鮮獄嵐凄~思春期武士はロマンチックな恋がしたい~
03,事の発端は理想を追いがちな思春期ハート
男子トイレで親友に壁ドンされてやだホモホモしい助けてとか思っていたら、親友の皮を剥いで憧れの女子が登場した。
何を言っているかわからないかも知れない。全く伝わらないかも知れない。
僕もかなり混乱している、激しく混乱している。情報処理が上手くいかな過ぎて脳細胞がダメージを受けている感覚すらある。まるで頭蓋をパカッと開けられて直で脳を小突かれた気分だ。
衝撃の余り心臓が変な跳ね方をしたのもわかる。自律神経が狂騒する程にパニック。
「さて、私の記憶が正しければ、貴方は同級生ですね。御名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ぇ、あ、は、はひ……雄大……信市、です……」
「雄大信市、記憶しました。二度と忘れません」
それは光栄ですが……え? あ? うん? えーと……まず、僕は何をどう思考すれば良い?
落ち着け。混乱は激しいが、とにかく僕は落ち着かなければならないと言う事だけはわかる。
なんだか、色々とツッコミ処理しなきゃあいけない事案が垂れ流しな気がするんだ。
一刻も早く落ち着いて、ひとつひとつ処理しなくては。
とりあえず……まずは……
「へ、変装と声真似……お上手、なんです、ね……?」
あ、これなんか違う気がする。
「我が彩灯家は実は忍者の家系でもありますので」
彩灯さんがその手に持っていた光良の皮をぐにぐにぎゅっぎゅと丸め始めた。
すると、光良の皮だったそれは、白くてモチモチした球体に。
「これは彩灯家が特許を取得している忍者性特殊樹皮です。これで形を造り、あとは一族相伝の忍者的ペイント術で細かな色を付ければ変装など一分も必要ありません。声に関しても、忍者としてボイストレーニングを受ければ、よほど特徴ある声でもなければ簡単に真似できます」
わー、すごーい。
忍者と付ければどんな現象を引き起こしても許されると思っている手合いだ。
まぁ、「忍者とは、確かに人間ではあるがホモサピエンスとは全く異種の化物」と言う風聞はよく聞くけども。
いやー……って言うかすごいな。
ついさっきまで会話した事が無いどころか僕の名前すら認知してもらっていなかったはずだのに、一気に状況が激変……………………………………
「……? どうしました? 急に固まってしまって」
「……さ、さいと、彩灯、しゃん……?」
「鳳蝶で結構です。兄からはアーたんと呼ばれていますので、お好みに召しましたらそちらでも」
「………………ぁの…………いや、あ、ぁ……」
待って。ちょっと待って。
鳳蝶さんでもアーたんさんでもどっちでも良いからちょっと待って。
僕、さっき貴女が扮していた光良とすごい会話をしていた気がするんだ。うん。
光良とは時々していた話題ではあるけど、決して貴女には聞かせてはいけない話題だったと思うんだ。
「ところで、早速ですが今週末、初デェトなど如何でしょう」
「ぶふぅッ」
「ぶふぅ?」
「ちょ、っと、待、げほっ、おへぁ……」
全力でむせた。
丁度息を吐くタイミングでとんでもない言葉で吃驚させられたモンだから、体外に出る予定だった二酸化炭素御一行が入っちゃいけない場所に入った。
「……? 何を驚いているのですか? 私が何かおかしな事を言いましたか? 私達カップルが今、最優先すべき事項は【速やかに相互理解を深める事】であると考えますが」
「か、カプ……!?」
「貴方の好意は重々承知いたしました。私としても、その感情は嬉しい限りです。他者から並以上の好意を寄せられて嬉しくないケースの方が希でしょう。殊に私と言う人間はそう言う話に縁遠い。これはもうフィーバーです。まずは試しと婚姻を前提としたお付き合いを始める事に何ら異論はありません。しかしながら、私達はお互いにお互いの事を知らな過ぎる。これは可及的速やかに解決すべき大きな問題です。故に、一刻も早いデェトが必要であるかと」
「……!? ……!? …………!?」
「何を泣きそうな顔でパニクッているのですか? 少々可愛らしいですよ。……貴方は中々、被虐体質の気がありますね。まるで掌で震えるつぶらな瞳のハムスターの様……ああ絶対にそんな事をしてはいけないとは理解しつつも『ちょっとずつ拳を握り込んで圧迫したら、どんな風に困ったり慌てふためいたりする反応を見せてくれるのだろう、どんな抵抗や懇願をしてくるのだろう』などとイケナイ想像を掻き立てられてしまう……嫌いではありません。むしろ上々に好みです。ああ、私は早速貴方の好きな所を発見してしまいました。幸先の良い。これは私達に取って大きな前進と言えるでしょう」
待って。待って。本当に待って。
世界の回るスピードについていけない。
さっきからデートとかカップルとか婚姻を前提としたお付き合いとか好きな所を発見したとか、是非その発言の意図を事細かに解説していただきたいワードが乱発されていて脳がオーバーヒート寸前だ。
おちけっ、落ち着け、落ち着け……とりあえず、状況を整理しよ?
