ダイカッパーは流れない

須方三城

11,天狗姫は勝目がない。

 天狗山。
 ついに蛍光灯の交換が達成されるも、現在大規模な妖怪停電が発生しているため暗闇に包まれた姫の私室。


「……はぁ? おっぱ…じゃなくて、晴華っちを守る人間が、私との直接対決を望んでるじゃと? 鞍馬戸クラマド、それマジか?」
「はい。休暇中の冠黒武カンクロウから上奏がありました」
「そんなの、ヤに決まっておるだろう。面倒臭いのじゃ」
「……それが、そうもいきません」
「? なんでじゃ?」
「どうやら、その人間……この天狗山に単身乗り込むつもりの様です」
「……うっわ……面倒臭ッ……」


 今回の晴華の件、天狗姫は父より「ある程度は目を瞑るが、あまり一族に迷惑をかける様な事はするなよ」と釘を刺されている。
 もし、報告に聞く通りの強さを持った人間が、ここに乗り込んで来たら……天狗山の警備的戦力なら流石に制圧できるだろうが、それでも大騒ぎは必至。
 そうなれば、天狗姫は父に叱られる。説教で済めば僥倖。最悪……


「……『公開お尻ペンペン』……!」


 死刑に次ぐ重刑罰。生き地獄。現世の奈落。


 天狗姫としても、当然それは避けたい。


「双方にメリットが無い、と言い聞かせ、今は冠黒武がその人間を抑えているそうですが……いつまでも抑えきれる自信は無い、と」
「……仕方無いのう。鞍馬戸、『禁機キンキ』を用意するのじゃ」
「ッ……!? ひ、姫!? い、今、なんと……」
「相手は、陰陽師共の『示祈歪己シキガミ』で機装纏鎧きそうてんがいを強化する戦闘スタイル……でも、それが無ければMBFの一隊員にかろうじて勝てる程度なんじゃろう? 『あの機体』なら、余裕って事じゃあないか?」
「正気ですか……!? アレが解体されずに保管されていると陰陽師共に知れれば……それだけで、先達が彼らと築いた和平の契りが泡沫うたかたの如く無に帰す可能性すら……」
「つまり、陰陽師共に知れなければ良い」
「そんな単純な話では……ん? いや、待てよ? あ、その通りだコレ。……いや、でもだがしかしそれでもやはり……」
「あー……じゃあ、わかった。こうしよう。まずは、オヌシがその人間と戦う。もしオヌシがその人間を潰せたらそれでOK。何の問題も無い。オヌシが負けたら妾は禁機を使う」
「え、いや、でも姫? 当方、現在は副司令でして、実際戦闘なんぞもうこの数百年ばかし……」
「なら最初から禁機を使ってサクッと捻り潰す。妾はそれでも構わないのじゃよ? 鞍馬戸副司令」
「ッ……やります! やってみせますともッ!! この鞍馬戸、前線に立っていた頃は『目にやかましい化物ゴールデン・オブ・ゴールド』と呼ばれた身!! 必ずや、姫の外敵を討ち滅ぼしてみせましょう!!」




   ◆




『見よッ! 我が機装纏鎧「覇威張充万除淀刳ハイパーマジテング」が纏いし黄金の輝きをッ!! 我こそがトルノーズ副司令ッ、大天狗だいてんぐ鞍馬戸クラマド将裕貴まさゆきなりッ!! 私は本来指揮官であり戦闘には全く向いていないがこの機装纏鎧ならばぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!?!???!!』


 やかましい太陽にも似た輝きを纏った大きな何かが、河川敷の遥か上空へと舞い上がり、茜色の空に溶け込む様に消えた。
 端的に言うと……昨日、冠黒武が皿助べいすけに提案した策通り「皿助が天狗山に攻め込む」と聞き、面倒事を避けるためついに自ら前線へと趣いた天狗姫…と共にやってきた鞍馬戸とか言うハスキーボイスな側近おじさん天狗が、シン・ダイカッパーの一撃で吹っ飛ばされた。


