ダイカッパーは流れない

須方三城

09,雪妖精は戦わない。《前編》

 妖界郷次元。
 人間の暮らす世界とは何の比喩も無く次元が違う異世界。


 この世界に住まう主な生物は『妖怪』。妖怪は大体の種族が、種族ごとに集落や大規模なテリトリーを築いて生きる。
 が、中にはその中からはみ出す者もいる。


 そんな無法者達が寄せ集まって、どこかの集落を襲撃し、戦争が起こる事も多い。
 そう言った無法者達の寄せ集め集団を『妖怪ヤクザ』と呼ぶ。


 ここ最近、妖界郷で一際大きな妖怪ヤクザと言えば『縦横無尽鬼ヶ島サイクロン・オーガーズ』。
 通称『無名童子むみょうどうじ』と言う流浪の『大鬼』を首領とする妖怪ヤクザである。


 構成員の大半が『鬼』や『遠呂智オロチ』、『ぬえ』などと言った「彼らを語る上でその戦闘能力の高さに触れないとか本気有り得ない」クラスの武闘派種族出身者。
 その戦力は最早、一種族の集落など簡単に攻め滅ぼせる程のモノだと推測されていた。


 まぁ、とは言っても、だ。
 派手にどこかの種族集落を攻め滅ぼせば、その種族と縁深い連中や妖怪保安局が黙っちゃいないだろう。おそらく、それらが中心となった大規模な種族間連合軍が、因果応報と言う言葉を教えに来る。
 流石の縦横無尽鬼ヶ島サイクロン・オーガーズも、現状、それは避けたい。


 故に連中は大仰な戦力を抱えつつも、その所業は余り大騒ぎにならない様な小さな横暴に終始していた。
 ……だが、小さな横暴も、相手を間違えれば命取り。


「……ば、馬鹿、な……この、俺様が……!! 無名童子むみょうどうじ様がァァァ……ッ!?」


 上空で三日月が細く笑う夜。一面を埋め尽くす白雪のカーペットに半身を埋めたまま、赤銅色の肌をした大男が息も絶え絶えに叫ぶ。
 この無様を晒す大男こそが無名童子。自慢の剛角や牙がべっきりと根元からへし折られ、全身至る所に凍傷の後を抱えている。


「……貴方達は、天狗の縄張りで好き放題し過ぎた」


 優雅な風鈴の音の様な、多大な清涼効果を含む静かな声。
 薄青色の水晶体をそのままはめ込んだだけ。そう言われてもあっさり納得してしまえそうな、感情が全く乗っていない瞳が、無名童子を見下ろしている。


 その声と瞳の持ち主は、ただただ白かった。
 煌く長髪は白銀。先端に向かう程に色合いは薄まり、毛先はほぼほぼ半透明。糸状の氷の様だ。
 肌の色は、「白っぽい」とかではなく完全に白。血管が通っているとは思えない程の完璧な真っ白。白地に水色の彩色で雪を表現した着物を纏っているのだが、遠目に見るとその着物地の色と肌の色の境界線がわからない程だ。


 美声と冷たい瞳を持った、ただひたすら白い妙齢女性。
 その足元で、無名童子は無様に喘ぐ。


「ぐ、ぐぞ……こん、な……こんなァァ……俺様達は……最強の……妖怪ヤクザだぞ……!?」
「そう。それはすごい。だから何?」


 最早清涼を通り越して相手を凍えさせかねない声で、白い女性は無名童子の言葉を処理した。


 少し辺りを見回せば、不自然に雪が盛り上がって積もっている箇所が無数。
 その不自然な盛り上がり、目算でも三〇〇はくだらないそれら全てが、縦横無尽鬼ヶ島サイクロン・オーガーズの構成員達。
 冷たい暴力に軽々とあしらわれてしまった者達の成れの果て。


「ぎ、ぎ、あ……ぉ、おの、れ……無念ッ」


 冷酷な雪に体力を根こそぎ奪い尽くされ、無名童子はついに伏した。
 きっとすぐに、無数の盛り上がりの一つになって、全てが終わるだろう。


「…………………………」


 その様を、白い女性は無感情な瞳でただ眺め続ける。


「はみ出し者の鬼、か……」


 そうつぶやいた女性の声は、どこか寂し気だった。


 しばらくの沈黙。


「……へくちっ」


 沈黙を破ったのは、白い女性のくしゃみ。


「……ぅびゅ……しゃぶい…………」


 どうやら、寒いのは苦手らしい。雪の化身みたいな見た目のくせに。


 早く帰ろう、と思ったのだろう。
 鼻水を啜りながら、白い女性が踵を返したその時、


「相変わらず、すごい有様だ……昨日まで、ここは年中温暖な気候に恵まれる爽やか草原だったはずだがな」
「!」


 一面の雪景色の中に響いたハスキーボイス。声の後に降り立ったのは、山吹色の羽毛で構成された巨翼を背負う大男。
 羽毛と同じく輝かしい髭が非常にダンディズム的。バーのカウンターでクールにショットグラスを呷っている姿がよく似合いそうだ。


