鮮獄嵐凄~思春期武士はロマンチックな恋がしたい~

須方三城

11,後輩は急には止まれない



 人の趣味嗜好は様々だけど、【分類】によって好みと言うモノは大きく絞られてくると思う。
 例えば【高校生】に分類される者の大半に取って、四限目終了の鐘……つまり昼休み突入の合図は、さながら生き別れた家族との再会の如く喜ばしく待望の出来事だろう。


 体育担当以外は有り得なそうな体格にジャージの着こなしぶりを見せつけつつも、その実は数学担当である司馬足しばた先生が授業終了を告げ、本格的に昼休みが始まる。


「お昼だー!」
「うむ、腹が減っていたぞ」


 ……光良が過去形なのは、四限目の途中で既に昼食を済ませたからだろう。
 窓際の最後列と言う席配置はなんと羨ましい事か。


 光良はいつも、弁当(早弁用)を持ち込み、四限目までのどこかでそれを消化。昼休みは購買部にやってくる出張販売のベーカリーで軽い菓子パンをひとつ、と言う昼食スタイルだ。


「よし、では行くか」
「うん」


 僕は弁当派なので本来なら購買に用は無いのだけれど、光良の買い物に付き合い、ついでに飲み物を買うのが恒例になっている。


「行くとは何処へ?」
「ん? ああ、鳳蝶さん」


 相変わらず、気配も無くいつの間にか僕らの背後を取るね。流石は忍者でもあった武士の末裔。


 鳳蝶さんは暇を見付けてはヰ組、つまりは僕の所へ来てくれる。ただ、毎度気配もなく、気付けば僕と光良の背後に立っているのだ。
 昨日、初めてやられた時はとても心臓に悪かったけど、もう慣れてきた。人間の適応力ってすごい。


「購買だ。君も一緒に来るか? 鳳蝶嬢」
「? そちらの御学友の昼食事情は把握していないのでともかくとして、何故マイリトルハムハムダーリンも行くのですか?」


 そう言って鳳蝶さんが、その手に後生大事に抱えていた可愛らしい巾着袋を強調する様に持ち直した。
 今朝、ウチの母が詰めてくれた弁当が収まっている巾着だ。


 おそらく「貴方も義母様おかあさまから、御弁当を受け取っているはずでしょう?」と言いたいのだろう。


「僕は光良の付き添いついでに、飲み物を買いに行こうと思って」
「成程。御学友との交流と兼ねて必要なものの買い出しですか。合理的ですね」
「鳳蝶嬢、君は既に水筒を所持している様だが……どうだろうか。俺が用のある出張ベーカリーには女子に人気の一口タルトタタンや氷菓パンなんぞも取り扱っている。食後の楽しみとなる甘味を選びつつ、小さな旦那様のお買い物に付き合ってみてはどうだ?」


 だから「小さな」が余計だよね?


「ほう、それはそれは良い提案です。やりますね、御学友。私は今の今まで貴方の存在について『マイリトルハムハムダーリンの付属物』以上の価値を感じてはいませんでしたが、少々見直すべきだと判断しました」
「ああ、評価が上がったのならば何よりだ。見直しついでにそろそろ名前を覚えていただけると助かるな。親友の御夫人にいつまでも御学友呼びされていては格好が付かない」


 男子トイレ事変の時は「ヒカル」って名前を口走ってたんだけどね。
 一時的に記憶はしていたけど、すぐに「どうでもいい」と忘れてしまったらしい。


「良いでしょう。その申請、当然受諾いたします。御名前をどうぞ」
朱日あけち光良だ」
「彩灯鳳蝶です」
「知っているとも。君は有名人だし、親友の片恋人改め妻だからな」
「それはどうも。マイリトルハムハムダーリンの付属物改め朱日さん」


