悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R33,筋肉美女(♂)

「……全て理解しました」


 カゲヌイは毛玉の腹に触れて数秒目を瞑って黙想しただけだ。
 だが、彼女はトゥルー忍者。それだけで充分なのである。


 触れた相手の皮膚表面のDNAからあらゆる情報を読み取りまくる、トゥルー忍者の超次元触覚を舐めてはいけない。


「やはり、この毛玉は精霊獣に近い存在でした」
「近い? せーれーじゅーじゃないの?」
「はい。この毛玉は、いわゆる『亜精霊種デミ・フェアリム』……精霊とほぼ同質の存在ですよ」
「おぉん、おぉぉぉぉん」


 カゲヌイの突然の発言を肯定する様に巨大な灰色毛玉が鳴く。


「でみ! アシリアでみのハンバーグ好き!」
「デミグラスのデミではありません。亜種と言う意味合いです。精霊の亜種」
「あしゅ?」
「とにかく、精霊っぽいモノ、と言うことです」


 適当に噛み砕きながら、カゲヌイは続ける。


「この毛玉について詳しく言えば、剃り下ろされた山芋の怨念の集合体である怨霊が精霊昇華ホーリーアップ亜精霊種デミ・フェアリムと化した存在。名付けるなら『山芋怨トロロオーン』。となりのトロロとでも呼びましょうか」
「はーりーあっぷ?」
「それは誰かの尻を叩く時の言葉です。精霊昇華ホーリーアップとは、亡霊や怨霊と言った大した力を持たない霊物が、様々な因果から物質的肉体を獲得、精霊と同質的な高次元生物へと成り、霊的な感応能力が無い者にも認識できる様に…」
「?????????」
「……しょぼい幽霊的なモノがすごい生き物的なモノに進化することです」
「わかった! トロロはすごい生き物!」
「おぉぉぉぉぉおおおぉん」
精霊昇華ホーリーアップ自体、宝くじの一等に連続して10回当選するレベルの希少事例と聞き及んでいます。下手な高位精霊よりも奇跡的な存在であると言えるでしょう」


 霊体が物質化し、生物として復帰する。それは言うほど簡単な事象では無い。
 気が遠くなる程の奇跡の連続の末に、山芋達の怨嗟の声は浄化され、精霊と同質の存在へと転生したのだ。


「……ほとんどの怨霊はそのまま怨霊として負の力を高め、いずれは悪霊や害性の妖怪へと成れ果てる……そんな中、精霊昇華ホーリーアップを果たすとは、見上げた山芋です」


 感服の意を込め、カゲヌイはトロロの腹を軽く撫でる。
 しかし、その表情は、どこか寂し気だった。


「カゲヌイ?」
「……おっと、真の忍者としたことが……とにかく、トロロが素晴らしい存在であると言う話はひとまず置いて、本題です」


 本題、それはアシリアが解決したいと望んだ事。
 つまり、トロロの悩み事。


 カゲヌイは真の忍者の超次元触覚により、トロロの存在そのものだけでなくトロロの心も既に読み取っていた。


「……これは、解決を試みて正解だったかも知れません」
「どゆこと?」
「トロロの困り事は、我々の元々の目標と合致しているのです」
「え?」
「……かなり『不愉快な外見の生命体』の傍らに、いたんですよ」
「もしかして……」
「はい。お探しのミーちゃんが、関わっている様です。この案件」










 場所はナスタチウム王国へと移り、時間は少し遡る。
 とある国の王子の暴走により、ナスタチウムの姫君とその愉快な仲間達がドタバタ騒ぎに興じるハメになったその直後の時期の話。


「……はぁ……心機一転、やり直してみせるとは誓ったけど……」


 ナスタチウム王国の王城、来客用の宿泊部屋のベッドに腰掛け、深く溜息を吐いた銀髪の美女……っぽい少年。
 彼女…彼の名はシラユキ。ナスタチウム王国の隣国、ベルガモット王国の王子である。
 服装も女性モノを好んで着用している、完全無欠の男の娘である。