「まさしく一機当千……やはり、『征服力』に置いて君の右に出る者はいないな」
「……貴方は、確か……天狗の偉い人」
「トルノーズ副司令、兼、姫様の護衛、兼、世話役、鞍馬戸クラマドだ。久しぶりだな、MBF総隊長、雪吏乃ゆりの殿」


 MBF総隊長。その肩書きが持つ意味は、ただ「偉い」と言う訳では無い。


 MBFは天狗山の誇る多種族混成の傭兵部隊。
 その構成員は各種族の「はみ出し者」。様々な理由から、群れを逐われた癖の強い連中である。
 癖の強さ故に統率性は皆無。部隊と言いつつもMBFに隊律らしい隊律は存在しないのが現状。単純戦力的には優れているが、扱い辛さは半端ではない。
 上司の命令だから。と素直に言う事を聞く奴は、MBFでは少数派。


 そんな部隊の管轄を任されている者……それはつまり「その気になればMBFの連中を力づくで統率し、無理矢理にでも言う事を聞かせる事ができる者」と言う事だ。


 それが、この雪吏乃と言う女性である。


「任務は……丁度、片が着いた様だな」
「うん。見たらわかるでしょう。何か用? 私もう帰りたいのだけど」
「姫様からの命令でな。君に次の任務を伝えに来た。すぐに出向いて欲しい」
「ふぅん。姫のパシりで来たんだ」
「そうだが、言い方ってモンがあるだろう」


 やれやれ、と鞍馬戸は溜息。


「次の任務は、人間界へ逃げた河童の姫君の回収だ。我らの姫が彼女の身柄を所望している」
「……それ、私に向いてないと思うのだけど」
「河童の姫君に付いている護衛が厄介でな。まずはその護衛を『無力化』しない事には二進も三進もと言う奴だ……君の十八番だろう? 『無力化』は」
「成程。じゃあ、わかった。すぐに行く」
「話が早いのも相変わらずで嬉しい。『不戦の白逝鬼姫シラユキヒメ』…その異名に恥じない活躍を期待する」




  ◆




「……今年の初雪は、随分と早いな」


 まだ一〇月末だと言うのに、空は鉛色に染め上げられ、白い雪が降っている。
 ちょっぴりの降雪ならまだわからなくもないが、ネットニュースに寄ると奥武守おうもり町は既に一メートル異常の積雪だそうだ。


 まぁ、異常気象なんて今時珍しい事もあるまい。地球温暖化の代償、当事者として笑って見ていられるモノではないが、無様に騒ぎ立てても仕方無い。


 そんな冷静な思考で、皿助べいすけは窓の外でしんしんと降りそそぐ白雪を眺めていた。
 今日は土曜日。暇な休日。勉強机兼用の卓袱台に向かって学校の宿題を処理していたのだが、今しがたそれも片付いた。


 先に言った通り、今日は暇な休日。予定は無し。


 次は何をするか。
 それを思いつくまで、卓袱台に頬杖を付いて物考えに耽るのもまた一興。


「すっかり冬ですねー」


 皿助の隣りで小さな醤油皿を磨きながら、晴華ぱかがつぶやく。
 晴華が今磨いているのは、彼女がいつも頭に乗っけてる皿だ。それ外れるのかよ感が否めない。
 河童……最早、怪力で頭に皿を乗っけてりゃあ河童と呼んで良いのではないだろうか。


