悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R42,トリック・オア・トリック(絶望しかない)
「ほあぁぁ!? 玉将さん、もう逃げ場が無い!?」
魔地悪威絶商会オフィス。
来客用のテーブルで、テレサとアストは将棋を指していた。
そしていつぞやの如く1+1が2になった。
「……なぁ、薄々思ってたんだがよぉ。テメェ、阿呆なのか?」
「アストさんまで私をそう呼ぶんですか!?」
そうか、やっぱり俺以外も呼んでるのか。とアストは確証を得る。
「ぐぬぬ……何故勝てないのでしょう……」
「とりあえず、まずは定跡以前に桂馬が1マス飛ばして斜め前に動けるってことを覚えるこったな」
まさかアストも飛車や角など相手の重要戦力が、自ら桂馬の射程に跳び込んでくるとは思わなかった。
そして桂馬でその首を刎ねる度、テレサは変な悲鳴を上げていた。
「あ、あの、お茶のおかわりは……」
「おう、悪ぃな甲羅の。もらうぜ」
「い、いえ、ごめんなさ…じゃなくて、ごゆっくり……」
「つっても、そろそろ帰るけどな」
もうかれこれ10局以上指している。
付き合いの良いアストも、流石に今日はそろそろ帰る。
「あぁ、そぉだ。ほれ、これやるよ」
そう言って、アストはコートのポケットから飴玉を取り出し、コウメに差し出した。
「ひっ……!? な、何故私なんかに急に……?」
「? 急にってことも無ぇだろ? そろそろハロウィンだぜ?」
アストはこの時期になると、飴玉を常備する。
主にアーリマン・アヴェスターズの関係者や、修行で訪れた先で関わり合った子供とかに配り歩くためだ。
「あ、ハロウィン……私達の世界にもありました……その、ありがとうございます」
「ほれ、テレサ。テメェにもやるよ」
「あ、これ苺ミルクの奴ですか!? ありがとうございます!」
将棋での連戦連敗なんぞもう忘却の彼方か。
テレサは笑顔で飴玉を受け取ると、即座に開封、口に放り込んだ。
「そうだ、ハロウィンと言えば……やっぱり悪戯ですよね」
「ん? まぁな。アンラもハロウィンにゃ、色んな奴に無意味なちょっかいかけに行くし」
「アンラさん、ノリノリですね」
本来ならば悪戯が主目的では無いと言うか、ハロウィンの「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!」はお菓子をもらうための狂言に近いモノだが……
「アンラの野郎は、お菓子は要らんから悪戯したい、むしろお菓子をあげてでも悪戯してぇらしい」
アストも何度かアンラに壮絶な悪戯を仕掛けられ、散々弄ばれた後に「ハロウィン大成功」と言う看板を掲げたアンラにお菓子をもらったことがある。
多分、「お菓子あげるから笑って許してへぺろっ☆」的な感じだろう。
「……そうだ」
ここでテレサがふふっ、と笑う。
本人は悪い笑顔のつもりだが、周囲の目からはお察しである。
「今度こそガイアさんに報復の時! ホワイトデーの時は見事に躱されてしまいましたが、今回はそうは行きませんよ!」
「ガイアに報復ぅ? んだよ、あいつに何か嫌なことでもされてんのか?」
「嫌なこと、と言うほどではありませんが…ガイアさんよく私に悪戯するし、私のことをよくからかうんです! 多分、私のことをこの世で1番阿呆呼ばわりしてますよあの人! その報いを今こそ!」
あぁ、ガキの悪戯合戦みたいなモンか。とアストは納得し、茶を呷る。
「でもよぉ、テメェに誰かを嵌めるなんて器用な真似できんのか?」
「うっ、それは……」
テレサは今までにも何度かガイアへの報復を企てたことがある。
しかし、どれも失敗に終わり、適度に報復返しを食らっているのが現状だ。
「わ、私だって本気になれば、ガイアさんが驚きのあまり『ほぴゃー』とか奇声をあげちゃう様なドッキリを仕掛けるくらいできますよ!」
