悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R16,忍者の花嫁(強制)⑤

「…………シノ……?」
「……私はこの方と結婚します」


 無表情。
 眉ひとつ動かす事なく、シノは繰り返した。


「おお、ようやく真っ当な答えに行き着いたか。やはり運命だな」
「ええ。なので、さっさと私をどこへなりと連れて行きなさい」
「言われずともそうする」
「待て」
「……何か?」


 チャールズの言葉に、シノが答える。
 最早不自然とさえ思える程に、その表情は動かない。


「シノ、それが君の意思かい?」
「はい。紛れもなく」
「……そうか……」


 ふぅ、とチャールズは疲労と呆れの混在する溜息を吐いた。
 そして、その顔に怒りの色を顕にする。


「僕を馬鹿にするのも大概にしろよ、シノ」
「……何の話でしょう」
「君はいつもそうだ。まともに嘘も吐けないくせに、いつだって本心を必死に隠そうとする。バレバレなのに、秘密にできている気でいる」
「……言っている意味が、わかりませんね」
「そうか……じゃあ1つ。僕が今まで君に隠していた秘密を教えてやる」
「秘密……?」
「……君が僕に特別な想いを寄せていた事、僕は知っていたよ」
「…………!」


 ここに来て、初めてシノの表情が僅かに揺れた。


「君の想いも知っていたし、君がちょいちょい僕の私生活を舐め回す様に観測している事も、たまに僕の私物を拝借して少年少女の目に触れる場所では公開できない様な事をしていた事も全部知ってる」
「………………ほ、ほほ、本格的に仰っている事の意味がわ、わかりませんわマジで、いや本当にマジで……!」


 表情では未だギリギリ平静を保てているシノだが、その声は完全に震度10レベルの揺れの中。口調もおかしくなっている。
 人これを図星と言う。


「僕は今流行りの鈍感な主人公じゃないんだ。自分に向けられた好意くらい、わかるよ。ましてや君は人生の半分以上を一緒に過ごした幼馴染だ。わからない訳がない」
「……っ……」
「そして、鈍感じゃないからこそ……君が何故、その想いを押し殺しているのかも、大体察しは付いたさ」
「!」


 チャールズは知っている、シノの過去を。
 だから、シノの葛藤を推測するのは難しくない。


「真面目な君らしいと思うよ。そして君は、その選択を後悔はしていなかったはずだ。僕の見た限り、君は自らの気持ちにきちんと区切りを付けていた」
「………………」
「だから僕は、今日の今まで、野暮な事は言わなかったんだ」


 シノがその想いを封殺するに至った葛藤を、チャールズは理解している。
 そして、彼女が「結ばれなくても良い、傍に居られれば良い」と言う結論に達し、それに満足している事も悟っていた。


 だからチャールズは、必要以上に彼女を抱き寄せようとはしなかった。


 その選択にシノが後悔していないのなら、割り切れているのなら、それで良い。
 そう考えた。


「わかったか、シノ。僕は君の思っている事は大体把握できる自信がある。何せ、幼馴染だからね」


 その絶対的自信を芯とする力強い声で、チャールズはもう1度問う。


「それを踏まえた上で、答えてくれ、シノ。それが……いや、『それだけ』が、君の意思か?」
「……………………!」


 空気を読んで黙って見ているカゲロウの視線を感じながら、シノは拳を握り、黙り込む。


「……答えられないなら、もっと具体的に聞いてやる」


 チャールズが聞きたい事、それは、


「君の中にある『どんな手を使ってでも僕を助けたい』と言う意思と、『どんな手を使ってでも僕の傍にいたい』と言う意思……どちらが強いんだ?」


 シノは、チャールズを助けるため、カゲロウを止めるべく、結婚を承諾した。
 それは紛れもないシノの強い意思に準じた行動だ。
 それだけなら、チャールズだって止めはしない。
 己の弱さに歯噛みしながら、黙ってシノの選択を見届けただろう。


 でも、チャールズはシノから強い未練の様なモノを感じた。
 割り切れぬ迷いを抱え、それを悟られない様に必死に普段以上の無表情を取り繕っている事を看破していた。


 シノは今、迷っているんだ。


 チャールズを助けたい、その意思に拮抗するだけの別の想いを抱え、迷っている。


 チャールズの傍にいたい、そんな願望を、捨て切れない。
 例え彼のためだとしても、彼の元から離れる事を、割り切れない。


「答えてくれ……いや、決めてくれ、シノ」
「………………」
「君は今まで、散々自分を殺して、それも割り切って、生きてきたはずだ……! 今だけは、ワガママで良い……自分勝手で良い! 僕は、君の純粋な意思を優先したい!」


