悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R34,乙女は鼻毛なんて生えません(本気)

 いくつもの三つ編みをぶら下げた、少々奇抜な髪型のクールビューティ。
 彼女の名前はシェリー・カトレア。
 齢は20。現役女大生であり、悪の組織で会計係のバイトをしていたりもする。


「依頼案件2件、解決2件。収益2000C……」


 元悪の組織(ガチ)、現在は悪の組織(笑)となったアーリマン・アヴェスターズ本社ビル。
 円卓を中心に据えた会議室にて、ノートPCで会計帳を付けながら、シェリーは少しだけ目を細めた。


「……以前からまともな企業の会計作業とは言い難いモノでしたが……悪の組織(笑)になって以降、笑えないレベルになりましたね」
「仕方無いじゃん。今のご時勢、便利屋業なんて需要低いしー」


 アーリマン・アヴェスターズ代表、アンラは、キャスター付きの椅子に乗って室内を滑りながら軽い調子で言う。


「犯罪が絡んだりしちゃう様な重大問題は警察に相談するだろうし……個人では手に余るけどそんな大事でも無い程度な軽い問題は、友人なりの手を借りて済ませるだろうし」
「……まぁ、確かに。便利屋を利用する様な実に絶妙な案件を抱えてる方はそうそういないでしょうね……」


 やれやれだ、とシェリーは溜息。
 確かにこれは大きな問題なのだが、この組織の経営状態がグズグズなのは今に始まったことでは無い。
 本当にヤバくなったら、アンラやドゥル子、たまにタルウィタートがどっかから金を調達してくる。


 シェリーはよく知らないし興味も無いが、悪神族アーリマンと言う存在を信奉し、前傾姿勢で支援してくれる変わり者は結構いるらしい。
「矮小な人間の瞳には、全能神も邪神も関係無い。『強大な存在』は全て同じ様なモノとして映ってしまうんだよ」と、アンラは笑っていた。


 と、そんな感じなので、シェリーはこの運営難ぶりに呆れはするも、深刻に受け止めることは無い。


「……さて、では私は今日はこの辺りで……」


 シェリーが帰り支度を始めようとした時、卓上に置かれていた彼女のスマホが鳴った。


「ん? シェリー着メロ変えた?」


 シェリーのスマホ着信音は全てデフォルトだったはずだ。街中でたまに聞こえる奴。
 だが、今の着信音にアンラは聞き覚えが無かった。


「シェリーってそう言うカスタマイズは興味無さそうだから意外…って、なんでそんなに目を剥いて警戒してるのさ?」
「……い、今の着信音は、ガイア・ジンジャーバルトからのメール着信時用に設定したモノです……!」
「へぇ」


 初めてのまともな友達だから、個別に着信音を設定する。
 結構乙女だなぁ、と言う感想を普通は抱く所なのだが……


「……何で、そんな微妙な心持ちなのさ?」


 シェリーの表情はほぼ無。
 そしてアンラの能力を以てしても、シェリーの心は読み切ることはできない。
 だが、なんとなくどういう心境かは測れる。


「ガイアからのメールってことは、多分遊びの誘いでしょ?」


 シェリーに取ってそれは望む所であるはずだ。


「……はい。大変喜ばしい事態です。ですが…やはり、私も人の子。新たな挑戦を前にすれば、多少なりに指は震え鼓動は早くなり目眩と吐き気を催します。喜びと不安の狭間でうぷっ……」
「どんだけコミュ障なの!?」
「し、仕方無いではないですか……今まで、プライベートでは親族以外の人間とまともな繋がりを持ったことなんて無いんですから……」


 シェリーの交流関係は、知人以上友達微未満のアーリマン・アヴェスターズのメンバーが最大級。
 完全に友達の領域に達した人間と遊びに行く……それはシェリーに取って、未知なる世界。