「ほぉ、具体的にどぉするつもりだよ?」
「はへ? そ、そうですね……えぇと……ガイアさんが嫌がりそう…は少し可哀想だから、驚きそうなこと……」
そこで、はっとテレサは何かを閃いた。
そして、魔法で何かを召喚。それは耳かき棒。
「アストさん、知ってますか、この耳かきのお尻の方に付いているフサフサ。実はですね…『梵天』って言うんですよ!」
「……?」
「どうですか? 見た目に反して名前渋くないですか? びっくりでしょう!?」
「……いや、普通に知ってたけど」
「わ、私も……ごめんなさい」
むしろ、そんなことを驚愕の雑学として提示してきたことに驚きである。
「えぇっ!? 私は結構最近知ったのに!」
「テメェな……」
ハロウィンの悪戯=驚かす、と言う発想はあながち間違いでは無いだろうが、「ぎゃー!」と「へぇ、知らなかった!」は同じ驚きでも大分方向性が違うだろう。
「ラバーカップは前に教えちゃったから、渾身の1発だったのに……」
梵天を指でフサフサしながら、テレサはしゅんとなる。
「……あー、なんなら、俺が協力してやろぉか?」
「え、本当ですか!?」
「あぁ、暇だしな」
アストもアーリマンの端くれ。悪戯は嫌いでは無い。
あと、このままだとテレサが余りにも哀れだ。
「俺の『能力』を使えば、どんな野郎だろうがギャフンを連呼する羽目になるぜ」
「頼もしい! って、能力?」
「ああ。アーリマンの特性って奴だよ」
笑顔のアスト。その掌に召喚したのは、禍々しい黒紫色のオーラを纏った荒縄。
縄は端と端が結び合わされ、輪っか状になっている。
「俺特製の首縄を首に巻かれた奴ぁ、どうしようもなく不幸と踊っちまうのさ」
それが『不幸』を司るアーリマン、アストウィーザ・ハードダンサーの特性、固有能力である。
獲物の首に縄をかけ、不幸の深淵へと引きずり込む。奈落の導き手。
「これの不幸レベルを『弱』に設定すりゃ、冗談で済むくらいの不幸に見舞われまくる」
「なるほど! そして適度にボロボロになったガイアさんにハロウィン大成功の看板を叩き付けてやるんですね!?」
「まぁ、そぉいうことだ」
そう言ってアストが指を鳴らすと、不幸の首縄が消えた。
アストの転送魔法で、今頃大学での講義を終えてこちらへ向かっている途中だろうガイアの首へと転送されたのだ。
「そんでもって、ほい」
アストがテレビの電源を入れる。
すると、眠そうに欠伸を噛み殺しながら歩くガイアの姿が映し出された。
アストが縄にかけた隠密魔法の効果で本人も周囲も気付いていないが、ガイアの首にはきっちりあの縄が巻きついている。
「さて……俺としちゃ恨みは無ぇが、面白そうだからじっくり観戦させてもらおうぜ」
「はい、楽しみで……す? 電話?」
と、ここでテレサのスマホが震え始めた。
先日、テレサは奇跡的に自力でマナーモードに設定できたものの、解除の仕方がわからず以降この状態だ。
多分あと3日もすればガイアに泣きつく。
と、それは置いといて、電話である。
発信者は、チャールズ。
「もしもし、チャールズ兄様? どうしたんですか?」
『テレサ!? ガイアさんはそこにいる!?』
「いえ、いませんけど……」
『そ、そうか……じゃあ、連絡を取って伝えてくれ、「兄がすごい勢いでそっちに向かってる」と。多分これだけで伝わるから!』
「兄……? ヴェルグ兄様かウィリアム兄様がどうかしたんですか?」
『ウィリアム兄さんの方がちょっとね……悪いモノを食べて暴走機関車と化したと言うか……』
「何があったんですか!?」
『詳しく説明してる時間は無い! とにかく、ガイアさんに至急身を隠す様に連絡を! いいね!?』
「は、はぁ……」
