悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R29,悪の組織VS悪の組織(笑)⑦

 アーリマハル第5階層。
 どこまでも続く青い空に青々しい草原。
 その世界の中心には、1本の若木。


「あはっ! ようこそ魔地悪威絶商会御一行! よくここまで来たね!」


 ぱっかーんっ! と景気良くアンラがくす玉を割った。


「いやぁ、シェリーとは熱戦だったねーガイア……いや、巨乳大好き隠れシスコン野郎」
「殺すぞ!」
「ガイアさん落ち着いて! あとそれ本当の事じゃないですか!」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 俺は今日と言う屈辱の日を一生忘れねぇ、とガイアは血涙する。


「いやぁ、でもすごいねぇ。まさか1人も欠けずに僕まで辿り着くなんて。すごいじゃん」
「あとはあなただけですよアンラさん。さぁ、私と勝負です!」


 ここでテレサがアンラに勝てば、この5番勝負は魔地悪威絶商会の完全勝利だ。


「……ゲームの前にさ。テレサ、君に聞きたい事があるんだけど」
「……? なんですか?」
「君は、太陽ってどう思う?」
「ほえ? 太陽、ですか?」


 余りにも唐突な、アンラの質問。
 アンラの指は、真っ直ぐに上、青空に輝く山吹色の光の塊を指していた。
 現在時刻は夕方。当然、本物の太陽では無いだろう。


「どうって……綺麗ですよね。あと、日向ぼっこは気持ち良いです」
「………………」


 無邪気に語るテレサを、アンラは目を細めてじっくりと観察していた。
 まるで彼女の笑顔の奥に潜んでいる何かを見極めようとしている様な、そんな様子。


「……OK。うん。妙な事を聞いてごめんね。じゃあ、ゲームを始めようか」


 切り替える様に、アンラが両手を叩き合わせる。
 すると、テレサとアンラの頭の上に緑色とオレンジ色のゲージが1本ずつ出現。


「なんですかこれ?」
「ほほう、格闘ゲームっぽいですねぇ」


 咄嗟にその発想が出てくる辺り、流石はカゲヌイか。


「うん、格ゲーを見本にしたよ。緑のがHPゲージ、オレンジ色が技ゲージ」
「へぇー」
「これからやる遊びで『被弾』する度、HPゲージが減っていく。HPが0に近づく度、体に実際に疲労感が溜まって、完全に0になると……」
「ぜ、0になると……」
「超眠くなる」


 まぁ、こいつらのゲームはそんな感じだよな、とガイアは呆れ笑いを浮かべる。


「先に眠っちゃった方の負けだよ。シンプルでしょ?」
「ちなみに、技ゲージとは……」
「『これ』を精製するためのゲージだよ」


 アンラの掌に出現したのは、どう見ても……


「……パイか?」


 白いホイップクリームてんこ盛りのパイだ。
 その出現と同時、アンラの技ゲージが若干減少。100分の1程度、と言う所か。


「そうだよ。これからやるのはパイ投げ合戦さ」
「なるほど!」
「……おいテレサ、これならやれる的な雰囲気出してるのは良いが、わかってるのか?」
「なんですか?」


 パイ投げ合戦と言う事は、当然パイ以外のモノは投げられないだろう。


「お前の大得意の……トンカチ攻撃は使えないぞ?」
「っ!」


 気付いてなかったのか、と言うより、アンラに対して股間攻撃を実行するつもりだったのか。本当、子供は子供に対しても容赦が無い。
 いや、アンラは見た目通りの年齢では無いんだろうけど。


「あと技ゲージは使い切ると10秒で満タンまでリロードされるけど、リロード中はパイを精製できないから気を付けてね」
「ま、待ってくださいアンラさん!」
「何?」
「パイ以外のモノは投げちゃダメですか? トンカチとか」
「そりゃダメでしょ。危ないじゃん」


