河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~

須方三城

肆:二の刃、ラッパ吹きの乱破



 乱破は基本的に、姓を持たん。
 と言うよりも、姓を持つ様な上等な身分の者が、乱破になる事などそうそう有りはしない……と言うのが正確か。


 乱破の仕事は武士に匹敵、時には武士の御役目すらしのぐ事もある重要なものだ。
 しかし、その職務内容は陰に隠匿されるべきもの。ほまれは無く、常に膨大な危険が付きまとう。
 上身分の者が、好んでく事は希だ。


 ――もし、乱破が姓を持っているとすれば。
 それは、余程の変人か……はたまた、その働きぶりを買われてやんごとなき者から格別の寵愛ちょうあいたまわる程の傑物けつぶつ……いや、怪物かいぶつか。


「私は嶽出たけだ忍軍暗殺部門筆頭。姓は望尽もちづき、名は沈黄泉チヨメ。よろしく」
「……拙者はゴッパムだ」


 一応、名乗りを返したが……


「……乱破に名乗られるなど、嫌な予感しかせんな」
「大丈夫。そう言う意図じゃないから」


 何……?


「チヨメ様ァ!? 何故にこの様な場に!? でござるニン!」
「ま、まさか我らの影にひそんでおられたのでござるニンか!? だとしても何故にその様な!?」
「暇だったから。なんとなく」


 ざわざわとどよめく乱破達に至極雑な答えを返し、チヨメなる不気味な乱破は足元の鋼琴ピアノとか言う楽器を静かに一踏み。
 すると、どう言う理屈か……ずぶずぶと音を立てて、鋼琴ピアノが地面に――いや、これは……


「影にしずんでいるのか……!?」
「うん。私は自分自身と【黒い物】に限定して、影の中に沈める事ができる」


 不気味な上に奇っ怪な術までも……成程、先程も鋼琴ピアノは地面を穿って現れたのではなく、乱破衆の誰かの影から出現したのか。


「名乗るだけではなく手の内まで明かすとは……何を考えている?」


 この女……まるで考えが読めない。


「単刀直入に言う。私が今考えているのは【和平交渉】。こちらはマルガレータを見逃す。貴方達は私達を見逃す。それで双方血を流さずに手打ちにしたい」
「…………!?」
「なッ、何を言っておられるのですかでござるニン!? チヨメ様!?」
「私達の仕事は抜け忍の口を封じる事。面倒な相手と事を構えてまで無理に殺す事じゃない」
「……成程。和睦わぼくの条件は差し詰め、そこの娘に貴様ら乱破衆の情報口外の一切を禁じる、と言う所か」
「うん。そうしてくれれば、マルガレータを殺さないで帰っても良い。そしてその条件を守り続ける限り、今後、追手が差し向けられない様に取り計らってあげる。私は暗殺部門筆頭だから容易かんたん。どう?」
「どう、と言われてもな……その様な口約束を信用しろと?」


 なにせ、普通に考えれば有り得ない話だからな。


 この女は、強い。
 不気味で測り知れないが、それだけはわかる。


 ……ああ、認めよう。拙者が全力全霊をしても勝てるかわからん。負ける可能性の方が高いとすら思う。
 井の中の蛙であったつもりはないのだが……まさか、こんなにも底知れぬ武威ぶいを感じさせる乱破がいるとはな……!


 纏う気配だけでかんがみてもそれだ。
 更に、拙者の武器ナマクラでは奴の武器ピアノに傷一つ付けれなかったと来た。加えて言えば、向こうは影にまつわる奇っ怪な術まで使ってくる。
 装備面にいても、向こうが二手は上と言う事だ。


 普通に戦い普通の結果を出せば、拙者は負け、奴が勝つ。
 間違っても口には出さんが、それが正味な目測である。


 向こうも、それは大体わかっているはずだ。
 その状況で、五分どころか拙者らの方が利が大きいと言える条件の和睦を向こうから申し入れてくるだと?
 有り得ない。拙者が奴の立場なら、拙者とヒメだけは見逃してやるからあの小娘は諦めろ、と提案する所だ。