状況は全く飲み込めないが、兄様の言うことだし聞いておこう、とテレサは通話終了したスマホを操作。
ガイアに電話をかけようとしたが……
「お、なんか状況が動いたぞ」
「本当ですか!?」
アストの一言で、完全にテレビの方に関心が持って行かれた。
「ガイアさん、どんなリアクションするか楽しみです!」
「んー……?」
何かさっきから首に違和感あんなぁ…と首をポリポリするガイア。
異物感はあるのだが、それがよくわからない。
喉風邪でも引いたか? と咳払いしてみるが、特に変化は無い。
「そういや、またインフルの時期か……」
さて、今度はどうやってテレサを予防接種に連れて行ったものか。
まぁ、あんな阿呆を騙して病院まで連れて行く方法などごまんとある。
問題は、注射の際にテレサが魔法をも駆使して必死の抵抗をすると言う点だ。
バリカンから死にもの狂いで逃走を試みる猫を彷彿とさせてくれる。
今回も、キッドナップの手を借りるのが無難か……などとガイアが思案していると……
「あれ? ガイアじゃん。やっほい」
声は、頭上から。
「アンラ? ……何してんだ、そんな所で……」
何やら、アンラが電柱の天辺でポテチを貪っていた。
「んー、暇だからねー。面白いことは無いかと散策中」
ぴょんっ、と軽い感じで、アンラは電柱の天辺からガイアの目の前まで飛び降りた。
「ところでガイア。君、アストに何したの?」
「はぁ?」
アストと言うと、ちょいちょいオフィスに来てテレサの相手をしてくれる優秀な出張保育士…じゃなくてアーリマンのことか。
「いや、別に、あの人とことを構える様なことはしてないけど……」
むしろガイアとしては、テレサの遊び相手役を押し付ける相手としてこれからも重宝していく予定の御仁だ。
「じゃあ、何でアストの縄を巻かれてるのさ? あいつがそれ使うって、相当のことだよ?」
「縄?」
「それ」
アンラがパチンと指を鳴らすと、何かが砕け散る様な音が。
同時に、ガイアの首に巻き付いた不気味な縄輪が姿を現した。
「のわっ、なんじゃこりゃ……?」
「アストの縄。それを巻かれた奴は、総じて不幸な目に遭う」
「はぁ!? なんでそんなモンが俺の首に巻かれてんだよ!?」
「さぁ? だから聞いてんじゃん」
アストはこの能力を「使っててあんま楽しくねぇ」と忌避している節さえある。
そりゃそうだ。相手を不幸にしてしまえば、どんな勝負だって勝てるに決まっている。
勝負事を楽しむアーリマンの気質としては、実にナンセンス。使い所の限られる能力だ。
ガイアがよっぽど嫌われる様なことをしたか、はたまた何か別の要因か。
「こう言う謎の状況の時は、あいつを頼るのが手っ取り早いな」
「もう、ガイア氏。私のことを都合の良い女か何かと思ってませんか? 失礼しちゃうざますティック。これはプンプン訴訟ですよ」
などと言いつつ、きっちり出てきてくれる辺り、流石カゲヌイと言った所か。
「まぁ、なんでしょうね。簡潔に言えば、ご愁傷様です」
「いきなり死亡宣告!? え、何? 俺今どう言う状況なの!?」
「詳しい説明はこの企画の趣向を損ねることになりますので。とりあえず、頑張って生き延びてください。ある程度状況を楽しんだ後、救出して全て教えて差し上げますので」
「ちょっと待て、救出ってどう言う……」
「先にひとつだけお伝えしておくとすれば…アスト氏も中々のドジッ子だと言うことです。料理の塩加減を全力でしくじるタイプですね彼。そしてそこにガイアさんの元々の受難体質が乗っかって、魔の相乗効果発動って感じですね。南無」
「はぁ? いや、もうちょいわかる様に……」
「ぐるぁあああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁッッッ!!!」
ガイアの言葉を遮る様に、獣の咆哮が響き渡った。
