悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R25,悪の組織VS悪の組織(笑)③

 アンラが用意した亜次元空間『アーリマハル』。
 その2階層目。


 そこは、ホテルのスイートルームを思わせる広々としたくつろぎ空間になっていた。
 窓の外には煌びやかな夜景も見える。


 現実時間はまだ夕暮れ時だろうが……この不思議空間でその辺に突っ込むのは野暮ってモンだろう。


「やっほい。皆大好きドゥル子ちゃんでーす」


 天蓋付きのベッドであぐらをかき、ガムを膨らませるアーリマンの少女。
 動きやすそうな薄手のパーカーにホットパンツと言う組み合わせが、活発的な人柄を連想させる。


「あんたが噂のドゥル子か……」


 コウメから話は聞いている。
 カゲロウの騒動の際、ガイア達に手を貸してくれたアーリマン。
 正式名称はドゥルジャーノイ。


「やぁやぁコウメちゃん。直接会うのは久々よね」
「あ、は、はい。あの、色々とお世話になってます、ごめ…じゃなくて、ありがとうございます」
「うんうん。ちゃんとお礼を言える子になったわね」


 一礼するコウメに、ドゥル子は柔らかな笑顔を向ける。


「さて、早速だけど……」


 ドゥル子が指を鳴らすと同時、壁に扉が出現した。


「次の階層に行っちゃっていいわよ」
「へ? 勝負はしないんですか?」
「うん。その代わり、コウメちゃんはここに残って私の話し相手になってくれない?」
「は、はへ……?」
「悪い話じゃないでしょう? 私はコウメちゃんと『じっくり2人で話したい事』がある。あんた達はちゃちゃっと先に進みたい」
「まぁ、確かにそうだが……それって大丈夫なのか?」
「各階層での勝負の設定については全部こっちに丸投げされてるから、好き放題して問題無し」


 ドゥル子次第で「勝負をしない」と言う選択もできる、と言う事か。


「で、どう? コウメちゃんは私と2人きりでお話するのは嫌?」
「あ、いえ……知らない仲でも無いですし……大丈夫です、はい」
「何のお話をするんですか?」
「内緒。言ったでしょ、『2人で話したい事』だって」
「大丈夫ですよ、テレサさん」
「ああ、俺も心配する事は無いと思う」


 コウメのネガティブっぷりを気にかけ、いつでも相談に乗ると言って連絡先まで渡してきたアーリマンだ。コウメに対して危害を加える様な事はしないだろう。


「むぅ……気にはなりますが、ガイアさんまでそう言うのなら……」
「じゃあコウメ、先に行ってるね」
「あ、はい。では」


 と言う訳で、ガイア達はコウメを置いて次の階層へと向かう事になった。






「それで、お話と言うのは……」


 ベッドに座るドゥル子の隣りに腰掛け、コウメが問いかける。


「んー……まぁ、どう切り出せば良いか、ちょっとまだ整理付いてないんだけどさ」


 ドゥル子はそう言うと、少し悩まし気な表情を浮かべる。
 しかしすぐに、「ま、最低限の前フリをして、あとは直球勝負でいきますか」と何やら答えを出した。


「コウメちゃん。私はね、ここ最近、ずっとある事について考えていた訳」
「はぁ……そ、それは一体……あ、私如きゴミ捨て場のゴミ袋からにじみ出た謎汁にも劣る様な駄亀女が踏み込んだ事を聞いてしまってごめんなさい」
「いやいやいや、これはあんたに大きく関係してる事だから、むしろ踏み込んでもらわなきゃ困るわ」
「は、はい?」
「私が考えてたのは、あんたの事よ」
「わ…私の事、ですか……」


