ダイカッパーは流れない

須方三城

08,烏天狗は脱糞を厭わない。

「そう言えばさ、あんたの話を聞いてて疑問に思った事があるの。まぁ、すっごぉーくどうでも良い話ではあるんだけど……何で晴華パッチーは川から飛び出して来たの?」


 眼鏡っ子の胸かわ幼馴染、月匈音つくねにそんな事を問われ、皿助べいすけは思った。
 そう言えば、何でだろう。と。


 当初、皿助は「河童だから」で納得していた。何故ならそれは「河童の生活の中心は川である」と言う先入観に近い知識が根っこにあったからである。
 しかし、晴華の行動や様子を見るに……別に河童は陸上でも何ら問題無く生活していると言うか……ぶっちゃけ、晴華が水を求めている所など見た事が無い。「お風呂は特別大好き」だとは言っていたが……それは河童だからと言うより、年頃の女の子だからだと考えるべきだろう。
 そうなると、だ。正味「河童だから」と言う理由だけで「川から飛び出して来たのは自然な事」と言い切るのは、少々納得が行かない感じになってしまう。


 と言う訳で、放課後。皿助と月匈音は夕暮れ染まるいつもの河川敷へと足を運んでみた。


「二日前、俺と晴華ぱかちゃんが出会ったのはここだ。昨日の朝、ガシャドクロのお姉さんと戦ったのもここだな」


 昨日の芽志亞ガシアとの戦闘の痕跡、一〇本指の手型クレーターなんかは、綺麗さっぱりなくなっていた。
 先日、丹小又にこまた大鱈おおだらが言っていた、妖怪保安局によるアフターケアと言う奴だろう。


「ふぅん。良い雰囲気の河川敷ね……私も嫌いじゃあないわ」
「だろう。お前なら絶対にそう言ってくれると思ったぞ」
「ところで……この話を切り出した身として言うのはアレなんだけど、良いの? 寄り道してて。パッチーの護衛」


 いくら皿助が直感に優れているとは言え、だ。
 この河川敷からだと美川邸まで、皿助の健脚でも五分はかかる。
 晴華に事が起きても、対応に多少に時間がかかってしまう。


「問題ない。晴華ちゃんは今朝、皿奈絵さなえ姉さんに預けて来たからな」


 皿助としては、問題が解決するまで、晴華の傍から離れるつもりはなかった。
 学校にも連れて行くつもりだったのだが……


 今朝、晴華を連れて出ようとした皿助に、美川家次女にして八兄弟姉妹序列三番目の姉・皿奈絵がある提案をして来たのだ。


 学校でも刺客を警戒していたら、勉学に身が入らないでしょう?
 ここは優しい優しいあんたのお姉様が、代わりに晴華ちゃんを守っててア・ゲ・ル。……と。


 当然、それはただの弟想いなお姉様の善意的行動……などではない。
 美川家の八兄弟姉妹はそんな美しい相互関係など持ち合わせちゃいないのだ。
 もちろん、その提案は魂胆あっての事。


 美川皿奈絵は、何を隠そう『スタイリスト』を生業とするプロスタイリストである。
 華やかな人種をより美しく、そしてとても個性的に装飾する事に性的快楽すら見出す人種だ。
 我が家にむちむちナイスバディの美少女がやって来たと聞いて、居ても立ってもいられなかったらしい。


 当然だ。目の前に最高の食材を用意されて置きながら、包丁を握るのを我慢できる料理人などいない。


 晴華の身を責任持って預かるから、髪とか服とか色々と弄らせろ。
 それが皿奈絵の提案だった。


 晴華は晴華で「か、可愛いお洋服やアクセサリを着け放題って事ですか……!? お、お化粧まで……!?」とノリノリ。
 やはり河童と言えど年頃の女の子。お洒落は大好きなのだろう。


 と言う訳で、皿助・皿奈絵・晴華の三者の利害は完全に一致。
 そう言う事なら、と皿助は皿奈絵の提案を飲み、現在に至る。


「ああ……皿奈絵さんなら絶対に大丈夫ね……」
「うむ。あの人は例えゾンビが跋扈する世界に一人取り残されても、毎日を美容と健康とお洒落のために費やして天寿を全うできる人だ」


 実際、皿奈絵は担当タレントの海外ロケに同行していた最中、事故で海に投げ出されて遭難。三ヶ月程行方不明になった事があるが……
 あの女、漂流先の未開無人島にて「病的な程に肌にハリをもたらす魔法の様な泥」を発見し、遭難前よりも一段階ツルテカなお肌で無事帰国した。しかも発見した泥を解析・商品化して財を一山築いたオマケ付きである。


 あのバイタリティがあれば、晴華を連れて妖怪の刺客から逃げ去る程度、余裕のよっちゃんが鼻をほじり過ぎて鼻血を出すレベルだろう。
 心配する事など皆無。


「それに、万が一に備えてダイカッパーの皿は俺が預かっているしな」


 そう言って、皿助は肩に担いだ自らの学生鞄を月匈音に見せつける。


 いざとなったら、ダイカッパーに変身し、背覇皿に乗って飛んでいけば良い。
 そうすれば数十秒で駆け着けられる。


「さて、安心を確認した所で、話を戻そう。晴華ちゃんが川から出て来た理由、だったな」
「ええ」


 皿助と月匈音は土手を降り、ゆったりと流れる川のほとりへ。


「単純に、泳いで逃げて来た……と考えると、この上流に、晴華ちゃんの故郷だと言う『河童湖かっぱのうみ』とやらがあるのかも知れないな」
「でも、それじゃあ腑に落ちない事もあるわ。何で、パッチーは『ここ』で、川から上がったの?」
「ふむ……」


