悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第31話 気付けばそこには竜の王(パニック)

 悪竜の王にトドメを刺した自称勇者大隊のリーダー、アレックス=ペンディランは、語る。


「最強クラスの対竜兵装が山程支給されても、アレと一騎討ちしようなんて、冗談でも思わない」と。


 対竜兵装さえあれば、1人でもドラゴン1匹とまともに渡り合える。
 人間側が勝利を納めるケースも珍しくは無い。


 しかし、そのドラゴンの王は、全くの別格。


 人間とは、生物としての次元が余りにも違う。
 ミニ四駆とF1カー程に差がある。
 RPGで言えば、チートアイテムを使っても苦戦してしまう様な壊れボス。
 悪竜の王はそんな化物だった。


 それでも、アレックス率いる大隊は悪竜の王を討った。
 反則めいた無数の対竜兵装を用い、どれほどの美辞麗句以て装飾しても伝記には記せない様な、華々しさなど欠片もない戦術を展開。
 そうやって、決して劇的とは言えない方法で、悪竜の王の心臓を抉り抜いた。


 最初は名声が欲しかっただけの自称勇者大隊だったが、悪竜の王を実際に目の前にして、意識が変わった。


 手段など選んでいられない。
 名声だの伝記の印税だのクソ喰らえだ。
「何としてもこの化物を殺さなければ、死ぬ」。そんな防衛本能に駆り立てられた。


 自らの生命活動が断絶する刹那、体が霧散して行く中、悪竜の王は笑い、最後の言葉を残した。


「……やるじゃねぇか、テメェら……ヴァハハハハハハハ!」


 最後の最後まで、悪竜の王は笑っていた。
 死の間際まで、人間の事をまるで赤子か何かの様に侮り切っていた。


 しかし、完全に舐めてかかっていた連中に敗北を喫したにも関わらず、その表情に悔しさなど欠片も無い。


 むしろ、どんな手を使ってでも戦いに勝利し、生き延びようと足掻く人間達の姿に、感心した様だった。












「っ……」


 足がすくむ、その言葉はよく耳にするが、ガイアがそれを実際に体験したのは、今が初めてだ。


 何処かもわからない、薄暗い洞窟。


 僅かな灯火に照らされ、その漆黒の巨竜はガイアの視界に入っていた。
 いや、きっと灯火が無くとも、闇より黒いその鱗と、輝く銀の鬣は認識出来ただろう。


「悪竜の、王……!?」
「何だ、俺様の事知ってんのか、人間」


 参考書に載っていた挿絵通りの巨竜、ドラングリム・ゼファスタン。
 3年前、悪竜軍を率い、人類に戦争をふっかけたドラゴン族の唯一王。


(んだよ、この状況……!?)


 流石のガイアも冷静さを保ってはいられない。
 それでも、無理矢理冷静な思考を引きずり出す。


(さっき……光に包まれる前…くしゃみみてぇな音が聞こえた……)


 きっと、誰かがくしゃみをした。
 それに驚いた乙姫の術式が狂い、ガイアはここに飛ばされた。そう考えるべきだろう。


 そして、悪竜の王が健在、という事は……


(ここは3年前の俺らの世界……『デッドシードの大峡谷』か……!)


 常に闇に包まれる霧の中の大峡谷。
 その奥深くの洞窟に、悪竜の王はいる、そう言われていた。


(どうする……!?)


 現状の見当が着いたが、それとこれからどうすべきかは全くの別問題。


(指輪から対竜兵装を取り出すか…!?)


 いや、無理だ。
 ガイアは即座にそう判断した。


 勝てる気が、しない。


 ドラングリムを見ているだけで、ガイアの内で「最悪の想定」ばかりが踊り狂う。


 チート地味たガイアの槍、『まぁまぁ平和的な木槍グングネイル・アーティミシア』でも、この怪物には勝てない。
 魔法のハーブがドラングリムを行動不能に追い込む前に、殺られる。
 叩き潰されて死ぬ。
 噛み砕かれて死ぬ。
 引き裂かれて死ぬ。
 焼き尽くされて死ぬ。


「っ……!」


 冷や汗と震えが止まらない。


 ガイアがドラゴンと対峙するのは初めてでは無い。
 3年前に何匹かと戦った事がある。
 その時、確かにドラゴンの容姿を恐れ、その一挙手一投足に戦慄したが、動けなくなる程では無かった。


(これが……)


 悪竜の王。
 命ある全ての者に取っての圧倒的な天敵。


(っ……ダメだ…闘るしか、無ぇっ…!)


