悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
第53話 シラユキ(♂)と七つの大罪⑪
黒雷が巻き起こした粉塵が、舞う。
まずは2人。
シラユキは『いらないテレサ』を消し去るという目的を果たした。
あとは、残りの連中を消し、『新しいテレサ』を作るだけ。
「「清々しい……さぁ、残りもさっさと…………ん?」」
花びらが、舞う。
いや、巨人と化したシラユキが浮かぶ高度にまで届く程に、花吹雪が吹き荒れる。
「「何だ……!?」」
明らかな異常現象。
そして、花吹雪が粉塵のカーテンを吹き飛ばす。
「「…………!?」」
そこには、無傷のガイアとテレサ。
テレサを庇う様にガイアは立ち、木槍を盾の様に構えている。
(あんなもので防がれた……!?)
いや、ありえない。
あれは、おそらく棒立ちよりはマシだと盾代わりにしただけ。
防御特化の魔法の盾でも防ぎきれない雷撃を、武具である木槍で防げるものか。
連中が特別何かをした、訳ではない。
証拠に、全員が全員、シラユキと同様、驚愕に目を剥いていた。
「「このっ……!」」
不可解だが、防がれたのならばもう1度だ。
シラユキが黒い雷撃を掌に顕現させた時、異変が起きた。
いや、『異変の正体』を、目撃した。
シラユキの掌、踊り狂う様にほとばしっていた黒雷が、崩れる。
「「っ!?」」
魔力が、魔法にならない。
崩れた雷撃は霧散し、消えていく。
「「ば、馬鹿な!? なんだこれは……一体何が……!?」」
シラユキは、魔力の操作権を完全に失っていた。
シラユキの内部を巡る、あまりにも巨大過ぎる魔力の濁流。
最早「加減ができない」だけに留まらず、『魔法として形成する』という基本作業すらまともに行えない。
例えるなら、シラユキの魔力はとんでもない勢いで噴出されるジュース。
今までシラユキはそれを魔法というコップにどうにか注ぎ込めていた。
今は、ジュースの勢いが強すぎで、コップが持たない。
注いでいる途中、破損してしまい、ジュースがこぼれ落ちてしまう。
「「何で、急に……!?」」
おかしい。
さっきまで、そんな事は無かった。
そんな兆候も無かった。
あまりにも不自然な現象だ。
「ど、どうなってんだ……?」
ガイアとテレサは、その現象を一足先に目撃していた。
雷撃が目の前の地面を吹き飛ばし粉塵を巻き上げ、残る雷撃も目前に迫る瞬間、ガイアは死を覚悟した。
しかし、雷撃はガイア達の目の前で、魔力と帰して霧散したのだ。
《マスター……》
「また、この声……?」
ガイアの様子に変化が無い事を見るに、この不思議な声はテレサだけに聞こえている。
《マスターの願い、叶える時が、来た》
色とりどりの花吹雪が、激しさを増す。
先程シラユキが吹き飛ばした場所にも、いつの間にか満開の花々が咲き乱れていた。
不可解で、不気味な現象のはずだ。
しかしその光景はあまりにも美しく、暖かい。
《想い合う者達に、永劫褪せぬ『幸福』を》
《そんな『奇跡』を》
《そして、》
《『巡り会えた2人』のために、『限りない祝福』と、『露骨な奇跡』を―――!》
「な、何の話ですか?」
「どうしたテレサ?」
「い、いえ、あの……」
《いやまぁ、マスターはそういう風には言ってないけどさ》
《僕らとしても、またマスターに会えて気分マジ有頂天、的な?》
《もうこの際、色々盛っちゃってイイんじゃね? 的な?》
《幸福の定義って色々だし、ねぇ? ここはこういうテイストでも良くね? 的な?》
《まぁ少なくとも、コレやって怒られる事は無くね? 的な?》
《的な?》
「不思議な声が急激にチャラくなったんですけど!?」
「はぁ?」
《不思議っつぅか、俺だよ俺。俺俺》
何か一昔前に流行った詐欺っぽい声の後、テレサの鼻っ柱に白い小さな花びらが付着する。
形を見るに、ナズナの近類種っぽい。
「……もしかして、花、って事ですか?」
《その通り》
どうやら、不思議な声は花々によるテレパシー的なもの、らしい。
モンスター以外の植物が意思を持ち、更にテレパシーを使うなど、聞いた事も無いが。
《とにかく、助かって嬉しいっしょ? 幸せっしょ?》
「ま、まぁそうですけど……」
《つぅわけで、あの野郎さっさとやっちゃおうぜ》
《そーそー。ぶっちゃけ何回も踏み倒されたり、吹っ飛ばされたり、こっちとしてもムカついてんだよね》
《花だからって舐めんじゃねぇぞって感じだよね》