 うん、アンラが実に正論である。


 と言うか、そもそもトンカチは人を殴る道具では無い。テレサは当然の様に人に、しかも男性の股間にブチ当てているけど。


「パイ以外のモノで相手に危害を加えるのは全面禁止だよ。もし相手に直接危害を加える目的じゃないなら、魔法でも超能力でも自由に使うと良い」
「うぐぐ……さては私の得意技を調べた上で手を打ってきましたね……!」
「あ、バレた? うん。流石の僕でも股間に鉄具をブチかまされるのはキツいからね」
「卑劣な……!」
「暴行目的での凶器の使用や金的への攻撃が禁止されるのは基本じゃないかな?」
「聞きましたかガイアさん! あんなこと言ってる!」
「ああ、ド正論だな」


 アンラのルール設定は卑劣の謗りを受ける謂れなど無い。
 むしろこの場では、相手の股間破壊を可能なルールに改訂しようとするテレサに外道の称号を進呈しても良いくらいだ。


「正論がそんなに正しいですか!?」
「大分正しいな」
「うぅ! ガイアさんはどっちの味方なんですか!?」
「基本的にお前の味方だが、事これに関しては男の味方だ」


 男として、何があろうと金的攻撃を認める訳には行かない。


「さぁ、どうする? 納得が行かないなら、勝負を降りても良いんだよ?」
「ぬぬぬ……やります! 例え得意技を封じられたって、私は負けません!」
「じゃあ、ゲームを……始める前に、スペースを確保しなきゃね。ガイア達は距離を取って」


 指示を受け、ガイア達はテレサとアンラから距離を取る。


「ねぇ、テレサ」
「なんですか?」


 離れていくガイア達を見ながら、アンラは不意にテレサに問いかける。


「さっきの質問の続きみたいなモノなんだけどさ。この空間を見て、何か思う事は無いかい?」
「この空間……」


 果てない青空に、美しい草原。世界の中心には1本の若木。
 吹き抜ける風は優しく肌を撫で、鼻腔内に青々とした草と土の香りを運んでくれる。
 適度に降り注ぐ陽光は、この空間全体を布団の中みたいに暖かな場所へと変えていた。


「良い場所ですね。ここで日向ぼっこしながらお昼寝したら、とっても素敵な夢が見れそうです」
「うん、やっぱりそう思うんだね」
「……やっぱり……?」
「こっちの話さ。さぁ、始めよう」


 ガイア達が充分に距離を取った事を確認し、アンラはその両手にパイを出現させる。
 テレサも応じて、パイを出現させた。


「行きますよ! 用意は良いですか!?」
「うん。もう、手遅れだと思うよ」
「え……?」


 気付けば、アンラの技ゲージは半分以上も減少していた。


「ひとつ、教えてあげるよ。僕のルールを」
「っ……!?」


 テレサを取り囲む様に、既に無数のパイが空中に配置されていた。
 魔法で瞬間移動させて配置・操作し、浮かせているのだろう。
 パイの包囲網、結界だ。


「誰が相手だろうと、どんな遊びだろうと、遊ぶ事に関して……僕は一切手を抜かない」


 全力でやるから、遊びと言うのは面白い。
 例え一瞬で片がついてしまっても構わない。
 その一瞬を全力で楽しむ事が、何よりも重要なのだ。


 永遠の灯火よりも刹那の豪火を、アンラは欲する。


「や、やばっ……」


 テレサが迎撃用のパイを精製しようとするが、


「もう遅い! くらえテレサ! 半径20メートル、パイ・スプラッシュをーッ!」


 テレサとアンラのHP・技ゲージの総量は同数値に調整されている。
 HPゲージはパイ50発分の直撃で0に、技ゲージはパイを100個精製すると0になる。
 そして、両者はお互いに魔法が使える。
 本来の魔力総量はテレサが大分下回ってはいるものの、アンラはこの空間アーリマハルの作成にかなりの魔力を消費し、その現在量はほぼイーブン。


 つまり、お互いの条件は、限りなく互角に近い。
 あとは、どれだけ戦術的にパイをバラまき、相手に1発でも多く被弾させるか。


 先手不意打ちは、実に有効な戦術だ。


「う、きゃああぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 テレサのその小さな体は、白いクリームの暴威の中へと消えた。


「テレサ!」
「いきなり大ダメージ……と言うか、アレでは……」
「ふふ、60発分のパイだ。かろうじて数発は避けれていたとしても……」


 白いクリームの海の中、白濁としたクリームに塗れて横たわるテレサのHPゲージは―――


御終いゲームセットだよ」


 0に、なっていた。



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