悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第52話 シラユキ(♂)と七つの大罪⑩

「…………」


 昼前。雑踏に溢れる繁華街。
 ふと、フードを深く被った褐色肌の少年が、立ち止まる。


「いかがなさいました?」


 彼の後ろを静かに歩いていた女性も、合わせて立ち止まった。
 いくつにも分けられた三つ編みが特徴的で、どこかミステリアスな雰囲気のただよう女性だ。


「……んー? 何かね。昨日のお客さんがピンチっぽい雰囲気を感じてね」
「昨日、と言いますと……昨晩話されていた『やたら美女な野郎』…という流石の私も2度聞きしてしまったアレですか?」
「うん。まぁでも、あの後きっちり色々書いた取説送ったから大丈夫でしょ。僕ら『一族の力』を使いこなせるかは別として」
「……いい加減、あなたの血を配るのやめませんか。もし客の内の誰かが人類殲滅とか始めたらどうする気ですか?」
「ちゃんと客は選んでるし、それに、そんなつまらない事しようとしたら、僕が止めるさ」


 まぁそんな事より、とアンラは目を細める。
 次の瞬間には真面目な事を言いそうな雰囲気で、彼は、


「僕はあのクレープ屋さんが気になる」


 彼の視線の先には、一軒のクレープ屋。
 人々が行列を成す程の盛況ぶりだ。
 アンラ達が見ている最中にも、どんどん列が伸びていく。


「余計な物は買わない、という約束で買い出しに付いて来たはずです」
「いいじゃんちょっとくらい! ほら見て! あのギャルっぽい女性陣の幸せそうな顔! それに口々に『ほっぺヤバス』って言ってるよ!? 確実にほっぺ落ちかけだよ!?」
「大概にしてください。あなたがアホみたいな特価で物を売りさばくから、経営に余裕が無いんですよ、ウチは」
「僕のせいみたいに言わないでよ」
「………………」
「ああ無視は嫌! 仕事してよ我社の会計兼僕のツッコミ担当!」
「そんな給料に見合わない役職を兼任した記憶はありません。ほら、行きますよ」
「うごっ!? そ、そこ首、首だよ!? こういう場合手を掴んで引っぱぐぇふ苦し……く、苦…く、クレープぅぅぅぅぅぅ……」