《まぁ、マスターの想い90%、アタシらの怒り120%って感じ?》
「合計210%なんですが!?」
「お前さっきからどうしたんだよ!?」
「「なんなんだこれは……!!」」
シラユキがどれだけ魔法を放とうとしても、魔法は完成する前に崩れ去る。
シラユキに訪れた、突然の不調。
それは、テレサ達に取って、とてもとても幸運な事。
これ以上に無い奇跡。
《これから先、マスター達には最高に幸運な事が起きまくる》
《それがマスターが僕達に付与した『力』》
《絶対に涙が流れる様な人生にはならない》
《何かが起きるたび、露骨な奇跡が起きて、マスター達を救う》
《そんな限りない幸福が、マスター達に訪れる》
《それが、マスターが私達に託した、願い》
《想い合う者達、愛し合う者達に最高な未来をもたらす》
《ここは『そういう場所』》
《私達は『そういう奇跡』》
「……っていうか、さっきからマスターマスターって、私が一体何をしたって言うんですか?」
返答は、無い。
返答どころか、もう花々の声は聞こえない。
必要な事は全て伝えた。
そう言いたげに、沈黙した。
「ヨクワカランガ、チャンスダ!」
両手を失ったグリムの足元から、威力を抑えた闇の砲撃が射出される。
「「ぐぅ……!」」
迎撃に魔法は使えない。
シラユキは腕を交差させ、それを防ぐ。
大ダメージとはいかないが、その厚皮に亀裂が走る。
「「クソ! 何でこんな……ぶへぇあ!?」」
シラユキの顎に、すごく硬い物が衝突。
その顔を跳ね上げる。
「「ぎっ……!?」」
それは、大きな亀の甲羅。
「も、もう1回お願いしますアシリアちゃん!」
「うん! 歯ぁ食いしばってねコウメ!」
「はい! 命令してごめんなさい!」
落下する甲羅からの声に答え、走り出したのは、アシリア。
「てりゃ!」
アシリアはタンッと大地を蹴り、ジャンプ。
全力で、甲羅に対しオーバーヘッドキックをかました。
凄まじい勢いで放たれたアシリアのオーバーヘッドシュート(コウメ)は、初撃で怯んだシラユキの鳩尾にモロに命中。
その厚皮を砕き散らし、シラユキに盛大な呻きを上げさせた。
「い、いつの間にあんな技を……」
以前、暇極まった時、コウメはアシリアに適当な質問をした事がある。
「アシリアちゃんって、今欲しい物とかあるんですか?」
「アシリア、遠距離戦に弱い。羽の人との戦いで思い知った。遠距離技欲しい」
「……えーと……(どうしよう、大分思ってたのと違う)……じゃ、じゃあ、一緒に考えますか?」
「うん!」
てな感じでアシリアとコウメがこっそり開発していた合体技、『アシリア式コウメ砲』。
あのコウメが唯一「自信がある」というだけあり、その甲羅は最高の盾であると同時に至極の鈍器なのだ。
「「ぐぅっ……こっちが不調になった途端、調子に……!」」
「ウルセェ! 散々ヤラレタ分、ストレス溜マッテンダヨコッチハ!」
グリムの砲撃が狙うのは、コウメとアシリアの合体技によって剥き出しになった、シラユキの胸。
「「くっ……」」
防いでも厚皮に亀裂を入れられる。
シラユキは全力で更に飛び上がり、砲撃を回避しようとした、その時。
その眼前に、巨大なトンカチが出現した。
「頭を狙うのは気が引けますが!」
「……男的には股間狙われる方がキツイけどな」
テレサが召喚した巨大トンカチが、シラユキの頭をぶん殴る。
逆にトンカチの方が崩壊してしまうが、充分役割は全うした。
シラユキの動きを一瞬遅らせた事で、グリムの砲撃がシラユキの左足に命中。
その厚皮を砕く。
「「っぅ……!」」
ダメだ。
このままじゃ、やられる。
態勢を立て直すべきだ。
「あの人、逃げる気ですよ!」
「させません!」
何としてもこの場でふん縛って、目を覚まさせてみせる。
テレサが指を鳴らすと、シラユキの前方に巨大な黄金の盾が出現した。
全速力で逃げようとしたシラユキは、それに鼻っ柱から全力衝突。
「「ぎゅおう!?」」
「今です!行きますよガイアさん!」
「はぁ!?」
テレサが指を鳴らすと、ガイアの足元にあの空飛ぶ魔法の絨毯が現れる。
「今度こそ、シラユキちゃんを完全に行動不能に追い込んじゃってください!」
「……おう!」
成程、引導を渡してこい、という事か。
丁度良い。
シラユキのせいで、ガイアは生霊になるわ死を覚悟するわ散々な目に遭っているのだ。
「ささやかではありますが、私の力も持ってってください」
