悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R31,黒ヤギさんたら読まずに食べた(ヤギですし)

 夕方、ガイアは大学の講義を受け終え、魔地悪威絶商会オフィスへとやって来た。


「あ、どうもだメェー」
「…………」


 ドアを開けた瞬間、ガイアは思った。
 また変な奴がいる、と。


 黒くてモコモコした帽子や外套を纏った、黒髪の女の子。頭頂部からはヤギの角の様な形状の突起が2本、後方へと伸びている。
 そんな子が、ソファーに腰掛けてもっさもっさとコピー用紙を食べていたら、誰だってちょっと混乱するだろう。


「ヤギの獣人……?」
「メリナはヤギでも獣人じゃないメェ。悪魔だメェ」


 悪魔……ってことは、テレサが呼び出したのか? とガイアはテレサの姿を探してみるも、オフィス内にあの阿呆姫はいない。


「メリナ、ここにお願いに来たんだメェ」
「依頼か?」


 チラシやHPにはちゃんと事前連絡をくれる様に記載していたはずだが……まぁ良い。数少ない客をそんな細かいことで追い返す訳にもいかない。


「ただいまです! ってアレ? ガイアさんと……どちらさまですか?」


 ここで元気よくテレサが帰還。
 その手には近所のコンビニのビニール袋。多方、おやつのストックが切れたので調達しに行っていたのだろう。


「って、誰ですかって……お前の知り合いじゃないのか? 悪魔だって言ってたぞ?」
「いえいえ、私、こんな子と契約してませんよ?」


 メリナの「自らの意思で来た」って感じの言動から、テレサが呼び出した訳ではないことは察していたが……


 悪魔は精霊と同じく、自分から進んで人間社会には干渉してくることはほとんどない種族だ。
 当然、人間社会で配られてるチラシを目にする機会はほとんど無いはずだし、ネットにも疎いはず。
 テレサの知り合いでもないとしたら、一体どこで魔地悪威絶商会のことを知ったのだろう。


「メリナ、『アンラ』って男の子にここを紹介されたメェ」
「アンラさんのお知り合いなんですか?」
「違うメェ。ただいきなり出てきて、ここのことを教えてくれたんだメェ」


 アンラは、「アーリマンには生物の『強い願望』を察知する能力がある」と言っていた。
 彼らに取って、困り事や悩み事、満たされない欲求や願いを抱えた相手を探すことなど朝飯前。
 その能力を活かして、アンラ達はセールスをしていたのだ。


 多分、それでこのメリナと言う娘を見つけ出し、ここに斡旋したのだろう。


 しかし、何でわざわざ?


「ここなら、大抵の悩みはパパッと解決してくれると聞いたメェ」


 なるほど、高いハードルを用意してテレサを困らせたいだけか。
 アンラはやたらテレサにちょっかいをかけたがる節がある。


「はい! 私達にお任せください!」


 まぁ、テレサはアンラの意図など露知らず「お客さんですよガイアさん!」とテンション上がってる訳だが。


「メリナ、手紙を書かなきゃいけないメェ。でも書けないメェ」
「手紙の代筆依頼か? つぅか書けないって……」
「いつも、書いてる途中で気が付いたら……ペロリと」


 もう完食してるが、さっきまでコピー用紙をパクパクムシャムシャとかっ食らってたモンな。


「……やっぱヤギだろあんた」
「違うメェ。メリナは悪魔だメェ」
「で、メリナさん。どなた宛に、どんな手紙を書けば良いんですか?」
「実家のお姉ちゃんに、この前の手紙の用件は何だったのかを聞きたいメェ。お姉ちゃんからの手紙、読む前に封筒ごとイってしまったんだメェ」
「豪快だなおい」
「美味しかったメェ。流石お姉ちゃん、メリナの好みをわかってるメェ」


 わかってたらそんな読まずに食われるリスクの高い紙は使わないのでは……つぅかお姉さんはちゃんと手紙を書けるんだな、とガイアはどうでも良いことを思ってしまう。


「ちなみにお姉ちゃんの住所はこれだメェ。よろしく頼むメェ」


 そう言って、メリナが取り出したのは1枚の白フェルト。
 チャコペンで薄らと文字が書かれている。


「では早速書きましょう! あ、でも便箋と封筒ってありましたっけ?」
「ん? 確か見たことあるぞ」


 ハサミとかのりとか、事務用品を雑多に突っ込んだ棚の引き出しのどれかで、便箋やら封筒やらを見かけた記憶がある。
 この会社を立ち上げる時、テレサが適当に「会社のオフィスに必要そうなモノ」として買い揃えたのだろう。