 だから、


「シノ!」
「……酷いじゃないですか……」


 か細い、シノの声。


「自分勝手で良いなんて……そんなの……決まってるじゃないですか……!」


 もう、取り繕えない。
 シノの表情が、くしゃくしゃに歪む。


「でも、そしたら結局、チャールズ様は……」
「未来の事はどうでも良い。今、君の中で天秤がどちらに傾いているかを報告してくれ。それだけで良い」


 それだけ聞けば、チャールズも自分が今、どうすべきか決められる。


「……真の忍者として、空気を読まずに意見させてもらう。1人の男が本気で問いかけている。ならば本気で答えるのが筋だ」


 その問答が例え自分に取って面倒に働く結果を招く事をわかっていても、カゲロウは見守る。
 どう転ぼうが、目的を果たせる絶対的自信があるから。
 どうせ問題無いのであれば、目の前で吠える益荒男の心意気を踏みにじる道理も無い、そう判断を下した。


「……っ……私は……」


 その言葉を発すれば、目の前の想い人が何をするか、背後の怪物がどう動くか、シノは理解していた。
 それでも、この言葉を望まれているのならば、


「私は、チャールズ様にお仕えしていたい……!」


 シノが言い終わる直前に、戦闘は再開されていた。


 チャールズが、残された体力を全て振り絞り、メイスをぶん投げた。
 メイスはシノの頭上すれすれを越え、真っ直ぐにカゲロウの顔面へと向かう。
 しかし、当たらない。


 カゲロウは最低限の動きで投擲されたメイスを回避。
 軽い跳躍でシノの頭上を跳び越え、着地と同時にチャールズの眼前へ。


 一切の容赦なく、チャールズのドテッ腹に、掌底を叩き込んだ。


 衝撃が、皮を裂き、肉を断ち、骨を砕き、臓器をすり潰す。


「が、はっ……」
「チャールズ様ッ!」
「見事なり。真の忍者が貴様を評価する。よくやっ……ぬぅ?」


 チャールズの手が、自らの腹を貫くカゲロウの腕を掴む。


「評価……? そういうのは……全部終わってからにしろ、早漏野郎がッ!」


 カゲロウの手を掴む方とは逆、チャールズが握り込んでいたモノ。
 それは、拳大のただの石ころ。立ち上がる時に拾っていたらしい、何の変哲も無い石。


 その石ころを、全力でカゲロウの右目へとねじ込む。


 カゲロウにはどんな攻撃も通用しない。
 だが、体内や器官はどうだ。
 眼球になら、流石にダメージは通るのではないか。


 そう、チャールズは踏んでいた。


「真の忍者に、目潰しは効かぬ」


 だが、その淡い望みもあっさりと消え失せた。


「なっ……」
「貴様の言う通りだな。評価を急ぎ過ぎた。早漏の謗り、甘んじて受けよう」


 カゲロウは満足気に笑い、膝蹴りを放った。
 非情な追撃が、チャールズの脇腹を抉る。


 水平に、チャールズの体が飛んだ。
 20メートル以上をノーバウンドで吹っ飛び、土砂の塊に突っ込んで止まる。


 自らの吐血と泥に塗れ、チャールズは動かない。
 最早、その指先ひとつ、動く事はない。


「全てを賭し、形振り構わず抵抗を続けるその意気……加点に値する。非常によくやった」
「チャールズ、様……?」
「安心しろ。無意味な殺生は真の忍者の所業では無い。意識を奪っただけだ」
「………………」
「あの男は全てを賭け、戦った。己の生命を散らす覚悟で戦える者などそうはいない。良い男だ。あの男に目を付けていたあなたの審美眼は素晴らしい。ますます運命を感じるな」