グラはそう言うと、祈る様に手を合わせた。
「うお……!」
ガイアの体に、僅かだが活力が満ち、五感の感度が少しばかり上昇する。
「私の持つ精霊石の加護です」
人間が相手ではグラはその力をフルには扱えないが、少しばかりガイアの身体能力を向上させるくらいならできる。
「おっしゃあ!」
たまには元自称勇者らしく、決めてやろう。
テレサと共に絨毯に乗り、飛ぶ。
「「ぐ、この……」」
逃げる事を諦め、シラユキは2本の巨腕を振るって絨毯を叩き落とそうとする。
しかし、その手がアシリア式コウメ砲とグリムの砲撃により横から薙ぎ払われた。
「「き、貴様らぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」」
「行っちゃってください! ガイアさん!」
「任せとけ!」
絨毯を蹴りつけ、ガイアが飛ぶ。
手を戻しガイアを叩き落とそうとするシラユキだったが、間に合わない。
「行くぞ相棒……!」
ガイアは木槍を逆手に持ち、その鋒をシラユキへ向け、そして、
「根こそぎブン奪れ! 『まぁまぁ平和的な木槍』!!」
その槍先を、剥き出しのシラユキの胸へ、突き立てる。
「「っが……」」
シラユキの全身の厚皮を突き破り、魔法のハーブが顔を出した。
大男の能力で増加されたシラユキの巨体。
膨大な量の魔力という栄養素を秘めた『土台』に、次々とハーブの新緑が芽吹いていく。
「吸い尽くせ! アホみたいな魔力も、訳のわからねぇ『力』も、全部だ!」
「「や、めろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
「やめるかバーカ!」
ハーブがシラユキの全身に絡み付き、そして、生命力以外の全てを奪い取る。
その過程、シラユキの口から、大量の何かが吐き出されていく。
それは、彼が先程取り込んだ大男や虫達。
「「こんな、こんな馬鹿なぁぁああああああ…………」」
シラユキの体が、徐々に縮んでいく。
その肌の色も、人間らしい正常な色へ。
「「ふざ、けるなぁぁぁぁぁぁ!!」」
「!」
最後の足掻きか。
まだガイアの頭程の大きさがある拳で、ガイアを狙う、が、
「そいやっ!」
「「はぐぅあっ!?」」
シラユキの股間を、テレサのトンカチが強襲した。
大男の能力による硬質化を失った彼の股間には、とても響く一撃だ。
シラユキの意識が、途切れる。
「って、うおぉう!?」
羽も失い、ガイアと共にシラユキの体が落下し始めた。
それを、テレサは魔法の絨毯で受け止める。
「大丈夫ですか?」
「お、おお、ナイスキャッチ……」
ガイアはシラユキから根こそぎ力を奪った。
シラユキがもらったと言っていた、不可解な人外地味た力も、完璧に吸い出せたはずだ。
もらい物の力なら、吸い出した後に再生する、という事も無いだろう。
何はともあれ、これで終わりだ。
「お疲れ様です、ガイアさん!」
「……おう」
この後、シラユキから話を聞いたりする必要はあるが、とにかく、今は一息ついても良いだろう。
「ふぅ」
シラユキと7人の魔人。
彼らとの戦いが、ようやく幕を下ろしたのだ。
「ん?」
ふと、ガイアの鼻っ柱に、何かが乗った。
指で摘んで確認してみると、それは1枚の花びらだった。
薄い藤色で、小さな黄色い斑点模様がある。
蝶の羽の1枚、という風にも見える。
「そういや、途中から起きてたあの花吹雪、一体何だったんだ……?」
「あ、そうですよ! 何か、花が助けてくれたんですよ! 私達の事!」
「はぁ? 何言ってんだお前?」
「本当ですよ、何かテレパシーで、私の事マスターって呼んでて、よくわかんない事を……『想い合う者達に』とか『巡り会えた2人のために』……とか、『奇跡』がどうとか……」
「………………」
「ああ! 何かガイアさんの視線が不自然に優しい! これはイタイ子と思われてる予感!」
「はいはい、信じりゃ良いんだろ……」
「そういう同情的信頼はいらないです!」
「面倒くせぇ……」
ふぅ、とガイアは疲れを吐き出す様に深い溜息。
それを見てテレサは「もういいですよう……」と諦める。
(……それにしても、『想い合う者達』ってのは皆の事だとして)
あの声が聞こえたのは、皆が皆、テレサとガイアを救うために動き出した時。
タイミング的に、『想い合う者達』というのは皆の事で間違いないだろう。
(『巡り会えた2人』って、誰と誰を指してるんでしょう?)