僕のこの混乱漬けの脳みそではとても整理しきれないので、大変恐縮だけど彩灯さんの思考もお借りしよう……と言うか、彩灯さんに解説してもらおう。
「あの、彩灯さ……」
「鳳蝶で。私の家族と相対した時の事を考えると、下の名前で呼んでいただかないと何かと不便です」
しゅごい、もう彼女の中ではかなり先の事まで話が進んでいる様だ。
「じゃあ、その……鳳蝶さん。質問が……」
「はい。なんでしょうか」
「何で、光良に変装して、男子トイレに……?」
「? ……妙な質問ですが……まぁ良いでしょう。どんな質問だろうと答えてこそ、深まる理解もある」
妙かな? 至極真っ当な質問だと思うんだけど。
「朝、通学路にて、貴方とヒカルさんと言う方の会話を聞かせていただきました」
「ッ……!?」
「勘違いの無い様に言っておきますが、最初の方は決して聞き耳を立てていた訳ではありません。聞こえてしまったのです」
やっぱり、あの時、振り返ったと思ったのは気のせいじゃあなかった……!?
どんだけ耳が良いの鳳蝶さん……!?
「正味、その時点で飛び上がるほど喜びの極みでした。何せ、家族親族以外の誰かから……それも異性として意識した上での好意を寄せられるのは、初めての経験でしたので。……しかし話の流れを追っていると、どうにも貴方は私に対して遠慮が過ぎる。奥手な性質が悪いとは言いませんが、もどかしい」
「は、はぁ……」
「私としては、こんなにもウェルカム。お互いの理解を深めるなど交際を始めてからでも遅くはない。と言うよりも、まともに交際せずしてお互いの何が理解できるのでしょう。上辺だけを認識する事を理解とは言いません。とにかくまずは婚姻を前提とするくらいの意気込みを以てお付き合いから始めましょう……と言うのを、どうにか貴方に伝える術は無いだろうか。考えてみましたが、数分程度では妙案が浮かばず、しかし逸る気持ちを抑える事もできず……現在に至ります」
成程。
光良に扮して鳳蝶さんへの好意を吐露させたあとで変装を解き、「私もだぜ☆」と伝える事で無理矢理に告白を成立させてしまおうと考えた訳か。
積極性が過ぎる。
え? って言うか……
「ぉ……お付き合い、するんですか?」
「はい」
「僕と彩…鳳蝶さんが?」
「それ以外に誰と誰が?」
………………………………………………。
あ、ぁの、マジすか……?