「しかし……すこぶる暇だな……晴華ちゃん、どこか遊びにでも行くか?」
「……え? 正気ですか? 外、絶対寒いですよ……?」


 本気で正気を疑われている目だ。どうやら、晴華は寒いのが苦手らしい。


 常に適温に保たれているこの素敵な美川ちゅらかわ邸から一歩も外へ出てたまるものか。
 そんな意思を示す様に、晴華は醤油皿を磨く手を止めて卓袱台の足を掴んだ。


「……………………」


 河童も寒いのは苦手なのだな。
 そんな事を考えながら、皿助が窓の外へ視線を戻すと、


「うぉうッ」


 ビックリした。


 何か、窓の外に白い人がいる。
 若い女性、お姉さんだ。髪も肌も身に纏っている衣類まで何もかも白い。下手したら雪景色に紛れて見失いかねない。


 白いお姉さんは、人形の様な作り物めいた瞳でじーっと窓の外から皿助達を眺めていた。


「……………………」
「……………………」


 皿助と視線が交差した事に気付いたのだろう。
 白いお姉さんはゆっくりと瞳を動かし、窓の鍵を見つめ始めた。


 言葉にされずともわかる。
 あのお姉さんは今「開けてくれないかなー……」と訴えている。


「……わっ!? べ、べーちゃん……! 窓の外に何か綺麗なお姉さんが! しかも、すごく中に入れて欲しそうに窓の鍵を見てる!?」
「ああ、やはりそう見えるか……」




   ◆




「中に入れてくれてありがとう。私は純白院すみはいん雪吏乃ゆりの


 透き通る様な声と共に、ペコリと頭を下げた白いお姉さん、雪吏乃。


「俺は美川皿助だ」
「河童の晴華です! よろしくお願いします」
「皿助、晴華。重ねて言う。本当にありがとう。中に入れてくれて助かった。人間界も意外と寒くて驚いた。寒くて死ぬかと思った。雪嫌い。寒い。馬鹿じゃないの」


 驚いた、と言う割に、その声も表情も一切の乱れ無し。
 雪吏乃は頭を上げると、見た目や声の清楚な印象に違わぬゆったりとした優美な所作で、礼の際に前へ垂れた横髪を耳にかけ直した。


「人間界は……と言うと、貴女は……」
「うん。妖怪。『一応』、雪の妖精……『雪妖精ジャックフロスト』」
「へぇー、雪の妖精さんだのに寒いのが苦手なんですか?」
「河童だって『河の』と書くのに泳げずに流される子がいるでしょう? 私の寒がりはそれと同じく個体差的なモノ」
「ところで、雪吏乃さんとやらは、何故我が家に?」
「私はMBFの総隊長。そう言えばわかる?」
「!」


 MBF。以前襲来したガシャドクロ姉さん、芽志亞ガシアが所属する天狗山の傭兵部隊だ。
 そんな部隊の総隊長がわざわざ皿助を訪ねてくる理由など、一つしかあるまい。


「貴女…いや、お前も、晴華ちゃんを……」
「うん。誘拐しに来た。でもいちいち機装纏鎧きそうてんがいを起動するの面倒臭い。寒いし。何も言わずついて来てくれたりしない?」
「そ、そんな期待する様な目で見られても……私にだって、譲れない事はあります!」
「何で嫌なの? よくわからないけど、天狗族のお姫様はお金も権力も安泰。一緒にいて損はしないと思うけど」
「その、私は純愛派と言うか……とにかく恋愛事に興じるなら少女漫画的な恋愛が良いんです! だのに、体目当てのテンちゃんの所へ、お金とか権力目当てで嫁ぐって全然純愛要素無いじゃあないですか! 私は愛に生きたいんですよう!」
「……愛に生きる……」


 突然、雪吏乃が晴華の言葉にピクリと眉を上げた。
 何かが引っかかった様子。


「ふぇ? どうしたんですか?」
「お母さんが同じ様な事を何度も言っていたなぁ、と思っただけ」
「雪吏乃さんのお母さんは、愛に生きたんですか?」
「うん。お母さんは雪妖精ジャックフロストの貴族だったんだけど、流民の『鬼』と恋して駆け落ちして……」
「おお、何やら美しい愛の物語的展開の予感ですよこれは!」
「私を身篭ってから少しして、その鬼に『愛が重い』と逃げられたらしい」


 一瞬にして、室温が二・三度下がった気がした。
 空気が凍てつくと言うのはこう言う感覚か。


「それからは、私がMBFの前総隊長にスカウトされるまでの数十年、一緒に放浪生活してた。結構ハードな毎日だった。その頃の無理がたたったみたいで、お母さんはあんまり長生きできなかった。ぽっくり死んだ」
「………………………………」
「晴華ちゃん、そんな切なそうな顔で俺にすがらないでくれ。正味俺も想定外のオチでショックを受けてるんだ」


