悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第47話 シラユキ(♂)と七つの大罪⑤

 暗雲だらけの空。
 いつ雨が降りだしてもおかしくない、そんな夜空だ。


「チッ、面倒くせぇな……」


 暗い夜道を、マモンは不愉快そうに歩く。


 八つ当たりと言わんばかりに小石を蹴っ飛ばし、塀の上で安眠中のデブ猫を狙うが、小石は明後日の方向へ。
 ……どうやら、マモンはサッカーがあまり得意では無いらしい。


(ムカつくぜ、全く……こんな面倒が付随するたぁな)


 マモンは今、オフィスからそう遠くない公園へと向かっている。
 ガイアに電話で呼び出されたのだ。


 何でも、急な依頼を受けてしまったそうだ。


「オフィスまで戻るの面倒だし、現地集合な」という事で、マモンは指定された公園へと向かっている。


(公園集合って……まさかゴミ拾いとかじゃあねぇだろぉな……)


 冗談じゃねぇ、とは思うが、マモンは大人しく向かうしかない。


 マモンは自分の特殊能力グリーディスティールに絶対の自信を持っている。


 しかし、それと同時に、彼はこの世に『絶対』などありえないという事も知っている。


 生半可な事で綻びが生まれる、という事は無いだろう。
 だが、調子に乗るのは危険だ。


(『高慢ルシフル』と違って、俺ぁ慎重主義なんだよ)


 極力、『テレサ』として最低限違和感の無い振る舞いを見せておこう。


 夕方は、テレサを追い詰めるためとは言え、ボロを出し過ぎた。
 マモンはあの時、ガイアが何か引っかかる様な表情を見せた事を見逃してはいない。


 という訳で、その分を補填するためにも、あのアホな小娘らしくガイアの指示に従う。


「さぁて、ご到着、っとぉ……」


 肉体労働じゃありませんように、と祈りながら、マモンはガイアの姿を探す。


 時間が時間だし、この公園は目ぼしい遊具が大体撤去され、結構な殺風景。
 人も障害物もほとんど無い。
 すぐに誰かを待ち構える様に仁王立ちしている人影を見つける。


 しかし、それはガイアでは無かった。


「……あぁん?」
「来ましたね、偽物な私!」


 そこにいたのは、テレサ。


「……なんでテメェがこんな所に……」


 その時、マモンの足元から、何かが吹き出した。


「!?」


 それは、無数の植物。
 葉の形からして、ハーブの類。


 植物達は、一斉にマモンの体に巻き付き、絡め取る。


「な、んじゃこりゃああああああぁぁあああぁ!?」
「悪ぃな、マモン」
「! ……ガイア、テメェなんの真似だ!?」


 茂みの影から現れたのは、マモンを呼びつけた張本人、ガイア。


 その手には、木製のスピア。
 マモンを縛り上げるハーブの発生源。


「まぁ、実地見聞って奴だよ。その子から聞いた話の真偽を確かめるだけだ」
「あぁん?」
「このハーブで、お前の魔力や、異能力系の力だけを根こそぎ奪い取る」
「!?」


 そうすれば、はっきりする。
 テレサの発言の、真偽が。


「っ…お、おぉいおい、勘弁しろよ。俺とテメェの仲だろぉ? んな小娘の言う事信じて、俺をどうこうしようなんて、どうかしてるぜ?」
「俺とお前の仲だからこそ、だ」
「!」
「俺は今のお前に違和感がある。それをとっとと解消したいんだ」


 これは、その違和感を拭うための作業。
 決してマモンを疑い『嘘を暴いてやる』なんて考えからくる行為では無い。
 あくまで、確認するため。


 僅かな違和感を、ただの勘違いだったと笑い飛ばすため。


「っ……ならもうちょっと手段を選べよ! 流石にブチ切れんぞテメェ!」
「ま、こういう手段なのもお前だからだよ。後で山程好きな菓子買ってやるから、許せ」
「安く見すぎだろぉぉぉぉぉぉぉぉおぉ!?」
「そうですよガイアさん! それに加えて、ガイアさんが私のオーダーにフルで応えた手料理と肩叩きを要求します! 当然手料理には愛を込めてもらいます!」
「テメェはそれで良いのかよ!?」


