悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第25話 アシリアの冒険(ミーちゃんと一緒)①

 うっすら白む空。
 小鳥の囀りが、1日の始まりを告げる。


「……ん」


 魔地悪威絶商会本社ビルの3階にある一室。
 その薄暗い室内で、もっそりと起き上がる小さな影。


 赤髪の獣人少女、アシリアだ。


「……アシリア、起きた」


 誰に聴かせる訳でもないが、とりあえず彼女はつぶやいてみる。


 まだ重い瞼。
 アシリアは目をこすりながら、のそのそと窓辺へ向かい、朝日を迎え入れるべくカーテンを開放する。


「わぁ」


 眠気は、一瞬で吹っ飛んだ。
 窓から見下ろした光景は、一面の銀世界。
 今冬1番の積雪だ。


 何か雪にタイヤを取られ四苦八苦している人とかもいるが、そんなの子供には関係ない。


「雪!」


 窓を開け、アシリアはそのまんま3階から飛び降りた。








「遊んだ。寒い」


 部屋の前まで戻ってきて、全身雪まみれのアシリアは満足げにつぶやく。


 厚めのパジャマを着ていようと、雪まみれなのだから当然だろう。
 ガイアがいたらそう突っ込むだろうが、生憎朝はガイアもテレサもいない。


 学校が休みの日なら、ガイアは朝からいる事もあるが、今日はそうでは無いという事だ。


 まぁ問題は無い。
 雪を落として服を着替えれば良いだけだし、部屋に戻ってくる途中でミーちゃんという名の湯たんぽも捕獲した。




(お腹空いた……)


 朝飯も食わず雪でハッスルしてしまったため、お腹はペコペコだ。


「あ」


 ドアノブに触れて、ふと、重大な事に気付く。


「……鍵……」


 そう、アシリアは窓から飛び出して行ったため、ドアの鍵は昨晩の就寝時に施錠したままの状態。
 マスターキーの合鍵は部屋の中。


「……お腹空いたのに……」


 部屋に入れないのでは、食事など不可能。
 せめてオフィスに入れれば客用(実際はテレサとアシリアのおやつ)の茶菓子があるのだが、それも無理。


 アシリアには獣人としての膂力があるので、ドア1枚くらい破るのは簡単だ。
 しかし、後でガイアに叱られてしまう。それは嫌だ。 


(……お昼になればテレサ来る)


 朝飯抜きはキツイが、仕方無い。
 テレサが来るまでミーちゃんをモフモフして空腹を紛らわそう。








「……来ない」


 お昼前。
 いつもならテレサが来てもおかしくない頃。
 冷たい階段にポツンと座り込んだアシリアの空腹は、既に限界を越えていた。


 頼みのテレサは、来ない。


 実はテレサは、今もお城で爆睡している。
 昨日、夜中に偶然ホラー映画の放送を目にし、怖くて眠れず、夜更けを迎えた所でダウン。
 そしてその分起床が遅れているのだ。


 そんな事など露知らず、アシリアはミーちゃんをモフモフしながら、ずっとテレサを待っていた。


「にー……」


 いい加減離せや、とミーちゃんがうんざりする様に鳴く。


「ねぇ、テレサが来ない。どう思うミーちゃん」


 知るかいな、と言いたげにミーちゃんは一鳴き。


「ミーちゃんはお腹空いてないの?」


 聞いて、アシリアは気付く。
 そう言えばミーちゃんは、余りここに帰って来ない。


 その間、御飯を食べていないという訳はないだろう。ミーちゃんデブ猫だし。
 つまり、ミーちゃんはここに以外に御飯を得られるスポットを知っている。


「ミーちゃん! ううん、師匠! アシリアに御飯を!」
「に? ……にー」


 仕方無ぇなぁ……とミーちゃんは溜息をつき、案内してやるから下ろせと身じろぎ。




 こんな感じで、アシリアとミーちゃんによる食料探索が始まった。








 雪の積もった大通り。
 のしのしと歩くデブ猫に続き、町を行くパジャマ姿の獣人少女。


 獣人の物珍しさに、道行く人達は軽く視線を送る。


「師匠、どこに向かってるの?」
「にー」


 とりあえず、コンビニ前辺りで昼飯買ってるガキ供にお零れを要求するぜ。
 ミーちゃんはそう言ったつもりだが、当然アシリアに猫語は通じない。


「あ、師匠! アシリアあっちから食べ物の気配感じる!」
「にー? にー」
 ※はぁ? んな直感信じられるかっての。大人しく付いて来い。と言っています。
「師匠もそう感じる?」
「にー」
 ※話聞けや。と言っています。
「やっぱり? じゃああっち行こう」
「にー……」
 ※これが言語の壁か……と諦めています。