 カゲロウは、敵対者であるチャールズと、自分以外の男を選んだシノを、惜しむ事なく賛美する。
 それは、強者の余裕の現れ。


 敵対された所で、選ばれなかった所で、腹を立てる必要はない。
 敵対者は叩き潰す。選ばないと言うのなら、他の選択肢を奪う。それで済む。それができる。そんな余裕。


 全てを賭けた者ですら、傷ひとつ負わせる事もできない。
 それがトゥルー忍者。シノが目を付けられてしまった、最強の敵。


「さぁ、雌雄は決した。行こうか、俺の花嫁よ」
「ま、まま、待ってくだひゃ、待ってください! そして私如きがいきなり呼び止めてしまってごめんなさい!」
「ぬ?」
「あなた達は……」


 中庭に駆けつけたのはとある4人組。
 テレサを筆頭とする、魔地悪威絶商会の4人だ。


 割とノーダメージなテレサ・アシリア・コウメは普通に立っているが、ガイアだけは脂汗びっしょりで今にも倒れそうである。
 サロンパスのおかげで大分回復したモノの、本来なら立って歩ける様な状態では無いのだ。
 木槍を杖代わりに、どうにか立っている。


「この城の人間は本当にしつこいな。まだやる気か」
「その通りですよ! お互いの合意の無い結婚なんて認めません!」
「族長言ってた! ケッコンは人生の墓場、覚悟を決めなきゃ駄目。覚悟無き者ケッコンするべからずって! そのメイドの人は嫌だって言ってるから、ケッコンは駄目!」
「そ、そうです、相手の意思を考えないなんて……その……と、とにかく、こればっかりはいくら私でも謝って譲ったりはしません!」
「つぅ訳だこの忍者野郎、覚悟しやがれ……!」
「ふん、口だけは猛々しい。……良いだろう。いくらでもかかって来るが良い」


 降りかかる火の粉は、都度振り払えば何の問題も無い。
 そしてトゥルー忍者に振り払えぬ火の粉など存在しない。
 己の強さに自信と確信を持っているからこそ、カゲロウは挑戦者を拒まない。


「や、やめてください姫様! 勝てる訳がありません! もう、私は……!」
「大丈夫ですシノさん! 私達には秘密兵器があるんです!」
「ほう。その秘密兵器とやらで俺を倒せると言うのか?」
「モチのロンです! ね、コウメさん!」
「は、はひ……」
「ぬ?」


 テレサに後を押され、コウメが恐る恐る、1歩、前へと歩み出る。


「……その甲羅を背負った小娘が、秘密兵器か……?」
「ひっ……場違いですよねショボイですよね拍子抜けですよねウザイですよね出張んなカスって感じですよね、ごめんなさい……」
「…………いや、まぁ……とっととかかって来い。確か貴様の初撃はまだ受けていない」


 トゥルー忍者の矜持。
 相手の初撃を敢えて受け、更にそれを平然と耐えてみせる事で、力量の差を相手に見せつける。


「う、うぅ……」
「……初撃を受けるまでは何もしないからさっさと来い」


 余りにも恐る恐る過ぎるコウメの歩みに、カゲロウは呆れ果てる。
 本当にこんな娘に何かができると思っているのか? そう心の底から疑問に思う。


 チビチビとした足取りでコウメはカゲロウの懐に入り、


「で、ではその……こ、これで……」
「……扇風機……?」


 コウメが甲羅から取り出したのは、首からかけるタイプの携帯扇風機だった。


「ええと……スイッチは……あ、これですね」


 カチッ、と扇風機のスイッチが入ると、ぷおおぉぉぉぉぉ……と言う静かな駆動音が響き始めた。
 小さな3枚の羽が空気を掻き、カゲロウへとそよ風を送り付ける。


「……………………」
「……………………」


 沈黙。
 静かに、扇風機が駆動する音だけが響く。


「……まさか、これが貴様の攻撃か?」
「そ、そうです、ごめんなさい。あの……気分はいかがでしょうか……? あ、いや、私に近寄られて良い気分な訳ないですよね身の程知らずの蛆虫でごめんなさい」
「気分、と言われてもな、特にな、に……も……?」


