悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R28,悪の組織VS悪の組織(笑)⑥

 空は快晴。
 大地には、青々とした平原がどこまでも続いている。
 平原の中心には、1本の若木。
 その若木の傍に、アーリマン・アヴェスターズ社長、アンラ・マンユは寝そべっていた。


 ここは、アーリマハル第5階層。
 ここに広がるのは、アンラが自らの趣向で生み出した光景。遥か昔、『彼の親友』が愛した場所に似せた光景モノだ。


「いやぁ、やっぱアレだよね。悪戯って最高だよね」


 なんて笑いながら、アンラはワンセグテレビに現在第4階層で行われているゲームの様相を映し出し、眺める。


「うんうん、良い表情」


 苦悶の表情を浮かべるガイアとシェリーに、大変満足気なアンラ。
 特に、シェリーの方が悶絶する様には一層笑みを濃くする。


「シェリーはさぁ、感情を表に出さな過ぎなんだよね」


 その腹の読めなさは、それはそれで面白い。
 アンラですら、その心の内を読み切る事はできない。


 別に、無表情である事を否定的には思わない。
 ただ、彼女が『そこから派生する悩み』を抱えている事を、最近アンラは薄々と感じ取っていた。


 今回の仕込みは、ただ単純にシェリーへの悪戯目的が第1ではあるが、実はその『悩み』の解消も視野に入れての事だ。


「ガイア・ジンジャーバルト……シェリーとの関係性はそこそこ。丁度良い人材だよねぇ」


 ワンセグテレビに映るガイアを眺めながら、そんな事をつぶやく。


 アンラだって馬鹿では無い。
 テレサ達と勝負すると決定した後、アンラはきっちり魔地悪威絶商会の面子に付いて少し調べていた。


「にしても……気になるね。テレサ・リリィ・ナスタチウム」


 ワンセグの画面を指でなぞり、投影対象をガイアからテレサへ切り替える。


 ナスタチウム王国第1王女、テレサ・リリィ・ナスタチウム。
 何故お姫様が悪の組織(笑)なんて経営しているのか……


「ま、色々とあるんだろう」


 正直、その辺の事情は余り興味が無い。
 アンラが気になっているのは……


「……本当に君は、ただの人間か……?」


 テレサが内包する魔力の量は、並の魔族すら超越している。アーリマンにも匹敵しかねない程だ。
 そして、何か、気配が違う。


 ゲノムの形だけを見れば、テレサは間違いなく人間、凡庸種。
 しかし、明らかに何かが違う。
 アンラですら、その違和感の正体はわからない。
 だが、凡庸な人間とは確かに何かが違っているのだ。


 タルウィタートも言っていた。
 初めてあいつらに会った時、テレサの『熱源反応』だけは、人間か亜人か、はたまた高次元生物か、「よくわからなかった」と。


「………………」


 しかも、アンラはその『凡庸な人間とは違う何か』に、奇妙な『親近感』を抱いている。
 それは、タルウィタートは感じていなかったモノ。


 総合して、考えられる線としては―――


「……悪神族アーリマンや精霊・天使の様な高次元生物の『特殊転生体』……」


 たまにだが、あるのだ。
 天界のイケすかない連中、『天使』共の見落としや処理ミスで、前世の特異性が若干来世に影響してしまう事が。
 天使共は、それをいかにも「自分達のミスじゃなくて、こう、事故的な特殊現象イレギュラーなんすよ」と主張する様に『特殊転生体』と呼ぶ。


 もし、仮にそれだとしたら。
 アンラだけが彼女に感じている異様な程の引っかかり、親近感の正体は、


「もしかして、君は、いや、お前は―――








 カードゲームって、もっと楽しいモンだと思ってた。
 かっこいい切り札とか出して、「スゴイぞーカッコイイぞー!」とかどっかの若社長みたいに騒ぐモンだと思ってた。


「伝説の女優、プレアデス・アオイのデビュー作、『僕のダイナマイトお姉ちゃん』ロボ!」


 ミニキャラらしい実に可愛気溢れる声。
 そう叫んだのは、ガイアが召喚してしまった暴露モンスター『ロボぴょん28号FX』。
 実にロボロボした兎、ロボぴょんの発展機。
 暴露内容は『人生で初めて手に取ったAVのタイトル』。