 それだけやり取りをして、鳳蝶さんと光良が堅い握手を交わした。
 鳳蝶さんの直球の物言いに対しても平然と返せる光良の度量、二人は結構、相性が良いのかも知れない。


「では、購買へと向かいながら、先に話していた初デェトのプランについても詰めていきましょうか」
「あ、うん」


 ここまでの休み時間中に、今朝光良と進めていた初デートの話題を鳳蝶さんにも共有してある。
 鳳蝶さんの感想は「恋愛映画ですか。これまでほぼ触れる機会の無かったジャンルですが……後学の一助となるかも知れないならば、是非とも拝見しておきたいですね。それに、デェトの定番である、とも聞き及んでいますし。今後にも繋がる定番所の初デェト……合理的でよろしいかと思います」と結構ノリノリだったため、初デートは映画デートでほぼ決まりだったのだが……


 今朝、危惧していた「今、なんか良い恋愛映画やってたっけ」問題。
 ……あれが、現実の問題として立ちはだかっていた。
 軽くスマホで調べてみた結果、今シーズンの上映ラインナップに恋愛物は影も形も無いのだ。


 一体どうしたものかな……って、あれ? スマホが無い?


「うむ、そうだな」


 購買へ向かって歩きながら、光良が当然の様に自身の胸ポケットから僕のスマホを取り出した。


「先の授業中、あらかじめ信市から拝借しておいたスマホで色々と情報を探してみたのだが」
「いつの間に……」


 光良はスマホを持っていないので、たまに何か調べ物をする時は平然と僕のスマホをスって使う。
 まぁ慣れたものだし、今の所、光良に隠す様なプライベートは無いから良いんだけども。
 って言うか、授業中に何してんのさ。これだから窓際最後列は……


「ほれ、信市」
「ほい?」


 光良が僕へと返却したスマホ、その画面に表示されていたのは……


楽座らくざシアター?」
「終刕高校からそう遠くない楽市らくいち商店街にある、個人経営の小さな映画館。それはそのホームページだ」


 地元民だのに全く聞いた覚えが無い。
 どう言う検索の仕方をすれば、そんなローカル&マイナーな店のホームページに辿り着けるんだろうか。


「個人経営の映画館は大手と違って、最新の映画フィルムなんぞ買い付けられん。が、それ故の需要と言う物がある」


 あー、成程……この楽座シアターと言う所は、何年か前の流行映画や所謂B級C級映画を週替わりで上映する映画館らしい。
 過去の名作をもう一度、又は、日本国では到底映画館で上映されない様な国外のマイナー作品を、映画館の大きな銀幕で観たい。そんな人達に需要がある訳だ。


 で、このタイミングでこの映画館をオススメしてくると言う事は……


 ――あった。


 今週の上映作品一覧。
 ジャンルの枠に【恋愛/邦画】と記された映画が、一本。
 題名は……【白い陶器と小さな恋音こいおと】……? 聞き覚えが無いな。結構旧い作品なのかも。
 共に掲載されているポスターには、粘土の様なものをこねるお姉さんと、そのお姉さんに背中を合わせる形で尺八を持っている細身のお兄さんが映っている。


「その上映作品についても少しだけ調べておいた。陶器職人を目指すクールな女性と、それを支える幼馴染の少々頼りない感じのナヨナヨ系音楽青年による恋愛物語。恋愛が確固たる主題ではあるが決して重過ぎず、過剰な性的表現も無く、時折爆笑できる喜劇面もある。要するに恋愛方向に寄ったラブコメディだな。学生にもオススメの作品だそうだ。丁度一〇年前に製作された物で、当時売り出し中の子役だった忌河いまがわ美求よしもとも出演しており、メガヒットとはいかなかったものの少しだけ話題にはなっていたらしい。レビューは軒並み平均以上から高評価。『告白シーンに一癖あって衝撃的』との事だ。当時はネタバレに厳しい風潮があったらしく、どう衝撃的だったかは書かれていなかったがな」
「へー……」


 恋愛偏重型のラブコメディ、か。
 確かに、最初からガッチガチの恋愛物にいくと、不慣れな鳳蝶さんには辛い可能性もある。それに、僕が今まで見てきた恋愛物も少年・少女漫画……つまり少年少女向けの軽めのが主だし……うん、僕ら二人で見に行くのなら、「恋愛に比重を傾けている部類のラブコメディ」と言うのは悪くない。
 加えて、告白シーンが好評とくれば、ロマンチックな告白と言う物について理解を深めていただきたい僕にはますます好都合だろう。
 流石は光良だ。