 ふと、カゲロウは異変に気付いた。


 気分が悪い。
 いや、重い。


「な、なんだ……? よくわからんが……う、無性に暗い気分に……!?」


 それだけじゃない。
 やたらと悪い方向にばかり思考が行く様になった気がする。
 自分らしく無い、何かがおかしい。


「い、今です、皆さん!」
「わかった!」


 コウメは急いで甲羅の中へエスケープ。
 入れ替わる形で、アシリアがカゲロウの懐へと飛び込む。


「貴様の攻撃はもう当たってやる義理は……、っ!?」


 見えない何かにしがみつかれている様な感覚が、カゲロウを包む。
 足が、全身が、鉛の様に重い。


「ぬっ……!?」


 理屈はわからない。とにかく回避できない。
 だが、アシリアの拳を受けた所でカゲロウには何のダメージも……


「真の忍者には……」
「うにゃあ!」
「ぐぼっほぉあっ!?」


 アシリアのエルボーをドテッ腹にブチ込まれ、カゲロウの口から悲鳴が漏れた。


「き、効いている……!?」
「ふふふ、これがあの忍者の人の弱点ですよ、シノさん!」
「何でお前が得意気なんだよ……」
「弱点……?」
「ごぉ、うぅぁ……ば、馬鹿な……俺は真の忍者なのに……!?」


 今この場で、1番驚愕しているのはカゲロウだ。


「ネタは挙がってるんですよ忍者さん!」
「ね、ネタだと……?」
「トトロ忍者のその強さの秘密です!」
「トゥルー忍者な」






「に、『忍者細胞』……?」
『そーよ。それがトゥルー忍者が化物と評される根源……全てと言って良いわ』


 数分前、コウメとドゥル子の通話。


『忍者細胞は、忍者の道に特化したトゥルー忍者が獲得した特異遺伝性。まぁ、獣人の特殊筋肉細胞と似た様な特異細胞よ』


 獣人の細胞は、自然界で生き抜くために洗練されている。
 僅かな質量の筋肉で圧倒的な破壊力を生み出せる、そういう性質の細胞に変質しているのだ。


 忍者細胞は、獣人のそれと同じく、変質した細胞の事。


『忍者細胞は、簡単に言うと「プラシーボ効果」の恩恵を大幅に増幅させる細胞なの』
「ぷ、プラシーボ効果とは……無知でごめんなさい」
『思い込み効果、自己暗示療法、偽薬効果作用とも言うわね』


 人は思い込む事で、本来は起こりえないはずの現象を起こせる事が、実際に確認されている。


 薬と栄養剤を間違えていた事に気付かず、栄養剤だけで病を治してしまったと言う事例はいくつか存在しているし、日々の自己暗示療法のおかげで腫瘍が縮小したと言う報告もある。
 本物だと思いながら摂取するで、ノンアルコールビールで酩酊してしまう人もいる。
 死刑囚を使った実験では、この思い込み効果を用いて一切の傷を付ける事なく生命を奪う事に成功した、なんて話も存在する。
 敬虔な信徒に顕現すると言う聖痕スティグマ現象もこれが原因ではないか、と言うのが有力説の1つだ。


 プラシーボ効果は人間に限らず、あらゆる生物の細胞が持つ能力である。
 心を力に変える……魂を持つ生物の根源的能力と言えるだろう。


 トゥルー忍者の細胞は、その生物としての能力をより効率的に昇華させるべく、進化した。
 それが忍者細胞。


『トゥルー忍者は、心の強さがそのまま肉体的強さに変わるの』


 常に自身が最強である事を疑わぬ剛の心が生み出すプラシーボ効果、そしてプラシーボ効果を増幅する忍者細胞の合わせ業により、現実に最強の肉体が顕現する。
 それが、トゥルー忍者の誇る圧倒的耐久力の正体。


 トゥルー忍者が自己研磨に没頭する理由は、純粋な鍛錬が真の目標では無い。「これだけ修行したし、間違いなく俺最強」と言う絶対的自己信頼を築くための作業なのだ。
「これだけ筋肉があれば剣や銃弾だって弾ける」そう思い込む事で、忍者細胞は実際に剣や銃弾を弾く肉体を作り出してしまう。


 トゥルー忍者の矜持である「相手の初撃を受ける」と言うのも「相手の攻撃を難なく受けきる事で、『こいつには負けない』と言う自信を構築するための通過儀礼プロセス」である。


 ガイアのエネルギードレインが最初だけ効いたのは、カゲロウがドレインと言う攻撃法を知らなかったため、耐性が無かったから。
 カゲロウはあの時「真の忍者である俺が、このまましてやられるなど有り得ない」と確信していた。信じて止まなかった。
 その想いに忍者細胞が応え、瞬時に「ドレイン攻撃の効かない細胞」へと変質、進化したのである。


