトナカイ、御手伝鹿獣のゴッフォは仁王立ちで待ち構えていた。
「……二足直立までできるのか……」
よく見れば、前足の蹄が五指を思わせる形状に分岐している。
最早、魔獣と言うか、限り無く獣寄りの獣人と言う感じだ。
「強そう」
「あ、あの、アシリアちゃん、まずはテレサさんたちがお話合いをですね……」
耳をピコピコさせてやる気満々なアシリア。
アシリアが早まらない様になだめるコウメ。
そしてテレサはガイアの陰に隠れて足にしがみつきガッチガチに震えてる。
「や、やぁ、ゴッフォ……」
「ゴフ……ふん、ゴミ虫が……やはり一人では何もできんか」
ゴッフォがサンディを睨みつける。
その目に宿っている感情は怒り…ではなく、呆れ。
「俺達が来るってわかってて、わざわざ待ってたって感じだな……」
「うむ。貴様らは妙な術で、我の居場所を知る方法があると見た」
ゴッフォが口角を上げ、不気味な笑みを披露する。
「ならば、逃げ回るも面倒だろう……荒事は趣味では無いが、ここは始末するのが楽」
ムキっ、と音を立て、ゴッフォの肢体が怒張する。
「ゴフォフォフォ……さぁ、まずはどいつの血肉で我の鼻を紅く彩ろうか……!」
……あれ?
「……おい、サンディさんよ。何か話が違うくね?」
温厚なんじゃ無いのかあの化物。
「あれでも他の奴よりは比較的温厚な方っすよ」
……成程、比較対象がクレイジーだったと言うオチか。
「むぅぅん!」
めぎゃめぎゃめぎゃッ! と、ゴッフォの巨躯から怪音が連続。
その毛皮のあちらこちらが裂け、無数の黒い球体が露出する。
あれは、おそらく眼球だ。奴の顔面にある両眼と同じ、白目の無い黒眼。
「絶対反応形態『百見鬼神の構え』……!」
「……おい、サンディ……」
「あれは奴らの戦闘形態っす。奴らは音速の世界を生きる生物。当然、反応・挙動速度もそれに相応の領域っす。そしてあの形態になることで、全身の眼で三六〇度全方位をカバーできる様になるっす。つまり、音速戦闘ができる死角皆無の筋肉お化けと化すんすよ!」
「おう、解説どうも。ただ俺はそう言うこと聞きたかった訳じゃない」
ただガイアは、「おいサンディてめぇこの野郎」と言う気持ちを込めて名前を呼んだだけである。
「とにかく…待ってくれトナカイ! 俺たちは話合いに来たんだ!」
「生憎、我は獣の類。恥ずかしながら知恵が少々足らなんだ。ゴミ虫やそれに与する愚者と交わす言葉は存ぜぬ」
「いやいやいや! 存じてる! 絶対存じてるだろお前それ!」
「存じぬし。絶対存じぬし」
ゴッフォが足を広げ、腰を沈めた。
少し首を下げ、その雄々しい剛角でガイアたちに狙いを定める。
「っ……あ、あの、ゴッフォさん!」
ここで声を上げたのは、テレサ。
意を決したのか、小股歩きでおそるおそるガイアの陰から前へ出る。
「む? 何だ、まだいたのか。見えとらんかった」
「う、うぅ……」
ゴッフォの無数の眼が、テレサを真っ直ぐに捉える。
さっきよりも数段禍々しさが増したゴッフォに、テレサは最早泣きかけ。木の葉が頬をかすめただけでも号泣し始めてしまいそうなくらいギリギリの所だ。
それでも、テレサはゴッフォと向き合う。
自分が、サンディとゴッフォを取り継ぐと言ったから。
「こ、答えてくだしゃ、さい! な、何で、サンディさんがぎょミ虫だなんて決め付けて、見捨てたりしたんですか!?」
「未熟、貧弱、愚劣、低俗。そして何よりチャラい」
「くっ…チャラい以外はことごとく否定できないっす! 激悔ッ!」
「いや、むしろチャラいが一番否定できないだろお前」
「えぇっ!? 俺これでも清純派が売りっすよ!? 見てくださいよこの純白の髪に白く輝くアクセを!」
「そんながっつり形から入る清純派聞いたこと無ぇよ」
何と言うか「清純派になりたいから白や銀で決めるぜい!」って発想がもう根本的にチャラい。
あと、本当に清純な奴は自分の売りとか探さないし求めないし強調しようと思わないだろう。
「夢魔として夢を操る技術は未熟。我がトップスピードで走れば五体がモゲるからもうちょいゆっくりと喚く。基本的に発想が阿呆。トナカイ相手に下ネタで笑いを取ろうとする、そしてチャラい。そんな奴を見捨てぬ道理がむしろどこにある!?」
「うぐっ……」
「よいか……我は悠久の歳月、夢魔一族と共に歩んで来た! 最早、我も夢魔一族の者だと躊躇うことなく名乗りあげよう! 我は夢魔一族と共に歩んだこれまでの生涯を誇っている!」
ゴッフォの全身の眼が、血走り始める。全身の怒張っぷりが更に増す。
怒りだ。怒りがゴッフォの体を駆け巡っている。