 ガイアが受けた精神的ダメージから算出された攻撃力は2800。
 これは中々に高い数値である。


 実の姉を持ちながら、姉モノに手を出したと言う……実に隠蔽したい過去の「割と性的にもイケるくらいお姉ちゃんが実は大好き時代」の片鱗を暴露されてしまった訳である。
 完全な黒歴史、普通に殺したい過去の自分。
 何故あんな姉でも反応してしまっていたのか、思春期の自分が本気で嫌になる一幕。
 それも、テレサ達に加えて、同じ大学に通う女性の前で大公開と来たモノだ。


「実家で飼ってるオコジョが唯一まともな友達だと思ってたのに、ちょっと前に帰省したら、これでもかと言うくらい噛まれたばーよ……」


 鬱屈としたつぶやき。
 その主は、シェリーの召喚してしまった暴露モンスター『泣きじむなー』。
 常に膝を抱き続ける泣き虫小僧。
 暴露内容は『最近本気で死にたいと思った瞬間』。


 シェリーが受けた精神的ダメージから弾き出された攻撃力は2800。


 2800対2800。
 引き分けである。


「死ねロボ!」
「嫌だし!」


 鋼鉄兎のハンマーパンチと幼気な内気少年の謎ビームが衝突。
 しかし、勝負は着かず。


「これで2勝2敗11分けですね。真の忍者から見ても熱い展開です」
「で、でもその……両者完全にグロッキーで……お通夜ムードなんですが……」
「2人共、悲しそうに震えてる……」
「が、ガイアさん……その、私、人それぞれだと思いますよ! それにガイアさんのお姉さん、すっごい美人さんでしたし、いくら姉弟でもまぁ仕方無いんじゃないかなぁとか…」
「うるせぇよ! フォローされる方が悲しいよ! もういっそ笑えよコンチクショウが!」


 ガイアがこれまでに公開した15枚は、全てロボぴょんシリーズ。
 つまり、性関連の暴露。それをお子様2名を含むメンバーと同級生の前で晒された訳だ。
 最早何か作為的なモノを感じざるを得ない。
 と言うか一体何種類いるんだロボぴょん。ガンダムかお前は。


 対して、シェリーもシェリーで全て「友達がいない事に関係する内容を暴露するカード」に偏っていた。
 そしてそれは、シェリーに取ってとてもコンプレックス、気にしている事なのだろう。軒並み攻撃力が高い。


 絶対に仕組まれている。
 今この場に置いて、両者が本気で触れて欲しくないジャンルのカードが出るシステムになっている。


「……もう死にたい……」
「が、頑張れよ……」


 普段クールな同級生がようやく見せた普段と違う顔。羞恥と絶望。
 ガイアもエールを送らずにはいられない。


(……つぅか、何気に意外だな)


 暇さえあれば本を読んでいるクラスのクールビューティ。
 誰とも交友を持とうとしない、非常に手を出しにくい高嶺に咲く孤高の花。
 それが、ガイアがシェリーに持っていたイメージだ。