 雪吏乃が「何も思う事は無い」と言った感じの素のテンションで語り出したモンだから、流石の皿助もそんなバッドエンドな話だとは予想できなかった。


「母さんは『それでも私は幸せだった』と笑って死んだ。すごく良い笑顔だった。放浪時代の私がどんな気持ちだったのかなんて一度も考えた事無いんだと思うあの自己中女」


 すごく笑える話でしょ? と雪吏乃は少しだけ口角を上げて鼻で笑って見せるが、皿助達は全く笑えない。
 雪吏乃本人も「笑える話」と言うか「笑うしかない話」と言う雰囲気がにじみ出ている。


「だから、ごめんね。正味、『愛に生きたい』とか言われても、見逃してあげたいとか欠片も思えない。薄情な女で本当にごめん」
「ぃ、いえ、こちらこそ、トラウマを抉る様な発言をしてしまい、誠に申し訳ないです……」
「何と言うか……苦労して来たんだな……」
「まぁ、ね。……でも、勘違いされたくない事が一つ。お母さんの事、私は決して恨んじゃあいない。不満は多いけど。……だって、お母さんはその気になれば……他種族との間にこさえた『忌み子』である私を捨てて、自分だけ雪妖精ジャックフロストの国に戻る事はできたはずだから」


 雪妖精ジャックフロストはいわゆる純血派思想が強い。
 故に、他種族とのハーフは『忌み子』と呼ばれ、国に入る事さえ許されない。鬼の血が混ざっている雪吏乃は、国に入れない。
 だが、雪吏乃の母は純血の雪妖精ジャックフロスト。雪吏乃さえ捨てれば、家に戻るのは無理でも、国には戻れたはずだ。自分だけでも放浪せずに済んだはずなのだ。


 それでも、雪吏乃の母はそれだけは絶対にしなかった。寿命が縮んで早逝する程の過酷な放浪生活に晒されても、雪吏乃の手を離す事だけは、なかった。
 その点に関してだけは、雪吏乃は前向きな感情で捉えているらしい。


「さ。私の話はこれくらいで切り上げて……とりあえず、素直について来てくれる気は無いって事で良い?」
「あ、はい……あの、ごめんなさい。でも愛に固執し過ぎるのは危険だと言う事は、しっかりと胸に刻んでおきます」


 愛に生きるかどうかは置いといても、天狗姫の元へ嫁ぐのは嫌。それが晴華の答えと言う事だ。


「残念。穏便に済ませたかった。でも仕方無い。と言う訳で皿助。この辺で機装纏鎧を使っても問題無さそうな、広くて人気の少ない場所って無い?」
「む、あ、ああ。ここから五~一〇分程の所に、馬鹿みたいに広く不自然に人気が少ない河川敷がある。そこなら大丈夫だと思うが」


 実際、皿助はその河川敷で三度、機装纏鎧を使った戦闘に臨んでいる。


「じゃあ、そこに移動しよう。この辺は人や民家が多い。私の機装纏鎧は周囲に与える影響が大きいから、やり過ぎると、またあの猫又ねこまたに嫌味を言われる」
「……ああ、わかった」


 周囲に与える影響が大きい。即ち、それだけ強力な機装纏鎧と言う事か。


 このタイミングで送り込まれた、MBF総隊長…少なくとも、芽志亞よりは強いはずだ。
 侮るのは危険。覚悟は必要だろう。




   ◆




「ゃ、やぅぱり寒いれふ……」


 布玉と化すくらい厚着をしているのに、呂律が怪しくなるくらい寒がる晴華が土手上から見守る中。
 足首の辺りまで雪が積もった川原にて、皿助と雪吏乃が対峙する。


「さて、雪吏乃さん……いや、雪吏乃。俺は、害意ある敵に容赦はしない。晴華ちゃんを連れて行くつもりである以上、俺はお前の敵だ」
「そう。別に構わなへくちっ……ぅぶふ……別に構わない。さっさと済ませる」
「ああ、そうしよう」