「このドリームサンタ計画は、我ら夢魔一族に取って大きな意味を持つ門出ぞ! 様々な種族に疎まれ、内向化し、衰退の気すら見え始めていた一族が、振り絞れるだけの勇気を持って踏み出した一歩ぞ!」
きっと、ゴッフォはその眼で眺めて来たのだろう。夢魔一族が辿った歴史を。
力無かったが故に数々の迫害を受けた。
弱肉強食の時代が終わっても尚、唯一持つ能力の使い方を批難され、拒絶され続けた。
そうして外界に触れることに酷く萎縮し、閉ざされた世界で細々と生きることを選んだ。
でも、ある日、一族はふと気付いた。
自分たちは「もうこれでいい」と諦観し、納得している。
だが、子や孫にまで、この閉ざされた世界で生きることを強制する権利が、自分たちにあるのだろうか。
愛すべき未来の肉親の生涯を狭める道理が、果たして存在するのだろうか。
彼らのために、何もしなくて良いのか。
彼らのために、出来ることは本当に無いのか。
そんな訳が無い。
やれることはあるはずだ。
だって、今まで何もしてこなかったのだから。
だから夢魔たちは必死に考えた。
時代は移ろい、もう弱者だからと迫害を受けることは無い。
問題は、能力の使い方。
外の世界で夢魔の能力が有意義であると認知される様になれば、自然と歩み寄りができるはずだ。
だからこそのドリームサンタ計画。
夢魔が、世界中の皆に一夜限りの素敵な夢をプレゼントする。
夢魔がいるから、特別な日が更に特別になる。
それを世界の常識にしてしまえば良い。
きっと、時間はかかるだろう。
でも活動し続ければいつか、夢魔が外世界に馴染める日が来る。
可能性が飽和した、素晴らしい社会に溶け込める日が来る。
どれだけ上手くても、夢魔はプロスポーツ選手になれない?
どれだけ腕が良くても、夢魔は飛行機のパイロットになれない?
どれだけ格好良くても、夢魔はアイドルになれない?
どれだけ先見の明に優れていても、夢魔は政治家になれない?
そんな阿呆な話が本当にあったのか? 馬鹿らしい。
歴史の教科書を読んで、誰もがそう失笑する時代がきっと来る。
「感動した! 喜びに打ち震えた! 己が愛する者達のために、一族に取って恐怖の対象である外界と向き合おうと言った同胞の姿に! 絶頂すら覚えた! あの日以来、この心臓の鼓動は早まったまま、落ち着く気配は微塵も無い!」
このまま衰退し、共に滅びるのも良かろう。
そう思って老いを、時と共に緩やかになっていく心音を受け入れていた。
だが、そうも行かなくなった。
ゴッフォは、奮起した同胞のためにソリを引くことを決意した。
「……だのに、だ! 貴様の様な生半可な覚悟でこの計画に参加する同胞がいたとはな……!」
「ッ……!」
「失望だ、絶望だ! これ以上の悲劇があろうか!? ゴミ虫よ! 貴様はわかっているのか!? この計画が、どれほど重く…」
「サンディさんはわかってますよ!」
「!」
ゴッフォの怒号を遮ったのは、テレサの上擦り気味の叫びだった。
泣きそうなのを必死に堪えていた所で大声なんか張ったもんだから、完全に涙腺に歯止めが効かなくなっている。
ボロボロと涙をこぼしながらも、テレサは続ける。
「確かに、サンディさん超チャラいですよ! 私だってそう思います! でも、それは見た目の話ですよ! サンディさんがサンタさんをやる気持ちは、チャラくなんて無いです! 見た目だけで勝手なイメージを押し付けるのは、良くないことです! ちゃんと話を聞いてあげてください!」
「……ふん。ほざけ小娘」
殺意にまで発展しそうなドス黒い気迫を視線に込め、ゴッフォがテレサを睨む。
「見た目で勝手な偏見を抱くな? 笑わせる。先程から我の見た目に怖気付き、ガチガチガチガチと騒がしいくせに、よく囀れたな」
「っ……えぇ、そうですね! 私はあなたの見た目が恐いです! えぇもうそりゃ恐いですよ! ごめんなさい! でも恐いものは恐いです!」
それは揺ぎ様の無い事実だ。
半ばヤケクソ気味に、テレサもそれを認める。
「でも…いいえ、だからこそ、私はあなたの言葉に耳を塞ぎません! 塞いじゃいけないんです!」
「!」
「勝手に決め付けて、話を聞かないなんて、そんなの酷いです! ええ、絶対にそれは酷いことですよ! そう思いませんかガイアさん! ガイアさんならきっとそう思いますよね!? 私わかってますよ、ガイアさんはいざと言う時だけは、絶対に私の味方ですから! これは今更話を聞くまでもありません!」
勝手なイメージじゃない。長い付き合いで確信している事実。
私にはガイアさんがいますから! と自分に言い聞かせ、テレサは一歩前へ、ゴッフォの方へ歩み出る。
「と言う訳で、『私たち』は断固として、ゴッフォさんのその姿勢をナンセンスだと主張します!」
