ダイカッパーは流れない

須方三城

07,御父様は素直じゃない。

 美川ちゅらかわ皿父朗さぶろう
 五八歳、既婚。八児の父であり、端的に言うとその職業は『世界政治家』。『超国際連合』のオエライサンである。
 そして、若い頃は国境を飛び越える勢いで極限ヤンチャ坊主だったため、『その筋』での『お友達』も多い。
 つまり、世界の表裏を問わずスゴイ影響力を誇る。大抵の不祥事は二秒で揉み消せる。
 己の筋を通すためであれば、手段の清濁は厭わない。そのための権力とコネクションを実際に手にした男なのだ。


 それが皿父朗……何を隠そう、我らが皿助べいすけの実父である。


「……以上が、この二日間で俺が体験した全てです、父上」


 美川邸、修練場。
 バスケットコート二面分もある空間に、無数の畳が敷き詰められている。
 昼間は主に、皿助の祖父であり美川家先代当主・美川皿佐衛門さざえもんによる「美川流チビッ子総合武術教室」が開催されている場所。


 現在時刻は夕刻、一七時を少し過ぎた頃合。
 既にチビッ子達の姿は無い。


 修練場にある人影は、合計で二つのみ。
 一つは皿助。見事な正座で佇んでいる。
 そして皿助と対面する形で座しているのは、座高だけでも二メートル近い巨大な影。


 年季の入った白髪と白髭、繊細な生き物なら視線だけで殺せる三白眼、余りの代謝力に口から漏れ出す白い湯気。
 この大男こそが皿助の父、皿父朗だ。


 皿助は過去に、「何故父上はそんなに大きいのですか?」と問うた事がある。
 そのアンサーは「偉大な男が大きくて、何が不思議か」とだけ。
 つまり皿父朗は偉大なのだ。


「ふぅぅむ……大体は、理解した……」


 皿父朗が一声発する度に、修練場全体が微弱な震えに包まれる。
 偉大な男の声はよく響く。当然道理。


「……ついにお前も、妖怪を知る歳か……」
「ッ……!? その口ぶり、父上は妖怪の事を存じていたんですか!?」
「当然だ愚息よ……ワシを誰だと思っている? 妖怪も悪魔も幽霊も天使も神人も宇宙人もこりん星人も異世界人も未来人も地底人も存じておるわ。むしろその全てにダース単位でずっ友がおるわ愚か者め……」
「さ、流石父上ッ……!!」


 流石は世界の表も裏も知り尽くす男、皿父朗。
 侮っていた訳では無いが、流石としか言えない。


「全く……それにしても情けない。我が子が、この二日で二度も負けかけただと? 一日一ピンチペースでは無いか。逆転したから良い物を……所詮は末っ子、か。未熟よ」
「申し訳ありません……!!」
「良いか、今後はそんな事は許さんぞ。くれぐれも精進せよ。励めよ。念を押すが、精進しないと……」
「…………………………」
「お父さん、心配しちゃって落ち着かないぞ。もしかしたら泣くかもなぁ……」
「ッ! 絶対に精進しますッ……!!」


 深々、深々と皿助が頭を下げる。
 心配させる……偉大なる父に余計な負担をかけるなど、皿助的には本気禁忌、いわゆるタブーなのだ。


「しかし……天狗族、か。厄介な連中に手を出したな。アレは一筋縄ではいかんぞ。しかも……生憎、ワシも連中とは大した付き合いが無い。もしお前がワシに協力を乞うても、根回しは容易ではない。……まぁ、しかし、だ。未熟な末っ子と言えど、お前も我が子。どうしてもと乞うのであれば、父としてやれるだけやってや…」
「大丈夫です、父上。これは、俺の友人のワガママと、それに添いたいと言う俺のワガママ。父上の手を煩わせはしません」
「…………本当に一人でやれるのか?」
「はい」
「………………いやね、ワシも昔から結構厳しい事は言ってるけどさ、アレはアレだからね? 父としての体裁と言うか威厳のためと言うか、実際問題アレよ? 息子が困ってて、どうしてもつったらアレだからね? やぶさかじゃないにも程があるアレだからね? わかってるその辺? お前は兄弟姉妹の中でも異様にクソ真面目だし、全くワシの事を頼らんモンだから、その辺の柔軟なアレが本当に正しく伝わってるか昔から不安よお父さん。親なんていつ死ぬかわかんないんだから生きてる内に頼れっつぅか甘えてくんないと寂しいってかアレだぞお前」