 勝てる見込みは無い。
 だが、逃げられる見込みも無い。
 洞窟内は薄暗く、どこに出口があるかもわからないのだ。
 必死に逃げても、その先が壁では一巻の終わりだ。


 他に策を考えようにも、恐怖に当てられガイアの思考はショート寸前。
 もう、無理だ。


 人は自暴自棄やけくそになった時、大きく2つのパターンに分かれる。


 全てを投げ出し現実から逃げ、ただただ動かなくなる者。
 思考を放棄し、本能に任せ、まさしく死に物狂いで暴れ回る者。


「この、ぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」


 ガイアは、後者だった。


 指輪から木槍を取り出し、ガイアは先手を打つべくその槍先をドラングリムへ向け、走り出す。
 しかし、一瞬で伸びてきた黒い巨腕に木槍ごとワシ掴みにされ、壁に叩きつけられた。


「ぎ、あっ……!?」
「ヴァハ! 良いねぇ! 俺様を見て、ヤケクソになる奴はごまんといるが、襲い掛かってきたアホは久しぶりだ!」


 心底楽しそうな、ドラングリムの声。
 しかし、その熱は急速に冷めていく。


「…………だが、生憎今俺様はそぉいう気分じゃねぇ……『白』寄りだが、まぁ良い」
「ご、のぉ……」


 とにかくもがくガイアに、悪竜の王はそっと、囁いた。


「お前、家を出る時、鍵はかけたか?」
「っ!?」


 何気ない一言、のはずだった。


 しかし、ドラングリムの言葉は、ガイアの脳の深くにぬるりと滑り込み、感情の源にブスリと突き刺さる。
 聞く者の恐怖を煽り続ける特殊な声。
 その声に『悪意』が付加された時、聞いた者の脳内は恐怖で埋め尽くされる。


「な、ん、だよ、…これぇ!?」


 ガイアの脳内を駆け巡るのは、自宅の鍵をかけ忘れた事から始まる絶望的未来の予感。
 ドアに鍵をかけ忘れたかどうか。それだけの事なのに、まるで万の命に関わる大失敗をしてしまったかの様な感覚を錯覚する。


 いや、ドラングリムの『悪意の篭った囁き』により、錯覚させられる。


 溢れる不安、付随する恐怖。
 気が、狂いそうになる。


「よし、『これくらいの量』なら吸い出せるな」


 ドラングリムはそう言うと何かを吸い上げる様に深く呼吸。


「!?」


 それに合わせて、ガイアから何かが抜けた。
 しかし、喪失感は無い。


「今……何が……」


 ふと、気付く。震えが、収まってきた。
 まるで、さっきまでガイアの心を占領していたドラングリムへの恐怖が薄れた様な……


「うえぇ、やっぱ不味いな。『白』いのは」


 ぺっぺっ、と何かを吐き出す様な素振りを見せるドラングリム。
 ゆっくりとガイアを開放する。


「お、お前……今、何したんだよ……?」
「あぁん? あんまりにもガチガチ震えてうるさかったから、『恐怖』を根こそぎ食ってやっただけだ。少しぁ頭冷えただろ、人間。俺様の希な優しさに感謝しろ」
「恐怖を、食った?」
「あぁ。俺様はやたら特別だからな。生物の中に渦巻く『一定量以上の強い感情』を食う事が出来んだよ。まぁ、お前みたいな心の色が『白』寄りの奴のは大抵俺様の口には合わねぇがな」
「白?」
「……恐怖が薄れた途端に質問多いなこの野郎」