「何はともあれ、腹減った……」
思えば、朝食がまだだ。
「私もです……そうだ、シラユキちゃんの話を聞いたら、皆で御飯を食べましょう!」
「ああ」
「グラさんや黒い人にも、お礼しなきゃですし」
「そうだな」
何せ本来は全く関係無いのに加勢してもらったのだ。
しかもグリムは両腕がもげる程に頑張ってくれた。
何のお礼も無し、なんてのは人として有り得ないだろう。
ドラゴンと精霊に誤った人間のイメージを付けないためにも、きっちりお礼しよう。
「てな訳で、ここはガイアさんの全力料理で!」
「俺が作るんかい」
「ええ、愛情たっぷりな料理を期待してます!」
「へいへい……」
本当、腹が減ってようがこいつは元気だな。
そう呆れた様に笑いながら、ガイアは摘んでいた花びらを宙へ放す。
ガイアは、知らない。
その花びらは、『シザンサス』の物。
バタフライフラワーとも言われる、蝶を思わせる花を付ける。
シザンサスの花言葉は、『あなたは良きパートナー』。
花々がその花びらを『ガイアに』差し向けた意味を、ガイアは知る由も無い。
まずは2人。
シラユキは『いらないテレサ』を消し去るという目的を果たした。
あとは、残りの連中を消し、『新しいテレサ』を作るだけ。
「「清々しい……さぁ、残りもさっさと…………ん?」」
花びらが、舞う。
いや、巨人と化したシラユキが浮かぶ高度にまで届く程に、花吹雪が吹き荒れる。
「「何だ……!?」」
明らかな異常現象。
そして、花吹雪が粉塵のカーテンを吹き飛ばす。
「「…………!?」」
そこには、無傷のガイアとテレサ。
テレサを庇う様にガイアは立ち、木槍を盾の様に構えている。
(あんなもので防がれた……!?)
いや、ありえない。
あれは、おそらく棒立ちよりはマシだと盾代わりにしただけ。
防御特化の魔法の盾でも防ぎきれない雷撃を、武具である木槍で防げるものか。
連中が特別何かをした、訳ではない。
証拠に、全員が全員、シラユキと同様、驚愕に目を剥いていた。
「「このっ……!」」
不可解だが、防がれたのならばもう1度だ。
シラユキが黒い雷撃を掌に顕現させた時、異変が起きた。
いや、『異変の正体』を、目撃した。
シラユキの掌、踊り狂う様にほとばしっていた黒雷が、崩れる。
「「っ!?」」
魔力が、魔法にならない。
崩れた雷撃は霧散し、消えていく。
「「ば、馬鹿な!? なんだこれは……一体何が……!?」」
シラユキは、魔力の操作権を完全に失っていた。
シラユキの内部を巡る、あまりにも巨大過ぎる魔力の濁流。
最早「加減ができない」だけに留まらず、『魔法として形成する』という基本作業すらまともに行えない。
例えるなら、シラユキの魔力はとんでもない勢いで噴出されるジュース。
今までシラユキはそれを魔法というコップにどうにか注ぎ込めていた。
今は、ジュースの勢いが強すぎで、コップが持たない。
注いでいる途中、破損してしまい、ジュースがこぼれ落ちてしまう。
「「何で、急に……!?」」
おかしい。
さっきまで、そんな事は無かった。
そんな兆候も無かった。
あまりにも不自然な現象だ。
「ど、どうなってんだ……?」
ガイアとテレサは、その現象を一足先に目撃していた。
雷撃が目の前の地面を吹き飛ばし粉塵を巻き上げ、残る雷撃も目前に迫る瞬間、ガイアは死を覚悟した。
しかし、雷撃はガイア達の目の前で、魔力と帰して霧散したのだ。
《マスター……》
「また、この声……?」
ガイアの様子に変化が無い事を見るに、この不思議な声はテレサだけに聞こえている。
《マスターの願い、叶える時が、来た》
色とりどりの花吹雪が、激しさを増す。
先程シラユキが吹き飛ばした場所にも、いつの間にか満開の花々が咲き乱れていた。
不可解で、不気味な現象のはずだ。
しかしその光景はあまりにも美しく、暖かい。