 白い息を吐きながら、皿助は雪吏乃の言葉に頷く。
 雪はまだまだ降り続きそうだし、晴華も雪吏乃もこの状況での長期戦はキツそうだ。


「じゃあ、へくちっ…ま、まずは、私から……」


 雪吏乃が袖口から取り出したのは、向こう側が透き通って見える半透明のくし。まるで氷で作られている様だ。曇天の向こうから差す僅かな陽光に反応して煌めいている。綺麗。


機装纏鎧きそうてんがい……へくちっ。き、『鬼羅愛雪歩舞姫キラメキフブキ』……」


 寒さで若干震える雪吏乃の声に呼応し、氷の櫛が雪を孕んだ白い旋風を巻き起こす。


 その機装纏鎧は、とある雪妖精ジャックフロストの貴族が管理していた家宝の一つ。
 まるで水晶体クリスタルの様なパーツで全身が構築され、女性の体付きを彷彿とさせる、曲線が目立つデザインライン。煌く半透明の装甲はさながら氷で構築された振袖。
 そう、その姿は、さながら氷で形作られた巨大な和装美女。外見の美しさはもちろん。一挙手一投足も兵器とは思えぬ優美さを帯び、ただ歩いているだけの所作でも、華麗な舞踏を見せつけられた様な感動を覚えると言われている。
 しかし、その美しさに反して固有特性による『制圧力』は非常に優秀。


 美しさと物々しさを同時に内包する水晶の機装纏鎧。
 それが鬼羅愛雪歩舞姫キラメキフブキだ。


「ほぁぁあああ……綺麗ですぅ……」


 白い竜巻を裂いて現れた三〇メートル級の水晶的巨大美女に、先程まで寒さに凹たれていた晴華のテンションが若干回復。
 美的感覚に疎い皿助でも、思わず一瞬見蕩れてしまう程だった。


 ……しかし、その直後。


 キラメキフブキがその水晶の袖から大量の雪を放出し始め、その雪が機体全体を飲み込んだ。
 やがて、美しい水晶は完全に白雪の内に沈み……


『……白薄氷の厚化粧アーマード・ウスライ……』


 四〇メートル級の、ボテっとした雪ダルマと化してしまった。
 優美な姿から一点。庭の隅とかにあると和む姿に。


「……………………」
「……………………」


 台無しだ。と皿助と晴華は声も無く完全に同じ事を考える。


「……よくわからん機装纏鎧だ……」


 まぁ、良い。
 次は皿助の番だ。


 晴華や雪吏乃の体調面を考えるならば、速攻からの即決着が望ましい。
 前回の冠黒武戦同様、最初からシン・ダイカッパーで行く。
 媒介となる平皿を合掌で挟み込む形で持ち、叫ぶ。


示祈歪己シキガミ発動ッ!! 機装纏鎧、真化巫至極マカフシギッ!!」


 荒れ狂う緑の輝きとキュウリの竜巻。
 その緑色の膜を突き破って、緑色の謎オーラを纏った一メートル級の三等身SDロボット、シン・ダイカッパーが白銀の世界へと飛び出した。


『シンッ……ダイカッッッパァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』


 飛び出した勢いのまま、皿助は背覇皿バサラを射出。
 背覇皿を蹴り付けて、真っ直ぐ雪吏乃…巨大雪ダルマと化したその懐へと、緑色の流星の如く突っ込む。


『先手必勝ッ!! こちらからやらせてもらうッ!!』
『うん。どうぞ。好きにしていい』


 雪吏乃は静かに、告げた。


『貴方は、キラメキフブキとまともな勝負すらできないもの』
『どう言う意味かわからんが、行くッ!!』


 シン・ダイカッパーの両肩覇皿を射出し、両掌へ接続。必殺技を放つ準備は万端。


『喰らえッ!!』


 雪ダルマが接触距離クロスレンジに入り、シン・ダイカッパーが張り手を振りかぶる。
 しかし、何故だろうか。雪吏乃は、雪ダルマは一切動かない。回避も防御も迎撃の雰囲気も無し。ただただ、シン・ダイカッパーの挙動を見守っていた。不思議。


 まぁ、雪吏乃は先程、雪ダルマ状態になった時に「アーマード」と言っていた。
 言葉通りに受け取るのなら、この雪ダルマ状態は防御を目的とした形態なのだろう。
 その防御形態の守備力に余程の自信がある。その現れか。


 ここは、シン・ダイカッパーのパワーを思い知らせてやるべき時。


『おぉぉおッ!! ドスコイドスコイドスコイドスドスドスドドドドドドド…ッぬぅ!?』


 張り手ラッシュを叩き込む事、十数発目にして、皿助は『異変』に気付いた。
 ラッシュの手を止め、着地後すぐに後方へ跳ねて雪吏乃から距離を取る。


『……!? …………、……?』
「ほぇ? どうしたんですか? べーちゃん」


 どう見ても直撃だったのだから、あのまま押し切れば良かったのに、何故? と晴華が思うのも無理はない。
 しかし、皿助の鋭い直感はそれを良しとしなかった。


『……い、一体…何だ、今の「感触」は……!?』
『気付いた?』


 皿助がその『異変』の正体を計りかねて困惑する中……『無傷』の雪ダルマの中から、雪吏乃が皿助に語りかける。
 無感情な……いや、どこかに哀れみを含む様な、静かな声で。


