Duty

Kfumi

chapter 17 転生 -6

6  9月14日 真実


 辺り一面、猛火を狂い浴び、焼け爛れた大地から湯気が漂う脳みそを抱えているかのような意識のなか、霧島は道を歩いていた。

 昨日の乙黒探偵事務所で見つけた怪文書。
 乙黒がまとめたとされる霊の存在と憑依に関する文書。
 そして、それが神谷陽太に繋がるかもしれないことを未だに信じられずにいた。
 今まで霧島は霊の存在を否定したことは無かった。
 それどころか、『審判』が起きてからは寧ろ肯定的だった。
 あのような事件を生身の人間ができるはずが無い。
 だったら霊の仕業だとしたほうが説明がつきやすい。
 それは無知のなかへ解決を放り込んだほうが楽という逃走行為だったのかもしれないとも思っていた。
 自分は犯人=元凶を追い詰めようとしていたはずだった。
 いや今も尚そうしているつもりである。
 しかし、その真実がわからなくなってきた。

 自分は何も知らなすぎたのかもしれない。
 眠れないベッドから目覚めた朝、そのときからずっとそればかりが脳みそを覆って、何を考えることすらできずにいた。
 そんな霧島でも今日中にやっておきたかったことがあった。
 それは父である霧島亜門から捜査結果を聞きだすことだった。
 御影家の身辺調査を乙黒に依頼していた霧島たちであったが、乙黒の容態が影響して調査を実質打ち切りとなった。
 致し方なく、霧島は陽太に伝えた通りに亜門へと調査を依頼していた。

「お前たちの遊びには付き合ってられない」

 いつもならそう言って霧島に手を差し伸べるのを嫌う父だったが、どういうわけか今回は頷いたのだった。
 快くというわけではなかったが。
 亜門が自らの仕事の隙を窺って、調べてくれた結果を聞く日が今日というわけであった。
 そうして霧島は立ち止まり、虚ろな目を聳え立つ亜門が勤める警察署へとやった。

× × × × ×

 近くにいる刑事のような男に話しかけるとどうやら亜門の同僚のようだった。
 霧島が父に用があるとだけ言うと快く亜門のもとまで案内してくれた。
 霧島といえども警察署の中まで入ったことは陽太と桜と来たときを含めて、過去に数回ほどしかなく構造も理解してはいなかった。
 とくに気になることはないが、辺りを見回しながら歩いていくと捜査一課の札が見えてきた。
 案内をしてくれた刑事にお礼を言うと、霧島はドアをゆっくりと開いた。
 沢山の刑事が仕事をこなしているなかで、ソファーでふんぞり返りイビキを垂れ流している亜門の姿が見えた。
 霧島はそこまで近づき、

「父さん」

 とだけ声をかけた。
 すると亜門は眩しそうにして、ゆっくりと目を開いた。

「ア……なんだぁ……響哉。どうしてお前ここにいる?」
「寝ぼけないでくれ。調査を依頼していただろう。その結果が出たって」

 亜門を大きなあくびをして、近くのテーブルに置かれていたコーヒーを飲み干していった。

「あー、ああそうだ。そういやそんなことも頼まれてたなあ」
「父さん、こっちは真面目なんだ。ふざけないでくれ」

 大きく背伸びをして亜門は立ち上がっていった。

「ふざけてない。一応調べはついたが……ここじゃあなんだ。親子水入らず話そう」

 だるそうにしながら歩いて行った亜門の背中を霧島は睨みつけていた。

 廊下に出て少し歩くと小さな会議室のような部屋があった。
 そこの鍵を開けて亜門は霧島を中へと招いた。そうして椅子へと腰を下ろしたので、霧島も真似て座った。

「今まで俺はお前のしていることに文句を言ったことはない」

 亜門はタバコに火をつけ煙をふかしながら口を開いた。

「何をしようとしているのか、いつもの推理ごっこなのかは知らんが、正直に言うぞ。響哉」
「……」

 霧島は机に焦点を落としている。まるで取調べを受けているような気分だった。

「御影一家。この件に関しては悪ふざけで関わっていいことじゃないぞ」
「ふざけてないよ、僕は」

 真剣な眼差しで亜門を見つめた。
 父が息子に見ていた嫌味たらしい笑みはそこにはなかった。
 亜門はくわえていたタバコを灰皿に潰した。

「……ふざけてないってことは、推理ごっこではないってことか?」
「……ああ」
「じゃあなんだ?」
「……」
「実の父親にも教えられんことか?」
「……」

 亜門は大きく深呼吸をすると上着のポケットから小さな紙を取り出した。

「乙黒からどれだけのことを聞いているのかわからんが、この御影家の長男はお前たちの学校で自殺した生徒だった」
「ああ。知ってる」
「父親である御影徹は――」

 亜門が言いかけている途中で霧島が口を挟んだ。

「既に死亡している。妹の御影零は僕らのクラスにいる」

 目を丸くして亜門は頷いた。

「大したもんだな、乙黒の調査力は。一人で動いているとは思えん」
「……」
「お前が言っていることが正しいかどうかはわからんが、当時、御影充を虐めていた生徒がいるかどうか、そしてその生徒は誰なのかそこまでは調べることはできなかった。なんせ虐めという定義もあやふやだ」
「……僕が知りたいのは母親である御影浪子の情報。この女性の居場所がどうしても掴めないらしい」