「げぇっ!? テケテケ王子!?」
咆哮の主は、遥か彼方から四足歩行でこちらへ猛突進してくる第1王子・ウィリアム。
その手に剣を握り締め、何やら顔は「(^q^)」って感じになっている。
「何で!? 王子何で!?」
マリナの1件から大人しくなっていたのに、何故急に。
「ささ、とにかくガイア氏。レッツダッシュ、ダッシュ、ダンダンダダン」
「急いで走り出せってか!?」
懐かしい小ネタ挟みやがって、と思いつつ、ガイアは逃走開始。
「ああ、なんとなくわかった気がする」
何やら納得したアンラとカゲヌイは、白いハンカチを振ってガイアを見送った。
その2人の間を突風の如く四駆ウィリアムが駆け抜ける。
「ぐるぁっ! 足ッ! 足だッ! 全部削いでやるぞフォァッ!」
「ひぃっ!? 何なんだ一体!? これがアストの縄の効果って奴か!?」
一方、テレサ達。
「ウィリアム兄様!? なんでウィリアム兄様が!?」
「あの顔、明らかに正気じゃねぇな」
「そりゃそうですよ! 正気の兄様が剣を持ってガイアさんを追いかける訳無いじゃないですか!」
「え……? あ、いや、テレサさん……? あ、やっぱなんでもないですごめんなさい」
以前、ウィリアムによるガイア襲撃事件現場にいたコウメは、平常時からウィリアムがテケテケ行為を働いていたことを知っている。
「と言うか、アレが弱レベルの不幸なんですか!? ガイアさんすごい必死の形相で逃げてますよ!? もう2秒後には泣き出してもおかしくないですよアレ!?」
「……………………すまん。もしかしたら、不幸レベルの設定ミスったかも」
「アストさん!? 解除! 縄解除!」
「お、おう!」
ガイアの首の縄は消えたが、未だに暴走ウィリーはガイアの足をロックオンしている。
1度起きた不幸はそう簡単には収まらない、世の常である。
「足ぁ! 足ぁ! 足4本グルッシャァァアアアァァアァァッッ!!」
「足は2本だろ!?」
「前後で4本ブッシャロァ!」
「あいつ俺のことを人間として見てねぇな!?」
薄々とは思ってたけど。
「って、あれは……」
と、ここでガイアは前方にあるモノを発見。
それは、ゴミ捨て場でゴミ袋を抱いて眠る緑髪褐色の女性。
「ぶふぅ……ん? あれぇ? 何か知ってる気配がするぅ」
「ぶ、ブーシュヤンスタンッ!?」
「あぁ、この前の抱き枕くんだぁ」
堕落を司るアーリマン、ブーシュヤンスタン・ドリーマー。
ガイアに取って、軽くトラウマな相手である。
「うーん、丁度ぉ、この抱き枕はなんか違うなぁと思ってたのよねぇ…こっちおいでぇ。お姉さんとオネンネしましょぉ」
「絶対ヤダ! ってか今そんな暇ねぇっ!」
と言う訳で、ガイアはブーシュの転がっているゴミ捨て場をスルーして直進。
「むぅ……お姉さんはぁ、ワガママなのぉー」
ここで、ブーシュは浮遊魔法を起動。最も、面倒なので低空飛行だが。
その低空飛行状態で、逃げるガイアを追う。
「待ちなさいよぉう。止まらないとぉ、足を削いででもぉー止めちゃうわよぉ」
「足ジャブラァッ!」
「ッ!? テケテケが増えた!?」
ガイアの足を狙い、地を這って移動する2匹の珍獣。
どちらに捕まっても地獄行き。
まさかのサドンデスイベント発動である。
一方、テレサ達。
「……あの……縄、消えたのに、ガイアさんの状況が悪化してるんですけど……」
「となると、この状況はあいつの地力か……死亡イベントが2つ同時進行とか、不幸マイスターの俺でも舌を巻くレベルだぜ……」
「あ、あの……これ、助けに行った方が……」
「あ!? ガイアさんが何か穴に落ちた!? あれってもしかしてヤマト国のある世界に通じてる奴じゃないですか!? ほら、前にアシリアちゃん達が落ちた奴!」
「どこまで行くんだあいつは……」
ガイアの受難はそう簡単には終わらない。
