河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~
間:白翼の野望は黒影に沈む
――それは、ゴッパムが断城の命乞いを一蹴してから少し後――
「やー、期待してたんですけどねー……所詮は下級の化生が奇跡的に知性を得ただけと言う分際でしたか」
溜息混じりにつぶやきながら、山道をぴょんぴょんと軽快な歩調でくだっていく、一人の少女。
金色の髪に狐耳、そして背には白鳥の様な立派な白翼。
狐耳から察するに獣人の類だが、その尻に尻尾はなく。
少女の名は玩婦臨恵屡。
ある者の【協力者】であり、今日はその協力者に付き合って、この翁呑山を訪れていた。
「仕方ありませんね。ダンジョーさんに関しては御冥福を御祈りしておくとして、切り替えていくとしましょう」
そう、この少女……断城と手を組んでいたのである。
しかし、その断城は、ガンブリエルが見守る中、何処の馬の骨とも知れぬ河童の手によって今まさに葬られてしまった。
「当方としては、【神革兵器】を見付けてくれさえすればそれで良いのです。【殺魔衆】は基本単細胞の戦闘狂の集まりですし、適当に断城さんの代わりを立てて、動いてもらうといたします♪」
いっそ当方が直接率いちゃったりしてみましょうか? きゃはッ☆
などと、ガンブリエルはとても独り言とは思えない陽気さで言葉を吐き、笑う。
「ねぇ、今、【さつましゅう】って言った?」
「……!」
突然響いた静かな女の声に、ガンブリエルは耳を逆立て目尻を吊り上げ、警戒体勢。
「……何処のどちら様です?」
ガンブリエルはきょろきょろと周囲を警戒するが――動く影は無い。
しかし、微動だにしない木の影の中から、にょきにょきとそれは生え出してきた。
「なッ……」
「私は嶽出忍軍暗殺部門筆頭。姓は望尽、名は沈黄泉。あなたとは、よろしくしない」
木の影から現れ、ガンブリエルに対して名乗ったのは、全身に黒の忍装束を纏った小柄な少女。
影に潜ったり潜らせたり、そして実は、近距離であれば影から影へと渡り歩いて移動したり、移動させる事もできる怪物忍者……チヨメである。
墨溜まりの深淵の如き黒い瞳が、真っ直ぐにガンブリエルを捉え、映す。
「……嶽出、ですか。やれやれ、厄介なのに見つかってしまいましたね」
嶽出は龍柩大陸の豪族であり、大規模な騎馬隊や忍軍を持ち、竜王一派と提携して大陸の平和を守っている者達である。
ガンブリエルには、可能であれば嶽出の者とは関わり合いになりたくない事情があった。
それは勿論……
「さつましゅう、龍柩の武力支配を目論む軍隊って、さっき聞いた」
「……断城さんとあの河童の話を盗み聞きされていた、と言う訳ですか……」
実はチヨメには、もうひとつ、影に纏わる特殊能力がある。
それは、特定の誰かの影を通じて、盗聴を行う事ができる、と言うもの。
ゴッパムの影を通じて、チヨメは断城の語る殺魔衆の目論見を知った訳である。
――チヨメは決して、ゴッパムが約定に賭けた誠意を疑った訳ではない。
チヨメはゴッパムを信用している。
しかし、マルガレータの件で総筆頭を納得させるため、「彼らの言動は常に監視してるから大丈夫」くらいの担保は用意する必要があったのだ。
それが今回、思わぬ大物を釣り上げたのである。
「私、そんなに働き者ではないけど……流石に、そこまで大きな話となると看過できないかな。あのだんじょおって奴はゴッパムくんが殺しちゃったし、ここはあなたに詳しく教えて欲しいと思う。さつましゅうの本拠地、とか、構成員の所在、とか」
すると、チヨメの傍ら、木の影の中から、巨大な黒い物体がせり上がってきた。
漆器の様な光沢を持つ黒い卓――チヨメが武器として使っている楽器、鋼琴だ。
「……相当デキる様ですが……相手が悪いですよ。そして、当方の虫の居所も悪い。少し、八つ当たりします」
「そう……予想通りだけど、残念。できれば穏便に聞きたかった。仕方無い」
チヨメが、鋼琴へと手を伸ばした、その時。
「しゃああ!!」
「!」
雄叫びを上げ、ガンブリエルがその手を横薙ぎに振るった。
すると、その袖口から、轟轟と燃え滾る紅蓮の炎が噴出、チヨメへと襲い掛かる。
炎の妖術だ。
「嶽出の楽器術がなんです!? そんなもの、一瞬で焼き尽くして差し上げましょうって話なんですよォ!!」
息を吐く様に不意打ち。
ガンブリエルの柄が知れる初撃である。
「えいっ」
対して、チヨメはぶっちゃけ想定内と言ったご様子。
特に慌てる事もなく、傍らの鋼琴を――蹴り飛ばした。
チヨメの細い足で蹴られたはずの鋼琴は、まるで巨大な猪の突進でも喰らったかの如く、凄まじい勢いで吹き飛んだ。
進行方向は、チヨメを狙う炎の妖術へ向けて。
