河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~
弐:忍者の語尾はうるさい
雄緑村への道中は者々の通行が盛んな里の道。
日中であれば害獣どころか小さな獣も滅多に出たりはしない。
……と言う、話だったのだがな。
「ききき……きききき……!!」
「おい、どう見ても害獣としか思えん化生者が出て来たぞ」
まだ朝方と言って相応しい陽の位置、通行の足で踏み開かれた草原の中の細道にて。
拙者達の眼前に立ち塞がるのは、拙者の背丈の倍からある黒皮の大猿。
まぁ、ただの猿と言う事はあるまい。頭頂を穿つ山羊の如き角、口腔に収まらずはみ出した無数の禍々しく捻れた牙に、背には蝙蝠めいた翼まで生えている。
「で、ででで、【泥咽猛闇】!? な、何故!? 確かにこの辺にも生息しておる輩ではあるが、仄暗い洞窟や森の奥地を好む手合いであり、しかも夜行の者のはずじゃぞ!?」
「では何故、こんな時間にこんな所で出会すのだ」
「わ、妾が知るか! えぇい、一昨日に森で出会した【恨踏憐】と言い、何なんじゃ一体!? 最近『何でこんな所にこんな奴が!?』的な展開に遭遇し過ぎな気がするんじゃが!?」
貴様がここ最近どう言う出会いを重ねてきたかは知らんが……もしやそう言った訳のわからん奇跡を引き寄せる体質とかじゃああるまいな。
「で、この泥咽猛闇なる化生、害獣として屠って良いのだな」
「うむ! 知性と善性を持つ上位種【覇偉泥咽猛闇】であれば話は別じゃが、ただの泥咽猛闇なら害獣で間違い無し!」
知性と善性……は、見るからに無いだろう。
そんなものがあれば、拙者らを見下ろして紫色のでろんとした唾液なんぞ零すはずも無し。
「ききぃやぁぁぁーーーーッ!!」
「っと」
向こうから仕掛けてきた。
黒い筋肉に覆われた豪腕を振り上げ、薙ぎ払いの一撃。
一旦、ヒメの後ろ首を捕まえて持ち上げ、後方へと距離を取る。
「きゅえっぷ、ちょ、おいゴッパム!? いきなり首を持つでない!! きゅえっぷってなったではないか!!」
「ならば今後は首に綿でも巻いておけ」
ヒメと団子がぎっしり詰まった荷を下ろし、早速、刀の柄に指をかける。
「このひと振り、無銘の鈍刀なれど、我が一閃になんら鈍り無し……抜刀、行斬」
口上を以て意気を戦闘状態へと切り替え、抜刀。
「きっ……きぇすきゃあ!!」
「ぬ?」
なんぞ、拙者が抜刀した途端、あの害獣、踵を返して飛び立ちよった。
…………逃げた?