 コウメの復唱を、ドゥル子はこくりと頷いて肯定する。


「もうね、ふとした時にあんたの事を思い出すの。そして気になるの。今何してるのか、平穏無事でいられてるのか、ご飯はちゃんと食べてるのか、って」


 そう言えば乙姫にも最近似た様な内容の手紙をもらったなぁ、とコウメは心の中で思う。


「……何と言うか、皆さんに心配かけさせてしまって……本当にごめんなさい」
「でも、おかしいのよね」
「へ?」
「私ってさ、元来、そう言う柄じゃないのよ」


 ドゥル子は、決して面倒見の良い方では無い。
 むしろ、面倒臭がりの気が強い方だ。


「なのに、あんたの事はどうしても気になる。放っておけない。これはおかしいな、って。ずっと考えてたの」
「……何か、私のせいで色々と手間取らせてしまった様で……本当にごめんなさい」
「謝らなくてイイって。もう、答えは出たし」
「答え……ですか?」
「うん。何であんたの事がこんなにも気にかかるのか……私はもう、その答えを理解した」
「それは一体……ってあの……何故唐突に私の太腿に手を……しかも何やら撫で方がいやらしい様な……」
「ねぇ、コウメちゃん」


 ドゥル子はニッコリと、とてもとても爽やかな笑顔で、そして頬を紅潮させながら、言った。


「一目惚れって、信じる?」
「……へ……?」


 そして、コウメは身を以て知る事になる。
 何故ドゥル子がこの階層を『夜のスイートルーム』に似せた内装にしていたのかを。










「むむむっ」


 扉の向こう側にあった長い階段を登る途中、ふとカゲヌイが2階層目の方を振り返った。


「百合の花が咲き乱れている忍者的予感がします。それも何やら激しめに。キマシたね」
「何意味不明な事を言ってんだあんたは」
「にしても、思ったより順調ですね」


 テレサの言う通り、全く苦戦する様子もなく3階層目、勝負は中盤へと突入した訳だ。


「しかし、これはこれでつまらないですね」
「アシリア、もう体温まってる。次はアシリアがやりたい」


 体に熱が入ってうずうずしているのだろう。
 アシリアの笑顔は戦闘狂に近い何かを感じる。


「アシリア、一応もう1度言っておくが、ゲーム勝負だからな?」
「わかってる」


 いや、わかってる子は多分この状況で拳を鳴らさないと思う。


 まぁ、そのモチベーションの高さは頼もしい限りだ。
 ガイアとしてはこのままカゲヌイ・アシリア・テレサの3人がこの勝負を片してくれるのが理想である。


 そんな事を考えながら階段を登っていくと、大きく『3』と書かれた扉を発見。


 この扉の先が3階層目だ。


「タルウィタートとドゥル子が出たって事は……」


 アーリマン・アヴェスターズ側でガイア達が知る人物は残す所アンラのみ。
 アンラは当然、ボスとして最終階層に陣取っているだろう。
 つまり、ここと、次の階層に待ち受ける人物は、ガイア達とは何の接点も無い人物。


「今までの2人みたいに、どこかのほほんとした人だとイイですね」
「お前に人の事をのほほん呼ばわりする権利は無い」
「ちょ、それどう言う意味ですか!? 確かに初期の私はのほほんとしてたかもですが、多少は成長してこうダークヒーローらしいギラギラとした何かが……」
「成長してる? ははっ、冗談激し過ぎんぜ☆」
「ガイアさん!? ガイアさんが時折放つその似合わない『☆』はなんなんですか!? 少しイラッとするんですが!?」


 この☆はテレサを全力で馬鹿にする時、もしくは全力で嫌がらせをする時に勢い余って出てしまう悪のフォースの塊である。
 テレサが柄にも無く悪感情を抱いてしまうのも当然と言えば当然。
 そしてガイアとしては、今後もたまに放出していく所存である。


 まぁその辺は置いといて、ガイアはさっさと扉を開ける。


「うおっ」


 扉を開けた途端、実に大自然らしい土と草の匂いが鼻腔内に充満した。
 扉の先は、見渡す限りの大自然、密林になっていた。


 そんな密林のど真ん中に、ポツンと設置されたテーブル。
 そのテーブルに突っ伏して、スーツ姿の青年が寝息を立てていた。


「……完全に寝てますね」
「ああ、つぅかあの人……獣人か?」


 髪の色は真っ赤で、肌の色は浅黒めではあるものの褐色と言う程では無い。
 少なくともこの時点でアーリマンでは無いだろう。
 そして、その頭頂部にはネコ科っぽい耳が。


