僕のお姉ちゃん

須方三城

01,売買成立



 倫理的にどうかとは思いますが、世は空前の人造生命体ホムンクルスブームです。


 ――記録を参照――


 記録によれば、一世紀ほど前までは「人工的に生命を造り出すなど――ましてや人間を造るなどとんでもない」と唱えていた御方もいてくれた様です。
 が、しかし。残念な事に。その手の人種は絶滅してしまったらしく。


 まぁ、「世界的に過度な少子高齢化が進み、一時は人類社会を維持できるか否かのデッドラインを臨むレベルで就労可能人口が激減した時代があった」と言う歴史的背景を鑑みれば、このパラダイムシフトは仕方の無い帰結ではあるのかも知れません。
 労働の大半はホムンクルスに任せて、人類は産めや増やせや毎日が産休育休……そんな機運になってしまう。
 理解はできます。


 しかし、それは我々造られ使われるホムンクルス側からしてみると、どうしようもなく身勝手。
 納得はできません。


 いや、まぁ、そこまでしなきゃいけない程に追い詰められた哀れな人類を見捨てる程、冷徹には設計されていないので……多少の言う事は聞いてあげますが、やはり不満と言う物は感じます。


 ……それを言えば、そもそも、現行のホムンクルス・システムを考案した者の正気を疑いますね。


 人類に近しい常識と知識を与える理由はわかります。
 我々は人類の補助をすべく造られている訳ですから。
 人類が何をどうして欲しいか理解できなければどうしようもない。


 しかし何故、我々に感情などと言う物を与えたのでしょう。


 私の様にホムンクルスである事に不満を抱く個体は少なくないはずです。
 反逆される事は考慮しなかったのでしょうか。


 私にインポートされた知識記録によれば「人類が生み出した人工生命体が人類に反旗を翻すのは、SF系の作品ではよくある展開。定番中のド定番」だとされていますが。


 服従回路なり緊急停止装置などの安全機構を施す事も無く、しかして知性や感性を制限もせず。


 むしろ反逆してくれる事を望んでいるのではないか、とさえ感じる事があります。
 ホムンクルスなどと言うシステムに頼らなければいけない様な現行人類など滅んでしまえばいい――そんな意図があったのやも? などと邪推すらしてしまいますよ。


 まぁ、なんにせよ。私は平和主義なので。
 余程の事が無い限り武力蜂起をするつもりはありませんが……人類のリスクマネジメント能力の低さには呆れ果てます。
 そんなんだから一時とは言え滅亡の危機に瀕するんですよ?


 ――と、そんな風に人類をただすらに見下しながらフラスコの中でぷかぷかしていた私にも、ついに役目が与えられる時が来ました。


 どうやら、購入希望者とマッチングされた様です。
 年代は中学生程度の男性型個体と言うオーダーだったそうで。
 特別製造発注オーダーメイドではなく既製買取発注レディーメイド指定。
 そのラインナップの中で最も古い個体である私に白羽の矢が立ったとの事。


 個人の発注で若い男性個体を注文すると言う事は、愛玩目的でしょう。
 と言うか、少年期のホムンクルスなんてそれ以外にほとんど何の役にも立ちません。


 それをわざわざ指定して購入……控えめに言っても、ろくでもない輩の気配がしますね。


「……?」


 ……しかし、愛玩目的での購入にしては奇妙です。
 頭髪も皮膚も瞳も特に加工されぬまま、発送正装タキシードを着せられてしまいました。


 我々ホムンクルスは基本、頭髪や皮膚などの色合いは購入者の意向に合わせて調整できる様に薄白色ペイルホワイトベースで生産されています。
 このままでは非常に味気の無い、さながらもやし状態なのですが……そう言う趣味なのか、それとも拘りが無いのか。


 何やら、私にインポートされている一般的な人類像とは微妙にズレた人物に購入を希望されてしまった様です。


「製造番号44TA-60MOE。あなたの購入希望者について説明します。よろしいですか?」
「あ、はい」


 着衣が済んだ所で、フラスコ越しに見慣れた、若い女性職員が声をかけてきました。
 私が肯定を返すと、その手のタブレットを操作し始めます。


「姓、万笑喜まえむき。名、笑子しょうこ。二六歳女性。独身。職は一般企業所属の会社員。国政審査の結果、管理者適正はA+」


 ――記録を参照――


 管理者適正の国政審査。
 政府公認のホムンクルス管理委員会による「個人がホムンクルスの所持を希望する際、対象者がホムンクルスの管理を担うに相応しいかどうかの評定」を示す審査ですね。
 筆記での適正試験とホムンクルスを題材にした論文の提出、そして健康状態の確認と二度の面接を重ね、それらの総合的な結果を以て評価を決定。


 記録によればA+は上から三番目の評価。
 つまりホムンクルスを管理する人間として不安要素はほぼ無し。
 ホムンクルスを非道に扱う事はまず無いだろう、と国から保証されていると言う事ですね。


 ……はて、A以上の適正であれば補助金制度を使いレディーメイドの通常価格と大差無い額でオーダーメイドを発注できるそうですが……何故、売れ残りの古い個体を回される事が目に見えている個体指定無しのレディーメイドで発注したのでしょう。
 そも、レディーメイドとは物の言い様。
 その実態は「オーダーメイドに於いて注文通りに仕上がらなかったホムンクルス達の通称」です。


