悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R07,フック船長と(魔法の)パン⑤

「若返りのパンが欲しい?」


 毛布にくるまったまま、ドゥモがこちらの用件を繰り返す。


「そうだ! 頼む!」


 アルビダスが平身低頭頼み込む姿を見て、ドゥモは溜息。


「もう無いわ」
「えっ……」
「酵母菌だって生きてるのよ。何百年も世話せずに放置してたから、もう全滅してる。また作るのも面倒くさい。つまり嫌よ」


 私は傷心中で忙しいの、そう言って、ドゥモはまた頭まで毛布に包まってしまった。


「そんな……」
「お願いしますドゥモさん! アルビダスさんはどうしても若返りのパンが必要なんです!」
「……どうしても若返りたい理由ってなによ? 人の工房に勝手にズカズカ入ってきて、くだらない理由だったら承知しないわよ?」
「っ!」


 工房が、揺れている。
 毛布の中から、ドゥモがプレッシャーを放って威嚇しているのだ。


 精霊の中には、グラの様に全く戦闘能力を持たない者も入れば、一国一軍の大隊に匹敵する戦闘能力を持つ者もいると言う。
 ドゥモは若返りの方法を確立してしまう様な精霊だ。
 後者であってもおかしくはない。


「あ、アタシは……」


 ドゥモのプレッシャーにやや圧されながらも、アルビダスは強く拳を握り締める。
 魔法のパンを手に入れるために必死に鉄の扉を叩き、砕けてしまった拳。
 必死にもがき、ここまでたどり着こうとした過去の自分が、背中を押す。


「アタシは、ピーターに会いたい……!」
「……ピーター……? ピーターって、ネバーランドの?」
「ピーターさんを知ってるんですか?」
「そりゃあ、あいつにネバーランドの管理権限を押し付けたのは私だし……」


 ドゥモは元々、聖域の管理者としてネバーランドに住んでいた。
 しかし、件の男に恋をして、全てをピーターに押し付けて飛び出した訳である。


「成程……ネバーランドに行くために、若返りたいと。で、ピーターに会ってどうするって言うの?」
「全力で寝取…じゃなくて、アタシに惚れさせる!」
「はぁ?」
「私もネバーランドに居た事があって……その時に……」


 アルビダスは自分がネバーランド出身者であり、ピーターを愛していることをドゥモに説明する。


「………………」


 毛布がはだけ、静かにドゥモが顔を出した。


「……良いじゃない……」
「!」
「恋のために必死になるその姿、嫌いじゃないわ。だって私もそうだったから。間抜けな結果に終わったけどね」
「若返りの研究をしてる間に、相手が老いて……って話か……」
「あら、知ってたの。まぁ知ってるか」


 ドゥモの失恋譚は魔法のパンの噂とセットで語り継がれている。


「気が変わった。協力してあげる」
「本当に!?」
「ええ、私に二言は無いわ。ただ、少し時間を頂戴。ノウハウはあるから、1週間あれば充分」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「……でも、あなたにはまだ問題が残ってるかもよ」
「問題……?」
「まだピーターがネバーランドの管理権限保有者だったら、その権限を保有し続ける限り、ネバーランドからは出られないわ。あの子はクソ生真面目だから、適当に次代後継者を選んだりはしないでしょう。かなり長期戦になると思う」
「アタシの気合を舐めないで欲しいねぇ! もう10年も片想い続けてたんだ! まだまだ向こう10年は余裕で待つっての!」
「ふぅん……」


 良い覚悟ね、とドゥモが微笑する。


「ガイアさん、これにてお仕事完了みたいですね!」
「ああ、思ってたよりすんなりいって何よりだ」


 ドゥモが話のわかる精霊で助かった。


「おう、あんたらのおかげさ。ありがとう。あ、そうだ、報酬を払わなきゃね」
「はい、では1000コルトになります!」
「せ…ちょっと価格設定安すぎないかい? それで商売成立してんの?」
「してない。でもまぁそういうモンなんだ、ウチは」


 ガイアは溜息混じりに笑う。


 1仕事が週刊少年漫画雑誌4冊分の便利屋。しかも依頼人の都合によってはタダ働きもたまにある。
 当然、商売としては成立しちゃいない。
 でもそれがボスであるテレサが決めた方針だから仕方無い。


 ちなみにその僅かな収益は、大体テレサやアシリア達のおやつ代に消える。
 最早この悪の組織(笑)には給料の支払いを期待していないガイアとしては、もう正直どうでも良い。