《想い合う者達に、永劫褪せぬ『幸福』を》
《そんな『奇跡』を》
《そして、》
《『巡り会えた2人』のために、『限りない祝福』と、『露骨な奇跡』を―――!》
「な、何の話ですか?」
「どうしたテレサ?」
「い、いえ、あの……」
《いやまぁ、マスターはそういう風には言ってないけどさ》
《僕らとしても、またマスターに会えて気分マジ有頂天、的な?》
《もうこの際、色々盛っちゃってイイんじゃね? 的な?》
《幸福の定義って色々だし、ねぇ? ここはこういうテイストでも良くね? 的な?》
《まぁ少なくとも、コレやって怒られる事は無くね? 的な?》
《的な?》
「不思議な声が急激にチャラくなったんですけど!?」
「はぁ?」
《不思議っつぅか、俺だよ俺。俺俺》
何か一昔前に流行った詐欺っぽい声の後、テレサの鼻っ柱に白い小さな花びらが付着する。
形を見るに、ナズナの近類種っぽい。
「……もしかして、花、って事ですか?」
《その通り》
どうやら、不思議な声は花々によるテレパシー的なもの、らしい。
モンスター以外の植物が意思を持ち、更にテレパシーを使うなど、聞いた事も無いが。
《とにかく、助かって嬉しいっしょ? 幸せっしょ?》
「ま、まぁそうですけど……」
《つぅわけで、あの野郎さっさとやっちゃおうぜ》
《そーそー。ぶっちゃけ何回も踏み倒されたり、吹っ飛ばされたり、こっちとしてもムカついてんだよね》
《花だからって舐めんじゃねぇぞって感じだよね》
《まぁ、マスターの想い90%、アタシらの怒り120%って感じ?》
「合計210%なんですが!?」
「お前さっきからどうしたんだよ!?」
「「なんなんだこれは……!!」」
シラユキがどれだけ魔法を放とうとしても、魔法は完成する前に崩れ去る。
シラユキに訪れた、突然の不調。
それは、テレサ達に取って、とてもとても幸運な事。
これ以上に無い奇跡。
《これから先、マスター達には最高に幸運な事が起きまくる》
《それがマスターが僕達に付与した『力』》
《絶対に涙が流れる様な人生にはならない》
《何かが起きるたび、露骨な奇跡が起きて、マスター達を救う》
《そんな限りない幸福が、マスター達に訪れる》
《それが、マスターが私達に託した、願い》
《想い合う者達、愛し合う者達に最高な未来をもたらす》
《ここは『そういう場所』》
《私達は『そういう奇跡』》
「……っていうか、さっきからマスターマスターって、私が一体何をしたって言うんですか?」
返答は、無い。
返答どころか、もう花々の声は聞こえない。
必要な事は全て伝えた。
そう言いたげに、沈黙した。
「ヨクワカランガ、チャンスダ!」
両手を失ったグリムの足元から、威力を抑えた闇の砲撃が射出される。
「「ぐぅ……!」」
迎撃に魔法は使えない。
シラユキは腕を交差させ、それを防ぐ。
大ダメージとはいかないが、その厚皮に亀裂が走る。
「「クソ! 何でこんな……ぶへぇあ!?」」
シラユキの顎に、すごく硬い物が衝突。
その顔を跳ね上げる。
「「ぎっ……!?」」
それは、大きな亀の甲羅。
「も、もう1回お願いしますアシリアちゃん!」
「うん! 歯ぁ食いしばってねコウメ!」
「はい! 命令してごめんなさい!」
落下する甲羅からの声に答え、走り出したのは、アシリア。
「てりゃ!」
アシリアはタンッと大地を蹴り、ジャンプ。
全力で、甲羅に対しオーバーヘッドキックをかました。
凄まじい勢いで放たれたアシリアのオーバーヘッドシュート(コウメ)は、初撃で怯んだシラユキの鳩尾にモロに命中。
その厚皮を砕き散らし、シラユキに盛大な呻きを上げさせた。
「い、いつの間にあんな技を……」
以前、暇極まった時、コウメはアシリアに適当な質問をした事がある。
「アシリアちゃんって、今欲しい物とかあるんですか?」
「アシリア、遠距離戦に弱い。羽の人との戦いで思い知った。遠距離技欲しい」