『勝った』
「鞍馬戸副司令はもう実戦から退いてウン百年って聞くしな……そりゃあこうなるぜい」
「やりましたね、べーちゃん!!」
「ま、私の皿助なら当然ね」


 皿助、冠黒武、晴華パカ月匈音つくねの四名は非常に余裕ただよう。
 かつてない快勝的雰囲気である。


『……さて、側近は退けた訳だが……次こそは、お前が相手をしてくれるのか? 天狗の姫』


 シン・ダイカッパーが見つめる先。
 川原に組まれた特設的だが荘厳な雰囲気の玉座に座す一つの小さな影。


 紅く燃え盛る炎をそのまま閉じ込めた様な毛並みと瞳の色。背中の方で畳まれている翼の羽毛も当然赤。それに合わせて拵えたのだろう。身に纏う振袖の着物は、毛並みよりも一段階程濃い目のワインレッドで染められていた。
 総評、非常に真っ赤。非常に真っ赤な『幼女』が、偉そうに鎮座している。
 その幼さと着物の振袖感が相まって、「何か過剰に称えられている七五三」感がある。


 この幼女こそが、天狗一族の姫君。
 名を空穿堂元寺くがどうげんじ天跨テンコ


 晴華の人生をかき乱し、滅茶苦茶にせんとする諸悪の根源。


「ふむ……そうじゃのう。確かに、鞍馬戸は退けられてしまった様じゃ。これでは妾が出るしかない」


 その手に持った異様に古ぼけた羽根扇でゆったりと自らを扇ぎながら、天跨は余裕の微笑。
 まるで想定内。そんな感じである。


「ま、想定内じゃがの」


 本当に想定内だった様だ。


『……強がり……の様子ではないな』


 皿助は自慢の直感を以て、天跨の言葉が真実である事を悟る。


「さて……愚かな人間よ。妾は慈悲深い。非常にな……故に、最後に一応、『提案』しておいてやろう。『慈悲深く』な……ふふ」


 天跨が、ゆっくりと扇を動かす。それに合わせて、扇の要に嵌め込まれた薄紅蓮の宝玉が、淡く妖しい光の尾を引く。
 扇の羽根先が指したのは、晴華。正確には、晴華の胸元、素敵な谷間。


「今すぐにそこの尊きおっぱ…晴華っちを差し出すのであれば、見逃してやってもよい。妾も、無意味な蹂躙劇を演じずに済むのならば、それが最善と考えておる。オヌシら別に愛し合っている仲でも無いのじゃろう? ならば……」
『普通に断る』
「……ほう……」
『恥ずかしながらこの皿助……今日、お前の顔を見た瞬間から……「プッツン」しているんだ……美川ちゅらかわ家の男として、恥じるよ……怒りを制御できない己の未熟さを……!! だが、それでもだがッ……俺はお前を許せないと言う気持ちを抑えきれない……』


 交渉の余地など、この場には…俺とお前の間には、最初から存在していない。
 皿助はそう、ピシャリッ! と天跨へ言葉を叩き付けた。


「べーちゃん……何かいつもとちょっと雰囲気違いますね……ピリピリしてると言うか……」
「ああ……話し合いの可能性を完全に突っぱねるなんて、相棒らしくないぜい……」
「……皿助があんなに怒ってるの、久々に見たわね……」


 その皿助の様子に、晴華達は少々息を飲む。


『グダグダと能書きを垂れずにかかって来い、天狗の姫。「ツケ」を精算させてやる』
「……ふむ。そうかそうか。そんなに後悔がしたいか」


 愉快愉快、と天跨は扇で口元を隠しながら心底楽しそうに笑い始めた。


「では、オヌシ自身が望んだ絶望の味……骨の髄の核細胞までとくと味わうがよい」


 天跨が、ゆっくりとその小さな右手を振り上げた。
 するり、と落ちた袖の中から現れたのは……


『! それは……!』


 薄黒い腕輪を嵌めた、可愛いお手々。
 あの腕輪は、間違いない。


「か、禍弄魔カルマリングッ!? ありゃあ禍弄魔リングだぜい、皿助ェ! まさか姫が、あんなモンを……」
「ふふ、まぁ、禍弄魔なんぞ使わなくとも勝てるが……蹂躙劇と言うのは、力量差があればある程に栄えるモノだ。良い趣向じゃろう? ……ああ、別に妾の腹の心配は不要ぞ。二・三分で済ませれば腹を抱える事は無い……と言うのは、そこのカンクローとか言うのが集めてくれたデータでわかっておるしのう」