 確かに、それは疑問だ。
 実際、ここで上がったがために晴華は早速追手の刺客による攻撃を受ける羽目になった。
 もっともっと、安全を確認できそうな場所まで流れていけば良かったものを、何故にわざわざこんな中途半端なポイントで川から上がり、皿助を尻で襲う結果となったのか。


「……………………」
「……………………」
「考えても、わかりそうにないな」
「そうね。これはパッチーに直接聞いた方が早そう」


 わざわざ現場を検めに来ないで、最初からそうしろよ、と思う方もいるかも知れない。
 しかし、皿助も月匈音も、基本的な行動原理に「万事可能な限り自力で解決」と言うモノがある。
 なので、ここに来て推理できるならばそれで良いじゃないか、とまず考えてしまった訳だ。


「では、ウチへ帰って晴華ちゃんに直接……」
「なんなら、俺っちが教えてやるぜい?」
「ッ!!」


 その大型の獣の様な低音声に、皿助は聞き覚えがあった。


「お前は……確か、ここで俺と晴華ちゃんが出会ったあの夕方、襲撃して来た……烏天狗ッ。確か名は『冠黒武かんくろう』ッ!!」
「おー。きっちり覚えててくれてるとは、嬉しい限りだぜい」


 いつの間にか、皿助と月匈音の背後に、浅黒い肌をした黒い着物姿の青年……そう、烏天狗の冠黒武が立っていたのだ。その手には、機装纏鎧きそうてんがいの媒介でもある黒鋼の錫杖も握られている。
 だが、不思議な事が一点。


「……ぬ? な、何か違和感が……はっ!! お、お前、『翼』と『鼻』はどうしたんだ!?」


 そう、冠黒武の背に烏羽の様な黒翼は無く、鼻の高さも東洋系の民族と大差無い感じになっているのだ。
 最早これでは、ただの浅黒い大柄お兄さんである。


「ああ、安心して良いぜい。こりゃあ『人間に擬態』してるだけだからなぁ。ここに来る前に、人間の店で腹ごしらえをしたんでね」


 美味かったぜ、フライドチキン。
 そんな事をつぶやきながら、冠黒武は隠していた翼と抑えていた鼻を解放する。


「ふーん……この人が、皿助が言ってた最初に襲ってきた奴……」
「今日は河童姫は連れてないんだな。そっちの子は恋人かい? 羨ましいぜい。俺っち、まだ若いとは言え独り身だからよぉ~……『ちょいと参考にしたいから馴れ初めとか聞かせて欲しいなぁ』なんて思うくらいには、切実に羨望しちまうぜい」
「……世間話をしに来ただけか?」
「くはっ。……いやいや。いやいやいやいや。流石にそりゃあ無いぜい、当然」


 だろうな。と皿助は鞄に手を入れ、ダイカッパーの皿を掴んだ。
 この男は天狗族の軍隊に所属している。それもそこそこの役職。ならば、皿助達の前に姿を現す目的は一つしかあるまい。


「晴華ちゃんの所には、行かせないぞ」
「ああ、まぁ、今は構わないぜい。俺っちがまず用があるのは、テメェの方だからよう」
「……何……?」
「ま、その辺を説明するのは、後だ。まず、あの河童姫がその川から飛び出して来た理由が知りたいんだろ? その答えは俺っち知ってるぜい。ついでだから教えてやるさ」


 やっぱり悪い奴では無さそうな天狗である。


「そもそも何か勘違いしている様だがよう。まず河童湖や天狗山てんぐのやまと言った妖怪集落は『妖界郷次元ようかいきょうじげん』っつぅ、この人間界とは別の次元にあるんだぜい」
「別の次元……?」
「簡単に言うと『異世界』って奴だぜい。そんで、人間と妖界郷にゃ、いくつもの『道』がある。それを通って俺っち達は人間界こっちに来る訳だ」
「成程、察した。晴華ちゃんが使った道が、たまたまこの川のこの地点に繋がっていた訳か」
「そう言う事だぜい」


 そう考えれば全て解決だ。
 晴華は何か目的があってこのポイントから川を出たのではなく、ただただその『道』の出口がここだった。それだけの話。


「んじゃあ、話を戻そうか。俺っちがテメェに何の用か……まず、俺っちは今回『ただの刺客』……じゃあないんだぜい」
「何……? では一体、何だと言うんだ?」
「簡単に言うと『新兵器の試験運用被検体モニタリングテスター』であり、そのついでに『河童姫を連れ帰る刺客』をこなす。それが俺っちの今の任務だぜい」
「……要するに、天狗族は何かしらの新兵器を作り、それを『晴華ちゃんを守る俺と言う敵対者』との実戦に投入して有意義なデータを取りたい……そして晴華ちゃんも連れて帰りたい、と」
「そーそー。察しが良い奴ってのは好ましいぜい。話がトントン拍子で疲れない」


 冠黒武は、試作品を運用した『戦闘データ』と『晴華の身柄』の両方を入手する必要がある。
 ならば、晴華を捕まえたまま戦うよりも、戦った後で晴華の身柄を押さえるのが無難と言うか正味楽。
 故に、まずは皿助に用があると言う訳だ。


「随分と、欲張りな事だ」
「欲を張るのは生物の宿命だぜい、人間の少年。わかるだろい?」
「ああ、よくわかる。だが、知っているか天狗のお兄さん。人間の社会には、こんな戒めの言葉がある……『同時に二人の美女を追う様な不埒な男は、誰一人にも振り向いてはもらえない』ッ!!」
「似た様なコトワザは妖怪社会にもあるぜい。『二兎を追う強突張りは、妄想的皮算用が至極お似合い』、だったかな……まぁ、でもだ。コトワザや戒めってのは、あくまで『大体がそうなる』って言う統計学的理論でしかないんだぜい?」