 赤髪に猫耳……はて、誰かによく似ている気が……とガイアは視線を右斜め下に向けてみる。
 そこにいるのは、魔地悪威絶商会が誇る赤髪の猫耳娘、アシリア。


「どうしたの? ガイア」
「いや、何かあの人、特徴的にお前に似てるなぁと」
「確かに、アシリアちゃんも赤毛で猫耳ですもんね」
「……ん……」


 そんな感じで話していると、件の青年が目を覚ましたらしく、体を起こした。


「ふぁあぁ……あー……誰か来たのか?」


 眠そうに目をこすりながら、猫耳青年が大きく欠伸を咬み殺す。
 その鋭い目つきもアシリアそっくりだ。


「あ、アシリア、あの人知ってる。アシャお兄ちゃん」
「……お兄さんかよ……」


 てっきり同郷の徒くらいな関係を想像していたのだが、ガイアの予想以上に身内だった。


「と言うか、何故アシリアちゃんのお兄さんがこんな所に……」
「テレサ、思い出せ。アシリアがウチに来た理由」


 アシリアは言っていた。
 族長に「悪の組織に入る事を勧められた」と。
 察するに、アシリアの兄もその言葉に従ったのだろう。
 そして妹と違い、しっかりした悪の組織に入っていた、と。


「んお、アシリアじゃないか。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「うん、アシリアはいつも元気!」
「そうか。まぁそうだろう」


 よっこらせ、とアシリアの兄が立ち上がる。


「……ん? でも何でアシリアがここにいるんだ?」
「アシリア、勝負しに来た!」
「勝負? 俺とか?」
「多分そうなる!」
「そうか、じゃあやるか」


 それ以上言葉は要らない、と言う事なのか、アシリアもアシリア兄も拳を構えた。


「ちょい!? 何でいきなり殴り合いを始めようとしてんだ!?」
「何だお前は?」
「俺は…」
「ガイアはアシリアのほごしゃ」
「違う! 実情的に否定はできないけど建前的には違う!」
「……と言うか待て。そもそも何なんだお前達。何故ここにいる?」
「アシリア達は勝負しに来た! アシャお兄ちゃんは何でここにいるの?」
「俺か? 俺はここに来る『敵』を適当なゲーム勝負を吹っ掛けて追い払えと言われて……」


 ここでアシリア兄はハッと気付く。


「敵ってお前達か!」
「あ、ああ。まぁ一応……」


 何だろう、アシリアとよく似て、どこかこう、抜けていると言うか、天然気味の御人らしい。


「そうか。まぁ冷静に考えてみればそうだ。これはうっかりしてた」


 ボリボリと頭をかきながら、アシリア兄は微笑を浮かべる。


「俺はアシャード。よろしく」
「はぁ……どうも……」
「妹が世話になっている様だが、まぁ、それとこれとは話は別。勝負には手を抜かない」


 そう言って、アシャードは足元に転がっていた何かを蹴り上げ、それを片手でキャッチ。
 それは、折れた木の枝だった。


「アンラはゲームで勝負をしろと言っていた。『枝取り合戦』をやる」
「枝取り合戦……?」


 ガイア達は初めて聞くゲームだが、アシリアは知っている様子。
 おそらくは、獣人の里でのローカルな遊びだろう。


「ルールは簡単だ。その名の通り、枝を『獲物』に見立てて奪い合うゲーム」


 アシャードは手に取った枝を、後方へと軽く放った。
 特別何か起こる訳でもなく、枝はアシャードの少し後方へと落下。


「まず『狩人役』と『横取り役』に分かれる。狩人役は横取り役を仕留め、えものを守り切れば勝ち。横取り役は狩人役を仕留め、その屍を蹂躙した上でえものを奪えば勝ち」


 ……寛大な心で見れば、缶蹴りの亜種と思えなくも無い。
 ただ物騒過ぎる。流石は獣人と言った所か。


「なお、枝を抱えて逃げ回る狩人役や、相手がまだ動けるのに枝を奪った横取り役は、死ぬまで『クソ野郎』の謗りを受ける」
「……シンプルに嫌な謗りだな……」


 正面から殺り合い、勝ち残った強者だけが獲物にありつく事を許される、と。


「さぁ、1対1でやるんだろう? 誰が相手だ?」
「アシリアがやる」
「ちょ、アシリア!?」
「大丈夫。アシリア、アシャお兄ちゃんと枝取り合戦で何回も勝ったことあるもん! 同じくらい負けてるけど!」