 ガイアは今までも、テレサにチョップだのアイアンクローだのを結構食らわせている。


 そして先日の分身騒ぎの際にも、おふざけでこのハーブをテレサに食らわせたりしている。
 流石に結構プンスカしてたので、ガイアはしっかり屋台のクレープで買収し、テレサの機嫌を取った。


 テレサは、きっちり謝罪と誠意を見せる人間はあっさりと許す。
 特にガイアからの意地悪に関しては、日頃からの耐性もあるせいか中々の寛容さだ。


 だからガイアは、心おきなくテレサにちょっかいを出せるのだ。


 ガイアとテレサは、上司と部下であり、加害者と被害者。
 Sという領域スレスレなレベルのイジり好きと、アフターケア込みでイジり易い獲物カモ
 それが2人の関係性である。


「うぉぉマジかよぉぉ!? ちょ、マジでちょい待ちだガイア! ガイア! おいこらテメェ!? ぐぅほぉぉぉ何か力が吸われて……ガイア、やめろ! ガイアぁぁぁぁぁぁぁ!!!」










「酷い目に遭いましたよ!」


 魔地悪威絶商会オフィス。
 社長のデスクにデンと構え、テレサはやや不機嫌そうだった。


 ソファーには、能力を使うための原動力と体力を根こそぎ奪われ、その上で拘束されたマモンが転がっている。


「まさかいつの間にか記憶を差し替えられてたとはな……」
「ガイアさんもガイアさんですよ! 初対面って連呼したり、赤の他人だとか……本当私への愛が足りません! ちゃんと愛をください!」
「だから俺はテメェの保護者かよっての……」
「ごめんテレサ。アシリア、全然気付かなかった」
「私も…その……ごめんなさい……」
「お2人は良いんですよ」
「おい、何か俺と扱いに差がないか?」
「ガイアさんだって、アシリアちゃんとコウメさんばっかり贔屓するじゃないですか。仕返しです」
「っぐ……テメェら……!」


 ガイア達の会話に割って入ったマモンの声。
 体力を限界まで吸われたせいだろう、声に張りが全く無い。


「すぐに『他の6人』が動く……のほほんとしてられんのも今の内だぜ……!」
「そうだ! こうしてる場合じゃないです! お城に戻ってシラユキちゃんに話を……」
「無駄だ……シラユキぁもう城にゃいねぇよ……!」


 ぎゃはは、とマモンは笑う。


「じゃあどこに居るんですか?」
「教えるかよ……せいぜい怯えて待ちやがれ……!」
「そういうのいいので、さっさと答えてください」
「ぎゃは、誰が答えるかって……」