 自分はその統計論の中に置ける『一部例外』になれば良い。
 シンプルなもんさ。と冠黒武は笑い、黒鋼の錫杖を構えた。


 妙な構えだ。
 冠黒武は左手で持った錫杖を水平に構えて、右手首の上に乗せている。その右手首には……何やら禍々しい、黒く透き通った謎物質で形成された腕輪が嵌められていた。


「……? 何だ、その腕輪は……まさか、それが……」
「その通りだぜい。こいつが、天狗族が開発中の新兵器試作品……その名も『禍弄魔カルマ』。一応予定としちゃ色んなデザインがあるらしいが、ひとまずこいつは腕輪リング型だぜい」


 冠黒武の笑みが濃くなったのに合わせて、黒鋼の錫杖と禍々しい腕輪が薄ら淡い黒紫色の光を帯び始めた。


「さぁて……んじゃあ、まぁ、こっちからお披露目させてもらうぜい……!」
「良いだろう。見させてもらうッ!!」
「行くぜ、機装纏鎧きそうてんがい―――『禍弄魔カルマ共鳴』ッッッ!!!」


 冠黒武を起点に、漆黒の色を纏った風が吹き荒れる。


「わぶっ、ちょっ、スカートが……こんなん聞いてないわよ……!」
「月匈音、ちょっと離れていろ。あと、これはお節介かもだが…高校生でトマトパンツってどうなんだ?」
「別に人に見せるモンでも無いんだし、何を履こうが私の自由でしょ?」


 全く、とんだセクハラだわ……と月匈音はちょっと膨れつつ、しっかりスカートをガードしながら、皿助達と距離を取る。


 そうこうしている内に、黒い風は巨大な竜巻を形成。
 川原の草や土を抉り飛ばし、川の水面に無数の波紋を起こし始めていた。


『見さらせ……こいつが、名誉挽回と汚名返上のために、俺っちが得た魔の力……ッ!!』


 竜巻が、四散する。


「ッ!!」


 中から現れたのは、以前と同様のスレンダーな機装纏鎧、漆飛羅天喰ウルトラテング……ではない。


 漆黒の装甲で全身を覆っている事には変わりが無い。だが、最早共通点はそれくらいなモノだった。


 まず、大きさ。デカくなっている。少なくとも、三〇メートル級はある。
 次に、太ましさ。非常に太くなっている。ダイカッパーにも見劣りしないガッシリとした体格だ。
 最後に、顔と腕と翼の数。顔は正面と左右に三面、腕は左右に三本ずつの合計六臂。そして背面の翼は……最早、翼と言って良いものか。形状は実に烏っぽい黒い翼なのだが……何枚あるのか、数える気にもなれない。彷彿とさせられるのはイソギンチャクの触手か、岩壁に密集するフジツボの群れか。


漆飛羅天喰ウルトラテング禍弄魔カルマだッ!!』
「禍々しい……!!」


 その黒き異形の巨体の様を、一言で的確に表現できたと皿助は思う。


『あぁ、禍々しいだろうさ……禍弄魔カルマってのは、「起動者の身を汚してでも力を発揮させる」……「魔の兵器」なんだからよぉ!!』
「何……!?」
『説明してやるぜい! 禍弄魔カルマは、機装纏鎧と併用する補助兵器ッ。その効果は「起動者の気合を無理矢理に限界以上引き摺り出して、機装纏鎧を超絶強化する」ッッッ!!!』


 機装纏鎧のあらゆるエネルギーソースは、起動者の気合だ。気合を込めれば込める程、機装纏鎧は力を発揮する。
 だが、機装纏鎧の出力を多少向上させるだけならまだしも、形状を変化させる程の気合と言うのは、生半可な量では無い。


 禍弄魔とやらが起動者に相当無理な気合抽出を強いている事は明白。


「なっ……そんな事をして、大丈夫なモノなのか!?」
『クカカカ……んな訳が無ぇぜい。何事も、無理すりゃ反動ってモンが伴う……「サイズの小さい靴下を無理矢理に履こうとしたら、足も痛いし靴下も破ける」様にッ。世の中ってのはそう言う風にできてやがるのさ』


 禍弄魔を使用する副作用。対価。それは……


『禍弄魔を使ってる時間が長引けば長引く程、俺っちの「腸内環境は荒れ続ける」ッ!!』


 一般的には余り知られていないが、気合とは『丹田たんでん』と呼ばれる体内器官で精製され、全身に供給されている。
 その丹田の位置は、へそより少し下。そして丹田のすぐ傍には、消化器官がある。