※このあと、ガイアはスタッフがきっちり回収しました。
魔地悪威絶商会オフィス。
来客用のテーブルで、テレサとアストは将棋を指していた。
そしていつぞやの如く1+1が2になった。
「……なぁ、薄々思ってたんだがよぉ。テメェ、阿呆なのか?」
「アストさんまで私をそう呼ぶんですか!?」
そうか、やっぱり俺以外も呼んでるのか。とアストは確証を得る。
「ぐぬぬ……何故勝てないのでしょう……」
「とりあえず、まずは定跡以前に桂馬が1マス飛ばして斜め前に動けるってことを覚えるこったな」
まさかアストも飛車や角など相手の重要戦力が、自ら桂馬の射程に跳び込んでくるとは思わなかった。
そして桂馬でその首を刎ねる度、テレサは変な悲鳴を上げていた。
「あ、あの、お茶のおかわりは……」
「おう、悪ぃな甲羅の。もらうぜ」
「い、いえ、ごめんなさ…じゃなくて、ごゆっくり……」
「つっても、そろそろ帰るけどな」
もうかれこれ10局以上指している。
付き合いの良いアストも、流石に今日はそろそろ帰る。
「あぁ、そぉだ。ほれ、これやるよ」
そう言って、アストはコートのポケットから飴玉を取り出し、コウメに差し出した。
「ひっ……!? な、何故私なんかに急に……?」
「? 急にってことも無ぇだろ? そろそろハロウィンだぜ?」
アストはこの時期になると、飴玉を常備する。
主にアーリマン・アヴェスターズの関係者や、修行で訪れた先で関わり合った子供とかに配り歩くためだ。
「あ、ハロウィン……私達の世界にもありました……その、ありがとうございます」
「ほれ、テレサ。テメェにもやるよ」
「あ、これ苺ミルクの奴ですか!? ありがとうございます!」
将棋での連戦連敗なんぞもう忘却の彼方か。
テレサは笑顔で飴玉を受け取ると、即座に開封、口に放り込んだ。
「そうだ、ハロウィンと言えば……やっぱり悪戯ですよね」
「ん? まぁな。アンラもハロウィンにゃ、色んな奴に無意味なちょっかいかけに行くし」
「アンラさん、ノリノリですね」
本来ならば悪戯が主目的では無いと言うか、ハロウィンの「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!」はお菓子をもらうための狂言に近いモノだが……
「アンラの野郎は、お菓子は要らんから悪戯したい、むしろお菓子をあげてでも悪戯してぇらしい」
アストも何度かアンラに壮絶な悪戯を仕掛けられ、散々弄ばれた後に「ハロウィン大成功」と言う看板を掲げたアンラにお菓子をもらったことがある。
多分、「お菓子あげるから笑って許してへぺろっ☆」的な感じだろう。
「……そうだ」
ここでテレサがふふっ、と笑う。
本人は悪い笑顔のつもりだが、周囲の目からはお察しである。
「今度こそガイアさんに報復の時! ホワイトデーの時は見事に躱されてしまいましたが、今回はそうは行きませんよ!」
「ガイアに報復ぅ? んだよ、あいつに何か嫌なことでもされてんのか?」
「嫌なこと、と言うほどではありませんが…ガイアさんよく私に悪戯するし、私のことをよくからかうんです! 多分、私のことをこの世で1番阿呆呼ばわりしてますよあの人! その報いを今こそ!」
あぁ、ガキの悪戯合戦みたいなモンか。とアストは納得し、茶を呷る。
「でもよぉ、テメェに誰かを嵌めるなんて器用な真似できんのか?」
「うっ、それは……」
テレサは今までにも何度かガイアへの報復を企てたことがある。
しかし、どれも失敗に終わり、適度に報復返しを食らっているのが現状だ。
「わ、私だって本気になれば、ガイアさんが驚きのあまり『ほぴゃー』とか奇声をあげちゃう様なドッキリを仕掛けるくらいできますよ!」
「ほぉ、具体的にどぉするつもりだよ?」
「はへ? そ、そうですね……えぇと……ガイアさんが嫌がりそう…は少し可哀想だから、驚きそうなこと……」