 女性にヘッドロックをキメられる形で持ち運ばれるアンラ。
 クレープ屋が見えなくなるまで、彼はクレープを渇望する様に、その手を伸ばし続けていた。












 対竜兵装は、1つの魔法に特化した魔法兵器。
 1つの方向性で見れば、とんでもないチート性能だと言える。


 その分、不便な点もある。


 例えば、ガイアの『まぁまぁ平和的な木槍グングネイル・アーティミシア』。
 触れただけで相手からあらゆる力を奪う、反則地味たハーブを精製する対竜兵装。


 しかし、それは槍先を刺し込めて、尚且ハーブが成長するに必要な栄養素がある『土台』が無ければ、使用できない。


 更に、加減も難しい。


 何の制限もかけなければ、魔法のハーブは相手の生命力さえも奪ってしまう。
 なのでガイアはいつも、相手から奪う力について結構な制限をかけている。


 シラユキへ放ったハーブには、『体力と魔力以外は吸引しない』という制限をかけた。


 そして、これからそれを後悔する事になる。


『生命力以外を根こそぎ奪い取れ』
 そう命令すべきだったと。


「フフ……取って置き、というより、趣味悪いから使わなかったんだけどね……」


 ハーブに拘束され、体力と魔力を奪われたシラユキは、不敵な笑みを浮かた。
 そして、その口内からある物を放出した。


 それは、無数の黒い触手。


 魔法、では無い。
 シラユキは魔力が枯渇している。魔法はもう使えない。


 あれは、魔力以外の『特定種族が持つ様な特別な原動力』を糧に起動した能力。
 グリムが闇を支配する時に使う、分類のできない『力』と同じ様な物。


 黒い触手は、一斉にガイア達へと襲いかかる。
 ガイア達だけでは無い。


 動けなくなった虫達、そして、ノビていた魔人の大男をも絡め取った。


 ガイア達へ向かってきた触手は、グリムとテレサが全て撃ち落としてくれたが、それは『最初の危機』を乗り越えただけに過ぎない。


「何だよ、あれ……!?」


 愕然としたのは、ガイアだけでは無い。


 触手達は、捕らえた虫や大男を、全てシラユキの中へと詰め込んでいく。
 異変は直後。


 シラユキの背中を突き破り、無数の虫の脚が生え、己を拘束するハーブを切断した。


「……ふぅ」


 役目を終えると、虫の脚は背中に収まり、消える。
 そして替わる様に、次の変化が訪れる。


 シラユキの背中から、12枚の羽が吹き出した。
 昆虫類の翅の様な、翅脈しみゃくが入った透明の羽だ。


 その羽を振るい、シラユキは大空へと飛翔する。
 あまりにも、当然の様に、彼は虚空を踏みしめた。


「全く……そのハーブは、厄介だね。魔力と体力を根こそぎ持っていかれるとは……」


 ゆっくりと見開かれたシラユキの瞳に、蜂の巣の様な模様が浮かぶ。
 複眼、だ。


「でも、残念だったね。僕がもらったのは魔人達や魔力や体力、だけじゃない。この『特別な体質』も、さ」


 生物を取り込み、その能力や記憶を全て我が物とする。
 それは『ある種族』の持っていた体質のうりょくの1つ。


 そして、シラユキはその種族の者の『生き血』を飲み、逸脱した魔力・生命力、そしてその体質の一部を得ている。
 その体質により、取り込んだ虫達の持っていた複眼や、飛行能力を手に入れた。


「何だよそりゃ……」


 どう考えても、人間の範疇を超えている。


「ヨクワカラネェガ、トニカク野郎ハ完全復活……イヤ、サッキヨリ厄介ソウダナ」


 シラユキの全身に魔力が満ち溢れている事をグリムは気取る。
 おそらく、虫達の魔力さえも我が物としたのだろう。


「さぁ、もう誰にも邪魔させない。僕はここで、『新しいテレサ』と幸せになるんだ」


 シラユキが指を鳴らすと、その掌から、黒い泥の様な物が吹き出す。
 泥はいくつかに分散し、花畑に着弾。


「そのためにも、『旧式のテレサ』、君を取り込む」


 テレサを取り込み、シラユキなりの改良を加え、また生み出す。
 それが、シラユキが選んだ『今の手段』。


「っ……シラユキちゃん、いい加減に……」
「言ッテモ無駄ダ」


 もう、彼に言葉は届かない。
 全員が、悟っていた。


「アノ目ハ、他人ノ制止ナンゾ聞カナイ、質ノ悪イ馬鹿ノ目ダ」


 シラユキが落とした黒い泥達がボコボコと膨れ上がり、色を持つ。
 グラがグリムの飾り髪に行った様な、着色魔法の一種だろう。


「げっ」


 テレサが顔をしかめるのも無理は無い。


 黒い泥達は、テレサを象った。
 瞳があるべき場所が空洞な点を除けば、完璧にテレサの外見を再現している。


「さぁ、テレサを捕えろ」


 テレサを模した無数の泥人形が、テレサを狙い、ガイア達へと襲い掛かる。


「ここは私がどうにかしないと……」


 いくら作り物とはいえ、私の形をしている物を攻撃するなんて、皆にはできないですよね。
 そう思って前に出ようとしたテレサだったが……


「面倒くせぇ!」
「オラァ!」
「アシリアも負けない!」
「皆さん容赦無さすぎやしませんか!?」


 ガイアが放ったハーブに絡め取られたテレサ人形は次々に自壊し、ハーブから逃れた者達もグリムとアシリアによって次々と蹴散らされていく。
 そらもう容赦なんて無い攻撃で。