 テレサが指を鳴らすと、ぼふん、とマモンの股間の辺りにトンカチが出現する。


 そして以下略。




「ぎ、ぃは……汚ねぇ……ぞぉぉぉ…ぐぅ……だが俺ぁ……」


 以下略。


「ち、く、しょ、…」


 以下略。


「あ、案内しまふ……」


 惨い、とガイアは目を覆う。


 多分、流石のテレサもこのマモンの事は大分頭に来ているのだろう。
 情け容赦が感じられない。


「では、早速案内してもらいましょ…」


 テレサが言いかけた時だった。


 テレサの背後の窓ガラス。
 その向こう側に広がる夜闇の中から、白銀の何かが浮かび上がる。


 それは、頭髪。


「っ、テレサ、伏せろ!」
「え?」


 ガイアの叫びとほぼ同時。


 窓ガラスを叩き破り、何者かがオフィス内へと侵入。
 その勢いのまま、しゃがみ込んだテレサの頭上を越え、デスクの上に着地する。


 Tシャツにジーンズと、簡素な衣類に身を包んだ、銀髪の青年。
 マモンとよく似ているが、マモンよりいくらか老け込んでいる。


 最大の特徴は、つむじの辺りから後方へと垂れた2本の触角。


「『暴食ゼブル』……!? 随分早ぇな?」
「誰のせいだと思っている?」


 どうやらゼブルと呼ばれた銀髪の男は、予定外の失敗を犯してしまったマモンを回収するために来たらしい。


「ついでに、そこのお姫様も回収する」


 ガイアとアシリアが身構え、コウメが慌てふためき、テレサが現状を把握できていない中、ゼブルは、ゆっくりと口を開けた。


 そこで、ガイア達の意識は暗転した。






「え?」


 一瞬の暗転。


 気付けば、ガイアは草のカーペットに尻餅をついていた。


 植物と濃い土の匂い。
 森林地帯特有の匂いだ。


 オフィスにいたはずなのに、気付けば夜闇が支配する森の中にいた。


「最後はお前だ」


 ゼブルの声だ。
 その声は、頭上から。


 見上げれば、ガイアの頭上、木々の枝の上に、7つの影があった。
 内2つは、マモンとゼブル。


 残り5つは、ガイアの知らない顔。


 筋骨隆々とした大男。
 妖艶でグラマラスな美女。
 アシリアよりも幼げな少年。
 顎鬚が特徴的なダンディ。
 コウメに近い雰囲気を感じる髪の長い少女。


 全員が銀髪である共通点を持ち、顔立ちがかなり似通っている。


「なっ……」


 訳がわからない。
 だが、問答をする暇は、無かった。


 未だ動けないらしいマモンを除く6人が、一斉にガイア目掛けて飛び降りる。


「う、お、ぉおおおい!?」


 とにかく、ガイアは回避行動に移る。


 半ば大地を殴りつける形で立ち上がり、転がる様に前へ走る。


 振り返れば、6人は既に落下点から分散。
 ガイアを取り囲む。


(訳わかんねぇ!?)


 とにかくわかるのは、この6人が自分に剥き出しの敵意を向けている、という事だけ。


「っ……相棒!」


 魔法の指輪から、『まぁまぁ平和的な木槍グングネイル・アーティミシア』を取り出す。


 その合間にも、銀髪の一団は仕掛けてきた。


 筋骨隆々とした大男が1番に殴りかかってくる。
 ガイアはそれをスレスレで回避し、地面に槍先を突き立てた。


(全員まとめて……!)


 6人の足元から、魔法のハーブが出現する。
 しかし、それらが6人に絡み付く前に、異変が起きた。


 全てのハーブが、まるで何かに吸い込まれる様にある方向へ向かう。
 そこは、ゼブルの口の中。


「!?」


 ハーブ達は見えない腕に根こそぎ引き抜かれる様に、ゼブルの体内へと消えた。


「『暴飲暴食グラトニアバキューム』……驚いている余裕があるのか。大物か、馬鹿か」


 ゼブルの指摘通りだった。


 不意に、ガイアの持つ木槍に、漆黒の刻印が浮かび上がる。
 淡く揺れる黒い炎の様な刻印。
 その形は、絵本で描かれる感じの鯨を彷彿とさせる、ちょっと可愛らしいデザイン。


「その魔法の槍……羨ましい、妬ましい……」


 何かを呪う様につぶやいたのは、長い銀髪の陰気臭い少女。
 少女の指先には、刻印と同じ淡い黒炎が灯っていた。


「妬まし過ぎるから、封印してやる……『嫉妬の縛印エンヴィースタンプ』……」
「っ……!?」


 槍先を地面に刺し込んでも、魔法が発動しない。
 彼女の宣言通り、魔法のハーブを精製する能力が『封印』されてしまった。


「貴様ごときにできる事が、我輩にできぬはずがない」


 その偉そうな声と同時、ガイアの足元から、何かが吹き出した。


 それは、ガイアが先程出現させた物と同じ、魔法のハーブ。
 それも、ガイアが精製できる物より量も大きさも桁違い。


「んなっ、がぁ!?」


 あまりの事に回避するタイミングを逃し、ガイアはハーブに拘束されてしまう。


 ハーブを発生させたのは、顎鬚ダンディ。
 その指先を大地に刺し込みながら、ダンディは笑う。


「『高慢な模倣カウンタープライド』……どうだ? 貴様の能力、貴様より我輩の方が上手く使えるぞ?」


 そして、『力』の吸引が始まる。
 ガイアの全身から、力が抜ける。


「ぐ、ぅお…っ……!」
「うふ、トドメは私が刺して、あ・げ・る」


 いつの間にかガイアと鼻先がかする距離に、妖艶な女性は立っていた。


 そして、その魅惑的な唇が、ガイアの唇に重なる。
 ハーブによる脱力効果のせいで緩んだガイアの口内に、女性の舌がにゅるりと差し込まれる。


「っ……!?」


 流し込まれる、甘い唾液。
 ガイアの意識が、一気に遠退く。


 ハーブのせいじゃ、ない。
 力を吸われた感覚ではない。


 疲労困憊の身で布団に飛び込んだ、あの時の感覚。


 心地よい、深い眠りへ落ちるあの瞬間。


 しかし、この眠りの先に、ガイアの本能は危機を感じ取っていた。


 これは、もう2度と覚める事のない、奈落の眠りへの誘導。


「『色欲まみれの堕落ラストディープアウト』……最高の快楽でしょう? 昇天してしまいなさい」


 唾液の糸を引きながら、女性は唇を離した。
 それと同時に、ガイアは自重を支える力すら失い、ハーブにもたれかかる。


(な、に……が……)