「泥咽猛闇は害獣と言ってもそれなりに賢い部類だと聞いておる。おそらく、おぬしとの実力差を察して逃げたのだろうな」
「ふん、犬畜生程度の知恵はあると言う事か。ならば逃がす道理無し」
「えッ」
敵対者は殺すべし。
あれが全く無知な畜生であれば、追う手間を惜しみ、見逃してやってもまぁ良かったのだが……敵の実力を測る程度の知はあるとなれば、話は別。
仲間を引き連れて報復の奇襲を企てるかも知れん。
立派な敵だ。絶対に殺しておく。
「追うぞ。荷にしがみ付け」
「ちょ、おい!? 待っ、のわはぁ!?」
ヒメが乗っかった大荷物を片肩に担ぎ上げ、抜刀したまま、飛び去る黒い尻を追う。
「……チッ、中々に疾いな」
河童の健脚を惜しみなく披露しているのだが、距離が詰まるどころか徐々に離されている。風向きが追い風なのもあるだろう。飛ぶ者が受ける追い風の恩恵は走る者の数段上。……腹立たしい。
「そそそ、そりゃあ疾いじゃろうさ!? 逃げる者と言うのは必死で当然! よく害獣と出会しているせいで逃走に関しては百戦錬磨の妾が言うと説得力があろう!?」
「威張る事か」
だがまぁ、説得力があると言うのは確かだな。
「じゃから、奴の事は忘れてそろそろ止まるのじゃああああああ!! 腕がもげりゅぅぅぅぅ!!」
「ぬぅ、仕方無い」
「おお、物分りが良…」
「こうなればイチかバチかよ。跳ぶぞ。多分、届くだろう」
「ッ!? ちょっと待つのじゃ!! それ万が一届かなかった場合ってひゅーんって落下する事になるのでは!?」
「口を閉じろ、歯で舌を切るぞ」
「待て、その前に申告させるのじゃ!! 妾、高い所は大の苦手、つまり大嫌い!! 何が言いたいかわかるじゃろう!?」
「そうか、わからん。いざ」
「ゴッパムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウ!? おぬし、さては刀を抜くと見境が無くなる性質なのかってぃいぃぃぃぃいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
◆
――……ウチは、望んで忍の道に入った訳じゃないでござるニン。
生まれた時から、乱破の家系だっただけでござるニン。
物心着いた頃には既に女の子以前に人として取り返しが付かない語尾が身に染み付いており、乱破として生きる事を余儀なくされただけでござるニン。
それでも、当初はなんとなく「まぁ、生まれ持った宿命は仕方無いでござるニン」と半ば諦め混じりで受け入れていたでござるニン。
……あの【本】を、目にするまでは。
「ふぅッ……ふぅッ……くッ……ここまで、でござるニンか……!」
まだ陽が真上にも来ていないと言うのに、枝葉の天井に閉ざされて暗い暗い……森の中。
木に預けた背中に、じんわりと血が滲み広がっていくのを感じるでござるニン。致命傷と言う感触ではないでござるニンが、激しく動いて良い容態ではないと言う事はハッキリとわかるでござるニン。
一張羅である桃色の袖無し忍装束も、気付けば紅い染みだらけでござるニン……忍稼業は御免でござるニンが、この装束は可愛くて気に入っていただけに、少しばかり残念でござるニン……
「追い詰めたでござるニンよ、鞠雅恋探」
「今ならまだ間に合うでござるニン。里に戻ると約束するでござるニン」
「さもなくば、我々はお前を始末する事になるでござるニン」
里の追手……抜け忍となった乱破を殺すための訓練を充分に積んだ、対乱破暗殺部隊の者達。
「くッ……いっそ、ひと思いに殺すでござるニン……ウチは絶対に、里には戻らないでござるニン……!」
ウチはもう、乱破として生きていくのは御免被るんでござるニン……!
「……何故だ、マルよ。確かにお前はどうしようもないグズだ、間抜けだ、すっとこどっこいで、露出狂だ。しかし、忍の道を諦めるにはまだ若かろう」
「いつも否定してるけど、ウチは露出狂じゃないでござるニン」
何故かよく装束がはだけたり、いつの間にか勝手に脱げたりするだけでござるニン。望んで裸体を晒している訳ではないでござるニン。
なので陰で皆に「マルダシーダ」とか言うふざけた渾名で呼ばれているのは非常に遺憾でござるニン。
ちなみに今もこの追手共の攻撃により左肩と左脇腹の布を大きく斬られてしまっているせいで、左肩の所を手で押さえてないと乳がこぼれそうな状態なのは秘密でござるニン。
「露出狂の是非はともかく……本当に何故でござるニン。我らが筆頭、沈黄泉様も貴様には期待し、可愛がっていたと言うのに……」
「……ウチは、乱破なんて……くノ一なんてもう嫌でござるニン……」
だって……この前、見てしまったでござるニン。
里の本屋、幼少の頃より気になっていた【女子供絶対禁制】と書かれた桃色ののれんの先の棚……そこには、血の気が引く程に夥しい量の、あの【本】があったでござるニン……!