「も、もう少しくらい……迷ってくれたって良いじゃないですか……」
「まぁまぁ。ちゃんと分別が付くのは良い事ですよ」


 ちょっとしょげるテレサ、を慰めるグラ。
 とか何とかしてる間にテレサ軍団はあっさりと壊滅した。


「フン、コンナモンデ、ドウニカ出来ルト思ワレルトハ、心外ダナ……」
「そうかい。なら、次はこれだ」


 空中に立つシラユキの全身の筋肉が、怒張し始める。
 やがて怒張の域を超え、質量保存の法則を無視した増量が始まる。


「!」


 その現象をグリムだけは知っている。


 さっき戦闘中に大男サマエルが見せた物。
 シラユキが彼を取り込んでいる以上、同じ事ができるのは当然。


 だが、規模が違う。
 ガイア達の頭上から、大きな影が差し込む。


「「『憤怒の極みラース・オブ・シャイターン』…とでも言っておこうか」」


 地鳴りの様な二重音声が、森を揺らす。


 口内に並ぶ鋭い牙を見せつける様に、『それ』はニンマリと笑った。


 顕現したのは、ただひたすら、こう言うしかないだろう。




『巨人』。


 目測で測っても、確実にガイアの10倍近い全長。
 その巨体の全てを黒銀に輝く厚皮が覆う。
 こめかみからは鬼の様な2本の角が生え、後方へと伸びている。


「オ、オイオイ……生前ノ俺並ジャナイカ……?」


 体躯サイズの話ではない。
 体の大きさだけなら、まだまだ生前のグリムに分があるだろう。


 問題は、急激に増した魔力の量、それと得体の知れない威圧感。
 全盛期には遠く及ばないだろうが、晩年の『悪竜の王』に比肩しかねない。


 ちょっとこれは…シャレにならないかも知れない。
 グリムはかなり久々に焦燥感という物を覚える。


 ガイア達に関しては、最早開いた口が塞がらない。
 せっかく意識を取り戻したコウメも、巨人を見た途端またフラっと倒れてしまう。


「ドウ考エテモ、人間ノ限界越エテルゾ……!?」
「「そうだね。ここまでできるとは、僕もいくらか予想外だよ」」


 同じ能力でも、扱う者のレベルが違えば、その能力の結果は自然と変わる。
 大男サマエルでは3メートル程度の巨人化が限界だったその能力で、シラユキは推定全長20メートル近い体躯を手に入れた。


「「……それから、少し残念なお知らせだ」」


 巨人と化したシラユキの掌に、黒い雷撃がほとばしる。


「「どうやら、加減は効かないらしい」」


 大男の能力は、何も筋肉の増量だけでは無い。
 あらゆる要素が跳ね上がる。


 シラユキの体内を巡る魔力も、相当増量された。


 そして、それは元々魔力を持たないシラユキには、あまりにも多い。
 その微細なコントロールが、効かない。


 蛇口を軽く捻ったつもりでも、鉄砲水の様な勢いで水が放出されてしまう。
 軽い魔法を撃つつもりでも、溢れる魔力が勝手に魔法の威力を釣り上げる。


 そんな、いわゆる暴走状態。


「「更に修正だ。テレサ。僕は、君を『0から』作り直す事にするよ」」


 その言葉が示す意味は、


「「バイバイ」」


 簡素な別れの言葉と共に、その巨腕が振り下ろされる。


 黒い閃光が、弾ける。


「ッノ、クソッタレ!」


 雷撃は、疾い。
 時間さえあれば、グリムは闇を集め、その一撃を相殺するくらいの『闇の砲撃』を放つ事はできた。
 しかし、間に合わない。


(全速で集められるだけの闇を集め皆を覆う盾を作るか……!? いや、ダメだ……!)


 グリム本人が1番わかっている。
 今から作れる様な盾じゃ、抜かれる。


 グリム1人なら躱せる、だが……


「そいやっ!」


 そんなグリムの背後で、テレサが指を鳴らす。


 グリムの眼前、彼と雷撃の間に、巨大な黄金の盾が顕現する。


「!」
「「甘いよテレサ! そんな盾じゃ、3秒と持たないさ!」」
「充分ダ!」


 黄金の盾が砕け散るまでの3秒間。
 グリムはその隻腕に持てる全ての『力』を集中させる。


 3秒あれば、撃てる。


 雷撃が盾を砕くと同時、グリムの右腕から放たれたドス黒い衝撃の塊が、雷撃を迎え撃つ。
 相殺するどころか、グリムの砲撃は雷撃を散らし、まっすぐにシラユキの元へと飛ぶ。
 だが、流石に威力は殺されていたのだろう。
 砲撃はシラユキの厚皮に命中したものの、傷1つ付けられはしなかった。


「「ふむ、まだ威力が足りなかったか」」
「チッ……生意気ナデカ物ダ……!」


 つぶやくグリムの右腕が、ボロボロと砕け落ち始める。
 グリムが闇を支配するために放つ『力』が増せば増す程、器が蝕まれていく。
 このまま行くと、器を失う。
 おそらく、あと1発、今の出力で撃てば、全身が崩壊する。