 天跨がゆっくりとした動作で、禍弄魔リングに羽根扇を添えた。


「機装纏鎧、禍弄魔共鳴」


 羽根扇の要に嵌められた薄紅い宝玉の淡い輝きと、禍弄魔リングの薄黒い輝きが、混ざる。その紅黒く濁った重い光は、不健康なドロっとした血液を思わせる色合い。


『時に人間……「禁機」と呼ばれる存在を、知っておるか?』


 薄汚い光の奔流の中から、天跨が皿助へと問いかける。


『知らん。なんだそれは』
『ふふ……慈悲深く教えてやろう……それはかつて、妖怪と陰陽師が互いの血で血を本気洗浄する様な争いを繰り広げていた時代の遺物……』


 今の共生関係からは想像も付かないが、かつて、妖怪と陰陽師は揉め事が絶えなかった。
 妖怪は陰陽師を殺すためだけの兵器を作り、陰陽師は妖怪を殺すためだけの術式を開発し続けた非常に暗黒時代。


 だが、やがて妖怪と陰陽師は融和的関係改善へと乗り出す。
 その際に、一部である取り決めがあった。


 妖怪は、陰陽師を殺すためだけ兵器を解体処分し、その製造法も破棄。
 陰陽師は、妖怪を殺すためだけ術式の継承を停止、記録も破棄。


 お互いに、お互いを殺すためだけの技術を捨て去る取り決めをした。
 いわゆる平和条約と言う奴だ。


 その取り決めにより、妖怪達は陰陽師絶対殺すマン的兵器を『禁機』と通称し、二度とこの世に発現させぬと誓ったのである。


『禁機は、陰陽師への「致命的専用対策武器リーサル・ウェポン」だと言う事じゃ』
『陰陽師への……? ッ!?』


 瞬間。シン・ダイカッパーに異変。
 それは雪吏乃ユリノ戦でも起きた現象ッ。
 意図せぬ示祈歪己の…真化巫至極マカフシギの解除。
 つまり、その体躯は二〇メートル級のゴリラ寄り人型機装纏鎧、ただのダイカッパーへと戻ってしまったのである。


『そして、天狗族が陰陽師との有事に備えて「密かに保持」していた「禁機」の特性は……「示祈歪己の強制発動停止」』


 陰陽師の唯一にして至高の武器、示祈歪己。それを、無理矢理に発動できなくする。
 それが、天狗族が開発した禁機の特性。まさしく陰陽師絶対殺すマン。


『さて、定番の名乗り上げといくかのう』


 薄汚い光の奔流に波紋が広がり、中から姿を現したのは、三〇メートル級の巨体。


 大まかな形状はオーソドックスな天狗型。装甲は重装型で、全体的に太ましくゴタつき気味。
 元々はのっぺりとした紅蓮一色の装甲だったろうに、禍弄魔の影響か、そこら中に黒い蛇がうねった跡の様な紋様が刻まれてしまっている。
 背面の紅黒い血液の塊の様な翼は、ウルトラテング・カルマよろしく無数。気色悪い。


『……禁機降臨……沌輝無咎王ドン・テングオー禍弄魔カルマ


 天狗族が秘匿していた禁機、沌輝無咎王ドン・テングオー。その禍弄魔共鳴状態。


「なっ……姫様、正気か!? 禁機を妖界郷の外に持ち出すなんて……!?」
『バレなければ良いのじゃ』
「た、確かに……」
『さぁ……先にも言ったが、妾はまだまだ慈悲深い。これでもかと言う程にな。愚かな人間よ。どうする? 今ならば、まだ晴華おっぱいを差し出せば許してやってもよいぞ?』
『……………………』
『ほれ、答えは決まっておるはずじゃ。ダイカッパーの素性能はオヌシが一番よく知っておろう? まさか、このドン・テングオーの力量を推し量れぬ訳でもあるまい?』