 本人曰く単なる女装趣味であり、決してオカマでは無い。
 証拠に、彼はナスタチウム王国の姫への片恋故に道を踏み外しかけた。


「僕がテレサに正攻法で愛を勝ち取る方法……監禁して精神矯正するくらいしか思いつかないなぁ……」


 正攻法と言う言葉の意味を深く考えるべきではないか、と思えるつぶやき。


「でも、それじゃあ今回の件で僕がやろうとしたことと方向性的には一緒だし……ダメだよなぁ……うーん……」


 もう、この日の夕方にはシラユキはベルガモット王国へと帰る予定になっていた。
 残り数時間で、まともな手段でテレサを篭絡する術を思いつき、実行するなど不可能に近いだろう。


「長期的な目線から考えるべきか……」
「にー」
「ん? 君は確か……」


 悩むシラユキの足元に擦り寄ってきた1匹のデブ猫。
 テレサの飼い猫、ミーちゃんである。


「にーにー」
 ※何か悩んでる様子だな。俺で良けりゃ話聞いてやんぜ嬢ちゃん。その代わり、なんか美味いモン寄越せ。……と言っています。
「テレサの猫……ああ、ほんのりテレサの匂いがする……!」
「にー?」
 ※何興奮してんだ? と首を傾げています。
「はっ! ダメだダメだ! そんな変態チックなことを言っていてはテレサどころか普通の女の子にすら好かれる訳が無い!」


 ミーちゃんを抱き上げスリスリクンカクンカハスハスペロペロニャンニャンしたい衝動を振り切り、シラユキは呼吸を整える。


「にー?」
 ※おーい? 話聞いてんのかー? と問いかけています。
「ん? 何? さっきから僕に何か用……はっ、まさか……」
「に?」
「テレサの飼い猫的な視線から、僕にテレサ攻略のアドバイスをくれようとしてるのかい!? そうなんだね!? そうに違いないね!?」
 ※シラユキは現在、事件の際に派手にボッコボコにされた後遺症と悩み過ぎて半分狂っています。
「にー? ににー」
 ※なんかよくわからんが、多分当たらずとも遠からずだぜ。と適当なことを言っています。
「よぉぉぉし! 頼むよ猫さん! 僕に天啓を!」
 ※テンションが妙な方向に上がってきてます。
「に……にー」
 ※おい、何か変なテンションになってないか……? 一旦落ち着けし。
「ふむふむ成程! まずは体を鍛えるんだね!」
 ※強い雄はモテる、よくある話だね!
「に?」
 ※……はぁ?


 ここに来て、ミーちゃんは薄ら気付き始める。
 もしかして自分は、関わってはいけない類の人間に餌を求めてしまったのでは無いかと。


「そして鍛えて鍛えて鍛えまくるんだね!」
 ※筋肉は男の値札と言うしね!
「に、にー……」
 ※え、えぇと……ちょいと俺はここらで失礼…
「更には君が僕を鋼のムキムキマッスルに導いてくれるんだね!?」
 ※流石はテレサの猫!
「ににーっ!?」
 ※ひぃぃっ!? なんか変な奴に捕まったぁぁ!?
「ふむふむ! 体を鍛えるなら山篭り一択? うんわかったよ! 丁度僕の国に良い感じに強い獣がいる山があるんだ!」
 ※修行の定番だね! 流石テレサの猫! さぁ行こう! 今すぐ行こう! 先に帰って1秒でも早く鋼の体を完成させよう!
「にぃぃぃぃぃぃっ!?」
 ※た、助けっ、にゃぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!?
「待っててテレサ! うふふふ、ふはははははははははは!」
 ※僕は君のために、完璧な肉体を手に入れてみせる!








 こうしてシラユキはミーちゃんを拉致ってベルガモット王国へと帰り、先々代国王、ひぃ爺ちゃんが作った自然公園ネイチャーパークで山篭りを開始した訳である。


 そして、現在。


「ふしゅるるるるる……むふぅ……完璧に近づいてる……近づいてるぞぉ僕の筋肉ぅふふふふ……」
「に…、にー……」
 ※何か俺のせいでこうなったっぽいから付き合ってやってるが……これは……


 山の奥地。
 切り株の上で丸くなったミーちゃんは、非常にドン引きしていた。


 ミーちゃんの視線の先には、とんでもない生命体がいる。


 雪景色を思わせる白銀の頭髪。
 下手なアイドルでは到底太刀打ちできず、目が合っただけで吹っ飛ばされそうな超絶美女フェイス。
 その顔に首で繋がれたのは、巨大な岩石を彷彿とさせるシルエットの肉体。
 今にも張り裂けてしまいそうな程に張った皮膚。その内側で躍る筋肉。