『でも、もう手遅れ』


 次の瞬間。
 緑色のオーラが爆散し、シン・ダイカッパーの装甲が一瞬にして膨れ上がった。その膨張率、実に二〇倍。等身も八等身へ。


 つまり……


『なッ……!? 示祈歪己が解けた…いや、「解けてしまった」ッ……!?』


 そう。真化巫至極でその機体を圧縮凝縮される事で強化されていたはずのシン・ダイカッパーが、ただのダイカッパーに戻ってしまったのだ。
 まだ示祈歪己発動から五秒も経過していない。まだ二〇秒以上の猶予があったはずだのに。


『……キラメキフブキは元々、「祭事用」の機装纏鎧』


 困惑する皿助達に優しく説く様な雪吏乃の言葉。
 もう、万に一つも皿助達には勝目が無い。そう悟った余裕の行為。


『だから見た目は美しく、機体自体の戦闘運用は無視した性能に仕上げられている。でもその代わり、「戦闘をしないため」の「固有特性」を与えられた』
『……ッ!! ……成程……その「雪」か……!!』
『うん。「白き深淵の底でホワイト・アウト・エンド」。特殊な「雪」を精製する、キラメキフブキの唯一にして最強の武器』


 皿助は先程感じた違和感から、その特性の正体について、ほぼ正答に近い仮説を導き出す。
 そして、戦慄した。


 その仮説が当たっていたとして……一体どう攻略しろと言うのかッ、と。


『キラメキフブキが降らせる雪は……「あらゆるエネルギーを奪い去る」』


 ただの雪が万物から熱エネルギーを奪い去る様に。
 キラメキフブキの雪は、熱エネルギーを含むあらゆるエネルギーを削り取る。


 だから、皿助は覚え、感じた。違和感と異変を。
 あの雪ダルマ……そう、キラメキフブキの雪の塊に張り手をいくら打ち込んでも、全くと言って良い程に手応え……反動が無いと言う違和感。
 そして、張り手で触れる度に、自分の中から『何か』が著しく減少していく異変。


 あの雪ダルマ装甲……白薄氷の厚化粧アーマード・ウスライは、シン・ダイカッパーの張り手が含んでいた『破壊エネルギー』も、シン・ダイカッパーが帯びていた『示祈歪己的エネルギー』も、奪い去ってしまったのだ。


 だから、あの雪ダルマ装甲にダメージは無い。
 加えて、真化巫至極は示祈歪己的エネルギーソースが尽きて、あっと言う間に解除されてしまった。


『そして、気付いてる? 降っている雪の「質」が変わっている事に』
『な、なに……!? ッッッ……!!』


 降りそそぐ雪が装甲に触れる度、ほんの僅かに、本当に少しずつ、皿助の中…ダイカッパーの中から『何か』……そう、『あらゆるエネルギー』が減少していくッ。


『キラメキフブキを起動すると……周囲半径三〇〇メートル圏内に、キラメキフブキの雪が降る。あ、でも安心して。晴華はあれだけ厚着してれば、しばらく…しばらくの間は雪の影響を受けないはず。服の寿命は縮むだろうけど』


 キラメキフブキ本体はダメージ吸収無効化する無敵染みた雪の装甲に身を包み、そして広範囲に「あらゆるエネルギーを奪い去る」雪を降らせる。


 確かに、キラメキフブキ自体の戦闘力は高くないかも知れない。
 だが、それを補って余りある防御力と制圧力。類を見ない無力化特化の性能。


 そもそも、戦う事を目的としていない機装纏鎧。
 それが、鬼羅愛雪歩舞姫キラメキフブキ


 さながら、あの雪ダルマは楽屋だ。出番待ちのための安息所。
 非情な雪が降り切り、力尽きた敵の屍をも覆い尽くした白銀のステージが仕上がるのを待って、舞姫は優雅に踊り出すのだろう。


『…………ッ、こんな、馬鹿な話がッ……!!』


 そんな相手に、一体、どうやって勝てと……いや、まず、どうやって戦えと言うのだ。


『私は純白院雪吏乃……「不戦の白逝鬼姫シラユキヒメ」。私は、戦わない』









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