 まったく知らない異世界に飛び込むのだ。
 そらワクワクの傍で不安も躍る。


「……頑張れ私……今こそ、革新の時……!」


 神妙な面持ちで大袈裟なことをつぶやいて、シェリーはスマホを手に取った。
 そして、メールを確認…した瞬間、卒倒。


「シェリーッ!?」


 何!? 何が書かれてたの!? とアンラはシェリーの元へ急行。


「シェリー!? 一体何がどうしてそんなグロッキー!?」
「……ご、5人……」
「はぁ?」
「わ、私と、ガイア・ジンジャーバルトを含め、5人でカラオケ……!?」


 どうやら、そう言う内容のお誘いだったらしい。


「別に、普通じゃないそれ? カラオケって3~5人くらいが盛り上がり的にも時間的にも丁度良いと思うけど……」
「ガイア・ジンジャーバルトですらそんなに親しくないんですよ!? その状態で未知の存在が3人同伴で密室へ!? 彼は何を考えているんですか!? 私を殺そうとしてるんですか!?」
「え、えぇ……? いや、ガイア的には結構気を使ってるんだと思うけど……?」


 ガイアが何も考えずにシェリーと自分の友人達を引き合わせるとは思えない。
 多分、この3人はガイアが選んだ「シェリーでも付き合いやすいと思う奇特な3人」じゃないかとアンラは予想している。


「彼はわかってない……! 何もわかっていない……!」


 いかんせん、ガイアは普通の大学生だ。
 友達と遊びに行って「その友達の友達も合流するよ!」なんて状況、特に珍しくも無い。


 友達と遊びに行くことすら不安とランデブーなシェリーに「友達の友達」をぶつけるのがどれだけ残酷な行為か、想像力が足りていない。


「あー……大丈夫? シェリー? とりあえず水飲んで落ち着いて、はい」
「う、く……はぁ……私は、死ぬのでしょうか……?」
「……………………」


 シェリーは、冗談でそんな事を言う柄じゃない。本気で言ってる。


「……あー、もう、仕方無いなぁ……僕がなんとかしてあげるよシェリ太くん」
「あ、アンラえもん……! なんとかとは、どうするつもりですか……?」
「とりあえず、ガイア以外を遊びにいけない体にしちゃおうか」


 たららたったら~とアンラがだみ声で取り出したのは、3つのキャンディ。


「別にアーリマンの伝統工芸品とかでも無いシンプルな下剤入りキャンディ~。これを粉末状にしてサクッとね。ちょっと手段としてはエグめだけど……」
「背に腹は代えられません……!」
「まぁ、捧げられるのは相手の腹だけどね」


 その3人は本当に気の毒だけど、仕方無い。
 アンラ的にはどっかの知らん大学生の健康より、シェリーに恩を売ることの方が優先である。


「そうそう、シェリー。君は一応女の子で、ガイアは男の子。男の子と遊びに行く以上、女の子として最低限のエチケットは意識しなよ?」
「わかりました。きっちり検索しておきます」
「じゃ、僕は当日にスムーズに下剤を盛れる様に、対象の3人について下調べしてくるよ」






 そんな訳で、当日。


「さぁ解説のテレサさん。天気は快晴、絶好のデート日和となりましたよ」
「あのー、実況の? アンラさん? 状況が全く飲み込めないんですが……」


 現在、アンラとテレサは街中に長テーブルとパイプ椅子を設置し、2人並んでチョコンと構えている。
 アンラの魔法で周りの人間達には2人の姿は見えていないし声も聞こえない。


 2人の視線の先には、駅前で待ち合わせをするシェリー。


 アンラに言われたことを意識してか、服装にも少し変化が見られる。
 普段は「喪服かよ!」と思える様な黒一辺倒のファッションだが、今はユニクロのマネキンから身ぐるみ剥いできた感じで無難に仕上がっている。


「あれ? ガイアから聞いてないの? 今日はガイアとシェリーがカラオケに行くんだよ?」
「聞いてますよ? 大学のお友達と一緒に行くんですよね?」


 私も連れてってくださいよう! とゴネようとも思ったが、シェリーの友達作りの場を邪魔してはいけない、と今回は遠慮した次第だ。
 テレサだって少しは気が使えるのである。