「……えーと……(どうしよう、大分思ってたのと違う)……じゃ、じゃあ、一緒に考えますか?」
「うん!」
てな感じでアシリアとコウメがこっそり開発していた合体技、『アシリア式コウメ砲』。
あのコウメが唯一「自信がある」というだけあり、その甲羅は最高の盾であると同時に至極の鈍器なのだ。
「「ぐぅっ……こっちが不調になった途端、調子に……!」」
「ウルセェ! 散々ヤラレタ分、ストレス溜マッテンダヨコッチハ!」
グリムの砲撃が狙うのは、コウメとアシリアの合体技によって剥き出しになった、シラユキの胸。
「「くっ……」」
防いでも厚皮に亀裂を入れられる。
シラユキは全力で更に飛び上がり、砲撃を回避しようとした、その時。
その眼前に、巨大なトンカチが出現した。
「頭を狙うのは気が引けますが!」
「……男的には股間狙われる方がキツイけどな」
テレサが召喚した巨大トンカチが、シラユキの頭をぶん殴る。
逆にトンカチの方が崩壊してしまうが、充分役割は全うした。
シラユキの動きを一瞬遅らせた事で、グリムの砲撃がシラユキの左足に命中。
その厚皮を砕く。
「「っぅ……!」」
ダメだ。
このままじゃ、やられる。
態勢を立て直すべきだ。
「あの人、逃げる気ですよ!」
「させません!」
何としてもこの場でふん縛って、目を覚まさせてみせる。
テレサが指を鳴らすと、シラユキの前方に巨大な黄金の盾が出現した。
全速力で逃げようとしたシラユキは、それに鼻っ柱から全力衝突。
「「ぎゅおう!?」」
「今です!行きますよガイアさん!」
「はぁ!?」
テレサが指を鳴らすと、ガイアの足元にあの空飛ぶ魔法の絨毯が現れる。
「今度こそ、シラユキちゃんを完全に行動不能に追い込んじゃってください!」
「……おう!」
成程、引導を渡してこい、という事か。
丁度良い。
シラユキのせいで、ガイアは生霊になるわ死を覚悟するわ散々な目に遭っているのだ。
「ささやかではありますが、私の力も持ってってください」
グラはそう言うと、祈る様に手を合わせた。
「うお……!」
ガイアの体に、僅かだが活力が満ち、五感の感度が少しばかり上昇する。
「私の持つ精霊石の加護です」
人間が相手ではグラはその力をフルには扱えないが、少しばかりガイアの身体能力を向上させるくらいならできる。
「おっしゃあ!」
たまには元自称勇者らしく、決めてやろう。
テレサと共に絨毯に乗り、飛ぶ。
「「ぐ、この……」」
逃げる事を諦め、シラユキは2本の巨腕を振るって絨毯を叩き落とそうとする。
しかし、その手がアシリア式コウメ砲とグリムの砲撃により横から薙ぎ払われた。
「「き、貴様らぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」」
「行っちゃってください! ガイアさん!」
「任せとけ!」
絨毯を蹴りつけ、ガイアが飛ぶ。
手を戻しガイアを叩き落とそうとするシラユキだったが、間に合わない。
「行くぞ相棒……!」
ガイアは木槍を逆手に持ち、その鋒をシラユキへ向け、そして、
「根こそぎブン奪れ! 『まぁまぁ平和的な木槍』!!」
その槍先を、剥き出しのシラユキの胸へ、突き立てる。
「「っが……」」
シラユキの全身の厚皮を突き破り、魔法のハーブが顔を出した。
大男の能力で増加されたシラユキの巨体。
膨大な量の魔力という栄養素を秘めた『土台』に、次々とハーブの新緑が芽吹いていく。
「吸い尽くせ! アホみたいな魔力も、訳のわからねぇ『力』も、全部だ!」
「「や、めろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
「やめるかバーカ!」
ハーブがシラユキの全身に絡み付き、そして、生命力以外の全てを奪い取る。