「なにやら大円団の雰囲気の所、悪いが……失礼する」


 不意に響いた重低音。


「え……」


 いつの間にか、ガイア達に混ざる様に立っていた大男。褐色の肌と緑髪が特徴的だ。
 そのまま海にでも飛び込んだのか、全身ビショ濡れで潮の香りがする。


「なっ……!?」


 これだけの巨体にここまで接近されて、今の今まで気付けなかったことにガイア達は戦慄する。


「大きい!」
「ああ、よく邪魔だと言われる」


 アシリアの実にシンプルかつ「今はそこが問題では無い」と言う感じのコメントに、大男は静かに答えた。


「だ、誰だ……?」
「と言うか、いきなり現れましたね……瞬間移動……?」
「俺はタルウィタート。少しそっちの精霊さんに用があるんだが、良いか?」
「私達と一緒ですね。ドゥモさん、お客さ…」
「っ、な、なんで悪神族アーリマンがこんな所に……!?」


 テレサの言葉を遮ったのは、ドゥモの酷く焦った様な声。
 声だけでは無い。ドゥモは毛布を纏ったまま後ずさりし、そのまま作業台から転落してしまう。


「あべすっ!?」
「ああ!? ドゥモさんが!? 大丈夫ですか!?」
「あ、あわわ…い、今のは絶対に痛い……うっ、私なんかが同情の視線を向けてごめんなさい……」
「って、待て、今、アーリマンって……」


 アーリマン。
 その存在を、ガイア達魔地悪威絶商会の面々は知っている。
 はずなのだが……


「ありまきねん……? 何ですかそれ?」
「お前は本当にアホの子だな……!」
「テレサ、この前、グラが教えてくれた奴」
「グラさんが教えてくれた……? あ! シラユキちゃんの時の!」


 そう、その通りである。


 シラユキがテレサと結婚するために不可思議なアイテムを用いて起こしたあの事件の際、精霊の女王グラが、シラユキにアイテムを与えた犯人と思われる存在として名を挙げた種族。
 それが悪神族アーリマンだ。


 純粋悪であり絶対悪。世界の悪を増長させることを種の目的とした一族。
 遥か昔に精霊達と全面戦争をして滅ぼされたとされている。


「ああ、確かに俺は悪神族アーリマンだ。珍しいだろう? もう純粋種はこの世に10人といないからな」


 あっけらかんとした感じで、タルウィタートは微笑を浮かべる。


 ドゥモが酷く動揺するのも無理はない。
 この男は、精霊達の天敵、敵対種なのだから。


「まさか、あなたがシラユキちゃんを……」
「シラユキ? 誰だそれは?」


 全く聞き覚えのない、と言う様子。
 嘘を吐いている様にも見えない。


「あ、アーリマンが何の用よ!? ってか何の用でも関係ない! 私の工房から出ていきなさいよ!」
「酷い嫌われ様だな。無理もないが」


 微笑を保ったまま、タルウィタートはやれやれと溜息。


「だが、俺にも都合がある。そのリクエストにはお応えできない」
「っ……!?」


 一瞬だった。
 ガイアが風が吹いた様な感覚を覚えた時には、既にタルウィタートは作業台の後方にまで移動していた。
 そこに転がっているドゥモへ、タルウィタートは優しく、その無骨な手を差し出す。


「さぁ、一緒に来てもらうぞ、『魔法のパンの創造主』。ボスはお前のパンを『商品』にしたいそうだ」
「一緒に……って、嫌に決まってるでしょう!?」
「すまないが、知った事ではないな」
「ひぃっ……!?」


 無骨な手が、毛布ごとドゥモの小さな体を鷲掴みにしようとした。
 その手を、アルビダスが叩いて制止する。


「む? 何をする?」
「ちょっと待ちなよ。アーリマンだか炙り饅頭だか知らないが、その精霊さんを連れてこうってのは了承できないね」


 アルビダスはこれからドゥモに若返りのための魔法のパンを作ってもらわなくてはならない。
 タルウィタートの目的は不明だが、ドゥモをどこかへ連れて行かれては困る。


「それも知った事ではない。俺は『魔法のパンの創造主』を持って帰って来いとボスに頼まれているんだ。あいつの頼みは、俺の都合の次に優先すべきだと考えている」


 つまり、自分とそのボス以外の都合は全く関知する気も、考慮する気も無いと言っている。


「ふざけた理屈だな……!」
「至って真面目だ。……で、そちらの4人も、このお嬢さんと同意見なのか?」
「そりゃそうですよ! ドゥモさん嫌がってるじゃないですか! それを無理矢理連れて行こうなんて、誘拐ですよ! 私達も黙ってられません!」


