悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第42話 期間限定増量中(分身の術)

 お昼頃。


 オフィスのドアを開けたガイアは、とりあえず一度ドアを閉めた。


「…………」


 もう1度開けてみる。


「「どうしたんですか? ガイアさん?」」
「……こっちのセリフだ」


 そこには、確かに、2人の少女がいた。
 全く同じ容姿の少女が2人。


 もっと簡潔に言うと、テレサが2人いた。








「暇です……」


 ガイアがまだ来ていない頃。
 アシリアとコウメは「迷子にならない程度にこの辺を観察して来ます」という置き手紙を残して外出中。


 要するに、テレサは久々のぼっち状態である。


「仕方ありません」


 テレサは、何体かの魔物や悪魔と召喚契約を結んでいる。
 以前姿を見せた風熊のフーさんなんかの事だ。


 ただ、魔物や悪魔だって生き物。
 プライベートという物がある。


 用も無いのに呼びつけるのは、契約違反。


 なので、


「という訳で特命です。『デビル忍者』のデビコさん。私に分身の術を教えてください」
「どういう訳よ、この阿呆姫」


 召喚されたのはいかにも魔族っぽい青肌の女性。
 いわゆる忍装束を着ているが、背後には大きな羽やら尻尾やらが生えているので、全然忍べていない。


「とにかく分身したいんです! 1人でさえ無くなれば良いんです!」
「急に呼び出しやがったと思ったら、いきなり何をとち狂った事を……私、これからデートなんだぞ」
「え、デビコさん彼氏できたんですか?」
「まぁ私もそろそろ本気で婚活しないとと思ってね。人間で言うとそろそろ三十路だし」
「っていうか、デートにその格好はどうなんですか……」
「うっさいな! 忍装束これしか持ってないんだよ!」
「じゃあ、私がドレスアップしてあげます!」
「え、マジで?」


 パチン! とテレサが指を鳴らすと、デビコを包んでいた忍装束はお洒落な洋装へと変化する。
 レースを贅沢にあしらった可愛らしいワンピースにカーディガンというスタイルだ。
 ご丁寧に羽と尻尾用に穴も空いている。


「うえぇ、私にはちょっとこれ、女子力高すぎ無いか?」
「スカートつまんでひらひらしない! 大丈夫です。デビコさん自分で思っているより可愛い系ですから。似合ってますよ」
「……あんたみたいなのに可愛い呼ばわりされると何か複雑だわ……」


 まぁ忍装束よりいくらかマシだろう。


「んじゃ、デート行ってくるわ。ゲート出してくれる?」
「デートの成功を祈ります!」
「どうもね」
「では……って、違いますよね!?」
「チッ、バレたか」


 ゲートを通って帰ろうとしたデビコの尻尾を、ぐわしっとテレサが掴み止める。


「分身の術、教えてくださいよう!」
「教えるって言ってもねぇ……できると思えないんだけど。アレって、魔族特有の膨大な魔力量に物を言わせた荒業だからね?」
「魔力だけなら無駄に有り余ってます! 魔族にだって負けませんよ!」


 まぁ確かに、デビコの知る限り、テレサは召喚魔法をバンバン使ってもピンピンしてる地味にすごい奴だ。
 魔力量だけなら、宣言通り魔族にも比類するかも知れない。


「じゃあコツを教えるから、できなかったら諦めてよ」
「はい!」










「「という訳で分身を作ってみたんですが、消し方がわかりません」」
「……お前は本当いつもアホだよな」


 そのデビコさんとやらはもう帰ってしまったらしく、お手上げらしい。
 デートの邪魔になってしまう可能性があるので、再呼び出しも気が退ける。


「「それに聞いてくださいよ! 分身間で思考も感覚も共有してるので、ぼっち状態と全然変わらないんです!」」


 その状態で会話しようとしたってただの独り言。
 リバーシしたって独りリバーシ。


 使える肉体が増えただけで、テレサの望む結果は得られなかった様だ。


「つぅかアレだ。要するに魔力の塊なんだろ、その分身。魔力を操作して、霧散させちまえば終わりじゃねぇのか?」
「「それもそうですね! やってみます!」」


 ぶわっ、と片方のテレサが虚空へと散る。
 しかし、すぐに再構築。


「「あれぇ!?」」
「しぶとさだけは一級品だな……」
「「な、何か怖いです! その内分身が意思を持って反乱とか、無いですよね!?」」
「魔法には詳しくないから、俺にはなんとも……つぅかさっきから二重音声やかましい」
「「仕方無いじゃないですか!」」
「うおう!? 2人同時にしがみつくな! いつにも増してウザったい!」
「「どうにかしてくださいよう! ドッペルゲンガー現象は嫌です! 取って代わられるなんて御免です!」」


 とか言われても、ガイアに取って魔法は本当に専門外だ。
 対竜兵装は魔法の力を借りちゃいるが、あんなもん、猿が原理もわからず人間の利器を見よう見真似で動かしているのと同じなのだ。


 弾丸が発射される原理は知らなくても、指さえあれば引き金は引ける、という事だ。


「あ、そうだ対竜兵装だ」
「「へ? ま、まさか私の分身を斬って消すって事ですか!? 感覚共有してるって言ってますよね!?」」
「いや、そうじゃなくて、ほら、俺の対竜兵装……って、お前にはまだ教えてなかったか」


 ガイアの対竜兵装『まぁまぁ平和的な木槍グングネイル・アーティミシア』は、あらゆる『力』を吸収し、相手を無力化する武器だ。
 魔力だって例外では無く、吸い取れる。


 魔力の塊である分身なら、吸収して実質消し去る、という事もできるだろう。


「「流石ガイアさん! いざという時だけは頼りになる!」」
「へいへい……」


 テレサから絶賛借りパク中の魔法の指輪から木槍を取り出し、早速分身を吸収しようとするが、


「あ、ここじゃ無理だわ」


 この槍が『力を吸い取るハーブ』を精製するには、槍先をどこかにブッ差す必要がある。
 オフィスの床は硬いし、代用できそうなサイズの物も無い。


 場所を変える必要がある。


「「不便ですね……」」
「そもそも誰のせいだよ」
「「私を独りぼっちにするガイアさんが諸悪の根源です。わかったらもっと私との時間を優先してください!」」
「いいや、どう考えても『ぼっちで寂しいから分身しよう』なんて発想に至るお前が悪い」
「「あー! 言いましたね! こうなったら素直に謝るまで分身と一緒にガイアさんにしがみ付き続けます! そして、このまま脇腹こちょこちょしてやりますよ!」」
「やめろ」
「「いだっ!? 結構強めのチョップは反則ですよ!?」」
「ったく……」


 本物の方にハーブを食らわせてやろうか。


 とにかく、移動だ。
 近くの公園辺りが良いだろう。
 あそこは相次ぐ遊具撤去のせいで人気も少ないし。


 いくらお姫様のためとはいえ、国の正式許可無く対竜兵装を使用するのは犯罪なのだ。人目は気にする。
 それに分身相手とは言え、人に見られたら、ガイアは「年端も行かぬ少女を魔法で縛り上げる変態」と判断されかねない。


 ……細心の注意を払わなければ、今後の人生が大きく歪む事になる。


 本当、面倒な事をしてくれるお姫様だ。


「「今は2人なんですから、いつもの2倍の愛をくださいよう!」」
「どういう理屈だ……あと、0に2をかけた所で0だろうが」
「「ひど過ぎませんか!?」」


 ……あ、でも、リアクション2倍は少し楽しいかも知れない、とか少し思っちゃうガイアだった。

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