「ウチ、あんな春画本みたいな悲惨な目には、遭いたくないでござるニンよぉぉぉーーーー!!」
あの場所に秘蔵されていたのは、目を疑いたくなる程の春画本……即ち男と女の助平事情を具に描く画集の蔵書。
それも、ただの春画本ではなかったでござるニン。その全てが【くノ一物】……即ちウチの様な女乱破が助平されると言う趣旨のものばかりだったでござるニン……!
全部隅々まで読んで確認したから間違いないでござるニン!!
全部、全部、全部……手を変え品を替えあらゆる助平の形を描きながら、しかして「女乱破がドジを踏んで敵方に捕まり、尋問と称して助平の限りを尽くされる」と言う点だけは絶対に揺らがず共通する作品群……!
帯紙に書かれていた情報によれば「くっ殺せ系くノ一物」と言う一大群として確立する程に普及している作風らしいでござるニン。
……五冊目を読み終えた辺りから震えが止まらなかったでござるニン……!!
特に謎触手の奴とか、汚悪喰の群れに捕まる奴とかもう絶句でしか無かったでござるニン……!!
あんなの絶対に無理でござるニン……!!
「なッ……まさかお前……美羅平堂(里唯一の本屋)の【桃のれん】をくぐったのでござるニンか!?」
「う、嘘だろおい……お前、自分が何をしたかわかっているでござるニンか!?」
「重罪! それは絶対に許されぬ重罪でござるニン!!」
「うるさいでござるニン……あんな、あんな……世間の男共は、里の男衆ですら……ウチらくノ一をあんな目で見てるだなんて、生理的嫌悪がとどまるところを知らないでござるニン!!」
ウチは、自分がかなり駄目な乱破であると言う自覚があるでござるニン。
いつもドジばかり踏んでいるし、気が付けば服は脱げてるし。
きっと乱破として本格的に働き始めれば、すぐに敵方に捕まってしまうに決まっているでござるニン。
加えて、ウチはそう言う体質なのか、肉付きが半端ではないでござるニン。
乳は何度削って捨てたいと思ったか覚えていない程に膨らんでいるし、尻も大きいし。
ただでさえ里の男衆の視線に思春期には辛いものを感じていると言うのに、追い打ちをかける様に服はよく脱げるし。
ウチが捕虜になってしまったら、確実に滅茶苦茶にされるに決まっているでござるニン。あの春画本みたいに。
嫌でござるニン。ウチ、乱破として働きたくないでござるニン。
ただでさえ望まぬ忍稼業をやって、あんな悲惨な目に遭うなんて。絶対御免でござるニン。
「……里の秘密を知ってしまった以上、どうあっても生かしておく訳にはいかんかでござるニン……」
追手達が【楽器】を取り出す。
ウチらの【嶽出忍軍】の忍派は通称【音忍】。様々な楽器に扮装した武器を用いて暗殺を行う事を主とする流派。
ウチも腰から下げた南蛮渡来のこの楽器【喇叭】を用いて戦う術は修めたでござるニンが……これは両手を使わなければ扱えない楽器でござるニン。
左肩の布を押さえていなければ片乳を放り出してしまう事になる現状、使用不可能。
この際なら乳くらい見せてやれば良い?
絶対に嫌でござるニン……こんなくノ一を助平な目でしか見ていない奴らに見せる乳なんて無いでござるニン……!!
「ッ……!」
――……万事、休す……――
「いぃぃいいいいいいいいやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「……えッ……!?」
突如、上空より降ってきたのは、幼い少女の悲痛な叫び声と、バキバキバキバキィッと無数の枝をへし折る音。
続いて、黒い血の雨と、輪切りに裂かれた黒い肉塊が四つ。
そして最後に――
「よッッ、こら、しょっとォ!!」
肩に担いだ大荷物の上に死にそうな顔をした獣耳少女を乗っけた、赤褌一丁の――河童。
「よし、確かに殺したぞ……って、ん? なんぞ、貴様ら?」
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