 テレサの言う通りである。
 嫌がる相手を無理矢理に連れて行くのは拉致行為、立派な犯罪。
 一般的感性を持つ者としては、看過する事はできない。


「ふむ……俺の行為が承服しかねるか。こういう時は……やる事は1つだな」


 ゆっくりと、タルウィタートがその褐色の拳を持ち上げる。


「っ……やる気かよ……!?」


 ドゥモの怯え様からして、悪神族アーリマンの戦闘能力は相当なモノのはずだ。
 少なくとも、単体同士の戦いでは精霊よりも強いのだろう。
 普通の人間の感性で言えば、戦闘を避けるべき存在。


 しかし、テレサとアルビダスは退く気なし。
 ガイアとしても退いてはいけない気がする。


「ったく……!」


 ガイアは魔法の指輪から、魔法の力を秘めた木製スピア『まぁまぁ平和的な木槍グングネイル・アーティミシア』を召喚。
 アシリアも拳を構えて戦闘態勢を取り、コウメは甲羅に潜ってアシリアの武器になる準備を整えた。


「上等じゃないのさ!」


 自分の船に武器の類を置いて来てしまったため丸腰なアルビダスも、アシリアに習い拳を構える。


「さぁ、始めよう……」


 タルウィタートがその拳を突き出し、




「じゃんけんだ……!」




「…………は?」
「さぁ、全員一斉にやるか? それとも1人1人片付けてやろうか?」
「え、えーと……」
「いや、待てよ。この人数で一斉にやるとあいこが多そうだ。1人1人相手をしてやる。まずはお前だ、気の強いお嬢さん」
「あ、アタシ……!?」


 色々と困惑するガイア達を置いてきぼりにしたまま、タルウィタートは目の前にいたアルビダスを指名。


「ふふふ……久しぶりだ、この感覚。血沸き肉踊るぞ……! 先に言っておく、俺は『グー』を出すからな!」
「ちょ、ちょっと待て! タルウィタート、だったか?」
「ああ。そうだが? 何だ? お前も後でちゃんと相手してやる。そうだな、先に宣言しておこう、お前にはパーを出す」
「いや、本当にちょっとだけ待ってくれ」


 小学生みたいな心理戦をし始めたタルウィタートをガイアが制止。
 そして、この場にいる全員が疑問に思っている事を代表して口にする。


「……じゃんけん……?」
「そうだが?」
「え、あ、は、……はあぁぁ?」


 そうだが、と当然の様に返されてはガイアとしても言葉に詰まってしまう。


「俺とお前達の目的は相容れない、つまりどちらかが折れざるを得ない訳だ。ならばじゃんけんこれしか無いだろう」
「……アシリア、てっきり喧嘩すると思った」


 タルウィタートの物々しい雰囲気、持ち上げられた拳からして、そう捉えるのが普通だ。


「喧嘩? ああ、その手もあるが……俺は余り喧嘩は好かん。嫌いなだけで腕に自信が無い訳ではないが……面倒だ」
「はぁ……」
「じゃんけんなら一瞬で勝負が着くし、万が一にも怪我をしない。知的生命体が誇る最高にして至高の決闘方法だ、そう思わないか?」
「………………」


 確かに、殴り合うよりは色々と効率的ではあるだろう。


「……ほ、本当にじゃんけんで全部決めるのか?」
「ああ。俺がお前達全員に勝ったら、お前達が退く。お前達の中の1人でも俺に勝ったら、俺が退く。2度とこの精霊に手を出さない、出させない事も誓おう。どうだ? そちらに有利なはずだが?」


 タルウィタートはボキボキと豪快に指を鳴らした後、その指をグー・チョキ・パーと順番に変化させていく。
 その笑みと態度からして、余程じゃんけんには自信があるらしい。


「ど、どうする……?」
「平和的に済むなら、それが1番じゃないですかね……?」


 このじゃんけん勝負を蹴れば、今度こそ実力行使のドンパチ勝負になるかも知れない。
 本当にじゃんけんで全てが収まるのなら、それに越した事は無いだろう。


「じゃあ、やるよ!」


 と言う訳で、アルビダスが拳を振り上げてタルウィタートの指名に応える。


「ぜ、絶対に勝ちなさいよ! 私の今後がかかってんのよ!?」
「任せとけ! アタシはそこそこ運が良い方だ!」
「ふん、運だけでじゃんけんを制する事はできんと言う事を教えてやる……!」