「ちなみにガイア以外のお友達は来ません」
「え、そうなんですか?」
「はーい。その辺はぬかり無しのアンラえもんだよ」


 楽しそうにキャンディの空紙を指先でいじるアンラえもん。
 この手の仕事はしくじらない。それが悪神族アーリマンクオリティ。


「と言う訳で、今回はガイアとシェリーのデスマッt…デートだよ。こりゃ観察しない手は無いよね!」
「ほうほう……なんかひと波乱ありそうで面白そうです!」
「と言う訳でこの実況席さ!」
「なるほど! 納得です!」
「さぁ、納得が行った所で…実況はこの僕、アンラ・マンユ!」
「解説は私、テレサ・リリィ・ナスタチウムでお送りします!」


 君…いや、お前ならノってくれるって信じてたよ。とアンラは満面の笑み。


「ところで、シェリーさん、ずっと待ってるみたいですけど……ガイアさんは何をしているんですか? デートで女の子を待たせるなんて、ごんごんどろだんごですよ!」
「言語道断のことかな……? いや、ガイアは悪くないよ? だって、待ち合わせ時間は13時だもん」
「……え?」


 実況席に置かれている時計の短針は、現在12を指している。


「……い、1時間前行動……」
「シェリーは余程万全の状態で事に臨みたいんだろうね。ちなみにガイアは今頃、友達から続々とドタキャンメールが来て『えぇー……』ってなってる頃だと思うよ」






 1時間後。
 テレサとアンラが7袋目のお徳用ポテチ(うすしお)を完食し、そろそろポテチは飽きたからサッポロポテトに移行しようとしていた頃。
 ようやくガイアが現れた。


「お、解説のテレサさん! 状況が動きましたよ!」
「ガイアさん、デートなのに普段とあんまり服装も雰囲気も変わってないですね」
「まぁ、あの2人は結果的に2人きりになっちゃっただけで、最初ハナからデートのつもりないからね」


 お互いにお互いへの異性的認識が薄い。


「でもどっかのタイミングでどちらかが『あれ、これデートじゃね?』と気付けば……」
「行動がぎこちなくなって、その異変からもう片方も気付くと言う寸法ですね!」
「その通り!」






「あー、なんか悪ぃな。あいつら、何か全員急に来れなくなっちまったみたいで……」
「いえ、全然全くこれと言って微塵の毛ほども問題ありません」
「問題の無さが半端ねぇな……」


 ガイアとしては、余り慣れてない人間と2人きりはちょっとアレなのだが……せめてあと1人、知人が欲しい。
 こんなことならテレサを連れてくりゃ良かった、とやや後悔。


 でもまぁ、シェリーが悪い奴じゃないのは知ってるし、そこは頑張って慣れようと思う。


「さて、では時間ですし、移動しま…おや、ガイア・ジンジャーバルト。若干汗をかいていますね」
「ん? ああ、まぁな」


 季節柄、軽く出歩きゃほんのりとだが汗もかく。


「少々お待ちを」


 そう言って、シェリーは時刻確認のために取り出していたスマホをポケットにしまい、鞄の中から……


「これを使ってください。デオドラントタイプのウェットティッシュです」


 アンラに言われ、シェリーは頑張って色々と調べた。
 年頃の男児は女子と一緒にいる時、汗の匂いやら髪型の乱れやらをちょっと気にしちゃう、と。


 なので女子として、シェリーは対策を用意してあげた訳である。






「おお、シェリーさん、気が利きますね。これはポイント高いんじゃないですか?」
「……いや、そうでもないよ。あれは男子側からすると結構傷付く」
「え?」






「ああ、おう。ありがとう……」


 そんなに汗はかいてないはずだが、臭うのか……? とガイアは少しテンションダウン。






「ああ! 見るからにガイアさんが微妙な表情に!」
「そりゃそうだよ! いきなり女の子に体臭予防を勧められたらあんな顔になるよ! シェリ太くんのアホ!」






 しかしシェリーは「やってやったぜ」としたり顔である。


「使い終えたティッシュはこの袋に。あとで機を見て適当なゴミ箱へ捨てましょう」
「あ、ああ。何から何までありがとう」
「いえ、当然のエチケットです」






「ああ! ガイアが『エチケットを失してると思われるレベルで俺は汗臭かったのか』と激しく傷付いてる! 違う、違うんだよガイア! ニュアンスが大分違うんだよ! うぅ、僕が余計なことを言ったせいでこんなことに……!」
「あのふてぶてしいガイアさんが、ここまで一方的に傷付けられる……シェリーさん恐ろしい!」