 ドン・テングオーの特性は陰陽師殺しに特化したモノ。
 だが、素性能だって決して低くは無いし、それを禍弄魔によって底上げされている。


 ダイカッパーには、万に一つの勝目も無い。
 だが、


『断ると言ったはずだ。くどい』


 皿助の言葉には『力』と『凄み』が未だ健在。全く『絶望』していない。


『慈悲は呆れる程に与えたぞ』
『元より、お前の慈悲など要らん』
『……ふふふ……誠、愚かじゃのう……先程、プッツンしたとか言っておったな。怒りで我を忘れ、冷静さも地平の彼方か。念を押しておくが、妾は慈悲を与えた。恨むなれば、己が未熟さを恨めよ人間』
『未熟さは既に恥じた。御託は良いからさっさと来い。教えてやろう……お前の罪深さを』
「く、くそっ! 姫様の言う通りだ! 皿助の奴、完全に頭に血が登ってやがるに違いねぇッ!!」


 急いで援護すべく、冠黒武が錫杖を構え様としたが……


「待ちなさい」


 その錫杖を、月匈音が掴み止め、物凄い腕力で取り上げた。


「ちょ、あぅお!? な、何すんだぜい皿助の嫁ッ!? 助太刀せにゃあ…」
「そうですよツッキー! べーちゃん絶対にあれヤバいですって! テンちゃんお姫様ですけど私と違って武闘派ですよ!? 戦える姫です!」
「……全く……これだから皿助歴の浅い連中は……」


 やれやれ、と月匈音は奪い取った錫杖を肩にかつぎながら溜息。


「確かに、今の皿助はマジにヤバいわ……そこに割り込んでみなさい。あんたらもタダじゃ済まないわよ。今のあいつは、多分、邪魔者にも容赦しない。まともな『見境』ってモンが無くなってるでしょうからね」
「え……?」


 外野が何やら騒がしくなる中、皿助と天跨の戦いが幕を開ける。


『しぇぁああッ!! 妾をただの姫と侮って血反吐を吐き散らした者の一人となるが良いぞ人間! 喰らえッ!! 天狗殺法奥義・ウィンターソルトソバッ…へげぁっ!?』


 勢い良く、ダイカッパーへと蹴りかかったドン・テングオー・カルマ。
 その顔面に、緑色の流星の如き何かが一直線に突き刺さる。


 それは……


「えッ……ぐーッ!?」


 そう。ダイカッパーの、拳。


「ちょっ……!? え? べーちゃん!? いつもの張り手は!?」
「やっぱりね……皿助はいつも、喧嘩の時は張り手やチョップを使うわ。何でかわかる? あいつの中で『張り手』や『チョップ』は、『拳撃』や『蹴り』程『破壊的な攻撃』じゃあないからよ」
『ごばっ……お、オヌシ……中々や…ぐぎゃあッ』


 ドン・テングオー・カルマが態勢を立て直す間もなく、ダイカッパーの跳び膝蹴りが、その顔面に炸裂する。


「皿助はね……『優しい』のよ……呆れる程に。だから、本気で戦っていても、決して拳や蹴りは使わない。それは手を抜いているんじゃあなくて、あいつの矜持。本気だからこそ譲れない部分」
「で、でも今……流れる様にパンチとキックを使いましたよ……?」
「……パッチー……こんなコトワザを知っている?」


 月匈音達の会話を意に介さず、ダイカッパーは止まらない。
 ドン・テングオー・カルマがよろよろと立ち上がった所に、そのドテッ腹へと渾身の回し蹴り。


『がぶぉッ……!?』
「優しい奴ほど、キレるとすごく恐い」


 今のダイカッパーは、ただのダイカッパーでは無い。
 皿助の静かなる怒り狂いにより、その性能が底上げされ、尚且つ攻撃手段の制約と、相手を傷付ける事への僅かな迷いすら消え去った状態。
 その溢れ出るパワーの全てを破壊に傾けた、無慈悲なる殺戮の河童。