『それがトゥルー忍者の強さの所以であり……同時に大きな弱点でもあるの』
「弱点、ですか……?」
『プラシーボ効果は、プラスの思考のみが適用される訳じゃないわ』


 そう、人は思い込みで死ぬ事もある。
 プラシーボ効果は、必ずしも良い方向にだけ働く訳ではないのだ。


『もし、トゥルー忍者がネガティブな思考に囚われれば……途端に忍者細胞はその想いに釣られて弱体化する』


 俺は最強なんかじゃない。普通に殴られたら痛いし、刺されたら死ぬ。
 そうトゥルー忍者が思考した時、忍者細胞はその思い込みを即座に反映し、殴られて痛みを感じるし、刺されたら死ぬ細胞へと変異する。


「で、でも……プラス思考を武器にしている忍者さんが……後ろ向きな事を考えてくれますかね……?」
『だから、あんたの出番なのよ』
「え?」
『ま、「これ」を見れば察しがつくっしょ。んじゃ、秘密兵器、転送♪ 転送♪』


 その時、コウメの目の前で、ぼふんっ、と小さな煙が上がった。
 煙の中から出現したのは……


「こ、これって、この前の……」
『覚えてる? 「厚顔無恥な北風マイウェイ・ブルーム」。使い手の思想を相手に押し付ける魔法の道具』


 パッと見は何の変哲も無い、ただの携帯扇風機。
 それは数日前、ドゥル子がコウメにセールスしようとした『商品』。アーリマンが悪意を広めるために生み出した、悪の伝統工芸品アイテム


「あ、成程……私だから、勝てるって……」
『そゆ事。んじゃ、頑張ってね。ドゥル子ちゃんが特別に応援してあげる』
「は、はい……手間をかけさせてごめんなs……じゃなくて……」


 ドゥル子にあの時言われた言葉を思い出し、コウメは、


「あ、ありがとうございます」
『うん、よく言えました♪』








 厚顔無恥な北風マイウェイ・ブルームによりコウメのネガティブ思考を押し付けられたカゲロウ。
 彼は今、アシリアの一撃を受ける刹那に、「俺ならこんな小娘の攻撃……でも待てよ、もしかしたらもしかするんじゃね? 何かわかんないけど嫌な予感するわ。そうだよ、無策で突っ込んでくる訳ないし……もしかして何か仕込んで……」とか自分に不利な方向へ深読みしてしまった。
 忍者細胞は即座にその心境の変化を悟り、「アシリアの一撃でダメージが通る肉体」へと変質してしまったのだ。


 コウメのネガティブが感染した事により、カゲロウはもう、己の肉体に絶対的自信を持つ事ができない。
 むしろ自分を信用できなくなっている。そのせいで、やたらに動きが鈍くなった。


 防御力の暴落、動作の鈍重化。
 それはまさしく、著しい弱体化と言うべきだろう。


「ぬ、ぅぅううぅ!? 何故だ!? 何故俺はこんなにも妙な事ばかりを考えている!? 俺らしくない! 俺らしくないぞぉぉぉ!?」


 扇ぐ時間が少々短かったため、カゲロウの精神は完全にはコウメ化していない。
 しかし、トゥルー忍者としての強みを奪うには充分な程に、その精神はコウメに侵されていた。


「うにゃにゃにゃ! うにゃにゃにゃ! うにゃぁにゃぁぁぁああぁぁぁああぁぁ!」
「ぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぁぁぁぁぁあぁぁっ!?」


 そんなカゲロウに、容赦なくアシリアが百烈拳を浴びせる。


「馬鹿、ぬばっ!? こんな事、ぐばはっ!? ありえ、ぬぶちっ!?」
「コウメ、めんもくやくじょって言うのした! アシリアも、めんもくやくじょっ!」
「ところでガイアさん、めんもくやくじょってなんですか?」
「自分が得意とする事、いわゆる特技や取り柄を見せつける事だ」