その過程、シラユキの口から、大量の何かが吐き出されていく。
それは、彼が先程取り込んだ大男や虫達。
「「こんな、こんな馬鹿なぁぁああああああ…………」」
シラユキの体が、徐々に縮んでいく。
その肌の色も、人間らしい正常な色へ。
「「ふざ、けるなぁぁぁぁぁぁ!!」」
「!」
最後の足掻きか。
まだガイアの頭程の大きさがある拳で、ガイアを狙う、が、
「そいやっ!」
「「はぐぅあっ!?」」
シラユキの股間を、テレサのトンカチが強襲した。
大男の能力による硬質化を失った彼の股間には、とても響く一撃だ。
シラユキの意識が、途切れる。
「って、うおぉう!?」
羽も失い、ガイアと共にシラユキの体が落下し始めた。
それを、テレサは魔法の絨毯で受け止める。
「大丈夫ですか?」
「お、おお、ナイスキャッチ……」
ガイアはシラユキから根こそぎ力を奪った。
シラユキがもらったと言っていた、不可解な人外地味た力も、完璧に吸い出せたはずだ。
もらい物の力なら、吸い出した後に再生する、という事も無いだろう。
何はともあれ、これで終わりだ。
「お疲れ様です、ガイアさん!」
「……おう」
この後、シラユキから話を聞いたりする必要はあるが、とにかく、今は一息ついても良いだろう。
「ふぅ」
シラユキと7人の魔人。
彼らとの戦いが、ようやく幕を下ろしたのだ。
「ん?」
ふと、ガイアの鼻っ柱に、何かが乗った。
指で摘んで確認してみると、それは1枚の花びらだった。
薄い藤色で、小さな黄色い斑点模様がある。
蝶の羽の1枚、という風にも見える。
「そういや、途中から起きてたあの花吹雪、一体何だったんだ……?」
「あ、そうですよ! 何か、花が助けてくれたんですよ! 私達の事!」
「はぁ? 何言ってんだお前?」
「本当ですよ、何かテレパシーで、私の事マスターって呼んでて、よくわかんない事を……『想い合う者達に』とか『巡り会えた2人のために』……とか、『奇跡』がどうとか……」
「………………」
「ああ! 何かガイアさんの視線が不自然に優しい! これはイタイ子と思われてる予感!」
「はいはい、信じりゃ良いんだろ……」
「そういう同情的信頼はいらないです!」
「面倒くせぇ……」
ふぅ、とガイアは疲れを吐き出す様に深い溜息。
それを見てテレサは「もういいですよう……」と諦める。
(……それにしても、『想い合う者達』ってのは皆の事だとして)
あの声が聞こえたのは、皆が皆、テレサとガイアを救うために動き出した時。
タイミング的に、『想い合う者達』というのは皆の事で間違いないだろう。
(『巡り会えた2人』って、誰と誰を指してるんでしょう?)
「何はともあれ、腹減った……」
思えば、朝食がまだだ。
「私もです……そうだ、シラユキちゃんの話を聞いたら、皆で御飯を食べましょう!」
「ああ」
「グラさんや黒い人にも、お礼しなきゃですし」
「そうだな」
何せ本来は全く関係無いのに加勢してもらったのだ。
しかもグリムは両腕がもげる程に頑張ってくれた。
何のお礼も無し、なんてのは人として有り得ないだろう。
ドラゴンと精霊に誤った人間のイメージを付けないためにも、きっちりお礼しよう。
「てな訳で、ここはガイアさんの全力料理で!」
「俺が作るんかい」
「ええ、愛情たっぷりな料理を期待してます!」
「へいへい……」
本当、腹が減ってようがこいつは元気だな。
そう呆れた様に笑いながら、ガイアは摘んでいた花びらを宙へ放す。
ガイアは、知らない。
その花びらは、『シザンサス』の物。
バタフライフラワーとも言われる、蝶を思わせる花を付ける。
シザンサスの花言葉は、『あなたは良きパートナー』。
花々がその花びらを『ガイアに』差し向けた意味を、ガイアは知る由も無い。
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