 アルビダスの包帯まみれの拳と、タルウィタートの巨大な褐色の拳が、突き合わされる。


「覚えているか? 俺は最初にグーを出すと言った。信じるかどうかはお前次第だ」
「……ふん、面白いじゃないのさ……!」
「行くぞ……最初はグー!」
「じゃんけん……」
「「ぽんっ!」」


 アルビダスは、パー。
 タルウィタートは、グー。


 一瞬にして、勝負は決した。


「アルビダスさんの勝ちです!」
「っしゃあ!」
「……あれだけ強敵感出しといて、瞬殺かよ……」


 肩透かしにも程がある。
 運だけではどうこうと自慢気に語っていたのは何だったのか。


「ぐっ……まさかこの俺が……」


 ワナワナと拳を震わせ、タルウィタートは片膝を付いた。


 さて、ここからだ、とガイアは身構える。
 相手は純粋悪・絶対悪と謳われる存在。
 素直に負けを認めて退いてくれるとは……


「仕方無い、勝負の結果は絶対だ。俺は約束通り帰るとしよう」
「……え、マジでこれで退くのか……?」


 ボスの頼み事だ、とか言っていたはずなのに、こんなにあっさり退いて良いものなのか。


「ああ、俺が決めたルール、俺が絶対の自信を誇る土俵で負けたんだ。ボスも納得してくれるだろう」
「ボス納得するんだ……」
「むしろ、ここで足掻く方があいつの怒りを買うだろうな」


 軽く笑い飛ばし、タルウィタートは立ち上がった。


「一体どんな組織なんだよ、あんたら……」
「俺達か? 俺達は『絶対悪の原典たる者達アーリマン・アヴェスターズ』。いわゆる悪の組織だ」
「悪の組織って……私達と同じですか!?」
「ほう、同業か。奇遇だな」
「いや、多分だけど絶対次元が違う」


 大体、魔地悪威絶商会は悪の組織ではなく悪の組織(笑)である。


「仮にも同業なら、俺の言う事もわかるはずだろう?」


 いや、だから同業と言える次元じゃないと思うけど……と言うガイアのつぶやきを無視して、タルウィタートは続ける。


「悪とは自由、自由とは他人の言うルールなど気にせず、己のルールのみに従い生きる事だ。己の定めたルールすら覆しては、俺は悪ですらなくなってしまう。そして悪でない者に、悪の組織の一員としての資格は無い」


 タルウィタートは、『絶対悪の原典たる者達アーリマン・アヴェスターズ』の一員であり続けたいと言う願望がある。
 だから、自分から持ちかけた約束は決して破らない。
 それが、タルウィタートのルール。
 彼を悪たらしめるモノ。


「あいつの組織にいるためには、俺は悪であり続ける必要がある。故にそれに反する事はしない」
「………………」
「邪魔をしたな。では、また会う機会があれば、その時に」


 それだけの言葉を残して、タルウィタートはいつの間にかいなくなっていた。


「……な、なんだったんだ、一体……」


 何と言うか、ガイアの持っている『悪党』のイメージからはかけ離れた印象だった。
 悪ではあるのだろうが、不快な存在では無い。自分にどこまでも正直で、むしろどこか清々しい一面を持つ……そう、まるでただの悪戯小僧の様な男だった。


「とにかく、戦闘は避けれて何よりだわ……あんたらじゃ、まとめて瞬殺だったわよ」
「……うん、悔しいけど、アシリアも勝てなかったと思う」


 ドゥモに加え、戦闘民族とも言える獣人であるアシリアまでそう言うのだ。
 間違いはないだろう。


「あの人、本当に帰っちゃったんですかね?」
「みたいだな」
「にしても、何でドゥモさんを狙っていたのでしょう?」
「商品がどう、とか言ってたな。まぁ若返りのパンって触れ込みなら、その気で扱えば結構金になるだろうし……」
「……あいつらは、そんなセコい悪の次元じゃないわよ……」
「?」
「多分、金を積む奴より、悪趣味な使い方をする奴に優先して売り渡すはずよ。そういう生き物なの、あいつらは」


 そう言えば、グラも言っていた。
 悪神族アーリマンは、悪意を育て、悪を世界に広げる事を生きがいとする種族だと。


 金の利益などどうでもいい。
 悪が広がる事が、悪神族アーリマンに取って何事にも代え難い利益になる。
 そんな普通の生き物には理解できない感性を持っているからこそ、彼らは精霊に滅ぼされた、はずだった。


「……アーリマン・アヴェスターズ、か……」


 悪意を育てる事を目的とした、本物の悪の組織。
 あのタルウィタートと言う男に関しては危険なモノは感じなかったが、あまり気軽に笑い飛ばせる様な存在では無さそうだ。





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