……いや、嬉しい。非常に嬉しい。混乱の余りどうリアクションすれば良いのかわからず声帯が上手く声を紡げなくなる程度には嬉しい。
でも、ちょっと待って。
僕だって、その、恋する男子高校生な訳だ。
ずばり、思春期でして。思い出とか、大事にしたい年頃な訳で。
何が言いたいかと言いますと……
男子トイレにて意気揚々と用を足す小便器を選んでいた所で、騙される様な形でカップル成立☆
きっと、結婚式で光良にスピーチを任せれば確実にネタにされまくる。親族が集う度に思い出話兼笑い話として持ち出されまくる。そして、そんなメモリーを子供達に「パパとママの最初の思い出」として話す事になる。
そんなのすごく嫌なんですが。
……僕も僕で少々発想が飛躍しているかも知れない。
気持ちが少々ふわふわしているので大目に見て欲しい。
とにかく、僕はその……少し気恥ずかしいけど、鳳蝶さんとは素敵な恋愛をしてみたいんだ。
なんだか小っ恥ずかしくも、胸を張って誰かに話せる様な思い出にしたい。
そして、素敵な恋愛と言うのは、男子トイレから始まってはいけないと思う。
そんなの、恋愛物語の開幕じゃあない。どう考えても喜劇の幕開けだ。
僕が納得できないのは正直、この一点に尽きると言っても良い。
ここは一つ、僕の理想、延いては二人の未来のため、どうか提案をさせてもらえないだろうか。
「ぁの……鳳蝶さん? ちょっと、ご相談があるのですが……」
「ええ、何でもご相談ください。もはや私達は片方の悩みを他人事とは言えぬ関係です」
「今回の件、一旦、忘れていただく訳には、いかないでしょうか……?」
鳳蝶さんの気持ちはわかった。とてもとても、かつてない程の朗報だ。僕の片思いは、勝ち戦。そうとわかれば、告白する事に躊躇いは無い。
なので、きっちり、それなりに良い感じのシチュエーションを選んで改めて告は……げふぅッえ!?
「ぎ、ぁ……!?」
ちょ、あ……?
な、何故、僕は今、鳳蝶さんに喉をがっつり掴まれて宙吊りにされてんの……!?
って言うか、僕、身体は小さいけどそれなりに鍛えてるから結構体重あるはずなんだけど……何で片手でイケるのさ鳳蝶さ……
「それは、どう言う意味ですか?」
「は、はひッ……? ……ッ……」
な、何だ、今の感覚……!?
鳳蝶さんと目が合った瞬間、心臓が軋んだ。心臓を鷲掴みにされた様な気分だ。
恐い。でも、目を離せない。
目の前にいるのは自分を殺す危険性だ。目を逸らせば、殺される。
生存本能が、そう叫んでいる。
「私との交際を、拒否する。そう言う事ですか?」
「ッ……!?」
まさか鳳蝶さん……怒っている……!?
……あ、そりゃあそうか。
今の僕の言い方だと、鳳蝶さんからの交際の提案を断っている様にしか聞こえない。
「ち、違、まッ、いま、今この場で、そう言う話にするのは、嫌、と言うだけで……」
「……? 私達は一刻も早く理解を深めていくべき、そう言ったはずです。前倒ししていく必要はあれど、先送りにする理由が何かあるのですか?」
「と、とりあえず降ろしてください。ぃ、息が……」
「まずは回答を。これは重要案件です」
「そ、その……ぼ、僕は……こんな……男子トイレで告白成功とか……嫌と言いますか……!!」
「意味がわかりません」
「え、ぇえ……? えと……こう言うのって、大事な思い出だと、思うんです……! だから、後できっちりロマンチックな感じで僕の方から改めて告白させていただければなぁと!!」
僕は一体、何を言わされているんだろう。
「もう一度言います。意味がわかりません」
マジでェ……!?
「ロマンチック? 男子トイレだろうと何処だろうと、例えここがドブ川の水底だったとしても、私は今、とても嬉しい。とても感動している。ロマンチックは充分過ぎるほどに感じている。若向け風に言えば、超エモい感じです。貴方は、そうではないと?」
「その……正直、はい……」
男子トイレから始まる二人の関係とか本気で嫌だ。
こう言うのは、静かに雨が降る日の静かな図書館や喫茶店とか、爽やか快晴の屋上とか、夕暮れ時の河川敷とか、夜の砂浜とかが個人的にはこう熱いと言いますか……
少なくとも、僕がよく読む少年漫画雑誌に載っているラブコメや、市姫から借りる少女漫画群の中には、男子トイレから始まる恋物語なんて一編たりとも存在しない。女子トイレも無い。
僕のこの「男子トイレは無い、絶対に無い」と言う感性は、そんなに世間様の感覚から離れてはいないはず……
「……………………」
本気で理解できない、と言う顔をされてしまった。
人間の表情ってすごいね。ほとんど表情筋は動いていないはずだのに、今、鳳蝶さんの顔の横に大きな「?」が見えたよ。
「……大体、おかしいではありませんか? 貴方は男子高校生。男子高校生と言えば、女子以上に情欲に忠実で、色恋沙汰に貪欲なはずです。だのに据え膳上げ膳とも言えるこの状況下で、カップル成立を一度延期し、仕切り直す? 男子高校生の生理としてそれは有り得るのですか?」
「男子高校生をなんだと思っているの!?」
確かに光良とか一部の男子は恋愛への興味(と言うか主に性欲)がすごいけどさ!?
