嫁に蹴られて喜ぶ旦那の話

須方三城

嫁に蹴られて喜ぶ旦那の話



 最近、ちーちゃんが冷たい。


 何故だろう。
 まさか倦怠期と言う奴だろうか。
 まだ結婚してから二五年と二ヶ月と一八日しか経っていないのに……?
 そんな事って有り得るの……?


 孫の顔を見せに来てくれた娘に相談してみる。


「ママがパパに対して温かかった時期とやらに覚えが無いんだけど」


 親の心子知らずとはよく言ったものだ。俺は悲しいぞ。
 孫よ、お前はそうはなるなよ、あーよしよし……おう、オムツが温かいぜ。こりゃあ、かましやがったな。


 孫の尻をウェットティッシュで拭いながら考える。


 理由は欠片も見当が付かないが、おそらく倦怠期なのは違い無い。
 話に聞いていた通りの症状だ。


 以前のちーちゃんなら俺の話には「あっそ」と愛のある反応をしてくれていたのに、今のちーちゃんは……
 試しに、向こうで黙々と携帯ゲームの攻略に勤しむちーちゃんに対し、この採れたての孫オムツを話題に挙げて会話してみよう。


「ちーちゃん、見て見て!! 今回のは大物だぞ!! 流石は俺達の孫だぜ!!」
「死ね」


 ほら死ねって言った。最近すぐ死ねって言う。
 以前ならあと二・三ステップは踏み込まないと出てこなかったのに。
 俺はこの小さな変化を決して見逃しはしない。どう考えても微妙に対応が冷たくなっている。


 嫁の反応が僅かにでも素っ気なくなったら倦怠期の兆候。昔みのさんが言っていた気がする。
 あの頃は「俺達には無縁の話だぜ!」と思っていたのだがな……


 そう、あと、ちーちゃんはめっきり俺のケツを蹴らなくなった。
 昔はボケる度にきちんと蹴ってくれたのに。「おかげでお尻の割れ目が若干縦に伸びたよ!」とケツを差出したら肛門めがけて全力の爪先トーキックを叩き込まれたのも今となっては四ヶ月も前の話……
 このままだとケツの割れ目が無くなっちまうぜ……


 どうすれば良いのだろう……一体どうすれば、この倦怠期を抜け出せるのだろう……


 こう言う時はスマホで検索……ああ、孫よ、ちょっと待ってくれ。
 スマホが物珍しいので是非とも奪い取り舐めしゃぶり回したいと言う乳幼児的マインドは理解するが今は本当に待って。


 ……ああん、もう、わかった、渡すから。献上しますからせめて一回だけ滅菌用ウェットシートで拭わせて。
 君が思っている以上にこの機械は汚物なんだよ!!
 こら! お爺ちゃんを泣かすんじゃあない!!




   ◆




 孫が帰り際にようやくスマホを返してくれたので、張り切って倦怠期対策について調べる。


 ふむふむ……『新婚時代を思い出させる様な事をする』か。


 よし。


「ちーちゃん! 久しぶりに一緒にお風呂入ろう!」
「入ってたまるか。死ね」
「ぎゃんッ!?」


 四ヶ月ぶりにケツキックいただきましたァー!!
 すげぇやネットの知恵袋!! 早速解決されたぜ!!
 癒着しかけていた割れ目がメキメキと音を立てて再び割れ広がっていくのを感じるよォー!!


 まぁそれはそれとして、ちーちゃんとお風呂に入りたい。
 目的が変わっている? 違うよ、ゴールはスタートなんだ。ひとつのゴールを抜けたら次のゴールに向かって走り出すのが人の性だよ。


「ちーちゃんどうして!? 何で俺とお風呂に入りたくないの!? 新婚の頃は一度だけ入ってくれたじゃん!!」
「その時にも言っただろうが。ただでさえ狭い風呂が更に狭くなる。ストレス。風呂は独りでのんびり入るものなのに邪魔される。ストレス。テメェの汚ねぇケツを夜の営み以外で見るなんて冗談じゃねぇ。激しいストレス。もう二度と一緒に入る事は有り得ない」


 わぁ、ちーちゃんがこんなに喋るなんて久々。夫婦熱全盛期再来。新婚生活初日を思い出す勢いだ。
 もうこれだけでも充分な収穫だけどイケる所までイってみよう。


「やだやだやだ!! ちーちゃんとお風呂入る!! ちーちゃんと裸の付き合いをするんだい!!」
「…………………………」
「げぶるぁ!?」


 ……ぁ、顎ォ……!?
 顎キックは学生時代ぶりじゃねぇ……!?


「が、ひ……の、脳が揺れる……ナイスハイちーちゃん……! 帰宅部の健脚は健在か……!!」


 顎まで割れちまう所だったぜ……! 


「チッ……まだ意識がある……加減し過ぎたか……」


 ッ……!? ぃ、今ので加減していた……だと……!?
 が、学生の頃よりも強くなっていると言うのか……!?
 ちーちゃん、恐ろしい子……!! 四〇超えても健康優良過ぎて嬉しくなっちまうぜ……!!


 だが、負けらんねぇ。
 いくらちーちゃんが相手と言えど、俺は退けねぇ。


「さぁ……ちーちゃん……観念して俺と裸でキャッキャウフフするんだよ……!!」
「……ちょっと台所」
「待った! 包丁は流石に洒落エッジが効き過ぎててやべぇぜちーちゃん!!」
「その手を放すか死ぬか選べ」
「どちらにせよ俺は死ぬ気がするぜちーちゃぁん!!」


 ちーちゃんを犯罪者にする訳にはいかない。ちーちゃんより先に死ぬつもりも無い。
 ここは断固としてレジスタンス。


「きぃぃ……ちくしょう! ちょっとくらい良いじゃんか!! 久々なんだから良いじゃんか!!」
「…………チッ」


 おお、舌打ち混じりの溜息……!
 ちーちゃんの心が折れた時の合図だ! 勝ったッ!!


「わかった、じゃあこうしよう。服脱いでそこで待ってろ」
「え? いや、お風呂……」
「裸の付き合いができれば良いんだろうが。それならリビングでも良いだろ」


 ………………。


「確かに!!」


 俺は風呂に拘り過ぎていたのかも知れない!!
 確かにリビングでも服は脱げる!!


「わかったら大人しく待ってろ。良いか、私の風呂タイムを汚すな。邪魔するな。突入してきたら本当に死なすぞ」
「ガッテン承知!!」




   ◆




 と言う訳で裸で待機する事四〇分。
 ついにちーちゃんが出て来た……が、がっつり熊さんの寝間着を着込んでいた。


「ちーちゃんの嘘吐きィィィーー!!」


 こんなのって無いよ!!


「服着ろ変態が」
「ぎゃんッ!?」


 生尻は痛い!!
 嬉しいより痛いが勝っちゃうよ生尻は!!


「騙した……よくも騙したな……ちーちゃん……!!」
「ふん、よく思い出せ変態。私は一言も裸の付き合いとやらに『付き合ってやる』とは言っていない」


 …………た、確かに……


「ち、知能犯め……!!」
「服着て風邪引かない様にして死ね。私はもう寝る」


 うぅ……おのれ……おのれ……流石はちーちゃん……!!
 今回は一本取られたが、次はこうはいかないからな……!!



コメント

  • ノベルバユーザー601496

    短編の中にも過去と現在とそして未来や人生と愛に満ち溢れた素敵なお話でした。
    続きもぜひと面白かったです。

    0
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