 絶世の美女顔の筋肉超人。
 これぞシラユキver2。


 現在、シラユキ2は秒速4回のスクワットをかれこれ5時間以上も続けている。


「壊れろ、そして更に激しく甦れ、僕の筋肉細胞達よ……ッ!」
「にー……」
 ※人間って、変わろうと思えばここまで変われるモンなのか……にしてもキモいな……


 実は、シラユキの体には、ガイアが摘み損ねた『アーリマンの因子』が少しだけ残っていたりする。
 それがシラユキのナチュラルな狂気を増幅し、肉体にも影響を及ぼしている。そうしてこのキモい奇跡の変貌を現実のモノとしたのだ。


「見目麗しき顔面……! ふっ! そして鋼のボディ……! ふっ! 僕は今、1歩ずつ究極生命体へと近付いているぞ……! ふふふ、実感だよ……実感しているのさ、紛れもなくね! ワンモアセッ!」
「に」
 ※キモいなぁ……
「気持ち悪いですね」
「うわっ……って、アレ? アシリア、あの顔知ってるかも」
「んん? あれ、君達は……テレサの部下の猫耳と、知らない忍者と、この山の主じゃないか」


 シラユキ達の元に現れたのは、アシリアとカゲヌイ、そしてトロロ。


「あ、師匠みっけ!」
「にに」
 ※お、よう。久しぶりじゃねぇか。
「さて、この不愉快な肉ダルマがトロロの困り事ですか……と言うかアシリア氏、知り合いなんですか?」
「うん。なんか形が違うけど……シラユキ?」
「うん、いかにも僕がシラユキだよ」
「ほうほう、あなたが件のシラユキ氏でしたか」


 たまにガイア達の会話に出てくるので、カゲヌイも名前は知っている。
 大して興味も無かったので詳細を調べようとはしなかったが。


「と言うか、さっきから気持ち悪いとか不愉快とか……君は失礼だね」
「申し訳ありませんと謝る気すら起きない程に事実でしょう」
「なっ!? 僕のどこが気持ち悪いって言うんだい!? 最高のルックスに、最高の肉体! 最高×最高! 夢のクロスエンカウントじゃないか!」
「おん、おぉぉぉぉおおおぉぉん……」
「やれやれ……トロロの記憶から読み取った通り、イカれた野郎ですね……」


 トロロの困り事。
 それはこのシラユキの存在そのものだ。


 あまりにも気持ち悪い。
 気持ち悪すぎて、この山の生き物達は最近体調不良を訴える者が急増している程だ。
 しかも、シラユキは修行の一環として山の猛獣に組手まで挑む。
 シラユキに絡み付かれた熊は最早哺乳類とは思えない悲鳴を上げ、ただただ強い獣として生まれ落ちたことを後悔する。
 トロロも1度シラユキに挑まれたことがあるが、当然トラウマだ。


 一応、この山の主的存在であるトロロとしては、シラユキを放置する訳にはいかない。
 しかし、自力で退けることは不可能、と言うかもう近寄りたくない。


 なので、トロロはパークの職員に救援を求めた。


 だが、トロロがどれだけパーク職員に助けを求めても、パーク職員は動いてくれない。
 トロロは知らないだろうが、シラユキはこの国の王子。公務員であるパーク職員では、下手に手を出せないのだ。
 それでも、トロロは諦めずに毎日、職員を見かける度に声をかけ続け、救いを求めていたのである。


「僕は究極生命体に近付きつつあるんだ。妙な茶々を入れるのはよしてくれ」
「茶々を入れるどころか、あなたのその行為、今すぐやめてもらいますよ。そしてこの山から出て行っていただきます」
「うん! よくわかんないけど、そうしないとトロロが困る!」
「おんおん、おぉぉん!」
「……つまり君達は、僕とテレサのラブサクセスロードを邪魔すると?」
「? 何故ここでテレサ氏の名前が?」
「わかった。そう言うことなら、僕にも考えがある」