 こんな話、信用できる訳が無いだろうが。
 一体、何をたくらんで……


「これは、乱破として・・・・・の提案」
「!」


 乱破と言う者は、身分をいつわっている時に交わす約定やくじょうは十中八九破る、と言うかそれを前提で結ぶ。
 しかし、乱破が乱破として・・・・・結ぶ約定は、絶対に違えられる事は無い。


 乱破とは、信用が大事。
 信の置けぬ乱破など、誰も欲しがらない。二重密偵みっていなどされては冗談ではないからだ。
 乱破が乱破として交わした約定を違えた……そんな風聞が立てば、その乱破は全てを失うも同然。


 乱破が乱破として約定を結ぶと言う事は、これ即ち生命を賭けた宣誓に等しい。


「……貴様、本気でどう言うつもりだ……!?」


 生命を賭けてまで、何故そんな自分らに利の少ない和睦を求める……!?


「私、痛いの嫌い」
「……は……?」
「貴方と戦ったら、負けはしないまでもいっぱい怪我けがしそう。ヤだ。でもここにいる部下達じゃ貴方に勝てない。部門筆頭として、部下を無駄死にさせる訳にもいかない。しかしやはり私も戦いたくない。ならもう、戦わなくて良い方向で決着を付ければ良い」


 ……そ、それで、間違っても拙者が断らないだろう有利な条件を与えて、和平交渉による手打ちを望む、と?
 先程、暗殺部門筆頭と名乗っていたよな? つまり害となる者の排除をけ負う者達の長……そんな考え方で務まるのか……?


「チヨメ様……総筆頭にまた・・怒られますでござるニンよ……?」
「説教は聞き流せる。怪我は治るまでずっと痛い」


 ああ、「また」と言ったか、今。つまりこれがこの女の常習つねであると。
 そうか、合点がいったぞ。どうやら、この女……姫に等しい身勝手さを持っているとみた。
 ……そして、乱破の身でありながら、そんな身勝手が許される程の怪物であると。


「で、どう? 悪い話ではないはず」
「……ああ、申し分あるはずもなし」


 向こうの事情はどうあれ、言う通り、悪くない話だ。
 敵対したくないと言っている虎の尾をわざわざ不必要に踏みに行き、敵に回すなど、阿呆臭い。


 ここはひとつ、有り難く、話に乗らせてもらうとしよう。


受諾じゅだくしよう。そして、もしこちらから約定を違えたその時は、拙者の手であの小娘の首を叩き落とした後、自らも腹を切ると誓う」


 乱破の道を極めし者ならば、武士が腹を切ると宣言する重みも理解できるだろう。


「よろしい。ゴッパムくんが話がわかる河童で助かった」


 ……口元をほころばせる顔は小さい体に相応だが、やはりどす黒い瞳が不気味なせいでいとは思えんな。


「じゃあ、マルガレータ。そう言う事だから。くれぐれも気を付けて、元気でね」
「ひぇッ、あ、は、はいでござるニン……チヨメ様もお達者で……」
「うん」


 それだけ言って、チヨメなる乱破は鋼琴ピアノの後を追う様に影の中へと消えた。


「ぬ、ぬぅ……こ、これは、良いのでござるニンか……?」
「良くない気がするでござるニンが、他の誰でもないチヨメ様が決めた事でござるニン」
「まぁ、総筆頭はチヨメ様に対しては餡子餅あんこもちよりも甘いでござるニン。多分おそらくきっともしかしたら大丈夫でござるニン」


 乱破三人組も少し困った様な雰囲気を出しつつ撤退。
 ……身勝手な上司を持つと苦労するのは、武士も乱破も変わらん様だな。
 約定の下、もう敵ではないのだ。同情くらいはしよう。


 ……さて。とりあえず、一件落着と考えるべきか。
 あの不気味女が出て来た時はどうなるかと思ったが……拙者は五体満足、ヒメの望み通り小娘を救い、乱破衆との敵対も避けられた。何事も無く一人の小娘を救えたと言う事だ。結果は最良と言えるだろう。