 そうなれば、グリムはただの亡霊。
 グリムの全ては、グラの様な霊的能力を持つ種族を介してしか、現世の物体に干渉できなくなってしまう。


 例え次の一撃を防げても、その更に次の一撃を、グリムは黙って見ているしかなくなる。


「オイ人間! アノ植物デ、モウ1度アイツカラ魔力ヲ奪エナイノカ!?」
「……無理だ……!」


 シラユキのいる高度は、完全に魔法のハーブの射程外。
 それに、仮に届いてもあの巨体、それにあのエネルギー総量だ。
 ハーブが全てを奪い切る前に脱出されるか反撃を食らうのがオチだろう。


「私に任せてください!」


 テレサが指を鳴らし、シラユキのサイズに合わせた巨大なトンカチを召喚、その股間を狙う。


 しかし、トンカチの方が砕け散ってしまった。


「「…………」」
「何て硬い股間!」
「お前はマジでそれしか思いつかないのか!?」
「「さぁ、2撃目だ」」
「クソ、ヤベェゾ……!」


 シラユキの掌で、雷撃が躍る。


「何とかします!」


 そう言って、全員の前に出たのは、テレサ。


「何とかって、どうすんだよ!?」
「とにかく色々出しまくって止めます!」
「お願いだから、こういう時くらいは頭使ってくれ!」
「アシリアも頑張る!」
「やる気満々なとこ悪いが、拳でどうにかできる訳ないだろ!?」
「わ、私キャンディ持ってますよ!」
「ダカラ何ダ!?」
「あ、あの、現状がよくわからないんですが、甲羅の硬さになら自信ありますよ……?」
「おはようコウメ! でも流石に無理じゃねぇかな!?」


 次から次にと真面目に阿呆な事を言い始めるチビっ子ズ。
 当然、シラユキは待ってなどくれない。


「とにかく、やるしか無いです!」
「「今度こそ、バイバイ」」


 シラユキの腕が、振り下ろされる。


 雷撃が、テレサ達に目掛け、落ちる。


「っ……そうだ!」


 テレサは不意に、足元へ向け指を鳴らした。


 直後、衝撃が巻き起こる。


 黒い雷撃が、花畑を抉った。
 花々は散る間も無く塵と化してゆく。


 しかし、


「「……!」」


 テレサ達は、無事だった。
 全員散り散りにはなっているものの、目立った外傷は無い。


 先程、テレサが地面に叩きつけたのは、突風の魔法。


 その突風が周囲に拡散する勢いを利用し、全員を吹き飛ばす事で、回避しようと考えたのだ。


 そして、それに成功した。


「「……小癪だよ、あんまり、煩わせないでくれ」」


 シラユキの手の内で、3撃目の用意が始まる。
 しかも、今までで1番大きい。


 雷撃の総量そのものは変わっていない。
 ただ、密度を薄め、より広範囲を攻撃できる様にしたのだ。


 もう、小癪な手では回避できない様に。


「っぅ……」


 シラユキの狙いは、明らかにテレサただ1人。


「っ……テレサ!」


 防げる訳が無い。
 躱せる見込みも無い。


 それでもガイアは、行動していた。
 心のどこかで、『奇跡』なんて淡い物に期待しながら。


 全力で、走り出す。


 テレサの元へ。


「ガイアさん!?」
「「わざわざ心中するか。好きにしなよ」」
「ガイア! テレサ!」
「と、とにかくごめんなさい!」
「絶対にさせません!」
「グラ! ……ッ、阿呆共ガ!」


 人は自暴自棄やけくそになった時、大きく2つのパターンに分かれる。
 全てを投げ出し現実から逃げ、ただただ動かなくなる者。
 思考を放棄し、本能に任せ、まさしく死に物狂いで行動する者。


 ガイアを含め、ここにいる全員が、後者だった。


 全員が全員、今まさに危機に瀕しているテレサとガイアを救うため、行動しようとした、その時だった。




《……マスター……》




「へ?」


 テレサの耳に、不思議な声が、届く。




《想い合う者達に……『  』を……》




「「さぁ、3度目の正直だ!」」
「っの、どうにでもなりやがれぇぇぇぇぇ!」


 ガイアの叫びは、黒雷の轟音にかき消された。





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