「……私が、友人を欲している事がそんなに意外ですか。ガイア・ジンジャーバルト」
「えっ、あ、お、おぉう……」


 どうやら、顔に出てしまっていたらしい。
 気にしている事コンプレックスなら詮索するのはアレだと言葉にするのは控えたのだが、その配慮は無駄に終わってしまった。


「……そりゃあ、私だって……私だって……」


 シェリーはうつ向き、何かブツブツと言い始めた。


「え、えーと、おーい? 大丈夫か?」
「大丈夫だと思いますか?」


 まぁ、その様子だと思えない。


「いつも、皆そうです……クールだの、ミステリアスだの、勝手に決め付けて……!」
「お、おい?」


 シェリーは勢い良く顔を持ち上げると、鋭い眼光でガイアを刺し貫いた。


「特にあなたです、ガイア・ジンジャーバルトォッ!」
「ッ!? お、俺が何かしましたかッ!?」


 シェリーの突然のシャウト。
 余りにも予想外の展開に、ガイアは思わず後ずさり。


「高校時代、私の淡い期待を、あなたは幾度となく微塵に打ち砕いたでしょうが!」
「激しく身に覚えが無いんですが!?」


 高校時代のシェリーとの関わりは、しばらく席が隣りだった事と、例の助けてもらった件くらいだ。


「あなたが隣りの席で対竜兵装所持検定の参考書を読んでたから『あ、この人も自称勇者やるつもりなんだ。これを口実に友達になれるかも』と期待して、私も咄嗟に参考書を取り出したのに、声をかけない所か気付きすらしなかったでしょう!?」
「いや、あれは気付いてたけど、声をかけても話を膨らませ切れずに気不味くなりそうだなぁと……」
「確かに私は話し下手ですよ! ウィットに富んだ返し所かそこで会話終了な最悪の返答しかできないでしょうよ! でもチャンスすらもらえないってあんまりでは!?」
「お、おぉう……」


 普段物静かな奴が騒ぎ始めると、勢いが凄い。
 最早ガイアは圧倒されるばかりである。


「それだけじゃありません! 私は何度かあなたが始業前に読んでいた雑誌に連載している漫画の単行本を読んだりもしてました! 大して興味も無いのに!」
「それは、『へぇ漫画も読むんだこいつ』としか……あとアレは俺あんまり好きな漫画じゃなかったし、やっぱり話が合わず続かずで気不味くなりそうだなぁ、と……」
「あなたが友人と三つ編みの古き良きなんとかがどーのとか言う話しをしてたから、こんな馬鹿みたいに三つ編みも作ってみたのに、これまたノーリアクションだったでしょう!? おかげで何だかんだもうこれで落ち着いちゃいましたよ!」
「……あー……それは、一体どういう心境の変化があったのか全く察し切れなくて、触れるのが怖かったと言うか……」
「獣人の獣耳がどうのとか言うから、ささやかな猫耳が付いたカチューシャを付けた事もありました!」
「ああ、あれはしばらくクラスを飛び越えて学年中で話題になってたな……」


 その事件は、シェリーの知らない所で話題沸騰だった。
 その辺りから、彼女の隠密ファンクラブが設立していたりもする。


「って言うか、待てよ……まさか、あの頃の奇行の数々は……」
「クラスメイト達の気を引くためのアプローチですよ! そしてほとんどは、隣席だったあなたを狙ったモノです!」


 まさかあの伝説の『血迷いシェリー列伝』の主な原因が自分だったとは、ガイアは夢にも思わなかった。


「でも全部無意味でしたよ! むしろそれ以前より皆遠巻きになった気すらしました!」


 ああ、確かに。ガイアも一時期は『クールでちょっと変な奴』だと認識していた。ただのクールな奴より近寄り難いと言うか、関わりたくなかった。彼女への「ミステリアス」と言う評価は、彼女の一時期の奇行への「完全理解不能」と言う評価がマイルドになった表現でもある。


「大学に進学しても何も変わりませんでした! そしてあなたに至っては、私を避けている節すらあるでしょう!? 高校からの同級生と目が合ったのに、軽く会釈して方向転換って!」
「避けてたと言うか、積極的に関わらなかっただけと言うか……」
「ここで私が待ち構えていた時も、『うわー、何でこいつがここに……』みたいな感じ出してたでしょう!?」
「それはちょっとニュアンスが違うかと……」


 そんな引き気味の「何でこいつが」では無かったはずだ……と思う。多分。


「ネットで会話術だって勉強しましたよ! でも何の役にも立たなかった!」


 シェリーは試しに「今日は良い天気ですね」と級友に話しかけてみた事がある。
 すると相手は「……わ、私は何か粗相を……?」とおそるおそるシェリーの顔色を伺っていた。
 そりゃあそうだ。クールでミステリアス(ソフト表現)なお方が、突然何の脈絡も無く話しかけて来たら、何事かとビクビクする。
 シェリーがたまたまその話し相手に選んでしまった子が、人一倍気弱な子だった事も、運が悪かったと言える。


「もう正直……! あ、これ無理だ、と思いましたよ……はは……はははは……」
「え、えぇと……その……何かごめん」
「………………いえ、謝罪は結構ですよ。どれもこれも、私の勝手な被害妄想ですから」