鋼琴はあっさりと炎を引き裂いて、そのままガンブリエルの元へと飛んでいく。
「んなァ!? ただの楽器が当方の妖術をォォ!?」
驚愕に目を剥き、声をあげつつも、ガンブリエルは飛来してきた鋼琴を回避。
「ただの楽器じゃないもん」
「ッ!?」
その声はガンブリエルの頭上。
既に、別の鋼琴を片手で振り上げたチヨメが、上からガンブリエルに迫っていた。
「これは紛れもない巨匠の逸品。そこに私がちょっとした改造を加えてる。すごい楽器。ナめないで」
巨匠もまさかこんな使われ方をするとは思っていなかっただろうが、そんな事は知らぬとチヨメは鋼琴を振り下ろす。
「ほあああああ!?」
縦一閃、振り下ろされた鋼琴が大地を砕く。
ガンブリエルが全力で飛び退り、それを紙一重で回避。
「危なッ……」
「ううん、もう終わり」
「は? ……、ッ」
ガンブリエルは気付いた。先程、チヨメが蹴ってよこした鋼琴が、消えている事に。
そして、今まさにチヨメが振り下ろした鋼琴も――木の影へと、沈んだ。
――近距離間に限られるが、チヨメは、影から影へと物を移動させる事もできる――
そこから先は、一瞬。
本当に、瞬く間の出来事。
ガンブリエルの両脇、木の影から、それぞれ一台ずつ、鋼琴が超高速で飛び出した――いや、射出された。
「――ッぴ――」
ガンブリエルが息漏れで感嘆符を表現する間もなく。
漆黒の鋼琴と鋼琴が、ガンブリエルを挟み潰す。無数の白い羽と共に膨大な量の鮮血が凄まじい圧力に押し上げられて、天へと噴出する。
「…………あ。殺しちゃった」
つい、弾みで。
ちょっとした手違いです、と言わんばかりの軽さで、チヨメはぽつりと呟きをこぼした。
しかし、それはとんだ早とちり。
「……づ、あ、れが……死、ぬ、か……!」
鋼琴と鋼琴の狭間。
平手一つ分以下の厚みにまで圧縮されながらも、ガンブリエルはかろうじて生きながらえていたのである。
「お、すごい。やった。生きてた」
もぞもぞと動く……と言うか、揺れているだけの薄い肉塊を見て、チヨメは安堵。
あの状態ではどうせもうそんなに長くはないだろうが、今はまだ口が利けるならそれで充分だと考えているらしい。
「ふざ、げるな……余をこの程度で……殺せると、思うて、かァ……!! なめ、る、なァァ……!!」
ガンブリエルの口調が、変容――否、これこそが彼女の、いや、この怪物の真の言葉。
「……ぎぐ、あ……全ての尾を失い……著しく弱体化した、とは……言え……余を誰だと……思って……!」
「? 知らない。だってあなた、名乗ってないもの」
「ぅ、良い、か。余の名は、奪希……かつては……【白翼金毛九尾狐】として……【最五害獣】が一角、として……恐れられた……生命根絶の徒ぞォ……!!」
「はくよくきんもー……?」
チヨメは可愛らしく少しだけ首を捻ると、
「何かどっかで聞いた事ある気がするけど、ごめん、ピンと来ないから、やっぱり知らないって事で」
「奴の超兵器で……必ず、必ずや九尾を取り戻……………………え、嘘でしょ、余の事を知らないとか。だってしっかり伝説も史実も残って――」
「嘘じゃあないし、興味も無い」
最五害獣・白翼金毛九尾狐。
普通に考えて、この禍の国、特に龍柩大陸で暮らす者ならば知っているはずの名だ。
なにせ、最五害獣と言えば禍の国どころか世界中を恐怖のドン底に叩き落とした連中であり、そしてその中でも白翼金毛九尾狐は、この龍柩の地にて竜王が直接対峙した相手なのだから。
普通ならば、知らぬ者などいるはずがないその忌名。
……しかし残念な事に、チヨメは少々、普通ではないと言うか、まともではない。はっきり言って、興味が無い事柄には何処までも無頓着極まる。
そして彼女は、歴史とか、あんまり興味無い。
「さ、とりあえず、さつましゅうの本拠地、教えて」
「ふ、ふふふふざけるなァ……!! こんな、雑にあしらわれて、終わるなど、偉大なる余の最期にあるまじき……」
「んもう……私、暗殺部門だから、拷問とかあんまり好きじゃあないんだけど」
「ちょ、ちょっと、待て、貴様、待って、語らせろ、せめて、せめて余の壮大な野望を知らしめ――」
数百年も前に討ち滅ぼされたはずの最五害獣の一匹が、何故生き残っていたのか。
そして、者々に神革兵器を探させて、一体何を企んでいたのか。
きっと、世界を揺るがす大きな野望があったに違いない。
詳しく聞けば、背筋が凍る様な悪謀が渦巻いていたに違いない。
だが、誰かがそれを知る事は、もう無い。
それを語れる唯一の存在である奪希は、ただ一事――「殺魔衆が何処を本拠地にしているか」と言う情報のみを残して、死んだのだから。
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