 呆れた様に溜息を吐くドラングリム。
 でも一応答えてくれるつもりの様だ。


「……要するに、人間がよく言う『善悪』って概念だ。善に近いと白、悪に近いと黒ずむ」


 悪竜の王の言葉を聞くたび、ガイアの内で少しずつ恐怖が蓄積される。
 しかし、先程までの様に足がすくむ程では無い。


「1番美味い感情は『絶望』だな。特に人間の悪党クロの絶望程、美味いモンはねぇ。悪魔の様に黒く、地獄の様に熱く、接吻の様に甘い…って奴だ」


 コーヒーの感想にしか聞こえないが、随分と悪趣味な味覚を持っている様だ。


「……えーと……あれ?」
「んだよ、質問すんならせめて言葉にしろ、人間」
「いや、あの…何かこう……」


 さっきまでの未来予想図とは大分違う流れになり、別の混乱がガイアの中に渦巻いている。


「……とりあえず、俺は殺されないのか?」
「言ったろ。今はそぉいう気分じゃねぇ。俺様の気分は絶対だ。メモっとけ人間。それに、お前は『嫌いじゃない』方の人間だ」
「嫌いじゃ、ない?」


 大きく裂けた口角を歪め、ドラングリムは笑う。


「恐怖1つで何も出来なくなる。死にそうになったらすぐ諦める。敵わないにしても逃げだしゃ生き残る可能性はあるのに、それすらしねぇで膝を着く。ここ最近…つってもここ1000年か2000年の話だが、そぉいう人間ばっかだ」
「……それが、嫌いな人間なのか?」
「あぁ。反吐が出る。つまらねぇ」
「…………」
「素直に死んだ方がマシ? 抵抗するのも馬鹿らしい? どうせ無駄? 運命は絶対? ……死を受け入れるための知性なんぞ手に入れやがって、くだらねぇ。昔の人間は、もっとアホで素晴らしかったぜ。俺様を目の前にして『殺られる前に殺る』なんて発想をすんだからな」


 まぁそういう輩は返り討ちにして来たけどな、とドラングリムは愉快そうに笑い続ける。アルバムを読み返して楽しい日々に思いを馳せている様な、そんな笑い方だ。


「……つまんねぇ世の中になったよなぁ……くっだらねぇ」


 一瞬でドラングリムの笑顔は枯れ、悲し気な表情が浮かぶ。


「……そうだ人間。丁度良いから何か面白い話しろ。もしくは一発芸。滑ったら殺す」
「突然の無茶ぶり!?」
「もうこの際人間の政治経済の話でイイわ。アレだ、アレよくわかんねぇから説明してくれ、あの、アベノミックス? とか言うの」


 一体どこの国の政治経済の話だろうか。
 ……それはさておき、ガイアは1つ、悪竜の王が喜びそうな話を知っている。


「……悪竜の王。人間、あんたが失望する様な奴ばっかじゃないぞ」
「あぁ?」
「あんたが言う様なアホで素晴らしい人間だって、絶対にまだまだたくさんいる」


 断言の理由は、知っているから。


 ガイアは知っている。
『殺られる前に殺らなければ』という生存本能に従い、この悪竜の王を討った自称勇者達の存在を。


「その内、あんたの目の前に現れる」
「何だそりゃあ。預言者か何かかテメェは」


 ふん、と悪竜の王は軽く一笑。
 ドラングリムは少しだけ『心』を読む事が出来る。
 この人間が何を根拠としているかまではわからないが、嘘を吐いていない事だけは確かだ。


「ん?」


 突然、ガイアの足元に光の円が広がる。


「これ、あのお姫様の空間術か!?」


 乙姫の空間転送術(たまに時空も越える)。
 どうやら、ガイアの座標を特定し、転送しなおそうとしている様だ。


 そして、光が増幅し、ガイアの姿が消える。


「…………」


 ガイアがいた虚空を眺め、ドラングリムは口角を吊り上げる。


「……よくわかんねぇ野郎だったが、まぁ、楽しみにさせてもらうぜ…その時を」







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