 地味に傷付いているガイアの様子に気付かず、シェリーは携帯ゴミ袋の口をしっかり縛り、鞄へ収めようと……
 その時、通行人と軽く肩が接触し、シェリーは鞄を落としてしまった。


「あ」


 通行人のOL風の女性は急いでいたらしく、構わずに行ってしまった。
 おそらく、昼休みギリギリまでゆっくりしてしまったのだろう。


「大丈夫か?」
「はい、全く問題は……」


 ヴィィィィィィィ…


「ん? 何の音だ?」
「ッ!」






「なんか、スマホのバイブレーションみたいな音ですね。シェリーさんの鞄から聞こえますけど……」
「シェリーはさっき、スマホをポケットにしまったよねぇ……これは一体……」


 と言う訳で、アンラは透視魔法を発動。


「あ、あれは……電動鼻毛剃り機?」


 どうやら、鞄が地面に落ちた衝撃でスイッチが入ってしまったらしい。


「なんで鼻毛剃りなんて携帯してるんでしょうか?」
「……あー……まぁ、まーた僕の余計なアドバイスのせいかな?」


 シェリーはアンラに言われたことを盛大に気にして、やたらエチケットを順守するための対策を用意して今日に臨んでいる。
 あれはおそらく、「人と会ってる時に鼻毛出てたら恥ずいよね」的なネットの記事を読んで用意したモノだろう。


 もし、ガイアが鼻毛ポロリしていたら、そっとアレを差し出すつもりだった……のだろうが……






(ッ……こ、この状況は……)


 この状況では、シェリーが「自分の鼻毛を気にして鼻毛剃り機を携帯している」と思われかねない。
 一応女子の端くれとして、シェリーはそんな誤解を受けたくない。


 一方、ガイアは……


(この振動音……スマホはポケットに入れてたよな……ってことは……)


 ガイアが連想してしまったのは、ピンクくて丸くて震えるアンチキショウ。


(な、何持ってきてんのこいつ!?)


 いや、変わり者だとは思っていたけども。








「ん、んんん? 何か、ガイアの方が妙に動揺してる……?」
「そうなんですか? でも、一体なんででしょう。ガイアさん、鼻毛剃り機に何かトラウマでもあるんでしょうか……」






「しぇ、シェリー。は、はは。とりあえず行こうぜ、うん。行こう行こう」
「ま、待ってください! 何か無理矢理話を逸らそうとしてますね!? 何も聞かなかったことにしようとしてますね!?」
「……そうした方がお互い幸せだと思うんだけど……」
「いや、違いますからね!? これは激しい誤解ですよ!」
「え?」


 シェリーは誤解を解くべく、この振動音の根源の使用用途を明言する。


「これは、あなたに使おうと思って持ってきたもので、決して私用ではありません!」
「ッッッ!?」






「……? なんでガイアさんはお尻を抑えて青冷めているんですか?」
「あー、うん。大体わかったかなぁ……」
「? って、あ、何かガイアさん、帰ろうと…と言うか、逃げようとしてませんか!?」
「まぁ妥当な選択じゃないかな。僕がガイアでもそうするよ」


 白昼堂々いきなりケツを狙ってる宣言されたら、誰だって狼狽するだろう。


「……あーもう。これだからシェリ太くんは……」


 面白おかしく観測に徹するつもりだったが、この誤解を解かないと双方大変なことになりそうである。


 アンラえもんは至急、2人の誤解を解きに向かうのだった。



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