「そして、極めつけ。楽座シアターの料金は学生の懐に随分と優しい設定だ。完璧だろう?」
「すごいや……って、何か僕らでポンポン決めちゃってるけど、鳳蝶さんは大丈夫? 何か意見とか……」
「いいえ。特段、呈すべき言葉はありません。先に言った通り、恋愛映画を見に行くと言う計画には賛成ですし、今の話は聞く限りでは非の打ち所が無い。無難極まりない提案だと感じました。朱日さん、やりますね」
「君にそう言ってもらえれば光栄だ」
「ただ一点、意見ではなく追加提案があります。楽市商店街には先日、小動物と戯れる事ができる特殊なカッフェが開店したと言う情報を御兄様から聞きました。映画の前後どちらかに、そちらにも足を運んでみる事を提案します」
「おお、良いんじゃあないか。信市も小動物が好きだろう、親近感で」


 うん、小動物は好きだよ。親近感とかじゃあなくて純粋に可愛いからね。


「子ウサギを両手で懸命に抱きかかえるマイリトルハムハムダーリン……ああ、良いですね。実にフォトジェニック」


 ……気のせいかな。なんだか「小動物と戯れる幼児って見ててほのぼのするし反則的に可愛いよね」的なニュアンスを感じてしまったのは。ただの自意識過剰であって欲しい。


 まぁ、とにかく、これでデートの計画は大体決まりだ。
 今週末、ついに、鳳蝶さんと初デート、かぁ……気付けば何やらえらい速度で話が進んだものだと思う。つい一昨日までは叶わぬ恋臭が尋常ではなかったはずだのに。


 なんて、染み染みしていると……


「!! 信市!」「!! ダーリン危ない!」
「へい、くふぇッ!?」


 光良と鳳蝶さんの声がほぼ同時に響き、そしてこれまた二人ともほぼ同時に僕の制服の後ろ襟を引っ掴み、強引に僕の身体を引き戻した。
 突然襟を引っ張られて首を圧迫されたせいで、思わず変な声が出てしまった。


 二人とも一体いきなり何を……と言う疑問を言葉にするよりも先に、僕はその理由を知る。


 二人に後ろ襟を掴まれたまま宙ぶらりんにされた僕のすぐ目の前を、何かがとんでもない速度で駆け抜けていったのである。


「ぶべらッ」


 僕の目の前を疾風の如く横切ったそれ――ブレザータイプの制服からみて、後輩同輩先輩か定かではないがとにかく終刕高校の生徒であるその男子は、顔面から盛大に壁へと突っ込んでしまった。


「…………うわぁ…………」


 頭蓋が割れる様な鈍い衝突音が大音量で……ちょっと痛そう。
 もし光良と鳳蝶さんが僕を引っ張ってくれなかったら、僕も巻き込まれてあの凄まじい勢いで壁に叩きつけられていただろう。
 まだ骨折が癒着途中である身体にそんな事をされたら、完治が二・三日は遅れる所だった。


「おいお前、廊下を走るとは何事だ。危ないではないか」
「そうですよ。マイリトルハムハムダーリンに何かあったらどうしてくれるのですか? 倍返し程度では収めませんよ」
「どぅおぉう!! 申し訳ありません先輩方ァ!!」


 若干壁にめり込んでいた男子生徒が、光良と鳳蝶さんの言葉に反応してこちらに向き直った。


 その第一印象を一言にまとめると「かなり元気そうな少年」。
 瞼にまでエネルギーが溢れているのか、目は常にぐわっとかっ開き状態。
 髪は整髪料の光沢も無い自然体だのにびんっびんの怒髪天。
 前全開のブレザーと首にかけられているだけで結ばれていないネクタイ、そして途中までしか止められていないシャツのボタンは「不良的な着崩し」と言うより「ボタンを全て留めきるまで我慢できなくて家を飛び出して登校しちまいましたァ!! てへぇぺろァッ!!」感がある。
 ベルトは流石にきっちり締めているが、そこから吊るした刀の留め具は段違いになっているのも、勢いを感じる。
 そして、普段から頭をぶつけ慣れて額の皮が厚くなっているのか、新校舎の壁に亀裂が入る程の見事な衝突だったのに出血は一滴も無し。


 何と言うか、こう、総評すると……全身から抑えきれない元気活力がにじみ出ている感じだ。


 あと、二年生校舎側からきた僕らを「先輩」と断定している辺り、新入生だと思われる。
 ……その割に、掴み上げられている僕よりも高い位置に頭があるってどうなの? 後輩なのに物理的に頭が高くない? ねぇ?


