悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

行間 花畑で君を待つ(礎の失恋花)

 それは、気が遠くなる程昔の話。








 森の中心に広がる草原。


 広々青々とした平地に、1本の若木だけがぽつりと生えている。
 この周辺を囲む木々から孤立してしまったその若木に背を預け、少年は心地よい陽光を受けていた。


 褐色の肌とブルーの瞳が特徴的で、その頭髪は風に揺れる草木と同じ色合いの緑色。
 それは、ある『邪悪な種族』の者達の特徴と完全に一致していた。


「気持ちいいなぁ」


 邪悪なんて程遠い笑みを浮かべ、彼は陽光を堪能する。


 きっと、種族の長を務める彼の父は、良い顔をしないだろう。
 少年の一族の者達は、太陽を『敵』とし、その光を毒だと『思い込んでいる』。


「損してるよなぁ、父さん達」


 日向ぼっこは、こんなにも気持ちいい。
 一族の中で自分だけが知っている、そんな特別感。


 この森には初めて来た彼だが、中々どうして、ここは絶好の日向ぼっこポイントだ。


「あー、最高……」


 彼の父親達は「世界に悪を広めるのが種族の本分だ」とか何だとか言い、日夜あれこれやっている。
 お陰様で、少年達の種族は大抵の者達から疎まれている。


 しかし、そんな事は今、少年に取ってはどうでもいい。


 今から瞳を閉じたら、一体どれほど最高の夢を見れるか。
 少年の興味はそこだけに向けられていた。


「あら?」


 ふと、優しい声とも間抜けな声とも取れる、のほほんとした声が聞こえた。


「お客さん?」


 その娘は、この若木を住処に選んだある『聖なる種族』の者。


「!」


 その時だ。
 少年の中に、父の雷撃魔法なんぞ比では無い電撃が走り抜けたのは。


「どうしたんですか?」


 呆然とする少年に、少女はゆっくり首を傾げながら問いかける。


「…………」


 少年は、確信を込めて、力強く断言した。


「惚れた。愛してる。結婚してください」
「えぇ? ……うーん……お断りします」


 少年は恋をし、次の瞬間には失恋した。


「あ、でも、お友達なら欲しいですね」


 にっこりと笑うその少女に、少年はますます心惹かれた。


「それでもいい!」
「じゃあ、よろしくお願いします」




 愚直な程に単純明快な少年。
 間抜けというか純真過ぎる少女。


 2人が恋仲と呼べる関係に発展するまで、そう時間はかからなかった。


 しかし、それは許されない事だった。










 その子に近づくな、邪悪な者よ。
 我々にどんな災厄をもたらす気だ?
 消え失せろ、ここにお前の居場所はない。
 聞けぬと言うのなら、無理にでも消えてもらう。
 ……愛? 貴様らが愛を語るか。滑稽だな。
 もう少しマシな嘘をつけ。狡猾なのだけが、貴様らの取り柄だろう。
 構えろ者共。我らが一族の純真な仲間を誑かす、この邪を討ち払うぞ。








 聞いたか、長の息子さんが連中に殺されかけたらしい。
 なんでそんな……
 理由は知らんが、どうも連中の仲間に不用意に近づき過ぎたって話だ。
 気に入らねぇな。俺達を毛嫌いしやがるだけなら我慢もできたが……
 ああ、あんなガキに手を出されちゃ、黙ってられるモンも黙ってられねぇ。
 長もやる気だ。
 当然だろ。長は連中が大嫌いだ。その上でこんな事されちゃあよぉ……
 ハラワタが煮えくり返ってんのは長だけじゃねぇ……行くぞ、野郎供。














「……どうして、こんな事になっちゃうのかなぁ……」


『全て』が終わった時、その森は焼け果てていた。


 攻撃を受け、ほとんどの臓器を失った腹を押さえながら、少年はあの若木に背を預けた。


 本来なら、少年はこの程度のダメージ、即座に回復できる。
 しかし、連中はその回復能力を許さない攻撃魔法を使ってきた。


「……悪趣味だよ、畜生め……」


 本当、何をどう間違えて、こんな事になってしまったんだろう。


 滝の様に流れ落ちる鮮血。
 彩の無い焼け野原に、赤い色が広がっていく。
 その様を眺めながら、少年は力無く笑った。


「僕……何か悪い事したっけ……」


 大笑いして気分を変えたい所だが、乾いた笑いしか出てこない。
 涙に全ての水分が持って行かれて、笑いにまで回らない。


 悪い事をした覚えは無い。
 でも、現にこんな事になってしまった。


 連中との戦争で、一族の仲間はほとんど死に絶えた。


 そしてあの子は、少年の目の前で―――


「……僕は、あの人達の言う通り、災厄をもたらす者だったんだね……」


 そんなつもりは、無かった。


 ただ、あの子と一緒に居たかった。
 それだけだったのに。




 ……ああ、そうか。




「それを望んだのが……悪い事、だったんだね……」


 そうとしか、考えられない。
 そうでもなきゃ、こんな酷い有様、ありえない。


 家族も友人も殺され、その上、愛した人まで目の前で失った。
 そして最後は自分の生命。


 余程の重罪を犯さなきゃ、こんな目には合わないはずだ。


  ふざけた話だ。


「……生まれ変わるなら、どうか、彼女と添い遂げられる種族に……」


 神様なんてものに願いを託す。
 よりにもよって、こんな不条理な世界を作った奴にすがるしか無いなんて、本当、笑える。


「……来世でも、また、ここで……彼女に会いたいなぁ……」


 短かったが、ここは彼女との思い出の場所。
 ここでまた、彼女に会えたのなら、とても素敵だ。


 そんな未来を想像すると、少しだけ痛みが、恐怖が和らいだ気がした。


「……会えたら、いいなぁ……」


 少年を中心に、焼け野原の色が変わっていく。


 ある物は赤、ある物は青、ある物は黄……色とりどりの花々が、咲き乱れる。


 少年の、人生最後の魔法。


 邪悪さなど微塵もない、百花繚乱をもたらす素晴らしい魔法。
 以前、彼女が「素敵」だと言ってくれた、少年も大好きな魔法。


 春も夏も秋も咲き誇り続け、雪に潰されようともまた起き上がり、春の日差しを出迎える。
 枯れ果てる事を知らぬ花達を、咲かせる。


 花々に、少年は願いを込める。


 どうか、またいつか巡り会う僕達を祝福してくれ。
 いや、僕達だけじゃない。
 ここに訪れた、全ての恋に幸福を。


 もうこんな悲しい涙が流れないように、せめてこの場所では、全ての恋が実を結ぶ。
 愛し合う者達に、想い合う者達に、永劫褪せぬ幸福が訪れる。
 そんな奇跡が、ここでは起こる。
 ここはそういう場所であってくれ。


 ここは、彼女が愛した場所だから。


 そして、僕が彼女を愛した場所だから。


「……会える、よね……」


 奇跡よ、宿れ。


 僕の血と、涙を糧に。
















 どれだけ厳しい冬が来ても、決して枯れない花々が咲き乱れる、そんな場所があるらしい。


 ああ、あの名前も無い森のだろ? 確かにありゃ不思議だ。


 そういえば、聞いたかい? あの噂。


 あー、あれでしょ? あそこでデートしたら、絶対に幸せな家庭を築けるとか何とか。


 ま、くだらない都市伝説だけどね。


 あーわかるー。「卒業式にその木の下で告白すると絶対恋が成就する~」系でしょ?


 あ、ウチの学校にもあったわそれ。


 皆そういう恋愛関係の噂好きだよね。


 でもさ、






 もし本当だったら、素敵じゃない?







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