悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第28話 アシリアの冒険(ミーちゃんと一緒)④

 太陽が西に傾き始めている頃。
 地下牢から出たアシリアは、とりあえず直感に身を任せ、森の中を行く。


「まず鬼の人を探す。パンツ買う。で、羽の人探して、勝つ」
「にー……」
 ※物事をシンプルに考え過ぎだろ……


 あの翼の男を見つけるのは良いとして、その後勝てるかは微妙な所だ。


 何せ、相手は掠っただけで身体の自由を奪う妖刀を持っているのだから。


「心配してる? 大丈夫。アシリア、毒なんかにもう絶対負けない」
「…にー……」
 ※毒は気合でどうこう出来るモンじゃないだろ……


 しかし、根拠が無い様には感じられない程、アシリアの言葉は自信に満ちていた。
 あの毒への対策、何か良い案でもあるのだろうか。


「んーと……あ、これ看板?」


 そんな感じで森を進んでいると、とある建造物に辿り着いた。
 それは、地下牢から見て集落とは反対の方に立地していた施設。


「師匠! この看板見て!」


 古びた木の看板には、『鬼印の製服工場』と記されていた。


「服……工場……きっとパンツ作ってる所!」
「にー」
 ※ああ、だな。
「おや?」


 ふとアシリア達に向けられた声。


 声の主は、作業服を着込んだ初老の男性。
 その肌は異常に紅く、頭部からはいかにもな一本角。


 鬼、だ。


「見かけない顔だね……あの侍の…いや、紋々太郎さんの仲間かい?」
「ももたろー? アシリア、その人知らない」
「にー」
 ※俺も。
「では一体……」
「アシリア、『ろいやるおにぱん』って言うの買いに来た」
「客さんか……ごめんねぇ、実は今、パンツは作っていないんだ」
「え、困る。アシリアお使い頼まれた」
「本当にごめんねぇ。物が無い以上、売ってあげられないんだ」
「何で作らないの?」


 アシリアの言葉に、鬼はふぅと重い溜息を吐き、ある方向を睨みつける。
 その方角は、あの男がいるであろう、集落。


「あの侍一味が来て、暴力で我々を支配したのさ。言う事を聞かなければ、女子供から八つ裂きにする、と」
「ひどい!」
「にー!」
 ※ふざけた野郎もいたモンだ!
「あの侍の『要求する物』を作るために、鬼印ブランド商品を作るラインは皆止まってしまっているのさ……」
「…あ、じゃあ、アシリアがその悪い奴ぶっ飛ばしたら、パンツ作れる?」
「そ、そりゃあそうだけど、無理だ。あの侍は3匹の化物が付き従っているし、奴自身妖術を使う。お嬢ちゃんじゃ到底…」
「大丈夫! アシリア強いから!」
「……奢りが過ぎるな」
「!」


 降って来た重い声に、アシリア達は同時に空を見上げた。


 そこには、翼を広げ滞空する、あの鼻の高い翼の男。


「……やれやれ、工場の連中がサボっていないか見回りに来てみれば……少女、何故牢の外に出ている?」
「ひっ……て、天冠てんがんさん! ワシはサボりでは無く、休憩シフト中で……」
「貴様は良い……とっとと失せろ」
「は、はい!」


 怯え、逃げる様に去っていく鬼。
 その姿を見て、アシリアはこの翼の男の正体にある程度の見当をつけた。


「……お前、あの人が言ってたももたろー?」
「違う。紋々太郎様はこんな雑事はしない。私は天狗の天冠てんがん。傭兵という物をしている」
「よーへー?」
「金で雇われ、何でもする戦士の事だ」
「ももたろーって奴の仲間?」
「……まぁ、そうなる」
「わかった」


 アシリアは少し足を開き、腰を落とす。
 臨戦態勢。


 丁度良い。
 第1目標と第2目標が重なった。


「やる気か」
「にー!」
 ※俺は陰で応援しとくわ!
「お前がいると、パンツ買えない」
「……何の話か知らんが、1つ、私の矜持を教えてやろう、少女」


 天冠は静かに大地へと降り立ち、腰の長刀を抜いた。
 妖刀の凶刃が、光を受けて怪しく煌く。


「……3度目の正直など、敵には与えない。敵対者が私の前に立てるのは、2度までだ」


 1度目は命を拾わせてやっても、2度目は確実に斬り捨てる。
 それがこの天狗の矜持。


「……行くぞ」


 翼をたたみ、天冠が大地を蹴る。


 一瞬でアシリアの眼前にまで迫り、その手の長刃を横薙ぎに振るった。
 掠ればそれで勝負が決する、毒の刃。


 アシリアはそれを躱し損ね、あっさりと頬に掠り傷を負ってしまう。


「にっ!?」
 ※ああっ!?