 言うなれば、ダイカッパー・狂静怒クルセイドである。


『げ、あ……っちょっと、待、へぎぃッ!? ぶ、はっ、こ、こんなぎゃろッ!?』
『………………』


 無言かつ作業的に、ダイカッパーは…皿助は、暴力を振るい続ける。
 ドン・テングオー・カルマの装甲が、どんどんどんどん砕け、ボロカスになっていく。


「しかもアレ、張り手を使わない理由はキレてるからだけじゃあないわね……」
「ああ、なんとなくわかるぜい……皿助は今、姫様をとことん甚振って、『反省』させるつもりなんだ……!」


 覇皿張り手を使うと、天跨を吹っ飛ばしてしまう。
 だから吹っ飛ばさない様、かつ痛みを与えるため、素拳や素脚での攻撃に徹しているのだろう。


『ぐご、げ、あ、ごんの……舐めるななのじゃああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!』


 ダイカッパーが拳を引いた一瞬を隙を狙い、ドン・テングオー・カルマが強く羽ばたいた。
 その勢いで、紅黒い羽毛が無数に舞い散る。


『!』


 その何枚かが眼球アイカメラに触れ、ダイカッパーの動きがほんの一瞬だけ鈍った。


『どうじゃあ羽の目潰しはッ!! 勝ったッ!! 死ねいッ!!』


 コスい手を使って置きながら、天跨は偉そうに叫ぶ。過程や方法などどうても良い精神なのだろう。
 何の躊躇いもなく、ダイカッパーの顔面へと蹴りを放つ。外道。


『………………』


 皿助は無言のまま、直感でダイカッパーを操った。
 ただただ直感に任せ、拳を放つ。その拳は見事、ドン・テングオー・カルマの振るった脚、その脛に直撃する。


『げぴゃぁッ!? 弁慶の泣き所ォォオオオオオッ!! あんぎゃああああああッ!?!??』


 脛から走った亀裂が頭部装甲まで駆け抜ける程の一撃。
 天跨、当然の悶絶。砕けた脛を押さえて川原に倒れ込む。


『ぅ、うごぉぉお……お、おのれぇ……こ、この「妾」が……ッ!! 「地を這っている」だとぉぉおおおおお……ッ!? ぬ、ぁ……な、ならぬ、あってはならぬこんな……びゃんッ』


 狼狽え、吠えるドン・テングオー・カルマの頭を、ダイカッパーは無言で踏みつけた。


 地を這うだけでは温い。地に頭を埋めてしまえ。
 そんな意思の伝わる動作である。


『ぶ、ぶぶ、ぶざげぶばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!!』


 ふざけるな。そんな雄叫びに呼応し、ドン・テングオー・カルマの装甲が歪に膨れ上がった。
 歪んだ変形、肥大化……冠黒武が以前使った、禍弄魔共鳴の第二段階、禍弄魔解放だ。


『高潔ぞッ!! 妾は高潔なる天狗の姫君ぞッ!! その高潔なる頭をッ!! こぉの高潔なる頭をぉぉおおおッ!! 人間如きが踏みつけてんじゃあないぞぉぉぉおこのビチグソ以下のダボスケがぁああああああああああああッッッ!!!!!!』
『……………………』
『へぶんッ』


 禍弄魔解放も虚しく、ダイカッパーの拳を鼻柱に受け、ドン・テングオー・カルマから情けない悲鳴が響く。


『ひぃっ、へぎぃ、あ、あぁ……あばはぁ……ひ、ひぇッ』


 ……ようやく、天跨は理解したらしい。
 自分が一体、何の逆鱗に触れてしまったのかを。


 目の前にいるのは、ただの人間ではない。人間は人間でも、化物染みた人間だ。
 たった独りだのに、まるで大規模な艦隊を相手にしているかの様な、圧倒的な絶望感を与えてくる化物人間。