かく言う僕もその、エッチな事には……そ、それはまぁ……た、多少の興味は? ありますけれどもと言いますか……
でもあの、恋愛は、恋愛に関してはプラトニック派だから!
ラブとエロは別で考える派だから!
そう言う男子高校生の在り方もあるから……!!
と言う弁論を考えてはみたけど、鳳蝶さんの前で性欲だのエッチだエロだと言う単語を声にするのにどうしようもなく躊躇ってしまう思春期が辛い。
でも恥ずいものは恥ずい。思春期だもん。
どうにか代替の言い回しを考えて伝えないと……
「……理解できない……意味がわからない……理解不能……意味不明……しかしここで思考を放棄しては到底相互理解など……考えろ……考えろ……」
「ぁ、の、鳳蝶、さん……?」
「考えろ……一番可能性が高く論理的な仮説……考えろ……納得の行くアンサー……考えろ……有り得る現実……」
ブツブツと何をつぶやいているのかは聞こえないが、とりあえず本当に降ろしてくだひゃい。
喉を圧迫されて宙吊りにされたままじゃあ上手く思考もできない。
「………………! …………ああ、そう言う事ですか」
お? 何やら納得してもらえ……
「貴方は、私を謀った、そう言う事ですね」
「何がどうしてそうなったの!?」
「貴方の主張は意味不明理解不能、支離滅裂です。それは何故か。【苦し紛れ】だからだ。私にこんな状況で交際を迫られるとは、完全に想定外だった」
ま、まぁ、確かに完全なる想定外ではあるけど……
「思えば不自然でした。朝の通学路で、何の脈絡も無く色恋話を始める男子高校生など」
「ちょッ……!?」
光良はそう言う奴なんです……!
僕を辱めるためならTPO選ばないクソ野郎なんです……!
そんなんだけど割と大事な親友ですはい……!
「あれは、私に気を持たせてドキマギとさせつつ、貴方が急に私に告白をしてきても違和感を覚えさせないための布石だった」
「にゃ、何を言って……」
「貴方は……いえ、貴方達は、最近流行りの【どっきり】なるものを私に仕掛けようとした。そう考えれば、全ての辻褄が合う」
「……はぁぁああああああ!? って、きゅえッ」
「後に告白どっきりを仕掛け、私が騙されているとも知らずに喜び震える様を、嘲笑するつもりだった……!!」
の、喉が、締まッ……!!
「そうだ、それ以外に有り得ない。そうとしか考えられない。そうに決まっている……!!」
違う、それだけは絶対に違う。大体、光良がドッキリを考案するとすれば、被害者はまず間違い無く僕以外に有り得ない。断言できる自信がある。
しかし、反論したくとも、今にも喉を握り潰されそうで、喘ぐ事すらできない。
「私を……騙したな……!!」
ッ……え、今の音、もしかして、鳳蝶さん、刀を抜きませんでしたか……!?
ま、まさか、殺……
「……ッ、足音……誰か、来ますね。場所を変えましょう」
え? 誰か来るの? 何の音も聞こえないんだけど。
ああ、そう言えば鳳蝶さんは地獄耳で……って……ねぇ、何で窓を開けてるの?
………………場所を変えるってまさか……いや、流石にないか、ここ三階だも……
紐無しバンジー、ダメ、絶対。
多分、喉を圧迫されていなかったら、僕は人生で一番盛大な悲鳴をあげていたかも知れない。
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