 こんな会社じゃこんなモン使う機会ねぇだろうな、とガイアは思っていたが、思いがけず役立つ日が来たものだ。


「おお、あったぞ。これ…」


 瞬間、ガイアが手に取った便箋が消えた。


「なっ……!?」


 否。
 消えたと思える様な速度で、かすめ取られた。
 血走った目をしたメリナに。


「何してんだあんたは!?」
「……はっ……!? メリナは一体何を……!?」


 我に返ったメリナは、ガイアから奪った便箋を咀嚼しながら、その場で膝を着く。


「どんだけ紙を食いたいんだよ!? つぅか今さっきまでめっちゃ食ってたじゃん!? 我慢しろよ!?」
「それができないから代筆してくれと依頼に来てるんだメェ」


 やれやれ、と溜息を吐きながら、ガイアは2枚目の便箋を取り出…しかけた瞬間にはかすめ取られた。
 すかさず取り出した3枚目も消失。4枚目も以下略。


「いい加減にしろ!」
「むふ、へひははっへははっへふ」
「モノを食べながら喋られてもわかんねぇよ!」


 引き出しに残っている便箋は目算で残りおおよそ4・5枚。
 何の対策も無しに取り出せば、全て持っていかれる。


「この黒ヤギめ……」


 ただの手紙の代筆依頼だったはずなのに、厄介なことになった。


「メリナはヤギじゃないメェ。そしてもっと食べたいメェへへへへへ」
「うおぉう!? 何か目が恐ぇぞ!?」


 その目を、ガイアは知っている。アシリアが戦闘中に見せる目つきにそっくりだ。
 むしろそれよりも狂気染みている感さえある。
 完全に理性を失いかけている。


 このままじゃ取り出さなくても引き出しごと持っていかれそうだ。


「テレサ! こいつを縛りあげろ! 俺が買ってきた今週号のジャンプを含めてこのオフィス中の紙類全部ヤられそうだ!」
「は、はい! そいやっ!」
「メェ!」
「避けられた!?」


 テレサが指を鳴らして召喚・射出した魔法のロープは、あっさりと躱されてしまった。


「まだまだです! そいやっ! そいやっ! そいやっ! って全然当たりません!」
「め、メリナ……もぅ、もう我慢できないメェ……メヘ、メヘヘヘヘヘヘ……!」


 不気味な笑いを浮かべながら、メリナは壁や天井を縦横無尽に跳ね回り、テレサの放つ拘束攻撃を全て回避していく。
 流石は悪魔か……と感心している場合ではない。


 いつガイアに蹴り倒し、引き出しの中身の便箋を強奪されてもおかしくない。


 何か打つ手は……


「メヘェッ!?」


 ガイアが対策を模索していたその時、どこからか飛来した荒縄が、メリナをガッチガチに拘束した。


「何やらまたも楽しいことになってますね」
「カゲヌイさん!」
「おお! 今回はいつの間にかいてくれて助かった!」
「真の忍者なので」


 荒縄を放ったのは、トゥルー忍者(くノ一)な女性、カゲヌイ。
 いつの間にかソファーに腰掛け、ガイアの鞄から勝手に取り出した今週号のジャンプを拝読していた。


「ガイアさん! 今の内です!」
「お、おう!」


 便箋と封筒を取り出し、ガイアは急いでテーブルへ向かう。
 可及的速やかに、フェルトに書かれている住所を封筒に、そしてメリナに頼まれた内容を代筆しなければならない。


「別にそんなに慌てなくても大丈夫ですよ」


 そんなガイアに、カゲヌイはページを捲りながら一言。
 そして軽くメリナの方を指差す。


「メヘ、メェヘェ! メメメメメムェアァァアアアァァアァ!!」


 ビッタンビッタンとメリナが激しくのたうち回っているが、拘束が解ける様子は無い。
 かなりギッチギチに縛りあげた様だ。


 あの様子なら、確かにゆっくり書いても大丈夫そうだ。








「……よし、できた」


 完成だ。
 しっかり追伸として「返信は布製品にチャコペンか刺繍で書いたモノを郵送してください。私は阿呆なので食べてしまいます」とも書いたし、これで大丈夫だろう。


 未だにメリナは暴走し奇声をあげながらもがいているが、縄は健在。


「一時はどうなるかと思いましたが……カゲヌイさんのおかげで助かりましたね」
「本当にな……流石だよトゥルー忍者。縄の扱いもお手の物なんだな」
「あ、いえ、縛りについてはトゥルー忍者の技と言うよりも女王様の技です。バイト先で先輩に習いました。相手に過剰な痛みは与えず、かつしっかり動きを封じています。そして跡も残らない。匠の技です」
「……あんたは一体何してんだよ……」
「ぶっちゃけ私、夜の街では有名人ですよ。大型新人だと」


 最強の忍者一族の末裔が、夜な夜な女王様のバイト。しかも人気。……世の中、何がどうなっているのやら。


「ガイア氏もその界隈に興味があるならお試ししますか? サービスしますよ。真の忍者なので」
「遠慮しておく」


 ガイアにその気は無い。
 今度町でデレラに会う機会があったらオススメしておこう。



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