 美川皿助。単影の大艦隊フリーク・ワン・フリート


 人間の弱さは、いつだって甘さや優しさだ。皿助もまた例外ではない。
 だからこそ、その弱さを捨てた皿助に……相手を破壊し尽くす事さえも止む無しと決意した皿助に、敵う者などそうはいない。


 天跨の圧倒的敗因は、皿助を本気で怒らせてしまった事。


『ッ……ぎ、ぐ、ぐぞがぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!』


 最早、打つ手無し。逃げるしかない。
 天跨がそう判断し、翼を広げさせようとした瞬間。


 もう既に、ダイカッパーはドン・テングオー・カルマの背後に回り込んでいた。


『なッ……』


 皿助の直感が、天跨の「すごく逃げたい」と言う気持ちを悟ったのである。
 だから、天跨よりも一瞬先に動けた。


『………………』


 ダイカッパーがその手に握れるだけドン・テングオー・カルマの翼を握り締める。


『え、ちょ、ちょっと待つのじゃ、ま、待てそれはそれだけは待ッ』


 ぶちぶちぶちびちびちぶちめちぶちゃぶちぎぱぶちぶちぶちぃッッ!!!
 聞いているだけでも痛々しい。そんな怪音が連続する。


『じ、ひ、びゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!?!??!?!??』


 天跨の絶叫。
 そりゃあそうだ。天狗に取って、翼は手足同然の感覚。
 手足を一気に、何本も毟り取られる……そんな痛みのフィードバック、いくら武闘派姫と言えど耐えられるはずがない。


 皿助はその悲痛な叫びすら、まるで聞き流しているかの様に無反応。
 使用済みの鼻紙をゴミ箱に放り捨てる様に、毟り取った小汚い翼を軽く投げ捨てた。


『あ、ぁひぃ……ひど、ひひ、ひどしゅ、ひどしゅぎるぅぅぅ……ぅうあぁああああ……!! こんの外道がぁぁあああああああああああああああああああッッッ!!!』


 ヤケクソ一撃。ドン・テングオー・カルマが振り返り様にラリアットを放とうとするも、


『………………』
『へぎゃッ』


 ダイカッパーはあっさりとその面にカウンターを叩き込んで黙らせる。


 そして、決めに行く。


 声も無く、ただただ無言で、ダイカッパーはその両拳を振るった。ラッシュだ。
 無数の拳の群れが、ドン・テングオー・カルマの急所と言う急所を的確にド突き回す。


『げぴゃッ!? ほごッ!? へぃあッ!? あばッあびばッあがががががががががががががががががが、ぐぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!?!?!?!??』


 受身すら取る素振りもなく、ドン・テングオー・カルマの巨体が背中からブッ倒れた。
 最早、ドン・テングオー・カルマは激痛の残照に全身を震わせるだけで、指一本動かそうとしない。


 いや、動かせないのだろう。
 おそらく、度重なる一方的な嬲りで、天跨の精神力は尽きかけている。
 もう、機装纏鎧を操る気力など残ってはいまい。


 それを証明する様に、ドン・テングオー・カルマの全身が淡い紅黒発光に包まれ始め、そして霧散。
 跡地には、涙や鼻水で顔中を汚した天跨が、仰向けに倒れていた。


「ぎ、ひっ、わ、妾が、ご、この、この様な……醜態……ッ!!」
「……もう動けん様だな」


 緑光の粒子と化すダイカッパーの中から現れ、皿助はようやく口を開いた。


「流石にここまでしてしまうと、ちょっとばかし心が傷…いや、やっぱり傷まないな。お前に対しては、やり過ぎた、とは欠片も思わん。可哀想なんて気持ちは、これっぽちも湧かない」
「ぐ……ぎ……」
「それに、だ。誰かの『堅い意思』を『へし折る』には、相応の仕打ちが必要だからな。この暴力は妥当であると判断する」
「ぎぎ……へし、折る……だと……? 妾の意思を、か……? 笑わせるでないぞ……妾を誰と思っておるのじゃオヌシは……」