 亜門は机の上で腕を組んで霧島を厳しい表情で睨みつけいった。

「それよりもだ響哉。お前はいったいこれを知って何をしようとしているのか教えるんだ」
「僕は人を救ってみたいだけだ」

 霧島は父の瞳をじっと見つめいった。
 父は目を丸くして驚きをあらわにしていた。
 自分の息子に口からそんな言葉が出てくることなどかつてあっただろうか。

「お前たちのクラスでいったい何が起こっているんだ?」

 亜門は真剣な眼差しでいった。

× × × × ×

 霧島は今まで自分たちの身に起きてきたことを話した。
 信じてもらおうとは思っていなかった。ただ……「話せ」と言われたから話した。
 それだけだった。
 それだけのはずだったのに、どういうわけか、父を前に自分たちの現況を話しているうちに、気持ちが少しずつ軽くなっていくように感じた。
 この感覚が何なのか霧島にはいまいち理解することができなかった。

「それはお前の推理だろ」

 全てを聞いた後、亜門は吸っていた何本目かの煙草を灰皿に潰していった。

「霊だとか、元凶が何かだとか、そんなことを持ち出したらキリがない」
「でもそうだとしか考えられない」

 亜門はふんと鼻を鳴らしていった。

「自分の推理に責任と自信を持つのはいいことだ」

 亜門は再び新しい煙草に火をつけた。

「お前の推理が正しいかどうかはさておき、生徒たちが何人も死んでいるのは目を逸らしようがない事実だ」
「……」
「ならば乙黒もいっていたように、神谷陽太という少年が怪しいんじゃないか?」

 亜門は大きく煙を吐き出しながらいった。
 その瞬間、霧島は口調を強めて放った。

「神谷君は犯人ではない」
「なに? どうしてそう思うんだ」

 霧島は深呼吸をしていった。

「信じているからだ」

 亜門は驚きのあまり煙草を落とした。そして、口元を緩めていった。

「お前……変わったな」
「僕は何も変わってない」

 亜門は頭をかいた。

「参ったよ。どうにも。ガキはいつまでもガキだと思ってたら、いつの間にか大人になりやがる」

 そういって、手元の資料を霧島に渡した。

「参考になるかわからんが、一応調査の結果だ。御影浪子の調べもついている」
「!」

 霧島は慌てて資料を掴み取った。

「ただ、これが役に立つかは知らん。お前次第なんじゃないか」
「ああ。もちろんだ」
「でもまあ、御影浪子……この女の戸籍はおかしいものばかりだったがな」
「というと?」
「なんというかデタラメだ。何度か名前も変えている」

 霧島は眉間に皺を寄せて視線を落とした。
 デタラメ、とはどういうことか。
 御影浪子という存在が掴めなかった今まで、そして、掴めてもデタラメの経歴。
 この女はいったい何者なのか。

「まあしかし、最新のデータは揃えた。おそらくだが正しいはずだ」
「ああ。ありがとう父さん」

 霧島はゆっくりと資料を開こうとした。
 そのとき、亜門が静かにぽつりとこぼすようにいった。

「だがお前たちのクラスの惨劇……なにか気になるな」
「……え?」
「いや。お前は霊の仕業だとか、非科学的だとか言っていたが、本当にそうだろうか?」
「なに?」
「ス……フ……実……に……か?」

 小さな声で亜門は呟いた。
 とても聞き取れなかった霧島は思わず聞き返した。

「父さん? 今、なんて?」

 亜門は真剣な霧島の顔を眺めていった。

× × × × ×

 薄暗い夕暮れのなかで、霧島はスマホを取り出し電話をかけていた。
 スマホの充電が切れそうだったためか、それとも興奮気味だったのか早口だった。

「神谷君、僕だ。正直にいう。僕はキミを犯人だと疑っていた……あの日、あの放課後にキミと胡桃沢さんに声を掛けたときからずっと……」

 さらに霧島は今日のことを、そして、今まで自らが調査したなかで知ったことを神谷陽太へと続けていった。

「――まだ確定だとはいえない。どうにも言い逃れもできるだろうし。だけど……鎌をかける行為はおそらくだが有効だろう」
「霧島……お前、本気でいっているのか」

 電話越しの神谷陽太の声は震えていた。

「まさか……そんな、だって……」

 恐怖か、それとも怒りか、……もしかしたら悲しみか。

「現実的に考えて、霊にこんな犯行はできない。霊は物理的存在を持たない。ただの憑依体だからだ」

 霧島はそんな陽太の反応を窺いつつ続けていった。

「だから、ただひとつ確実に言える。『審判』の犯人は――」

 そして、審判は真実へと向けて歯車を回し始めた。

「――既に死亡している御影充……ではない」


 最後の審判のときが迫っていた。

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