 禍弄魔は無理矢理に気合を引き摺り出す。つまり、気合の発信源である丹田に超負荷をかけてしまうのだ。


 絵の具のチューブと中に入っている絵の具を想像して欲しい。
 チューブを思いっきりぶん殴れば、中身の絵の具はとんでもない勢いで爆発的に吹き出す。


 禍弄魔がやっているのは、それ。
 丹田を思いっきりぶん殴って、中身の気合をとんでもない勢いで爆発的に絞り出す。


 その負の影響ダメージは丹田のみに留まらず、周辺器官…すなわち、消化器官にも及んでしまう。
 それ程の無理を強いる兵器なのだ、禍弄魔は。


『つまりッ、だッ!! 禍弄魔で長時間戦うと……端的に言って、お腹を壊し過ぎて……「漏らす」ッ!!』
「ッッッ……!?!!?」
『何を「漏らす」かって……カハハ…言わせんじゃあねぇよ……腹を壊した時に出てくるモンは一つだろ? 最初に言ったはずだぜい。禍弄魔こいつは「起動者の身を汚してでも力を発揮させる」……「魔の兵器」だってなぁ……!!』
「な、何故……何故そんな恐ろしい兵器を……一体何がそこまでお前を……!」
『何が? 理由か? ……ハッ。俺っちはよぉ……別に大層な意思とか、無いんだぜい。どこまでも凡庸で、普通な烏天狗の一人でしかねぇ……だからよぉ、普通に「良い暮らし」がしてぇんだぜい。苦しみ少なく楽しみ多い、そんな生き方をしたい。普通だよなぁ。誰だって望む「夢」のはずだぜい。きっと人間で言う「プロ野球選手」とか……「飛行機のパイロット」と同じくれぇによう……そのためにゃ、必死に働いて! 良い役職について! 高い給料もらうのが手っ取り早いッ!!』
「……成程……以前、俺に敗れた失態を帳消しにするために、そんな兵器の試験運用を引き受けてしまったのか……!!」
『その通り……だが、別に罪の意識とかは覚えなくて良いぜい。テメェはあの時、間違った事はしてねぇさ。迫り来る理不尽から、可愛い女の子を守った。むしろ正しかったと褒めてやって良い。格好良かったぜい、テメェはよ。……あの時、俺っちがテメェに負けたのは……出世に目が眩んで姫様の命令を二つ返事で引き受けちまった、その末に生じた勝負の結果だッ! そんで、俺っちがこんな方法で名誉挽回と汚名返上を図ってんのも、俺っち自身の選択だぜいッ!! 他に手段はあったろうが、一番これが手っ取り早いと思った!! ただそんだけさ!!』


 全て自らが選んだ道。その道が間違っていて、阻まれても仕方無い事であると言う事も、しっかりと理解している。
 それでも、冠黒武は己の望みを叶えるための最短ルートを行きたい。そんなワガママでしかない。


『だから、俺っちを叩き潰す事に特別な心の傷みを感じる必要性は無いぜい……まぁ、叩き潰せるのなら、だけどよぉぉ!!』
「ッ……!!」
『俺っちは何と言われようと、我が道を行くぜい。テメェがそれを阻みたいんなら、それがテメェの道。行けよ、そんで来いよッ!!』


 決して、正しいと呼べる様な話では無い。冠黒武はひたすら、己のエゴを貫くと宣言した。
 はっきり言って、唾棄すべき行動原理と所業だろう。


 だが、その行為に込めた覚悟と信念は、紛れもない『本物』。
 例え、他人にはくだらないモノに見えるとしても……辿り着きたい場所があるから。望む世界があるから。欲しい未来があるから。
 だから冠黒武は、本気で選んだ。それらを全て手に入れるためなら、『手段を選ばない』と言う選択肢を。


『さぁッ!! 河童姫を守りたいんだろう、人間の少年よぉ!? なぁら一丁勝負してもらおうか!! テメェのダイカッパーで、俺っちのこのウルトラテング・カルマとッ!!』
「…………良いだろう」


 冠黒武が己の望みのために他人も自分の身も犠牲にする様な手段を選んだ事を、皿助は心底蔑む。
 だが、その『姿勢』は理解する。素晴らしいとさえ賞賛する。


 この烏天狗は、盤辛ばんから先輩と同じだ。
 物事に臨む姿勢や根性なんかは立派だのに、方向性を間違えてしまっている。


 だったらば、対処法も盤辛先輩と同じッ!!
 間違い続ける限り、阻止する、ひたすら阻止する。ただそれだけだ。


 そのために、まずは全力で迎え撃つ。


「俺も披露しようッ!! 見さらせッ!! どんな敵からも晴華ちゃんを守るために俺が手に入れた、新たな力をッ!!」


 皿助は鞄から平皿を取り出し、それを両掌で挟んだ。合掌の間に皿を挟み込んだ形だ。


示祈歪己シキガミ発動ッ!! 機装纏鎧きそうてんがい真化巫至極マカフシギッッ!!!」


 叫びの直後、瞬間的かつ爆発的に発生した無数の謎キュウリと緑色の謎オーラが、皿助の周囲で踊り狂う。


『示祈歪己、だと……!?』


 陰陽師の必殺兵器にして最終兵器。
 当然、妖怪一族の軍事分野に所属する者として、冠黒武もその名はご存知。


『成程ねぇ……河童姫を守るために、連中の力をも取り込んだって訳か……! よくもまぁ、俺っちに欲張りだなんだと言えたモンだぜい……!!』
『心友のためならば、強欲にもなろうッ!!』


 冠黒武の言葉へ皿助が応えたと同時、謎キュウリが謎オーラが爆裂四散。


 顕現するは、さながら、ゆるいちびキャラ。
 全高一メートル級、三等身の超高密度スーパーデフォルメダイカッパー。
 その名も、


『ぬぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!! ッシン・ダイッ、カッ、パァァァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』


 大抵の者は、その見た目の愛くるしさに騙されるだろう。
 だが、冠黒武はそれなりの役職に就く軍人。瞬時にシン・ダイカッパーの圧倒的密度を見抜き、戦慄。


『クハハ……こいつは正味予想以上……!! そんな力、簡単に手に入ったとは思えねぇ……二・三日の付き合いしかねぇ河童姫のためにそこまで……』
『友情の密度は、必ずしも時間に比例しない』
『やっぱテメェは格好良いぜい、人間の少年よぉ……そう言や、名前、聞いてなかった。聞かせてくれや』
『美川皿助。「美」しい「川」に、「皿」の様な目をした「助」平と書く』
『改めて俺っちも名乗るぜいッ!! 畔杉くろすぎ冠黒武だッ!! お互い呪おうや……こんな「状況」と「立場」で会っちまった不幸をなぁッ!!』