心の奥底に火が付き、完全にヤケクソモードに突入したらしい。
涙も止まり、テレサはずかずかと、ゴッフォの方へ。
「え、ちょっ……テレサさん、止めなくて良いんですか……!?」
「大丈夫だと思う」
「……あぁ、そうだな」
ガイアもアシリアも感じていた。
ゴッフォがテレサに向けている視線が、少しだけ変化していることに。
「ゴッフォさん、良いですか!? まずは私の話を良く聞いてください!」
「お、ぉぉう……」
ゴッフォとテレサの距離は僅か数メートル。
ゴッフォが腕を振るえば、テレサの首が飛ぶ距離だ。
だのに、テレサは堂々、むしろゴッフォがやや困惑を顕にしている。
そりゃそうだ。
さっきまで自分に超怯えてた小さな生き物が、突然大股で胸を張りながら接近して来る。
誰だってそのギャップには困惑する。
「では、まず……」
テレサは真っ直ぐ、ゴッフォのそのトラウマチックな顔を見上げた。
そして大きく深呼吸。
直後、テレサは全力で頭を下げた。
「改めてごめんなさい! やっぱりそのお顔は恐いです!」
「!? お、おぉう……そう言いつつよくここまで近付いて来たものだな……」
「話を聞いてたら、ゴッフォさんは少し酷い所もあるけど、大体良いトナカイだってちゃんとわかりました! だからちょっとだけ大丈夫です!」
振り上げたテレサの顔に張り付いていたのは、やや引き攣り気味の笑顔。
作り笑い、とかでは無い。テレサが友好的な相手に無差別に振りまく笑顔に、ゴッフォに抱く僅かな恐怖が混ざった結果の産物。きっちり天然物の笑顔だ。
「サンディさんもそうです。最初は、チャラい人だなぁと思ってました。……まぁ普通にチャラい人ですけど」
「……俺ってそんなチャラいっすか?」
「チャラいから黙って聞いてろ」
全くチャラい茶々入れやがって。
「でも、きちんとお話を聞いてたら……サンタさんのお仕事だけは、真面目にやろうとしてるって、ちゃんとわかりました」
「……だから、我もあのゴミ虫チャラ男の話をきちんと聞いてやれ、と?」
「はい! その通りです! 流石ゴッフォさん! 顔は恐いけど話が早い!」
余計な所で余計なことを言う。
いつものテレサ節だ。
宣言通り、ゴッフォを理解し、慣れた証拠だろう。
「…………………………」
しばらくの沈黙。
それを破ったのは、ゴッフォの深い溜息だった。
「……調子を狂わせる小娘だ。才覚すら感じる」
ゴッフォの全身に開眼していた黒い眼が、ゆっくりと閉ざされていく。
戦闘形態の解除、つまり……
「恐怖を乗り越え笑ってみせるその様、美事なり。称賛だ。貴様の願いを聞き入れよう」
「ありがとうございます! では、よろしくお願いします!」
「承知した。おいゴミ虫チャラ男、こっちに来い。話を聞いてやる」
「う、うっす!」
ゴッフォの元へ向かうサンディの背中を見送りながら、ガイアは溜息混じりに笑う。
「な、コウメ。大丈夫だったろ」
「は、はい……すごいですね、テレサさん……あんな恐いトナカイさんを相手に……」
「ま、その辺は俺もちょっと予想外だったよ」
中々根性があるのと行動力に優れているのは前々から知っていたが、今回は流石に無理なんじゃないかと思っていた。
何故なら、テレサはホラー系が本当にマジで完全に全然ダメダメだから。
一方通行的な各種メディアとと違って、相互意思疎通が可能な相手なら、超ホラー顔でも場合によってはイケる。と言うことか。
まぁ、とにかく、テレサがとても頑張ったことには変わり無い。
「今日一日くらいは、普通に優しくしてやるかね……」
これで、トナカイ探しの依頼は一件落着だろう。
ゴッフォも馬鹿じゃない。
チャラさへの先入観を抜きにサンディの言葉を聞けば、きっとその熱意は汲み取ってくれるはずだ。
今年のクリスマスは、良い夢が期待できそうだ。
「おお、そうだ小娘。友好の証として、特殊な時計と合わせて使用するこの精霊獣メダルを……」
「またそれかよ! だからやめろって!」
「何故だ、流行の最先端だぞ? よう出るぞ?」
「何でも乗れば良いってモンじゃないからな!?」
「ちなみに我のはXYZメダルと言って、零式ウォッチじゃないと使えない」
「なんですと!? ガイアさん! 至急ベロ式とやらを買いに行きましょう!」
「お前はお前で踊らされてんじゃねぇよ! どうせあとで『全てのメダルに対応したウォッチ』とか出るパターンだぞこれ!」
……コックリさんと言い、精霊獣は一体どこへ向かおうとしているのか。
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