「良かったな、乱破の小娘。マル……何と言ったか?」
「ぁ、鞠雅恋探マルガレータでござるニン。長ければマルと呼んでくれて良いでござるニン」
「うむ、マルよ、良かったな! 何がどう言う話だかはさっぱりわからんが、万事無難に終わったと言う事だけは妾にもわかるぞ!!」
「阿呆」
「一言で済ますのやめてくれんかのう!?」


 それ以外に何と言えば良いのだ阿呆め。


「で、衣類の血染みから察するにかなり出血した様だが、気加減きかげんはどうだ? 不味まずいか?」
「あ、いえ、少々傷痕は痛みますが、平気でござるニン。本当にありがとうございますでござるニン……えぇと……」
「ん? ああ、そう言えば貴様には名乗っていないな。河童のゴッパムだ」
「妾はヒメじゃ! 【望刃救光楼モウニングコウル】と言う冒険鎮威群チイムの頭目である!」
鎮威群チイム、でござるニンか?」
「うむ! かの妖界王がのこしたと言う超兵器を探す冒険の旅の途中でな! ……お。そうじゃ、おぬし、妾達と共に来んか?」
「え? ……それって、ウチを勧誘しているのでござるニンか?」
「応とも。見ての通りまだ妾とゴッパム、二名だけしかおらなんだ。これでは鎮威群チイム体裁ていさいも無いと言うもの。ここでこの様に劇的な出会いをしたのも、何かの縁だと思わんか? 思うじゃろ? 思うしかなかろう!? あ、思った、今思ったな!?」
「ぅえええ? いきおいがすごいでござるニン……!」
「落ち着け阿呆」


 拙者の時もそうだったが、ぐいぐい行き過ぎだ。若干引いているではないか。
 だがまぁ……


「拙者も丁度良いと思うぞ。マルよ。どうせ貴様、抜け忍の身と言う事は行くあても定まってはいまい」
「それは……確かにでござるニン。そっか……ウチ、もう、乱破じゃなくなったから、里には戻れないでござるニンね……」


 もう里に戻れない事に少しばかりさびしさもある様だが、どうやら嬉しさの方が勝ったらしく、その顔には小娘らしい笑みが浮かぶ。
 涙腺もゆるんでいる様だな。泣く程に喜ばれるとは気分の良いものだ。
 それ程に、里を抜けたい……乱破をやめたい事情があったのだろう。


 まぁ、その辺の詮索せんさくは置いておくとして。


「それに加えて、約定の件もあるしな」
「……約定?」


 なんだ、拙者とあの女のやり取りを聞いておらんかったのか。


「貴様が嶽出忍軍とやらの情報を漏らしたら、その首は拙者が叩き落とす」
「ひぇッ」
「怯えるな。貴様が口をかためておけばそうはならん」


 あの約定がある以上、拙者は貴様の言動を把握しておく必要がある。共に旅をすると言うのは丁度良かろう。


「ぁ、は、はひ、そうで、ござ、るニンね……口さえ滑らさなければ大丈夫……大丈夫……ウチはそこまで駄目な子ではないはずでござるニン……」
「では決まりよな!! ところで早速質問なのじゃが、おぬしが腰から下げておるその金ぴかはなんぞ?」


 次から次に話題をぴょんぴょこさせてから……本当にせわしなく騒がしい阿呆よな。
 ヒメが指を差したのは、マルの腰から吊るされた金色に輝く金属の棒……いや、棒か? 何やらごてごてと部品が引っ付いておるし、途中で一回転くるっとねじれていて、先端はやたらに大きく広がり穴まで空いている。


「へ? ああ、これは【喇叭ラッパ】と言う南蛮渡来の楽器でござるニン」
「楽器?」
「こちらの吹き込み口から息を吹き込んで音を鳴らし、こちらの丸い板を指で押し込んで音の加減を操作する、ふえの類でござるニン」


 ああ、確かに、言われてみると大きな笛、と言う風にも見れる。


「嶽出忍軍の乱破は楽器を武器とすると言ったな……つまりこれも……」


 先程の連中と同門、即ち嶽出忍軍の所属だったであろうマルも、これを武器にする、と言う事か。


「その通りでござるニン。あ、そうだでござるニン。興味があるならば、助けてくれたお礼とこれから旅に御供する者として、少しウチの技を見せるでござるニン」
「おい? 大丈夫なのか? おぬし、結構怪我しとるじゃろ? 別に今すぐ無理をせんでも……」
「心配には及ばないでござるニン」


