河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~
伍:一の刃、河童武士
店の裏に死骸を埋めるのと、店内の清掃。
それらを終える頃には、すっかり空が白み始めていた。
店主は余程拙者が恐ろしいのか、ヘコヘコと飯や酒を勧めてきたが、それを受けるのもしのびない。
だが少々喉は乾いてしまったので、水の一杯と店にある胡瓜すべてをいただく事にした。
……胡瓜は拙者を狂わせる。自制せねば……
「ふむ……しかし、やれやれだ。河童になっての初夜、どんな夢を見るものかと何気に興味があったのだが……」
すっかり、眠り損ねてしまったな。
これから眠りに行く訳にもいかん。
行かねばならん所があるからな。
◆
……ふん、まぁ、予想通りではあるが、大したものだな。
とんてんかん、とんてんかんと、軽快に木槌が釘の尻を叩く音が響く。
――ヒメだ。
ヒメが、茶屋の壁を木材と釘で修繕していた。昨夜、連中に壊されでもしたか。
釘を打つその顔は、すっかり笑顔。どうやら「ほうほう、妾、中々腕が良くないかのう!?」みたいな調子の乗り方をしている風に見える。
まったく、大工仕事中にそんな調子に乗っているとろくな事になら……
「ふぎゃッ」
……とことん予想と期待を裏切らんな。
見事、包帯に巻かれた自分の指を叩き打ちおった。
「ぅゆ……ぬぉぉお……こ、この程度の痛みで、妾の心を折れると思うでないぞ木槌風情が……!!」
「木槌のせいにするな。濡れ衣も良い所だ」
「! おお、ゴッパムではないか。おはよう!!」
満面の笑みで「おはよう」と来たか。
「ふん、昨日のしょぼくれた様子はなんだったのやら。まるで天道様が顔面に貼り付いている様だ」
「あの程度で妾は挫けたりせぬわ! 陽は落ちた所でまた登ると相場が決まっておる!」
「それは重畳」
「うむ! ……昨夜は情けない所を見せた。おぬしが不幸自慢だと謗りたくなるのも当然よな。済まぬ! 不愉快な思いをさせたろうが、まぁ許せ!」
そっちから謝ってくるのか……どこまで性根が好いのやら。
「お、今日は赤い褌なのだな。白も似合っていたが、赤も良いな」
「赤……?」
褌を替えてなんぞいないはずだが……ああ、どうやら、あの蜥蜴共の血で褌がすっかり染まってしまった様だ。
見事な真っ赤よな……これは時間が経つと赤黒くなってしまうのではなかろうか。
まぁ、赤黒い褌も風情があってよかろう。
「で、今日はどうした? 客か? ひやかしか? 客ならこれまた済まぬがまだ開店時間ではない故、しばし待て!」
「子分だ」
「……は?」
昨日、頭を掻いている時に偶然発見したのだが、拙者の頭頂には、【皿】が生えている。かの有名な河童の貯水皿と言う奴よな。
話に聞いていたのとは少し違い、水だけでなく様々な物が入る(現に指がぬぼっとハマって驚いた)。
その皿から、連中から回収した【ある物】を取り出してみせる。
「それは――」
ああ、貴様が連中に奪われた、銭の詰まった花柄の巾着袋だ。若干血で汚れているのはご愛嬌。
まだ酒代を払う前に回収できた様で、見てくれの膨らみ具合は昨日と変わっとらん。
「な、何故おぬしがそれを……」
「何故? ふん、貴様は一日前の自分の言葉も忘れたのか?」
まったく、仕方の無い奴だ。
「給金は頂戴した。ならば務めを果たすのが、武士として当然よな」
貴様が言ったのだ。この銭をやるから子分になれと。
「二言は聞かんぞ。拙者はもう貴様に仕えると決めた。ならば、これはしかと頂戴する」
まぁ正味な所、銭など大して欲しくもないが……筋は通してもらう。
拙者はヒメの子分となる、主従の契りに近い約定を交わすのだ。ならば、形骸的行為になるとしても、言葉を違えるなどあってはならん。
「いや、あ、う、ぅむ。そ、それは一向に構わんのだが……え、良い、のか?」
「ああ、そうだな……『いくら銭を積まれても、軟弱者や怠け者に仕えるつもりはない』……昨日はなんと、見当外れな事を言ってしまったものか。誠に申し訳無い。謝罪しよう。済まなかった。……二言は聞かぬと言った手前、大恥を覚悟で頼む。どうか、あの言葉、撤回させてはもらえぬか」
「ぇ、おぉ、あ、いや、お、おい、あ、頭を上げるのじゃ! 別に気にしてはおらんぞ? 実際、妾は軟弱だし、怠け者でもあると思うし……」
謝られ慣れていないのか、大分困惑しているな。
ひとまず、言う通りに頭を上げるとしよう。
「胸を張れ。貴様は、軟弱でも怠惰でもない。少なくとも、拙者だけはそれを保証する」
「……! ……おぬし、俗に言う【つんでれ】と言う奴か!! 今、胸にとぅんくときたぞ!」
「おそらく違う」
言葉の意味はわからんが、なんとなく違うと言う確信がある。
「然様か。まぁ、どちらでも良い。妾は嬉しい!!」
「では?」
「当然、撤回でも何でも許す! ようこそ我が鎮威群【望刃救光楼】へ! 歓迎するぞ、ゴッパム!!」
一段と、笑顔がやかましくなった。
……それで良い。その顔には、やかましい程の笑顔がよく似合う。
おっと……そう言えば、言い忘れる所だった。
「それと一つ、先に言っておく事がある」
「おう、何じゃ?」
「拙者には願望がある。件の『奇跡を実現する超兵器』……それを見つけた暁には、当初の貴様の提案通り、拙者はそれを用いて願いを叶えさせてもらう」
「うむ、それも約束の内じゃ」
あの与太話を、全て信じた訳ではない。
だが、どうせこいつの旅に付き合うのならば、在る事を前提にした方が、士気も上がると言うもの。
「拙者は『ある場所へと戻る』。それが願望だ。叶えたならば、もう貴様に会う事もないだろう。つまり、そこまでの御供になる。構わんな?」
まぁ、もしも万が一にも、と言う話でしかないがな。
だが、一応、一厘でも可能性があるのならば、断りをいれておくべき事だろう。
「む、んー……まぁ、今の所、それを見つけた後の事は考えておらんし。見つけたら満足して、旅をやめるかも知れんしな。よし、良かろう!! 承知の助じゃ!!」
「そうか」
ならば、話は決まりだ。
「では行くぞ、頭目。貴様が、当面の我が主だ」
短い間であったが、浪河童は終わりだ。
ここからは河童武士として、刀を振るわせてもらうぞ。
「あ、ちょっと待つのじゃゴッパム! 急に給仕の仕事を辞める訳にはいかぬ! 出立は明日じゃ!!」
「…………承知した」
……どうにも、ビシッと決まらなんだ。
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