 涙と鼻水を垂れ流したまま、ロクに動きもしない身をよじらせながら、天跨は不敵に笑う。


「確かに屈辱……!! 圧倒的屈辱ぞ……!! だが、まだ妾の心は折れてなどおらぬのじゃああああッ!! 今日は負けを認めようぞ? だから何じゃ? それが諦める道理になるか? 否ァッ!! 妾は諦めぬ!! 永劫ッ!! あの尊きおっぱいを狙い続けるッ!! 必ず我が物とするゥ!! 絶対にだッ!! その暁には、垂れ下がり腐り落ちるまで揉み尽くしてやろうぞ!! しゃぶり尽くしてやろうぞッ!! 弄び尽くしてやろうぞぉぉぉぉおおおおッッ!!! そして人間ンッ!! オヌシは必ずや滅ぼしてやるッ!! 妾のこの手でッ!! 直接なッ!! そうじゃなぁ……ゆっくり、じっくり考えておくぞッ!! どうやって嬲り倒すかをッ!! ふふ、ふは、ふははははははは!!」
「その様でその意気。腐っても一姫と言う訳か。その精神力。評価しよう」
「負け惜しみかのう!? 耳に心地良…」
「だが、そんなに叫んで大丈夫か? お前、禍弄魔を随分と使っていたじゃあないか」
「くはっ! 舐めるなッ!! 姫的肛門括約筋を以てすれば、この程度の便意など……」
「そうか。それは何よりだ」
「……何じゃと?」


 ゆっくりと、皿助は天跨へと歩み寄り、そしてその傍らで膝を着いた。


「この俺の手で、直接引導を渡す事ができる」


 皿助が優しく手を添えた先は……天跨の、下腹部。


 皿助の手が自身の腹に触れた感触、そしてその言葉。
 全てを悟り、天跨の下衆めいた笑みが一瞬で消失。血の気も失せた。


「待、待て、オヌシ、何を……」
「その表情を見るに、説明する必要は無いだろう? お前の察し通りだ。自分の勘に自信を持て、天狗の姫。……ああ、だがまぁ安心しろ。流石に俺も鬼ではない。殴り付けたりはしないさ。ただ、『押し込む』だけだ。優しく、深く深く深く深くな」
「お、オヌシ正気か……? わ、妾は姫ぞ……? こ、この様な仕打ちが許されるとでも……」
「言ったはずだ。お前の慈悲など要らない。お前の許しなど、欲しいとも思わない」
「ふ、ふざ、ふざけるなッ!! やめろ!! それだけはッ!! それだけはならぬッ!! 絶対にならぬぅぅぅぅぅ!! 『押し』ては、妾の腹を、今、『押し』てはならぬのじゃあああああああッッッ!!!」
「いいや、『押す』ね」
「な、何故ッ」
「先程お前『諦めない』と言っていただろう。ああ、上等だ。好きにしろ。だが記憶しておけ。俺や晴華ちゃんに手を出せば、どうなるかを。それをわからせるために、『押す』」
「ッ」
「いいか? 俺はお前に『約束』してやる。何度でも、来る度に、どんな手を使ってでも、それこそ直接お前の尻を抉ってでも、今からする事と同じだけの苦痛と屈辱を味あわせると『約束』してやる。それでも来ると言うのならば、何度でも来るが良い」
「ひぇ、ま、待て、待つのじゃ、話し合い、そう! 話し合いを……!!」
「言葉は尽くした」
「いやいやいや妾の記憶が確かなら全然尽くしておらんぞ!? だってオヌシさっきまで終始無言だったじゃん!!」
「意味がわかっていないのか? 最初から、お前と語り合う言葉など無いと言っているんだ。今までも、そしてこれからも」


 切り捨てる様な言葉を吐き、皿助はゆっくりと深呼吸。
 そして、最後の一言をくれてやる。


「では、トドメだ。くたばれ、『クソッタレ』」
「ひっ、あぁ……ふ、ふざけんじゃああああねぇええええええクソ虫のクソカスがあああああやぁめろやぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ……あッ」













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