 皿助は美川家の末っ子。
 子供等に序列は付け難いと言っても、やはり小さい方を甘やかしてしまう、甘やかしてしまいたいと思うのは親の性。


 実は皿父朗、皿助を甘やかしたくて仕方無い。
 しかしながら、だ。孫ならばいざ知らず、子に対して親が全力で甘やかしては、一体誰が子を躾けるか。特に、祖父母父母兄姉と面倒を見る存在が多い『末っ子』は、甘え腐った性根に育ちやすいと聞く。


 と言う訳で皿父朗は、自身の年齢的に考えて確実に末っ子になるであろう皿助に対して、特別心を鬼にしてきた訳だ。
 が……少々鬼にし過ぎたか。
 皿助はすっかり「自力でどこまでも突き進もうと無茶をする」危うい末っ子に育ってしまった。
 お父さんとしては、とても心配と言うか、申し訳ないと言うか……もう今からでも遅くないから普通の子供らしく親を頼って欲しい所存なのである。


 なので、少し前からこうして露骨に「ワシを頼ってみない? ワシ、やるよ?」アピールをしている訳だが……


「その気遣い、本当に有り難い……ですが父上、大丈夫です」
「いや、多分だけどお前その目わかってないよね? 完全にお前その目アレだろ? 『これは試されている。ここで頼ったらきっと破門される。俺一人で頑張るぞい』とか思ってる目だろお前。むしろお前ほんとにいい加減にしろよお前。心配だっつってんだろお父さんはお前。ちょっとは素直になれない親父心を察せよお前。普段めっちゃ勘の良い子じゃんお前。犬と女の子がキメラにされたらすぐ気付くタイプじゃんお前。何でワシの心情だけはそんな頑なに察せないのお前。ねぇ? 鈍感難聴系主人公に振り回されてるヒロインの気分ってわかるお前。今のワシみたいな感じだよお前」


 古くから言う通り、親の心子知らず。
 そりゃあそうだ。親と子だろうが結局の所は別個体の人間。完全にわかり合う事など不可能に近い。
 それでもどうにかわかり合おうと、言葉を交わす訳だが……残念ながら、皿助は「偉大なる父が、俺を甘やかすはずがない」と言う完全な固定観念があるため、その認識に反する様な父の発言は全て「俺を試す甘言である。幼き日の父の厳しい教えをきちんと身と心に刻んでいるかを見られているのだ」と断定してかかる節があるのだ。その断定はとてもとても強固で濃厚。それが彼自身の優れた直感すらも鈍らせる。


 おかげで、皿助と皿父朗の関係は現在に至る。


「ふふ……いつもながら、父上の甘言はすごい……ついつい頼りたくなってしまう……俺もまだまだですね……ですが父上、舐めてもらっては困ります! 俺はもう立派高校生! 一人でやり遂げてみせます!!」
「清々しいくらいわかってないよねお前。お前もう何? もしかしてワシに喧嘩売ってんの? ねぇ?」
「ッ……!? お、俺が敬愛する父上に喧嘩を売る!? 冗談でもそんな事を言わないでください! ショックだ! いくら偉大な父上でも言って良い事と悪い事があるッ!! 父上、俺は今、非常に失礼ながら怒りを覚えています!!」
「ひぇっ……ご、ごめん。謝るから嫌いにならんといて。……いや、でもな、お父さんは本気で心配だから、本当、ちょっとで良いから頼る感じのアレで行かない? ねぇ?」
「晴華ちゃんをこの家に泊める事を許可してもらえただけで、俺は充分過ぎる程に父上の力をお借してしまったと考えています。これ以上は……!!」
「ぁ、ああうん、そう……もう良いわ。お前はやっぱりお母さんに似て頑な過ぎるわ……勝てる気しないよワシ」