 熱を全て吐き出し、冷静になったらしい。呼吸を整えて、シェリーは元通りの無表情を取り繕った。


「少々取り乱してしまいました。申し訳ありません」


 少々ってレベルじゃなかったけどな、とガイアを中心に全員が全力で思う。


「では、ゲームを続けましょう。と言うか、早く終わらせましょう。私はもう帰って永遠に寝たいです」


 しかも微妙にまだ冷静じゃない。


「……なんつぅか……」


 ガイアは深く溜息。
 まさか、シェリーがそんな事感じで色々と苦労していたとは、思いもしなかった。
 彼女の必死のアピールを全く汲み取ってやれなかった事に、若干の罪の意識を覚えてしまう。


「確かに、俺はあんたの事を若干避けてたかもな。……こう、よくわかんねぇ奴だと思ってたから」
「もう放っておいてください」
「これからでも遅く無ぇなら、あんたへの態度は改めるよ」
「……え……」
「いや、だって、何か今の一連のやり取りでこう、高嶺が崩壊したと言うか……俺のイメージが間違ってた事はよくわかった」


 ああ、こいつも俺と同じ人間なんだなぁ、と、今更ながらガイアは思った訳だ。高嶺の花、と言うイメージは、もう跡形も無い。


「てっきり俺は、あんたは独りが好きなタイプなのかもと思ってたし……そうじゃないなら、まぁ、別に不干渉に徹する事も無ぇ」


 ガイアは特別社交性に富んでいる訳でも無いが、閉鎖的な人間でも無い。
 交友関係を広げる事に抵抗は一切無い。


 確かに、シェリーは付き合いにくい相手ではあるかも知れないが……ガイアの周囲には既に曲者がたくさんいる。
 それが1人増えるだけの事だ。


「そんな訳だから、俺で良ければ友達としてカウントしてくれ」
「……アドレス交換」
「ん? ああ、まぁ必要だな」
「……飲み会に誘ってくれたりとか」
「俺はあんま酒飲みには行かないけど……遊びに行く時に声をかけるとかなら」
「……………………」
「それとも、こんな形だとやっぱ釈然としないか?」


 ガイアはそういうつもりでは無いが、この提案はシェリーからすると、同情からの施しの様に感じられるだろう。
 そんなスタートを切る友達関係なんて……、と抵抗を覚えてしまう可能性も……


「いえ、全く構いません」


 清々しい程に力強く、シェリーは言い切った。


「……ガイア・ジンジャーバルト。あなたは思っていた程、クソ野郎では無かった」
「おいちょっと待てコラ」


 今の今まで心の中でクソ野郎だと思っていたのか。


「いや、今の話を聞いた限りガイア氏は『死ねクズ』までなら言われてもおかしくないですよ」
「そこまで!?」
「はい。乙女のシグナルを受け取れない鈍感野郎は皆死すべきだと思います」


 確かにガイアも自分の非は認めるが、そこまで言われるのは納得が行かない。


 だが、この空間に男はガイア独り。パッと見た感じ、テレサやコウメもシェリー側、アシリアはいまいちピンと来ていないご様子。
 弁解しても酌量の余地はないか、とガイアは諦める。


「…………とりあえず、まぁ、アレだ。そんな感じだから、今後はよろしく」
「はい。そうですね」


 実に素っ気無い返事だった。
 表情からもその心境は読み取れない。
 だが、少しだけ、雰囲気が変わった様に感じられた。


「では、ゲームを続けましょう。そしてさっさと終わらせます」
「おう。そうだな」




「何か、良い感じにまとまって良かったですね」
「……果たして、そう上手くいくでしょうか」
「? 何かあの2人には問題と言うか弊害があるんですか? カゲヌイさん」
「あ、いえいえ。あの2人は取り合わせとして特に問題は無いと思いますよ。ガイア氏はあれでいて気が利く男ですからね。シェリー氏への偏見的誤解が解けた以上、それなりに上手くやっていけるでしょう。私が言いたいのはそっちではなくて……」


 カゲヌイは若干楽しそうな笑顔を浮かべ、


「この愉快な…ではなく、悪趣味なカードゲームが、そんなにさっくりと片付きますかねぇ、と言う事です」






 この後、デッキのカードをほぼ全て使い切るまで引き分けが続く事を、ガイアとシェリーはまだ知らない。





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