「サーセンッス!! 本当っとにサァァセンッス!! 自分、急ぎ過ぎてましたァッスァ!!」


 かなり元気を持て余している感じの新入生が、そのツンツン髪の頭をブンブン上下に振って懸命に元気いっぱい謝罪してきた。


「あ、つぅか申し遅れてましたッス!! 何事も万事自己紹介からッス!! 自分、天佐居あざい信九朗しんくろうって言いますッス!! よろっしゃァッス!!」
「そ、そう……」


 多分、悪い子ではないとは思うんだけど、テンションの高低差がすごくてものすごく接し辛い。


「え、えぇと……あの、天佐居くん……? なんでそんなに元気なの……じゃなくて、何でそんなに急いでたの?」
「何で、と言われますと、自分アレッス!! アレなんスよ!! 二年の先輩に用があって走って来たッス!! でも冷静に考えてみると廊下は走ったらダメな奴でした!! 反省してるッスァ!!」
「? 新入生がこの時期に早々、上級生に何の用があると?」


 光良が疑問に出した通りだ。
 まだ新学期が始まって三日目、新入生の入学は始業式の翌日だったので、天佐居くんは入学して二日目だ。
 まだ先輩との繋がりがあるとは思えないのだけど……


「ご迷惑をかけてしまったからには、詳しく説明しますッス!! 自分、入学前、春休み中から終刕高校戦極イクサ道部の練習に混ぜてもらってるんスけどォ!!」


 ああ、成程、スポーツ推薦入学とかそう言う系の子なのか。


「自分、やるからには全力一直線猪突猛進うぉぉっしゃああああがモットーなんス!!」
「うん、だろうね」
「ああ、だろうな」
「ええ、でしょうね」
「満場一致で御納得いただけた様で幸いッス!!」


 見た目と喋り方からして、良く言えば一本気、悪く言えば愚直な性分が滲み出ている。
 むしろこの状態から頭脳派だと主張されてもにわかには信じられなかっただろう。


「つぅ訳でェ!! 自分、終刕高校戦極イクサ道部、個人はもちろん、団体でも【全御前ぜんごぜん】を目指してるッス!!」


 全御前、と言うと【全国高等学校戦極イクサ道大会・御前決戦】の事だろう。
 要するに、戦極イクサ道全国大会の決勝戦。天皇陛下を始め皇室の方々や、鳳蝶さんの御父様でもある内閣府スポーツ省大臣・彩灯力道三氏などの御仁が生で観戦してくださると言う、その道の人間に取っては誉れ高過ぎて鼓動がヤバくなる晴れの大舞台だ。
 国営放送にてテレビ中継もされる、夏の名物のひとつでもある。


「そのためにィ!! できる事は何でもするべきだと思うッス!! だから、来ましたッス!!」


 ……あー……大体、予想が着いたかも。


 戦極イクサ道部の部員が、部のためにと、僕らの学年の校舎へと訪れる。
 おそらくほぼほぼ、鳳蝶さんが目当てだ。


 鳳蝶さんは戦極イクサ道の開祖とも言える家系の直系で、誰もが知る運動神経オバケ。
 戦極イクサ道部に所属していた経験が無いので今までの功績などは無いが、その実力への期待値は当然高い。
 実際、去年は戦極イクサ道部の同級生だけでなく、部長や顧問まで鳳蝶さんを口説きに来ていた。


 おそらく、天佐居くんはその話を先輩から聞き「ならば自分が説得してみせるッス!!」的な勢いでやって来たのだろう。


「つまり、自分の用と言うのは!! 実は、二年生の彩灯鳳蝶さん――」


 ほらね。鳳蝶さんの名前が出…


「――に、ガチの戦極イクサで引き分けたと言う雄大信市さんを、戦極イクサ道部に勧誘しにきたッス!!」


 ……はい?

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