 ムキッ、と言う音と共に、シラユキの全身の筋肉が怒張する。


「ふぅーッ! ふぅーッ! くわっ!」
「……何やら、薬物てんこ盛りのコンソメスープを血管から食した様な奇声ですね」
「何トデモ言ウガ良イ……邪魔ハサセナイ……!」
「何でカタコトに……成程、理解しました。差し詰め、狂戦士バーサーカーモードと言った所ですか」


 人としての能力を犠牲にしてまで戦闘能力を引き上げる術を、シラユキは獲得していたらしい。


「手荒ナ真似ハシタクナイ。デモ、僕ノ邪魔ハ許サナイ!」


 獣顔負けの咆哮を上げ、シラユキがカゲヌイ達へと襲いかかる。


「やれやれ、私に……いえ、私達に挑みますか」
「うに! アシリア、前の時より強くなってる! 今度は負けないモン!」


 人として大事な何かを犠牲にしようと、人間と言う次元を出ることはそうそう叶わない。


 真の忍者と戦闘特化の獣人と、多少人間味を捨てた程度の人間の対決。
 最早、その結果は語るまでも無い。








「……はい。実は途中で気付いてました。僕、キモいなぁ、って」


 カゲヌイとアシリア、それぞれのワンパン、合計ツーパンで完全に心をへし折られ、シラユキは正座。


「確かに、別々に見れば、その顔と体にはそれぞれ需要があるでしょう」


 美女フェイスに超マッスルボディ。
 パーツで考えれば、暴走していたシラユキの言っていた通り素晴らしいモノだろう。
 だが良いモノと良いモノをくっつけても良いモノになるとは限らないのが、世の常である。


「あなたの現状をわかりやすく言えば堀北○希の顔をしたボ○サップです。独り美女と野獣ですよ」
「はい……アンバランス過ぎてキモいですよね、ごめんなさい……」
「て言うか、気付いてたなら何でやめなかったの? トロロ困ってた」
「おぉぉん……」
「……気付いた時には、もう後に退けなくて……自分を騙して走り続けるしか、無かったんだ……」


 地面に手を着き、シラユキは涙を流し始めた。
 己の愚行を悔いているのだろう。


「もう道を違えないと誓ったはずなのに……! また僕は誰かを困らせてしまった……! こんなことなら、筋肉なんて要らない!」
「……と言いつつ、自然に腕立て伏せを始めるとはどう言う了見ですか」
「はうぉあっ!? 地面に手を着くと条件反射で……くそう! 僕の意志に関わらず筋トレを求める様になってしまったこの体が憎い!」


 そう言って、シラユキは思いっきり自分の体を殴りつけた。何発も何発も。そしてその内……


「今度はシャドーですか……」
「ほぉぉあああああぁぁぁ!? 体が勝手に!? う、うぅぅ! こんなんじゃあ、筋肉を削ぎ落として元の体に戻ることもままならない! 僕はどうしたら良いんだ!?」
「………………」


 カゲヌイは深く深く溜息。


「仕方ありません、私がひと肌脱ぎましょう」


 そしてカゲヌイは、自身の胸元に手を突っ込み、あるものを取り出した。
 それは乗馬用の黒鞭。


「カゲヌイ?」
「察するに、異様な筋トレ中心の生活習慣により、シラユキ氏の体は『筋トレは生命維持習慣に必要な要素である』と刷り込まれ、隙あらば筋トレをする様に調整されてしまっているのでしょう」
「確かに……」


 シラユキは死に物狂いで筋トレに励んでいた。体がそう変化してしまうことに身に覚えがある。


「でしたら、『筋トレをしたら生命に関わる、やらない方が良い』と、その肉体に上書きする形で刷り込んでやれば良いのです。再調整……いえ、ここは調教と言いましょう」
「え、ちょ、あの……何か恐いんですけど忍者さん……?」
「私は、忍者ではありません」
「カゲヌイは真の忍者!」
「いえ、アシリア氏。今の私は真の忍者でもありません」
「?」
「さぁ、シラユキ氏。時間も無いので突貫作業で行きますよ」
「え、何? 何されるの僕!? 何かちょっと恐いんだけど!? ねぇ!?」
「ご安心を。何を隠そう私……」


 鞭で空を切り、カゲヌイは己の唇を軽く舐める。そして、微笑。


「夜は、女王様なので」



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