そこで、はっとテレサは何かを閃いた。
そして、魔法で何かを召喚。それは耳かき棒。
「アストさん、知ってますか、この耳かきのお尻の方に付いているフサフサ。実はですね…『梵天』って言うんですよ!」
「……?」
「どうですか? 見た目に反して名前渋くないですか? びっくりでしょう!?」
「……いや、普通に知ってたけど」
「わ、私も……ごめんなさい」
むしろ、そんなことを驚愕の雑学として提示してきたことに驚きである。
「えぇっ!? 私は結構最近知ったのに!」
「テメェな……」
ハロウィンの悪戯=驚かす、と言う発想はあながち間違いでは無いだろうが、「ぎゃー!」と「へぇ、知らなかった!」は同じ驚きでも大分方向性が違うだろう。
「ラバーカップは前に教えちゃったから、渾身の1発だったのに……」
梵天を指でフサフサしながら、テレサはしゅんとなる。
「……あー、なんなら、俺が協力してやろぉか?」
「え、本当ですか!?」
「あぁ、暇だしな」
アストもアーリマンの端くれ。悪戯は嫌いでは無い。
あと、このままだとテレサが余りにも哀れだ。
「俺の『能力』を使えば、どんな野郎だろうがギャフンを連呼する羽目になるぜ」
「頼もしい! って、能力?」
「ああ。アーリマンの特性って奴だよ」
笑顔のアスト。その掌に召喚したのは、禍々しい黒紫色のオーラを纏った荒縄。
縄は端と端が結び合わされ、輪っか状になっている。
「俺特製の首縄を首に巻かれた奴ぁ、どうしようもなく不幸と踊っちまうのさ」
それが『不幸』を司るアーリマン、アストウィーザ・ハードダンサーの特性、固有能力である。
獲物の首に縄をかけ、不幸の深淵へと引きずり込む。奈落の導き手。
「これの不幸レベルを『弱』に設定すりゃ、冗談で済むくらいの不幸に見舞われまくる」
「なるほど! そして適度にボロボロになったガイアさんにハロウィン大成功の看板を叩き付けてやるんですね!?」
「まぁ、そぉいうことだ」
そう言ってアストが指を鳴らすと、不幸の首縄が消えた。
アストの転送魔法で、今頃大学での講義を終えてこちらへ向かっている途中だろうガイアの首へと転送されたのだ。
「そんでもって、ほい」
アストがテレビの電源を入れる。
すると、眠そうに欠伸を噛み殺しながら歩くガイアの姿が映し出された。
アストが縄にかけた隠密魔法の効果で本人も周囲も気付いていないが、ガイアの首にはきっちりあの縄が巻きついている。
「さて……俺としちゃ恨みは無ぇが、面白そうだからじっくり観戦させてもらおうぜ」
「はい、楽しみで……す? 電話?」
と、ここでテレサのスマホが震え始めた。
先日、テレサは奇跡的に自力でマナーモードに設定できたものの、解除の仕方がわからず以降この状態だ。
多分あと3日もすればガイアに泣きつく。
と、それは置いといて、電話である。
発信者は、チャールズ。
「もしもし、チャールズ兄様? どうしたんですか?」
『テレサ!? ガイアさんはそこにいる!?』
「いえ、いませんけど……」
『そ、そうか……じゃあ、連絡を取って伝えてくれ、「兄がすごい勢いでそっちに向かってる」と。多分これだけで伝わるから!』
「兄……? ヴェルグ兄様かウィリアム兄様がどうかしたんですか?」
『ウィリアム兄さんの方がちょっとね……悪いモノを食べて暴走機関車と化したと言うか……』
「何があったんですか!?」
『詳しく説明してる時間は無い! とにかく、ガイアさんに至急身を隠す様に連絡を! いいね!?』
「は、はぁ……」
状況は全く飲み込めないが、兄様の言うことだし聞いておこう、とテレサは通話終了したスマホを操作。
ガイアに電話をかけようとしたが……
「お、なんか状況が動いたぞ」
「本当ですか!?」