 ウルトラテング・カルマ、その背で蠢く無数の翼を大きく広げ、冠黒武は臨戦態勢。
 皿助もシン・ダイカッパーに片足を引かせ、吶喊とっかん態勢。


 シン・ダイカッパーでいられるのは大雑把三〇秒程。
 その三〇秒を使い果たせば、示祈歪己のリロード時間、即ちクールタイムに数分を要する。
 のんびり構えるつもりも時間も無し。


『行くぞ、冠黒武ッ!!』
『来いやァ、皿助ェッ!!』


 片や機装纏鎧×示祈歪己。
 片や機装纏鎧×禍弄魔。


 機装纏鎧の限界を越えた存在同士が、衝突する。


覇皿バサラコネクトッ!!』


 シン・ダイカッパーの両肩に装備された打撃強化妖術武装、覇皿を両掌に装着し、皿助は張り手を放つ準備を完了。


天刈乱熱風扇テンガロンホット、起動ォ!!』


 ウルトラテング・カルマの背に装備された黒翼…そこに搭載されている空気加熱用の炎熱属性妖術武装をフル稼働させ、冠黒武は武器として扱う『熱風』を精製開始。
 通常時のウルトラテングが装備しているそれとは、出力も数も桁違い。最早その翼が生み出すのは熱風ではない。差し詰め『透明の豪炎』だ。


『おぉおおおおッ!!』


 緑色の謎オーラを纏い、音速の壁を超えてシン・ダイカッパーが突進する。


『クカカッ!! 当然迎撃ィッ!!』


 冠黒武は精製した『不可視の豪炎』をウルトラテング・カルマの『特性』で支配。支配権を握った証に、その炎を黒色で…自らの色で塗り潰す。
 あっという間に、黒き獄炎の完成である。


『うだらぁッ!! 「黒焔・禍鳥風囓カルマ・カルラ」ッ!!』


 その一撃、最早、黒焔の嵐。
 辺り一面を多い尽くす黒き熱の暴威が、シン・ダイカッパーを飲み込まんと迫る。


『前回と違ってしっかり熱そうだッ!! ならば当然、受ける道理無しッ!!』


 シン・ダイカッパーの頭覇皿はシェルターだ。起動すれば、拡大化してドーム状になり、シン・ダイカッパーを守ってくれる。


 だが、皿助は既にこの河川敷で学んでいた。
 頭覇皿は、言う程そんなに防御力が高くない。あの時は相手が悪かった説もあるが……とりあえず、あまり期待すべきではない。
 ならば、取るべき行動は回避。そして最も効率的な回避方法は、攻める事。


『ドスコイドスコイドスドスドドドドドドドドォォッッッ!!!!』


 覇皿で強化された張り手による軽いラッシュ、軽度の突っ張り。
 緑色の謎オーラが無数の残像の尾を引き、さながらその様相は、真横から殴り付ける緑色の豪雨。


 緑光の雨が、黒焔の嵐を薙ぎ払う。


『それくらいは、当然に出来るよなァ!!』
『ッ!!』


 冠黒武は既に皿助に一敗している。侮る事は有り得ない。この程度は折り込み済み。


 黒焔を薙ぎ払ったシン・ダイカッパーの眼前には、右側三手の拳を振りかぶったウルトラテング・カルマの姿ッ。
 黒焔の影に隠れて、接近していたのだ。


 シン・ダイカッパーはラッシュを放った直後の態勢。次の攻撃を放つまでに、刹那的と言えどタイムラグが発生する。
 その隙、冠黒武は逃さない。


『ゼロ距離直火焼きって奴だぜいッ!! 黒焔・禍鳥風囓カルマ・カルラ鷲掴みイーグルハントォッ!!』


 三つの右拳、指の隙間から黒焔が漏れ出している。手の内に黒焔を握り込んでいたのだ。
 ウルトラテング・カルマは拳達を発射する直前に指を広げ、握り込んだ黒焔をシン・ダイカッパーへと叩き付ける。


『じっくり、焼けとけぇッ!!』
『ぬぁっ!?』


 黒焔を叩き付けながら、そのままその三つの掌でシン・ダイカッパーの小さな体を地面へと押し倒した。
 掴み倒して固定し、黒い焔で炙り尽くす算段だ。


 最も、シン・ダイカッパーとウルトラテング・カルマのサイズ比は一:三〇。
 掌一つでも充分鷲掴みにできる所を掌三つでやっているのだ。最早それは鷲掴みではなく鷲包み。


 ウルトラテング・カルマの手で形成されたドームの中に、シン・ダイカッパーと大量の黒焔が密閉されてしまった。


『どうだ動けまいッ!! テメェは食パンだッ!! 最大出力の業務用オーブンに突っ込まれて焼かれるだけの哀れな食パンッ!! ジリジリと真っ黒に焼けろォッ皿助ェッ!! おるァ!! ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリィィィィィィッッッ!!!!』
『ぐ、ぐあああぁぁああああッ!! さ、流石に熱いッ!! 堪えるッ!! ぐぅぅぅうううううううう……!!』


 並の機装纏鎧なら一瞬で消し炭になりかねない獄焔に包まれ続ければ、流石のシン・ダイカッパー超高密度装甲もヤバい。
 皿助はさながら「玄人でも数分でダレてくるレベルの超サウナ」に放り込まれた様な気分。早く脱出しなければ、すぐに熱中症で戦闘不能になってしまう。