 育て方を完全に間違えた感に苛まれ、皿父朗は深く溜息。


「とりあえずアレな? 本当に不味くなったらマジで頼れよ。お父さん忙しいけど、家族からの連絡だけはどんな状況だろうとワシに直接繋ぐ様に秘書共には言ってるから」
「ありがとうございます……!」


 何て慈悲深い言葉を与えてくれる父だろうか、と皿助は感動。
 やはり父の期待は裏切れない。ここは何としても、自力でやりきってみせると心に誓う。


「…………本当に頼る気あるアレかお前? 今なんかすごく嫌な誓い立てなかったお前? ねぇ? おーい? お父さん連絡待ってるからねー?」




   ◆




 皿助の私室。


「ありがとうございます、助けてもらう挙句に、居候までさせてもらっちゃって……」


 殺風景な一〇畳間にて、皿助が姉から借りてきたジャージ一式に着替えた晴華がペコリと頭を下げる。


「心友なんだ。遠慮はいらない。我が家だと思ってくつろいでくれ」
「はい! その辺は全力でお言葉に甘えさせていただく所存です! 逃走生活二日目にして正直もう心身共々疲れきってるのでッ!!」


 晴華は姫と言うポジションではあるが、お高くとまったりはしない。頼って良い奴と判断した奴はとことん頼る。
 庭の隅っこが霞んで見える程の美川邸の規模から、美川家の経済状態がどれ程の物かはお察し余裕。
 自分が少々厄介になった所で問題は無いと察し、皿助の「しばらくは家にいると良い」と言う提案に、有り難く乗らせてもらう事にした。


「……でも、本当に大丈夫ですかね……?」
「何がだ?」
「もしかしたら、天狗族の刺客がこの家に直接襲撃してくるかも……」
「その辺も構わないさ。父上や祖父の許諾は得た。それにこの屋敷は俺達兄弟姉妹喧嘩や曽祖父の遺産問題で親戚が大揉めしてた頃の騒動で何度も半壊・全壊してる。慣れっこだ」


 最早美川家の住民に取って、邸宅の大規模損壊は年一か二回くらいの割とよくあるイベントだ。
 三ヶ月程前にも、長男の楽しみアイスを長女が無断で食った事により、皿助を含む八人兄弟姉妹…つまりは美川家末裔組を二分した頂上決戦が勃発。屋敷が半壊半焼する事態に陥ったばかり。


 例え隕石が直撃して家が消滅しようと、皆『お家がまた壊れた……今夜どこで寝る?』くらいのテンションである。


「いや、けれど……家族の方に怪我とか……」
「晴華ちゃん、俺の家族をあまり舐めない方が良い。はっきり言って、末弟である俺とは生物的次元が違う。多分だが、ダイカッパー…いや、シン・ダイカッパーで全力で追い回しても捕まえられる気がしない」


 あの連中が、多少予想外な妖怪襲撃程度で怪我なんぞ負うとは思えない。


「パワフルなご家族ですね……」
「全くだ」


 兄弟姉妹で戯れる度に、皿助は自身の未熟さを強く自覚させられる。


「あ、そうそう。シン・ダイカッパーと言えば……実際に戦う所は見てないのでアレですけど……すごいですね。妖怪科学兵器に、陰陽師さんの武器が合体するなんて……」
「ん? ああ、とてもすごいぞ。大抵の敵にはもう負ける気がしない。次の刺客が来たら、晴華ちゃんにもお披露目しよう」
「まぁ、次の刺客さんが来ないのが理想的ですけど……その時はその時で、期待させてもらいますね」
「うむ」


 最早、皿助にはシン・ダイカッパーが圧倒されるビジョンなど浮かびはしない。
 MBFでもトルノーズでも何でも来いと言う感じだ。


 何せ、シン・ダイカッパーは機装纏鎧きそうてんがい×示祈歪己シキガミ、二つの力の合わせ技。
 機装纏鎧しか持ってこれないだろう天狗族の刺客に、負ける物か。




   ◆




 某所。蛍光灯が切れているために薄暗い空間。


「……のう、一体いつになったら蛍光灯が届くのじゃ?」
「申し訳ありません、まさか買わせた蛍光灯がサイズ合わないとは……想定外でした。反省。至急、買い直しに行かせております故、どうかご容赦を……」