アストの一言で、完全にテレビの方に関心が持って行かれた。
「ガイアさん、どんなリアクションするか楽しみです!」
「んー……?」
何かさっきから首に違和感あんなぁ…と首をポリポリするガイア。
異物感はあるのだが、それがよくわからない。
喉風邪でも引いたか? と咳払いしてみるが、特に変化は無い。
「そういや、またインフルの時期か……」
さて、今度はどうやってテレサを予防接種に連れて行ったものか。
まぁ、あんな阿呆を騙して病院まで連れて行く方法などごまんとある。
問題は、注射の際にテレサが魔法をも駆使して必死の抵抗をすると言う点だ。
バリカンから死にもの狂いで逃走を試みる猫を彷彿とさせてくれる。
今回も、キッドナップの手を借りるのが無難か……などとガイアが思案していると……
「あれ? ガイアじゃん。やっほい」
声は、頭上から。
「アンラ? ……何してんだ、そんな所で……」
何やら、アンラが電柱の天辺でポテチを貪っていた。
「んー、暇だからねー。面白いことは無いかと散策中」
ぴょんっ、と軽い感じで、アンラは電柱の天辺からガイアの目の前まで飛び降りた。
「ところでガイア。君、アストに何したの?」
「はぁ?」
アストと言うと、ちょいちょいオフィスに来てテレサの相手をしてくれる優秀な出張保育士…じゃなくてアーリマンのことか。
「いや、別に、あの人とことを構える様なことはしてないけど……」
むしろガイアとしては、テレサの遊び相手役を押し付ける相手としてこれからも重宝していく予定の御仁だ。
「じゃあ、何でアストの縄を巻かれてるのさ? あいつがそれ使うって、相当のことだよ?」
「縄?」
「それ」
アンラがパチンと指を鳴らすと、何かが砕け散る様な音が。
同時に、ガイアの首に巻き付いた不気味な縄輪が姿を現した。
「のわっ、なんじゃこりゃ……?」
「アストの縄。それを巻かれた奴は、総じて不幸な目に遭う」
「はぁ!? なんでそんなモンが俺の首に巻かれてんだよ!?」
「さぁ? だから聞いてんじゃん」
アストはこの能力を「使っててあんま楽しくねぇ」と忌避している節さえある。
そりゃそうだ。相手を不幸にしてしまえば、どんな勝負だって勝てるに決まっている。
勝負事を楽しむアーリマンの気質としては、実にナンセンス。使い所の限られる能力だ。
ガイアがよっぽど嫌われる様なことをしたか、はたまた何か別の要因か。
「こう言う謎の状況の時は、あいつを頼るのが手っ取り早いな」
「もう、ガイア氏。私のことを都合の良い女か何かと思ってませんか? 失礼しちゃうざますティック。これはプンプン訴訟ですよ」
などと言いつつ、きっちり出てきてくれる辺り、流石カゲヌイと言った所か。
「まぁ、なんでしょうね。簡潔に言えば、ご愁傷様です」
「いきなり死亡宣告!? え、何? 俺今どう言う状況なの!?」
「詳しい説明はこの企画の趣向を損ねることになりますので。とりあえず、頑張って生き延びてください。ある程度状況を楽しんだ後、救出して全て教えて差し上げますので」
「ちょっと待て、救出ってどう言う……」
「先にひとつだけお伝えしておくとすれば…アスト氏も中々のドジッ子だと言うことです。料理の塩加減を全力でしくじるタイプですね彼。そしてそこにガイアさんの元々の受難体質が乗っかって、魔の相乗効果発動って感じですね。南無」
「はぁ? いや、もうちょいわかる様に……」
「ぐるぁあああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁッッッ!!!」
ガイアの言葉を遮る様に、獣の咆哮が響き渡った。
「げぇっ!? テケテケ王子!?」
咆哮の主は、遥か彼方から四足歩行でこちらへ猛突進してくる第1王子・ウィリアム。
その手に剣を握り締め、何やら顔は「(^q^)」って感じになっている。