 1人とことこ歩き出すアシリア。


「…………にー」


 ミーちゃん的には放って置いても良いのだが、仕方無い。
 ミーちゃんは猫とは思えないおっさん臭い溜息を吐き、アシリアを追いかけた。






 しばらく歩いた所で、アシリアは不意に立ち止まる。


「おかしい…食べ物なんてどこにも無い……」
「にー」
 ※そらそうだわな、と呆れ果てています。


 しかし、ミーちゃんはこの辺に見覚えがあった。


「……にー」
 ※まだ『連中』いるだろうし……この時間なら行けるか。


 少し先に、一昨日ミーちゃんが飯をもらったポイントがある。


「あれ、師匠、どこ行くの?」
「にー」
 ※今度こそ大人しく付いてこいよ。






 辿り着いたのはビルの建設現場。
 丁度、大工達のお昼時だった。


 配給形式でおにぎりと豚汁を配る形で、丁度今、作業員全員に配り終えた所だった。


「ん?」


 現場監督らしき中年が、とことこと近づいてくるアシリアとミーちゃんに気付く。


「おう、この前のデブ猫に…お嬢ちゃん獣人か? 珍しいな」
「にー」
「デブ猫、また腹減ってんのか?」
「アシリアもお腹空いた」
「お、嬢ちゃんも腹減ってんのか。おーい配給係りの姉ちゃん! 飯余ってねぇかー? ……お、余ってるってよ。貰ってけ」
「いいの?」
「おうおう、この現場にゃ腹減ってる猫やガキに飯やって文句言う奴なんざいねぇよ」
「ありがとう。アシリア嬉しい」
「にー」
「おう、ちゃんと礼が言えるたぁ偉い嬢ちゃんと猫野郎だ!」


 そんな訳で、アシリアはおにぎり2つを入手した。


「師匠すごい」
「にー」
 ※感謝しろよ。


「お、そうだお嬢ちゃん、せっかくの雪景色だ、ちょっと歩いたとこにある丘でピクニックってのも良いんじゃねぇか?」
「面白そう」
「にぃ」
 ※いやいや、ここで食おうぜ面倒くせぇ。
「アシリア、ピクニックした事ない。したい」
「……にー……」
 ※ったく……








 という訳で件の丘。


 今年1番の積雪とあって、そこから見下ろす町並みは雪一色。


「うわぁ…! 師匠! 町が真っ白! 牛乳こぼしたみたい!」
「にぃ」
 ※その表現はどうなんだ?


 とにかく、もう流石のミーちゃんも空腹の限界だ。
 飯はよ、と催促する。


 その時だった。


「おう、お嬢ちゃん、良いモン持ってんな」
「誰?」


 アシリアに話かけてきたのは、1匹の猿。
 人語の心得があるらしい。


「いいねぇそのおにぎり。良けりゃ、俺のこの柿の種と交換しねぇか?」
「種は食べられない」
「柿の木の種じゃねぇよ。柿ピーの方だよ」


 猿が取り出したのは、柿ピー1粒。


「ヤだ。量が足りない」


 アシリアの空腹は既にリミットブレイクしているのだ。
 今手元にあるおにぎりでも足りないくらいなのに、そんな交渉に応じる物か。


「わかってねぇなぁ。この柿の種は魔法の柿の種だ。1粒で腹いっぱいになるんだぜ?」
「すごい! 交か…痛っ!?」


 おにぎりを差し出しかけたアシリアの脇腹にミーちゃんが頭突きをかます。


「し、師匠、何で頭突き?」
「にー」
 ※信じるな、アホか。
「抱っこして欲しいの?」
「にー!」
 ※違げーから! 抱っこすんな!


 これだから単純過ぎるガキは困る。


「ちっ、俺の柿の種詐欺を見破るとは、見た目に反して中々鋭い猫だ」
「にー」
 ※舐めとんのかこの猿。つぅか下ろせ。
「ならこっちにも考えがあるぜ!」


 そう言うと、猿は一瞬の早業でアシリアの手からおにぎりを掠め取った。


「あ!」
「に!?」
「うっひょひょーい! じゃあなお嬢ちゃん&デブ猫!」
「アシリアの御飯!」
「けっ! 人間如きが俺に追いつける訳ねぇだろ! 諦めるこった!」


 アシリアはただの人間では無い。
 自然界を肉体1つで生き抜いてきた亜人種、『獣人族』だ。
 その筋肉繊維は人間のそれと根本的に構造が違う。
 獣人の膂力は、常人の軽く数倍上を行く。


 アシリア程華奢でも、高速道路を行き交う車と並走するくらい出来るのだ。


「逃がさない!」
「にっ!?」
 ※え、何、俺抱いたままいく気!? 一旦下ろ…


 派手に雪を蹴散らし、ミーちゃんを抱っこしたままアシリアが走りだす。


「ぬぅお!? あの嬢ちゃんクッソ速ぇ!?」
「待てー!」
「にーっ!?」
 ※もげる!? 空気抵抗で下半身がもげるー!?


 腋の所から手を通す形で抱っこされているため、下半身はぶら下がり状態のミーちゃん。風を感じる余裕は無い。


「く、くそっ追いつかれ…」


 アシリアが凄まじい追い上げで猿に追いつこうとしたまさにその時、




 猿が、消えた。




「え…」


 その理由を、アシリアもすぐに知る。
 猿が消えた地点にあったのは、底が見えない程深い、大穴だった。


「き、きゃふっ!?」
「にゃあああああああああああああああああああああああ!?」
 ※何じゃそりゃああああああああああああああああ!?


 アシリアの短い悲鳴、ミーちゃんの絶叫。


 こうして、1人と2匹は穴の中へと消えて行った。

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