 前回同様、幼女の声とハスキーボイスが響き渡る。


「あ、あの……それはそうと……」


 暗闇の空間に、第三の声。その声を我々は知っている。


 話数にして第一話目に皿助と晴華を襲った初めての刺客、烏天狗・冠黒武かんくろうの声だ。
 黒い羽毛や浅黒い肌のせいで、暗い室内では一層姿が見えない。


「俺っちがここに呼び出された理由は……」
「おや? 想像できぬのか? えーと……」
「トルノーズ第四小隊の副隊長補佐、畔杉くろすぎ冠黒武です、姫様」
「そーそーカンクロー。オヌシ、二日前、盛大に妾の命令をしくじったではないか」
「い、いやでもあれ、もう反省文提出したんすけど……」
「……え? マジ?」
「……あれ? だっけ?」
「ちょ、ちょっと、話が違うではないか! 反省文を書かす代わりに、また刺客をやらすと言う話だったはずだぞ! もう反省文提出されてるなら許すしかないじゃあないか!!」
「えぇーとですな……これは困った」
「って、え? ちょっと良いっすか? 刺客ってぇと……河童姫の?」


 一度、完膚なきまでにしくじった冠黒武に、また同じ任務を任せようと言うのか。


「まぁ、その辺には少々事情があるのだよ、畔杉小隊副隊長補佐。実は、今朝、刺客として送り込んだMBFの芽志亞ガシア隊員が返り討ちにあってしまってな」
「! あのガシャドクロ女が……!? MBFでもトップクラスの傭兵だのに……!?」


 そこまで強かったのか、あの機装纏鎧ダイカッパー。と冠黒武は戦慄し、同時に「そら俺っちじゃあ勝負にもならんわ」と納得する。


「そこで、MBFの『総隊長』に刺客の打診をしてみようと思ったが、今は生憎出撃中だった」
「……はぁ……え? で、代わりに俺っちっすか? いや、絶対無理じゃあ……」
「当然、ただ君を行かせるつもりじゃあない。もちろん、支給する……『勝算を生む代物』を」
「! まさか、特機を……?」
「いや。だが……下手すれば、特機よりも強烈で……そして『凶悪』な物だ……」


 ハスキーボイスは少し溜めて、


「『禍弄魔カルマ』……君のポジションなら、名称と大雑把な概要は聞いた事があるだろう?」
「カルマって確か、開発中の……」
「そうじゃ。妾がワガママ言って、試作段階のを二つ程、もらって来たのじゃ」
「その一つを君に渡し、刺客兼テスターにしてしまおうと思ったのだが……反省文を既に提出済みとは……実に早い。さては君、書き慣れてるな」
「恥ずかしながら……」
「ともかく、反省文を既に提出してしまっている以上、試験運用段階の兵器を持って実戦に行かせるなんて無茶な命令はできない」
「そうなるのう。ま、今回の件は忘れるがよ…」
「……あの、やらせてもらっても、良いっすかね。刺客兼テスター」
「……何?」


 訝しむ様なハスキーボイス。


「自分が何を言っているか、わかっているのか? 禍弄魔カルマはまだ試験運用段階、そして一つ『とんでもない欠点』が未だに残ったまま……」
「その欠点も、噂で聞いてます」
「ならば何故?」
「……挽回し、返上するためっす。名誉と、汚名を……!」
「ほぉ。随分と殊勝な心掛けじゃのう」
「うっす! 正味、俺っちはさっさと出世して高給取りになってウハウハ暮らしたいんす!! 切実にッ!! だから尻を拭くチャンスがあんなら……拭いときたい……!! 例えそれが、『この身を汚すリスク』を背負うもんだとしても……!」
「動機に殊勝さの欠片も無い所はアレだが、その熱意がガチだと言う事はわかった」


 良いだろう。


 ハスキーボイスと幼女の声が、ハモりで冠黒武の提案を承認した。


「君に託そう、トルノーズ第四小隊の副隊長補佐・畔杉冠黒武くん。妖怪社会トップクラスの武闘派である天狗族が今、最も開発に力を入れている新兵器試作品……この『禍弄魔カルマ』を……!!」



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