悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第24話 外見だけじゃわからない(ギャップ)

 星空が厚い雲に閉ざされた夜の事。


 白い息を吐き散らし、1人の男が路地裏を走る。


 不法投棄の冷蔵庫にぶつかり、その上で眠っていた野良猫を叩き起こす。
 それでも走り続ける。


 蹴り上げたゴミ袋が破け、生ゴミが靴やズボンに引っかかる。
 甘ったるい悪臭が鼻を突く。
 それらを気にする余裕も無い。


 それくらい男は焦っている。


「ぶっはぁ……はぁ、はぁ…!」


 追ってくる者の気配は無い。
 人気のない深夜の大通り、街灯の下で、ようやく、男は足を休めた。


「もう、……追って、来ない…か?」
「逃サネェヨ」


 獣のうなりの様に低く、機械の様に温度を持たない、音。
 それでいて、よく通り、脳の髄にまで突き刺さり、嫌なイメージを駆り立てる、最悪の声。


 無情にも、その声は男のすぐ真横から響いた。


「『悪夢ヲ誘ウ囁キグリム・メル・ヒェン』カラハ、逃ゲラレナイ」
「も、もうやめてくれ……聞きたくねぇ……もう、聞きたくねぇっ!」


 男の命乞いの様な叫び。
 声の主は、ただ告げた。


「『悪党』ニハ、覚メナイ『悪夢』ヲ」










「……ズルいです」
「朝っぱらからご機嫌ナナメだな」


 ガイアがオフィスにやって来ると、テレサが自分のデスクで何やらムクれていた。


 デスク上には今朝の新聞。


「ガイアさん、これ見てくださいよ!」
「ん」


 受け取り、一面を確認してみると、


「……『グリム』?」


『謎の怪人、グリム現る』


 何でも、昨晩、グリムと名乗る謎の人物が、警察に気絶した指名手配犯を送りつけて来たらしい。
 警察関係者及び一般市民にグリムなる者の目撃者はいないが、グリムにやられたという犯人は、未だ止まらぬ震えの中、次の様に語ったという。


『その見た目はまるで闇の獣。奴の言葉は、聞いていると悪夢や恐怖を集めた絵本を読み聞かせられている気分になる。もう、あの声は聞きたくない。ああ、奴の言葉を思い出しただけで不安になる。』と。


 新聞には犯人の証言を元に作成したグリムさんとやらの絵も掲載されていた。


 装飾どころか目や口用の穴すら1つも無い、黒一辺倒の鉄仮面。
 仮面というより単なるプレートを顔に貼っつけている、という感じだ。
 その仮面の後部からは、闇を切り裂くような白銀の長髪が伸びている。
 服装は首元まで閉めた黒いロングコート。
 ブーツも当然黒。その手は獣の様に鋭く巨大な黒い爪。


「いかにも怪人って感じだな……で、こいつがどうかしたのかよ?」
「記者のコメント、最後の辺りを読んでください!」


『突如現れた闇夜のヒーロー。闇を纏った様なその外観は、「ダークヒーロー」と表現するに相応しい』


「この人がした事、私達と特に変わらないのに、ダークヒーローって……! ズルいです!」


 テレサはダークヒーローと認められるべく、悪党をしばいている。
 まぁ結果、ダークヒーローじゃなく、普通にヒーロー扱いで終わっているが。


 だから、同じ事してるのに既にダークヒーローと記事に書かれているグリムが気に入らないのだろう。


「つっても、『外観は』って書いてあるじゃねぇか」


 この記事、記者は「ダークヒーローそのものだ」とは書いてない。「実にダークヒーローっぽい外見だぜ」という話だこれは。


「それでもズルいです!」
「ならお前もこういう格好すれば良いだろ?」


 まぁコスプレ扱いで終わりそうだが。


「カッコ良いですけど、二番煎じはカッコ悪いです! あと息苦しそう」
「……別にまんまこれを真似る訳じゃなくて、これ系の格好、って事だよ」


 パンクなコートを着るなり、実に強そうな黒い武器を装備するなり、という事だ。


「……似合いますかね?」
「…………」


 それを言ってはおしまいだ。
 魔法使い風のローブですら満足に着こなせない、実に可愛らしい感じのこのお姫様。『ダークヒーロー風』の格好なんぞどう足掻いても似合う物か。


「……もう24話、アニメだったら半年物が終わる頃合だ……もう諦めつけろよ」
「1話目から掲げてる目標なんですよ!? むしろ、今更諦められません!」


 まぁ、まだ目指すというのなら、好きにさせてやろう。
 子供には夢を見る権利があるのだから。


「……それにしても、ズルい上に、カッコイイですよね、見た目も名前も」
「まぁな」


 ダークヒーローに正統派もクソも無いだろうが、正統派のダークヒーローって感じだ。


「……ん?」


 記事をよくよく読んでみて、ガイアはある事に気付く。


『犯人の証言によれば、グリムの最大の特徴は声。
 聞く者の恐怖を最大限に煽る、魔王の様な声をしている。
 そしてグリムはその声を利用して戦う。
 彼は、相手の耳元で囁くのだと言う。
「家を出る時に鍵はかけたか?」
「コタツの電源は切ったか?」
「確定申告はもうお済みになりましたか?」などなど、
 聞く者の恐怖を煽る不思議な声で、普通に聞いても不安になる事を、何度も何度も、囁きかける。
 そうして精神的に追い詰め、気絶させるのが、グリムの戦い方らしい。
 聞く側としては、まさに悪夢である。』


「…………」


 ああ、読まなきゃ良かった。「奴の言葉を思い出しただけで不安になる」という犯人の証言は、この事を指していた様だ。


 グリムさんとやらは不思議な声を持っている、との話なので、この方法でも充分精神攻撃になるのだろうが……
 何と言うか、その爪は何なんだよ、と言うか……こう釈然としない。


「本当、カッコイイですよねぇ……イイなぁ、外見だけでもダークヒーロー」
「……そうか?」


 戦い方って外見以上に重要だと思うのだが。
 もしかしてちゃんと読んでないのか。


(……まぁ、平和的っちゃ平和的で、この国の雰囲気に合ってるわな)












 月の見えない夜。


「ひぃっ……お前は、新聞に載っていた…!」
「オ前、指名手配サレテルナ。獲物、発見ダ……」
「く、来るな…!」


 今夜もどこかで、怪人グリムは悪党に悪夢を届ける。


「ナァナァ、呼吸ノタイミングッテ、ドウシテル?」
「え、えーと……」
「普段、喋ラナイ時ノ舌ノ位置ハドノ辺ダ?」
「や、やめろ! 普段は無意識でやってる事を意識すると気になって仕方無くなる系やめろ! 次第に不安になっていくぅ!」
「瞬キノタイミングハ?」
「う、う……」
「寝ル時、目ヲ閉ジテ、ドコヲ見テル?」
「やめろ! 寝る前にふと思い出して寝付けなくなりそう系もやめろ!」




 ……悪夢、か?









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