『ぐ、ぅうあッ……ッ、覇皿ッ!!』
『ッ!!』


 皿助は飛行移動用の背覇皿を起動。背に装着した状態のまま、フルパワーで浮上命令を出す。
 つまり、シン・ダイカッパーを体ごと押し上げる形で緊急上昇させた。


『ぬおぁッ!!』


 無理に掴み続ければ、腕が千切れかねない。
 本能的にそれを察し、冠黒武は腕を引かせた。


 常人の肉眼では捉えられない速度で、シン・ダイカッパーが上空へと弾け上げる。


『危機は脱した……が、不味いッ……!!』


 どうにか目の前の危機は脱したが……『飛んでしまった』。


 空中。そのフィールドは、どう考えても……


『くははっ!! ウェェェルカム、って奴だぜい』


 一瞬にして、シン・ダイカッパーと並んで飛翔していた黒い巨体。
 ウルトラテング・カルマがその無数の翼を振るい、緊急飛翔したシン・ダイカッパーに余裕綽々と追いついたのだ。


 ウルトラテングは空中に置ける高機動戦闘に特化した機装纏鎧。
 その強化版であるウルトラテング・カルマも当然、空中戦は十八番。独壇場。


 空中でまともに戦ってはいけない。
 即座にそう判断した皿助は、ある行動に出た。


『どっせいッ!!』


 背覇皿に命令し、分離。
 スラスターがブッ壊れかねない程の無理をさせて、背覇皿の軌道を無理矢理に横方向へと捻じ曲げた。


『うおッ!? ビックリしたぁ!?』


 背覇皿単体での速力+不意打ち。
 流石のウルトラテング・カルマでも対応に遅れる。お互いのサイズ比を考えれば、冠黒武は今、数センチの至近距離からいきなり腹部に拳銃をぶっ放された様なモノ。
 放たれた弾丸……背覇皿に当たりこそしなかったモノの、その緊急過ぎた回避姿勢は、歪。


『今だッ!! ドドスドォスコイッ!! ドスドスドス、ドッスァァッ!!』


 今こそが不利の中の好機。
 皿助はシン・ダイカッパーの身をよじらせ、右斜め下方向へ、数発の突っ張り。


『ッ、防御だぜい、ここはよぉ!!』


 完全回避は難しいと悟り、冠黒武はウルトラテング・カルマに防御姿勢を取らせた。
 六本の腕を交差させ、自身とシン・ダイカッパーの間に分厚い壁を形成する。


 いくらシン・ダイカッパーのパワーが凄まじかろうと、ここは空中。ロクな踏ん張りは効かない。加えて、無理な態勢からの苦し紛れの攻撃。絶対に大したパワーは出ないはず。
 ならば防御し、カウンターを叩き込むも一興と、冠黒武は考えた。
 いや、考えてしまった。


 …「想定が甘い」としか、コメントのしようがない。
 冠黒武当人に傲りや油断の自覚は無い様だが……禍弄魔と言う大きな力を手にした事で、確実に気が大きくなってしまっている。
 加えて、禍弄魔が無理矢理に気合を過剰抽出し続けるせいで精神的にやや異常ハイになってしまっていたのも、その愚かしい判断の一因だろう。


 ウルトラテング・カルマが空中での挙動に優れる様に、シン・ダイカッパーはその超高密度が生む比類無きパワーがある。
 踏ん張りが全く効かない無理な態勢からの一撃だろうと、そのパワーは万人の想像を超えていくのが当然道理。最早必定。


 冠黒武はもっともっともっと更にもっとそのパワーを畏怖し、警戒すべきだった。


 古い御伽噺の中に、要約すると「奢り昂った一匹の猿が、子蟹とその友人らに嵌められて死ぬ」と言う内容の話がある。
 大昔からの必定。相手を軽く見て調子に乗った者は、そのイキり具合に相応な酷い目を見るのがお決まり。


『ッッッ!? ごぉ!? へぎぁあ!? ぁぉぉおぅづぉああぁぁあああッ!?』


 冠黒武の想定を遥かに越えた威力の突っ張りが、ウルトラテング・カルマが形成した六臂の壁に突き刺さり、砕き、抉るッ。
 耐え切れず、ウルトラテング・カルマの巨体が、黒い残像を引く程の速度で吹っ飛んだ。眼下の川へと一直線に高速落下。その巨体と速度から、雲に届きそうな程の水飛沫が上がる。飛沫の量も膨大。最早水飛沫と言うか、水の柱だ。


『よしッ!! 決めるッ!!』


 シン・ダイカッパーでいられる残り時間は二〇秒を切った。
 また空中戦になれば捉えるのは至難と考える。二〇秒くらいなら逃げ切られてしまう危険性が高い。
 今、すぐにでも。川の中で決める。


 皿助は背覇皿を呼び戻し、それを蹴り付けて真下の川、ウルトラテング・カルマの落下点へと緊急降下。


 と、そこでウルトラテング・カルマが水面に顔を出した。


『ぶっはぁッ!? 腕痛いッ!! 砕けてやがるッ!! 痛いッ!! ぐぅ、くそ、なんてパワーだぜい!! 早く空中に戻って優位を……』
『戻らせんし取らせんッ!! もう一回沈めッ!!』
『殺生ぎゃぼるぁッ!?』


 間髪入れず、シン・ダイカッパーがウルトラテング・カルマが水面に出した顔面を張っ叩き、水中へと押し戻す。
 シン・ダイカッパーもそのまま着水。潜行。舞台は水中戦へ。