「何で!? 王子何で!?」
マリナの1件から大人しくなっていたのに、何故急に。
「ささ、とにかくガイア氏。レッツダッシュ、ダッシュ、ダンダンダダン」
「急いで走り出せってか!?」
懐かしい小ネタ挟みやがって、と思いつつ、ガイアは逃走開始。
「ああ、なんとなくわかった気がする」
何やら納得したアンラとカゲヌイは、白いハンカチを振ってガイアを見送った。
その2人の間を突風の如く四駆ウィリアムが駆け抜ける。
「ぐるぁっ! 足ッ! 足だッ! 全部削いでやるぞフォァッ!」
「ひぃっ!? 何なんだ一体!? これがアストの縄の効果って奴か!?」
一方、テレサ達。
「ウィリアム兄様!? なんでウィリアム兄様が!?」
「あの顔、明らかに正気じゃねぇな」
「そりゃそうですよ! 正気の兄様が剣を持ってガイアさんを追いかける訳無いじゃないですか!」
「え……? あ、いや、テレサさん……? あ、やっぱなんでもないですごめんなさい」
以前、ウィリアムによるガイア襲撃事件現場にいたコウメは、平常時からウィリアムがテケテケ行為を働いていたことを知っている。
「と言うか、アレが弱レベルの不幸なんですか!? ガイアさんすごい必死の形相で逃げてますよ!? もう2秒後には泣き出してもおかしくないですよアレ!?」
「……………………すまん。もしかしたら、不幸レベルの設定ミスったかも」
「アストさん!? 解除! 縄解除!」
「お、おう!」
ガイアの首の縄は消えたが、未だに暴走ウィリーはガイアの足をロックオンしている。
1度起きた不幸はそう簡単には収まらない、世の常である。
「足ぁ! 足ぁ! 足4本グルッシャァァアアアァァアァァッッ!!」
「足は2本だろ!?」
「前後で4本ブッシャロァ!」
「あいつ俺のことを人間として見てねぇな!?」
薄々とは思ってたけど。
「って、あれは……」
と、ここでガイアは前方にあるモノを発見。
それは、ゴミ捨て場でゴミ袋を抱いて眠る緑髪褐色の女性。
「ぶふぅ……ん? あれぇ? 何か知ってる気配がするぅ」
「ぶ、ブーシュヤンスタンッ!?」
「あぁ、この前の抱き枕くんだぁ」
堕落を司るアーリマン、ブーシュヤンスタン・ドリーマー。
ガイアに取って、軽くトラウマな相手である。
「うーん、丁度ぉ、この抱き枕はなんか違うなぁと思ってたのよねぇ…こっちおいでぇ。お姉さんとオネンネしましょぉ」
「絶対ヤダ! ってか今そんな暇ねぇっ!」
と言う訳で、ガイアはブーシュの転がっているゴミ捨て場をスルーして直進。
「むぅ……お姉さんはぁ、ワガママなのぉー」
ここで、ブーシュは浮遊魔法を起動。最も、面倒なので低空飛行だが。
その低空飛行状態で、逃げるガイアを追う。
「待ちなさいよぉう。止まらないとぉ、足を削いででもぉー止めちゃうわよぉ」
「足ジャブラァッ!」
「ッ!? テケテケが増えた!?」
ガイアの足を狙い、地を這って移動する2匹の珍獣。
どちらに捕まっても地獄行き。
まさかのサドンデスイベント発動である。
一方、テレサ達。
「……あの……縄、消えたのに、ガイアさんの状況が悪化してるんですけど……」
「となると、この状況はあいつの地力か……死亡イベントが2つ同時進行とか、不幸マイスターの俺でも舌を巻くレベルだぜ……」
「あ、あの……これ、助けに行った方が……」
「あ!? ガイアさんが何か穴に落ちた!? あれってもしかしてヤマト国のある世界に通じてる奴じゃないですか!? ほら、前にアシリアちゃん達が落ちた奴!」
「どこまで行くんだあいつは……」
ガイアの受難はそう簡単には終わらない。
※このあと、ガイアはスタッフがきっちり回収しました。
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