 訳もわからぬまま、訳のわからない異能を振るう連中に攻撃され、そして今、意識を失いかけている。
 わかるのは、それだけ。


 薄れゆく意識の中、連中の会話がガイアの耳に届く。


「全く、ゼブル。貴様のせいで飛んだ手間だぞ」
「そうよ……マモンと…お姫様だけ回収してくれば良かったのに……」
「仕方無いだろう。俺の能力は、位置の離れた対象を細かく設定して『食らう』のは手間なんだ。マモンとお姫様の位置関係上、全員まとめて食った方が早かった」
「だからって、あの場にあった家具やらもまとめて全員持ってくるってどうなのよ?」
(ぜ、ん、員……?)


 そういえば、さっきゼブルは言っていた。


『最後』はお前だ、と。


(ま、さ……か…)


 既に、テレサ達はガイアと同じく1対6という戦闘をふっかけられ、拘束されてしまっているのか。


(ち、くしょ……う……)


 このまま意識を失っては、いけない。
 でも、抗えない。


 全身の感覚が、末端から断線してゆく。


 不意に、体が、軽くなった。


 そして、ガイアの意識は完全に闇へと消えた。










「…………?」


 気付けば、ガイアはまだ薄暗い森の中にいた。


 いや、しかし先程までの森とは雰囲気が全然違うし、枝葉の隙間からは僅かにだが朝日が差し込んでいる。


「な、んだ……?」


 声が、出し辛い。
 意識がフラフラする。安定しない。


 よく見れば、胸から何か細い糸の様な物まで生えている。
 しかも、糸は異常に長く、ガイアの視界が及ばない程遠くにまで伸びている。


(なんだ、この糸……)


 Tシャツのほつれを弄る感覚で、ガイアがその糸を千切ろうとした、その時だった。


「ストップですストップぅ! 自殺ダメ! 絶対!」


 かなり慌てた様子の幼い女の子の声が、ガイアの行為を制止した。


「……だ、れ…………だ?」


 声の方を見ると、そこには 小さな女の子がいた。
 テレサと同い歳くらいだろうか。
 地面に届きそうな程に伸びた金髪には、ふんわりとしたウェーブがかかっており、とても柔らかそうだ。


「ダメですよ! その糸を千切っちゃったら本当に亡霊になっちゃいますよ!?」
「……はぁ……?」


 何を訳のわからない事を言っているのだろう、とガイアは首を傾げる。


「ドウシタ、グラ? 何騒イデンダ?」


 機械の様な音声。


 聞いた瞬間、ガイアの中で何故か妙な感情が巻き起こる。
 それは、恐怖。


 まるで包丁を喉元に突きつけられたような……


(……あれ? この感覚……)


 声を聞いただけで恐怖を感じる。
 どこかで、体験した気がする。


 現れたのは、黒ずくめの男。
 顔には、穴が1つも空いていない仮面というかプレートを被り、その後部からは銀の長髪が垂れる。
 その両手には戦闘使用を想定しているであろう鋭い大爪。


「ぐ、リム……!?」


 確か、ちょっと前に新聞で見た『怪人グリム』だ。


(いや、でもちょっと待て……この、雰囲気……)


 ガイアは、知っている。
 グリムから放たれる、独特のオーラ。


 あらゆる生物に『天敵と向かい合った様な』緊張感をもたらす、その圧倒的存在感。


「ま、さか……」
「ン? テメェハ……?」


 グリムも、ガイアに気付いた。


「アノ時ノ人間ジャネェカ」
「……あ、悪竜の、王……!?」


 そう。
 グリムから感じるこの感覚を、ガイアは以前に体感している。


 それは、竜宮城でコウメのくしゃみをきっかけに起きた事故。


 悪竜の王、ドラングリムと邂逅した時の、あの感覚だ。



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