『がぼぼぉッ!! ま、不味いッ!! 水中じゃあ風を作れねぇぜいッ!!』


 機装纏鎧の声は不思議。深い深い川の奥、日の光も僅かにしか届かない薄暗闇の水底でも、よく響く。


『このまま一気に決めさせてもらうぞッ!!』
『ぐっ……そうはさせたくないって話だぜい……だぁが、意地でも俺っちを空へは行かせないつもりと見たぜい……!! ならば……!!』


 皿助の意図、そしてその意図を破る事は至難と悟り、冠黒武は『奥の手』を出す事を決意。


『……できれば、使いたくはなかったけどな……「甘え」、捨てるぜい』
『ぬ……!? 何か嫌な予感がする……!? 冠黒武!! お前は今、何をしようとしているッ!?』
『何をするか? 決まってんだろ。「形振り構わず」ッ!! 「勝ちに行く」んだよぉぉーッ!!』


 異変ッ。ウルトラテング・カルマの全身が、まるで怨念の呻きの様な怪音を上げ始めたのだ。


『禍弄魔ッッッ!!! 解ッッッ放ッッッ!!!!』


 禍々しい歪なシルエットが、更に禍々しく変貌する。
 漆黒の装甲が、更に黒々と染め上げられていく。
 砕けた六臂が完全に砕け散り、即座に生え変わる。
 蠢く無数の翼が、爆発的に増殖する。


『げ、ご、あ、ぉあああぉ、ぉおおおぐぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!』


 泡立つ泥沼の様に。
 ウルトラテング・カルマの全身がブクブクと膨らんでは弾けて集約して膨らんで弾けて集約してを繰り返し、歪みながら肥大化していく。


『まさか……禍弄魔の出力を上げたのか!? 何て馬鹿な事を……そんな事をしたら……』
『ぁ、あああッ!! 最早不可避ッ!! 勝とうが負けようが、機装纏鎧を解いた瞬間にゃあ「漏れる」だろうなァッ!! 感じるぜぇ腹の唸りをッ!! 尻の汗ばみをッ!! 今この瞬間、俺っちのフンドシの死は確実のモノとなった!!』
『自ら、己の尻にトドメを刺すと言うのか……この……愚か者がぁッ!!』
『クカカカッ!! 俺っちの尻の事を心配してくれんのかよッ!! つくづく優しくて良い奴だなぁおぉぉい皿助ェッ!! 本当ッ! 何の冗談も無く、マジに呪うぜい!! テメェと敵対しちまってる現状をよぉぉぉおおおッ!! 友達になりたかった男ナンバァァァワンだよテメェはァァァアアアッッ!!!』
『!!』
『だが、あんまり俺っちを舐めるなよぉぉ~!? よく考えてみろ、俺っちは「自分が良い生活をしたいから」なんて理由で「河童姫の未来を滅茶苦茶にする様な行為に助力」してるんだぜぇい!? 俺っちだって、感情ってモンがある!! 培ってきた道徳や倫理ってモンがある!! 当然、「誰かの未来を踏みにじる」なんて行為を軽んじちゃあいないぃぃッ!! だけど俺っちは、それだけの罪を犯してでもッ!! 良い生活って奴を送りたいッ!! つまりは「覚悟をして来てる」んだぜいッ!! 「河童姫の未来を奪う覚悟」を!! だのにだ、今更ッ!! 今更ァッ!! クソの一掴みや二掴みを「漏らす」事に狼狽え臆するとでもぉぉぉ!? いいか皿助ェ!! カッチョ良いテメェにゃわからんだろうが、クズにはよぉ、クズなりの「筋」ってモンがあるんだよぉぉぉお!! そして俺っちの「筋」とはッ!! 「誰かの未来」だろうと「自分の尻」だろうと、何を犠牲にしてでも自分の欲望を叶える事だァァッ!!』
『おいッ!! 言っている事の割に、涙声じゃあないかッ!!』
『うっせぇぇぇぇ!! 覚悟してても辛いモンは辛いんだよぉぉぉぉおおおおおお!! 俺っちもう今年で一八〇歳だぞぉ!! 人間で言えば一八歳だァ!! それが、「漏らす」!? 良い歳して、「漏らす」!? 辛いしぃぃ恐いぃぃにぃぃ決まぁってんだるぉぉおおおおおがぁぁあよぉぉぉぉぉおおおおおぅぅうああああおおぉおおぉおおおッッ!!!』


 悲痛。あまりにも悲痛なシャウト。後半は狂った野獣の様な勢いすら感じた。


『ッ……冠黒武……さてはお前……ヤケクソになっているんじゃあないか!?』
『焔を操るクソ垂れだからヤケクソってか!! 誰が上手い事を言えっつったゴルァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!』
『や、やはりだ……あいつ、完全に錯乱しているぞ……!!』


 禍弄魔によるアッパードラッグ的過躁かそう効果が、冠黒武の精神面を著しく犯している。
 今、冠黒武の理性は禍弄魔の副作用に食い尽くされようとしているのだ。


『うっじゃあぁああるぁぁぁああああ皿助ぇぇえええええッッ!!! かかか勝つ勝つ勝っつのは、俺っちづぁあぁああああああああああああああああああああああッッッ!!』


 原型を留めていない、最早ヘドロの塊的な様相と化したウルトラテング・カルマ。
 そんな醜く禍々しい物体から、無数のヘドロ的触手が伸びる。


『そんな様で何が「勝ち」だ……冠黒武!! お前の勝ちとは一体なんだ!? そんな無様を晒した過去を抱えて、お前は本当に楽しく生きていけると言うのか!?』
『うぉぉぉおおあおあおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!』
『最早お前は、俺を倒したって「勝ち」はないッ!! そして俺は、そんな無意味な敗北を受け入れる事など当然できないッ!!! 最初からそのつもりだったが、改めて言わせてもらうッ!! 俺はお前に勝つぞ、冠黒武ッ!!!』
『うぼうぼうぼうぼうぼっじゃるぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!』
『ドスコイドスコイドスドスドスドスドスドスドスドスドスドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォォオオオオオオッッッ!!!!!!』