 そう言って、マルは腰布から喇叭ラッパを取り外すと、両手を使って・・・・・・それを持ち、先程吹き込み口だと言っていた先端部に唇を当てた。


「これから披露するは、ドジで間抜けとそしられ慣れたウチが唯一こなれた、言わば特技! 是非とも見ていただきたいのでござるニン!」


 成程、やたらに乗り気なのは、「数少ない自慢できるものだから」、か。
 拙者も剣の腕を誰ぞに披露するのは嫌いではない。機会に恵まれれば多少の怪我をおしてでも見せつけようと意気込む気持ちはわかる。


 ……気持ちはわかるのだが……


「おい、ちょっと待て、貴様、ち…」
「怪我は本当に大丈夫でござるニンってば」


 いや、そうではなくて乳が……


「では、ご覧あれでござるニン! 忍法【音刃おんぱ美舞喇阿飛ビブラアト】!!」


 マルが大きく息を吸い込み、そして喇叭ラッパへと盛大に息を吹き込む。
 ぷぉおおおん……と言う、何処か間の抜けた低音が、響き渡った。


 すると、次の瞬間。


 拙者とヒメの背後で、空を裂く鋭い音が鳴り、大きな木がバラバラに崩れ落ちた。


「おお……!」


 これは凄い。まさか、音を飛ばして木を斬ったのか。
 それも、拙者やヒメを傷付ける事無く、その背後の木を狙って。


「ふっふぅん。どうでござるニン? ウチ、あらゆる事でドジを踏む悪癖あくへきはあるでござるニンが、忍法の扱いだけは人一倍でござるニン!」
「うむ! 素晴らしいぞ! なぁゴッパム! これはなんとも心強かろう!?」
「ああ、そうだな、これは凄まじい」


 この技一つだけを見ても、充分な戦力と考えられる程度には。
 戦える仲間ができると言うのは良い事だ。少数精鋭なんぞと言う言葉もあるが、精鋭、即ち強い者は味方に多ければ多いほど良いに決まっている。


 ……まぁ、それはさておき……


「……で、そろそろ言って良いか?」
「何をでござるニン?」
「片乳がこぼれておるぞ」


 先程までやたらに左肩を押さえていると思ったら、どうも左肩と左脇腹の布が裂かれていたらしい。
 その状態で両手を喇叭ラッパえれば、当然、服は大きくはだけ、片乳くらいはあらわになる……と言うか、なっている。


「…………ほぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? 忘れてたでござるニンッ!!」
「ん? なんじゃ、わざとでは無かったのか? 余りにも何のてらいもなく豪快に豪快な乳を放り出したものだから、妾てっきりそっちの方も見せつけているのだと思い、これは同じく女の妾から見ても美事立派よなと感心しておったのじゃが」
「違うでござるニン! 断じて違うでござるニン! ウチにそんな趣味無いでござるニン!! 絶対に無いでござるニン!!」


 マルはひんひんと赤面で泣きながら、乳を抱えてうずくまる。


「うぅ……あぁん、もう……何でいつもこうなるのでござるニンかぁぁぁ……!!」
「いつもて」


 いつもこんな調子なのか、この乱破崩れ。


 音で物を斬る技には目を見張ったが……何やら急に頼りなくなったぞ。
 こいつ……戦力と数えて本当に大丈夫なのか……?
 それともヒメと同じく守る対象と考えておいた方が良いのか……?
 ……判断に困るな。


「まぁ、良い鎮威群チイムを作るには【お色気要員】の枠も必要と聞く。男枠は常に褌一丁のゴッパムがいるとして、女枠は妾のつつましい清純派な体では心許こころもとなかった所。ますますおぬしは丁度良いな!」
「そんな枠に据えないで欲しいでござるニンが!? ねぇ!?」
「照れるな照れるな。にゃっはっはっは」
「普通は照れ恥じらうものでござるニンよ!?」


 何と言うか……ますます騒がしい旅路になりそうだな。


 ……と言うか、拙者はお色気要員枠に数えられていたのか……



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