 任せて、とアシリアはニッコリ笑顔。
 その笑顔は、久々に兄とじゃれ合える喜びも混ざっている様に見えた。
 そう思ってしまうと、ガイアとしては止めにくい。


 ……まぁ、獣人の間じゃポピュラーな遊びみたいだし、大丈夫だろう。
 そう納得して、ガイアは静観体勢に入る。


「ふん、確かに俺達の勝率は五分五分だった。だがそれは過去の話だろう、アシリア」


 不敵に、アシャードが笑う。


「……アシリア。確かにお前は強い。その歳にして、『里に居た頃の俺』と実力が拮抗していると言える」
「アシリア、あの頃よりももっと強くなってる! アシリア、文字いっぱい書ける様になったし、りっぽーたいって言う四角いのの体積も求められる様になった!」
「そうか。だがなアシリア。俺は更にその上を行っているぞ」
「!」


 そう言って、アシャードがポケットから取り出したモノ、それは……


「これが何かわかるか?」
「あ、すまほだ! ガイアとテレサがよくいじってる奴!」
「ふふ、そうだ。スマホだ。その様子だとアシリア。やはりお前はまだこいつを使える段階には至っていない様だな……!」
「……!? ま、まさかアシャお兄ちゃんは……」
「そうだ……! もう俺は、スマホの機能を4割は引き出せる!」
「ッ……!」
「メールにライン、グーグル音声検索……実に便利だ!」


 それだけじゃない、とアシャードは続ける。


「俺はもう1人で電車にも乗れるし、ネクタイだって結べるし、シャンプーとリンスの違いがわかるし、ふぁすとふーどのお店で店員のオススメを振り切って自分が食べたいモノだけを注文できるし、エスカレーターでは右に寄るし、テレビのでーた放送を利用して目覚ましじゃんけんに参加する事もできるし、でじたる腕時計でアラーム機能を活用する事もできるッッッ!」
「あ、アシャお兄ちゃんが……ぐろーばるなアシャお兄ちゃんになってる……! すごい! アシャお兄ちゃんすごい!」
「ふっ……兄として、いつまでも妹と横並びで居る訳にはいかないからな!」
「さすがアシャお兄ちゃん!」


 ……田舎者の兄妹のやり取りって微笑ましいなぁ、とガイアは思う。


「そしてアシリア。知っていたか? 俺達のこの耳の秘密を」
「耳の秘密?」


 ぴこぴこ、とアシリアとアシャードが猫耳を揺らす。


「俺もアンラから聞いて吃驚仰天してしまった。知りたいか?」
「知りたい!」
「猫耳に隠された吃驚仰天の秘密……? 真の忍者でも察しかねますね」


 カゲヌイの言う通り。ガイアやテレサにも想像が付かない。


 と言う訳で、一同揃ってアシャードの言葉に耳を傾ける。


「猫耳はな、『もえる』んだ」
「……………………」


 あのアーリマン、何どうでも良い事を吹き込んでんだ、とガイア達が呆れかけたその時、


「……え……?」


 不意に煌めいた紅い光。
 そして、室内の気温が、一気に上昇した。


「なっ……」


 その原因は、アシャードの猫耳から吹き出した豪炎による大気加熱によるモノ。
 正確に言えば、アシャードの猫耳を覆う赤毛とその周囲の赤髪から吹き出した豪炎、だ。


「…………は、はぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁ!?」
「アシャお兄ちゃん……すごい!」


 もうすごいとか流石お兄様とか言う次元の話じゃない。
 色んなモノが豪速でブッ飛んでった気がする。


「『超猫耳発火能力パイロキニャシス』。猫耳を持ち、更にその『燃えの力』を極めた者のみが到れる境地……とアンラは言っていた」


 アシャードの頭髪が、全て紅蓮の炎へと変貌し、膨張。
 そのまま巨大な炎の両翼……いや、猫耳を形成。


 室内が、熱気と紅い煌きに満たされる。
 辺りに生えている草木が焼滅しないのは、この不思議空間の一部だからか、それともアシャードがそうコントロールしているのか。


「さぁ、アシリア。そろそろ、枝取り合戦を始めよう」


 舞い散る火の粉の雨の中。
 揺らめく巨大な猫耳を纏い、アシャードが再び不敵に笑った。


「兄とは妹の先を征く者だと言う事を、教えてやる」



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