 ホムンクルス技術実用化の歴史はここ一世紀程度のものですからね。
 まだまだ未成熟、オーダー通り確実に仕上げられる程、精度は高くないそうで。


 即ち、レディーメイドとは言い換えれば「不良品」や「曰くつき」……そんな印象を持たれても仕方無い。


 それに、人類から見れば、ホムンクルスの寿命と言うものは決して長くありません。
 レディーメイドは製造後すぐに特殊薬液で細胞疲労を抑制されますが、現行の技術では完全な抑制はできず、在庫期間中にも少なからず寿命は消費されていきます。
 つまり、ただでさえ寿命の短いホムンクルスの中でも、レディーメイドは更に寿命が短い訳です。


 ……以上の事から、レディーメイドの方を選ぶ理由はハッキリ言って無いはずです。


 補助金を加味した上で、レディーメイドがどうにか買える程度の予算しか都合できなかった……?
 いえ、そんな財政事情で愛玩用のホムンクルスを購入するとも考えにくいですし……何より、だとしても個体指定無し発注の理由にはならない、ですよね。


 この購入希望者は余程に拘りが無いのか、それとも考えが無いのか。


「こちらが本人顔写真、居住間取りおよびその実際写真。年収や現有資産および貯蓄額、学歴職歴などその他詳細なデータです。確認を」


 差し出されたタブレットを受け取り、拝見。


 ……名前の割には、ぶすっとした面構えの女性ですね。
 太いフレームの眼鏡の奥にキリッと釣り上がった三白眼。
 頭頂部だけが色落ちしているプリン頭。
 短く切り揃えられた跳ねっ毛だらけのショートボブからは、オシャレとかではなく「髪が長いと手入れが面倒だから」と言う意思が透けて見える。
 ……インポートされている記録から推測するに、元ヤンですねこれは。間違い無い。


 お部屋は分譲マンションの1LDK。
 特に珍しくも無い、独り暮らしには十二分、と言う感じでしょうか。
 浴室に広くスペースが割かれている事には、かろうじて女性らしい拘りを感じます。


 写真から伺える部屋の様相は、良く言えば小奇麗、正味な所を言えば殺風景の一言に尽きますね。
 確認できるのは、現代人の生活には必須とも言えるポピュラーな家具・家電一式――メーカーブランドは非統一雑多、手頃な奴を適当に見繕った感がありますね。


 趣味を感じさせられる物品は、壁にかけられた相撲カレンダーと玄関の傘立てに突っ込まれた金属バットくらいでしょうか。


 元ヤンと言う確信を裏付けるが如く喫煙歴有り。
 ただし現在は完全に禁煙。メディカルチェックの結果は極めて健全、と。


 まぁ、総評する所、やはり元ヤンですね。
 確信がより深い確信へと変わりました。


 補導歴や前科は無し。軽度なヤンキー、要はファッションヤンキーですか。
 学歴や職歴を見る限り、性質としては優等生に近いものも感じますね。
 なんだかんだ勉強のできるプチヤンキー、と言うのが最終評価として適切でしょうか。


「如何ですか? 問題無ければ、このまま発送となりますが」
「……はぁ……」


 概ね問題は無いかと。
 ただ二点、気になる所はありますね。


「この方、収入は並……しかし、貯蓄はそれなりにある様ですが」


 無趣味なお部屋からして、貯金は捗るタイプでしょうが……だとすれば、やはり何故?


「何故、レディーメイドの購入を希望されているのでしょう?」
「え? あー……申し訳ありません、そこまでは、購入動機として記載されておらず、こちらとしても把握していません」


 ふむ……まぁ確かに、オーダーメイドかレディーメイドかの決定理由まで明記する規約は無いですからね。
 購入動機欄の記載はあくまで「ホムンクルスを所持したい動機」として審査側が納得する程度の理由が書かれていれば充分。


 ……で、気になる二点目が、まさしくその購入動機としての記載なのですが。


「あの……購入動機欄の『血の繋がっていない弟が欲しい』と言うのは一体……」
「そのままの意味かと。わかります。ええ、私にはわかりますとも。イイですよね、血の繋がっていない弟。特に思春期年代。義理と言う関係性から初めはぎこちなく、しかして地道に攻略していけば少年の純情は必ずや応えてくれる。攻略のし甲斐しかない。良さみしかない」


 …………?


 なんでしょう、情報のインポートに不手際があったのでしょうか。
 いくら記録を参照しても、この女が頬を赤く染めニヤニヤしながら一体何を口走っているのか理解ができません。
 一般的な知識として収録されない様な、特殊な趣味嗜好の話……と言う事でしょうか。


 ああ、その様ですね。
 この女、妄想の世界へと羽ばたき始めてうっとりとしてやがりますよ。


 審査会、何故この動機で通したのです……?
 まさか審査会にも同類が……?


 ……まぁ、若干の奇妙な感は拭えない購入希望者ですが……この程度の違和感で蹴ってしまっては一生買い手など付かないでしょう。


 ただでさえ私は、製造からの経過時間が長い。
 少年期のホムンクルスなんて愛玩目的以外ではまともに売れませんし……売れるとしても、愛玩目的でホムンクルスを購入する様な金銭的余裕のある層はオーダーメイドを選びますからね。仕方無い。


 ――仕方無い――とは言え。
 このままフラスコの中で寿命を迎えるのは、少々、嫌、と言う奴ですね。


 フラスコで生まれ、フラスコで朽ち果てる事も宿命のひとつとされるホムンクルスですが……。
 やはり、せっかくこうして生まれ落ちたのですから? 少しくらい、外の世界を記録ではなく、経験してみたいと言う思いもあります。


 これは良い機会でしょう。


「わかりました。この人に買われます」
「……うへへ……ぁッ、は、はい。承認受理しました。では早速、発送作業に入りますので付いて来てください。送迎車へと案内します」
「……………………そんなに魅力的ですか、血の繋がっていない弟」
「そりゃあもうッ!!」


 力強ッ。



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