 薄汚い汚泥の如き触手と、極光オーロラにも似た緑光の張り手が衝突する。


『ドドドドドドド……ドッスァァアアアッッ!!!!!』




   ◆




「……う、ぅぐ……え、ぁ……?」


 冠黒武は、暗転した視界の中で意識を取り戻した。


 自分は一体どうしてどうなったのか。
 記憶が混濁する中、持ち上げた瞼。


 冠黒武の視界を、満点の星空が埋め尽くした。


「……この季節は空が一段と澄む。良いモノだろう。奥武守おうもり町の秋空は」
「テメェ……皿助……」


 冠黒武が寝かされていたのは、河川敷の土手、自然由来の草ベッドの上。
 その傍らで、皿助も寝そべり、星空を眺めていた。


「………………ッ」


 冠黒武は、全てを思い出した。


 この場所、皿助、鈍く痛む腹、……そして……尻に纏わり付く、温かな不快感。温もりに対してこんなにも負の感情を抱く事はそうそうないだろう。


「……そっか。俺っちは負けたか。そんで……『漏らした』か……」


 不思議にも、冠黒武の目に映る星空は、滲んでいた。


「……………………冠黒武、よく聞け」
「……あぁん? 何だよだぜい……慰めの言葉なら、要らな……」


 ブボァンッ。


 まるで、何かが弾け飛んだ様な鈍い音。


「…………は?」


 その音は、冠黒武のすぐ横……皿助の方……正確には、皿助の下半身の方から響いた。


「て、テメェ……? おい? ちょ、おま、今、まさか……」
「……ふっ。ああ、そうだな。『漏れた』」
「は、な……何で、何でテメェまで漏らしてんだよぉぉぉぉおぉぉぉぉおおおおおおッッ!?」


 理解不能。
 冠黒武は飛び起き、ただただ驚愕に剥いた瞳で皿助を見る。


 皿助は、ただ微笑。
 悟りきった様な爽やか微笑。


 何こいつ恐い。


「確かに……この不快感、この虚無感、この絶望感。凄まじい」
「おぉおおう、そそりゃあそうだろうよッ!! 何でテメェ、そんな馬鹿な事を……ッ」
「だが、よくよく考えてみれば、大した話では無い」
「ッ……!? な、に……?」
「こんな事、乳飲み子の頃に腐る程、経験してきた」
「!」
「そしていずれ、老いればまた経験する事になるだろう。生きる以上、避けようは無い。既に汚れ、そしてまたいつか汚れる尻だ。今汚して、何の問題がある?」
「テ、テメェ……」
「それに、汚れたのならば洗えばいい。そうすれば元通りだ。と言う訳で、俺は洗いに行くが……お前はどうする? もし、お前も尻を洗いたいのなら、風呂を貸すが?」
「………………ッ……何、言ってんだよ……友達じゃああるまいし……俺っちとテメェは、敵同士なんだぞ……!?」
「なら、友達になれば良い」
「なっ……」
「さっき言っていただろう。俺と友達になりたかったと思う……と。奇遇だな。俺もだ」


 冠黒武は、己のエゴのために晴華を脅かす敵で、端的に言えばクズ染みている。
 だが、皿助は初めて冠黒武と会った時から直感している事があった。


 冠黒武は、きっとそんなに悪い奴ではない。


 冠黒武は、知らないのだ。
 彼が望む「良い暮らし」と言うモノは、決して「出世して裕福かつ不自由なく暮らす事」だけではないと言う事を。


 この男は性根が腐っているのではない。
 ただただ、無知なだけ。


「友達になろう、冠黒武。なんとなく直感しているんだ。俺とお前はきっと『共にこれから先の未来を楽しく良く過ごしていける』……そんな『生涯の友』になれる、と」
「……ッ…………テメェよぉ……馬鹿なんじゃあねぇの……!!」
「友達になりたいと誰かに伝える事が『馬鹿』だと言うのなら……『馬鹿』と言う言葉への悪い認識を、改める必要があるな」
「ッ…………ぅう……うぅううおおあ……あああああああああああぁぁぁ……情けねぇッ……クソの次は、涙かよ、畜生ッ……」
「好きなだけ泣けば良い。『涙は明日への糧』と言う金言がある」
「……明日への……糧?」
「涙は、苦痛や苦悩…喜びや快楽の証だ。そこに含まれる感情はどうであれ、『強い感情』が込もっている事に変わりはない。そして強く何かを思えば、生き方が何かしら変わるモノだ。その変化を良い方向へ活かせば、明日はきっと今日よりも良い日になるだろう。だから人は、『涙』の事を『明日への糧』と呼ぶ」


 涙を流せば、強く何かを思えば、明日はきっと違う生き方をする。
 涙は変わるための通過儀礼の様なモノだ。恥じる事は何も無い。


「もし恥じる事があるとすれば、その涙を何の糧にもできなかったその時だ」
「……ッ……」
「で、話を戻すぞ。どうする?」
「………………風呂、貸してくれ。相棒」
「ああ、良いぞ。親友」


 この日。皿助と冠黒武は、同じ風呂で尻を洗った友となった。











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