 決まった、天冠がそう勝利を確信し、油断した刹那。


 刀を振り抜いた天冠の懐、アシリアは風に乗る様な身軽さで、そこに飛び込んだ。


「!?」
「アシリア、同じ毒、効かない」


 圧倒的免疫生成力。
 獣人には、同じ毒物は2度と通じ無い。


 獣人の里にいた頃、族長に習った。
「毒リンゴだろうが、1度食ってなんとか生き延びりゃ、次からデザートに出来る」と。


 まぁまだ初めての服毒から数時間しか経っておらず、アシリアの中の免疫は不完全。
 四肢にやや痺れを感じたが、その程度。


 このまま天冠を殴り倒す事に関して、何の問題も無い。


「やぁっ!」
「っ、がぁっ!?」


 アシリアの拳撃が、天冠の鳩尾を貫く。
 自分より大きな大人の男を、いとも簡単に吹き飛ばす。


 しかし、勝負は決まらない。


 吹っ飛ばされている最中、天冠は身を翻し、翼を広げ、滞空。


「ぐぅ……な、んという…怪力か…!」
「!」
「…随分驚いてくれるな…一撃で仕留められなかった事が、そんなに意外か? ……舐め腐るなよ、少女」


 天冠はゆっくりと着地すると、何を考えたのか、その手の刀をぞんざいに投げ捨てた。


「毒が効かぬなら、もうこれは不要だ」


 天冠がこの妖刀を愛用するのは、毒の刃のおかげで手間が少なく済むから。
 それが無効化されるのならば、こんな刀を使うメリットは無い。


 妖刀に代わり、その両の掌に顕現した物、それは、小さな竜巻。


「我々『雉天狗』は風を支配する……! これ以降、私に1歩足りとも近寄れると思うなっ!」


 天冠の叫びと共に、その手の竜巻が膨張。
 巨大化した竜巻を、アシリアへ向け、投擲する。


 竜巻の軌道に従い、大地が抉れ、草木が宙を舞う。


「っ!」


 あれは、不味い。
 野生の直感に従い、アシリアは全力で回避に専念。


 2つの竜巻を見事避けてみせた、が、


「風を、『支配する』と言った!」


 天冠が何かを指揮する様に腕を振るったのと同時、竜巻の軌道が、変化する。


(……追ってくる……!)


 何度避けようと、2本の竜巻は延々アシリアを追跡する。


(なら!)


 アシリアは一気に進行方向を変え、天冠の方へ突進。


「……私に近寄れると思うな、とも言ったはずだ!」


 天冠が羽ばたくと同時、アシリアと天冠の間に風の防壁が発生する。


「うにゃ!?」


 鼻っ柱から風の防壁に衝突し、アシリアは短い悲鳴を上げた。


 それだけでは、終わらない。


「にーっ!」
 ※怯んでる場合か! 早く避けろ!


 アシリアを追う2本の竜巻が、迫る。


(しまっ―――)


 あんな風の激流を喰らえば、アシリアでもただでは済まない。






 しかし、悲劇は起きなかった。


「そいやっ!」


 パチンッ、と指が鳴り、上空から落下してきた巨大な何かが、アシリアに迫る竜巻を押し潰した。
 それは、猫耳ルックの大仏。


「何っ!?」
「今の……」
「大丈夫ですか、アシリアちゃん!」


 遥か上空より舞い降りたその絨毯の上には、テレサが乗っていた。


「テレサ!」
「私が来たからには、もう安心です!」
「…ガイアは来てないの?」
「……あの、えーとですねぇ……」


 少し言い辛そうに、テレサは目を逸らす。


「ガイアさん、途中まで一緒だったんですけど…さっき飛んでる時……おっきな鳥さんにぶつかりまして…『まさか俺がフラグ回収するとはなぁぁぁぁぁ……』と謎のセリフを残して……」


 テレサは少し遠くの空を指差し、


「……あの辺で、落ちました」
「大丈夫なの!?」
「ま、まぁ、ガイアさんなら……多分」
「……誰だか知らんが、仕事の邪魔をするならば、容赦はしないぞ……!」


 天冠は新たな竜巻を産み出し、アシリア&テレサと対峙する。


「とにかく、ガイアさんはやたら機転効くので大丈夫(だと思います)! 今はあの悪い人をこらしめましょう! できるだけダークヒーローっぽく!」
「うん!」


 魔地悪威絶商会子供組VS悪い雉天狗。


 戦いの火蓋が、切って落とされた。










「うぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 絶叫を上げながら、スカイダイビング中の青年、ガイア。
 何も好き好んでパラシュート無しスカイダイブなんてしている訳では無い。


 ついさっきまで魔法の絨毯に乗っていたのだが、怪鳥と表現すべき巨鳥と衝突し、絨毯から叩き落とされたのだ。


(死ぬ! これ絶対死ぬ!)


 バードストライクを警戒し、鳥が飛んで来ない程上空を飛ぶようにテレサに指示したのが完全に裏目に出た。


 これは着陸と同時に即死コースだ。


(っ……! そうだ!)


 テレサの言葉を思い出し、ガイアはある物に触れる。
 それは、右手の指輪。


 テレサから借りた、異空間の倉庫から物を出し入れできる魔法の指輪だ。
 確か、『いつでもどこでも快適に眠れる様に』とか言う理由で、これの中にはある物が入っていると言っていた。


「開け!」


 異空間の倉庫からガイアが取り出したのは、キングサイズのソファーベッド。


 更にこれでもかと言う程、緩衝材になりそうな代物を取り出しまくる。


 そして、着陸の時が訪れた。


 ずどぼっふっ!! という重い音が、森の中に響く。


 ガイアを乗せたソファーベッドは着地点の土を大きく抉り、軽いクレーターを形成。


「……どうにか…生きてる……」


 ガイアは、奇跡的に無事だった。


 よし、テレサを探そう。
 そして彼女は悪く無いが、このやり場の無い怒りに任せてイジり倒そう。


 そんな事を考えて身を起こした時だった。


「うおー、何か降ってきたー」
「がふ」
「……え?」


 ガイアの視界に、虎の毛皮を羽織った青年と、大きな銀狼が入る。


「何か面白ー。散歩してみるモンだなー森の中」
「お前は……」
「えー? 何? 俺の事知ってる系?」


 ガイアは知っている。
 千里眼双眼鏡で見た、この島を支配する男。
 ランドール紋々太郎と、その配下の狼だ。


「まー、俺の方はあんたなんて知らないけどー暇だしさー」


 紋々太郎は、楽しげに笑った。


「ちょっと、玩具になってくんない?」





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