 なので、アシリアにしては珍しく正しい意味で言葉を使っている。


「……そうですね、私、ネガティブくらいしか取り柄ないですよね……はは、わかってましたよ、ごめんなさい。でも役に立てて良かったですよ……はい……」


 甲羅の中からしょんぼりと喜びが混ざり合い結果微妙なテンションと化したコウメの声が聞こえる。


「さ、アシリア、その辺でもういいか?」
「うん! すっきりした!」


 では、次はガイアの番だ。
 杖代わりにしていた木槍に更に体重をかけ、その槍先を地面にめり込ませる。


 木槍から地面を伝い、魔法のハーブがグロッキー状態のカゲロウへと絡みつく。


「ぬぅあっ!? 先に言った、こんなモノ、俺には……あ、でもこれが実はさっきのの進化版とかだったら効くかも……ってぐわぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 別にさっきのと同じなのだが、余計な不安を持ってしまったがためにカゲロウの体はドレイン攻撃も受け入れてしまう様になった。


「テレサ、トドメはお前に任せた!」
「はいさほいさです!」


 己の都合のみで結婚を強制しようとする様な男には、お似合いのトドメを食らわせてやれ。


「そいやっ!」


 テレサが指を鳴らすと同時、黒鉄のトンカチが出現。
 カゲロウの股間を強襲する。


「ほ、でゅ、ぁっ―――」


 締め上げられた鶏の様な断末魔を残し、カゲロウは白目を剥いて倒れた。


 テレサ渾身の必殺股間トンカチ。
 強盗・天冠てんがん・暴走シラユキと、強敵達を形無しにしてきた一撃だ。
 忍者細胞の加護を失い只人同然と化したカゲロウに、耐えられる道理は無い。


「っしゃ!」
「アシリア達の勝ち!」
「良かったですねシノさ……て、あれ?」


 気付けば、シノがいなくなっていた。


「あっちだ。ま、そっとしといてやれ」


 ガイアが顎で指した方向。
 横たわるチャールズに抱きつき、静かに泣いているシノがいた。
 これからもチャールズの傍にいれる、そんな嬉し泣きだろう。


「さぁ、テレサ。俺らは俺らで、この忍者をどうにかしとこうぜ」


 城に乗り込み、これだけ派手に大暴れしやがったんだ。無罪放免などありえまい。
 トゥルー忍者としての力を失った今、拘束も容易だろう。


「では、ギッチギチのガッチガチに縛っちゃいましょう!」


 テレサが魔法のロープを召喚しようとした、その時、


 倒れ伏すカゲロウの隣りに、1つの影が降り立った。


「!」
「……どうも……」


 降り立ったのは、ガイアと同年代くらいの女性。
 若干あどけなさも残るその顔立ちは、ギリギリ20歳には届いていない、と言う印象を受ける。
 その服装は、ノースリーブかつホットパンツ丈の忍者装束…セクシー路線のくノ一、って感じだ。


「あの格好……ガイアさん!」
「ああ、どう見ても……」


 忍者。
 それも装束のデザインからして、カゲロウの同門。トゥルー忍者だ。


「……あ、私、この阿呆の妹で、カゲヌイと申します……記憶の片隅にでも、どうぞ」


 耳当たりの良い静かで落ち着いた声で、カゲヌイは自己紹介。ペコリと頭を下げた。


「妹……という事は……」


 当然、このタイミングで現れたからには、カゲロウを助けに来たのだろう。


「身構えなくて結構ですよ。今の所、私に交戦の意思はありません」
「何……?」
「私はこの愚兄を回収しに出て来ただけです。こんなんでも、忍者細胞を持つ貴重な存在ですので」


 よっこいしょ、とカゲロウを担ぎ上げ、カゲヌイはすっごい薄い愛想笑いを浮かべた。


「では、また後日、本日の件でお伺いさせていただきます」


 それだけを言い残し、カゲヌイは空高く跳躍。
 月光に紛れる様に、姿を消した。


「い、いきなりの事過ぎてすんなり逃がしてしまいましたね……」
「あ、ああ……でもまぁ、あの怪物と連戦はキツいし……」


 カゲヌイが偶然このタイミングでここにたどり着いたとは考えにくい。
 最初から、カゲロウの事を見守っていたと考えるべきだ。
 ならば、喰らえば負けるとわかっているコウメの一撃をすんなり受けてくれるとは思えない。


 まともなトゥルー忍者と正面からぶつかれる戦力など、残ってはいない。


「しかも……」


 後日、今日の事でまた来ると言っていた。


 当然、お礼参り的な意味と取るべきだろう。


「……まだ、一件落着って訳にゃいかなそうだな……クソッタレ……」





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