Duty

Kfumi

chapter 16 第4の審判 -7

7  9月2日 蝋の翼


「待ちなさい」

 平森が桜の首にあてがったカッターナイフを振りかぶったとき、教室のどこかから誰かの声が聞こえた。
 桜も陽太たちも、目を見開き、その人物の姿を探した。

「今、僕に指図したのはだれ?」

 平森は手を緩め、威圧するようにまわりの生徒を見やった。
 生徒たちは自分じゃない、とでもいうようにきょろきょろと声の主を探した。
 そのとき、生徒たちの狭間を縫って御影零が現れた。
 平森に対し冷徹な表情を貫いている。

「お前がいったの?」

 平森が尋ねた。

「ええ。そうよ」

 御影零が答えた。

「なんか文句でもあるの? 僕と対等に話をするなんて、身の程知らずにもほどがある。お前がこの女の代わりにでもなるか?」

 平森は桜にカッターナイフを向けて告げた。
 そんな平森を見下ろすかのような眼差しを向けたあと、御影零は大きく溜息をついた。

「平森隆寛、貴方何か勘違いしているわ」
「なんだと?」

 平森は御影零の姿を睨みつけた。
 だが、御影零は一切怯むことなく続けた。

「いま、このクラスを支配しているのは、貴方なんかじゃない」
「……はあ? なに言ってるのお前。馬鹿じゃない? いままでの罪人を裁いてきたのは全部僕だ。僕に逆らうってことが、この世界においてどういうことか。まだわからないなんて馬鹿すぎるだろ!」

 平森はおもわず噴き出して笑った。

「きゃはははははは!」

 しかし、

「きゃははは……はは、は?」

 平森は周りを、教室を見渡して、あることに気付いた。
 まわりの生徒たちから自らへ、刺すように軽蔑の眼差しが向けられていることに。
 自分のまわりには誰もいないことに。
 自分は独りだということに。

「……え? あ、あれ? お前たち、どうしたの? なに、その目……笑えよ、面白いだろ?」

 平森の言葉を無視するようにして御影零は言った。

「自分の気に入らない人間が死ぬにつれて哀れな妄想に囚われたのかもしれないけど、私たちにとっては迷惑な話」

 平森への刺すような眼差しは続いている。

「お、おい! その目を止めろ! 僕が、僕がお前らの上流階級だぞ! 逆らえば殺してやる!」
「今まで審判に尽く口を出してきていたけど、普通の人間なら自分のせいで人が死ねば罪悪感を覚えるはずよ。貴方はそれよりも快楽を感じてしまったみたいね」

 平森の視界からは、3年1組生徒たちの眼差しが自分を取り巻き渦巻いているように見えた。

「おい! やめろよ! そんな目で僕を見るな!」

――人殺し

――気持ち悪い

――最低階級

――クズは黙ってろ

――人の気持ちもわからないなんて

――最低

 平森は桜を投げ捨てて、自らを取り囲む眼差しを払うように腕を振りまくった。

「やめろ! やめろ! ちがう! 僕は! このクラスのためにやったんだ!」

 陽太は急いで桜のもとへ向かった。霧島と静間も駆け寄る。桜の呼吸を整えるように、桜の背中を支えた。
 その様子には目をくれずに御影零は続ける。

「貴方が意見を言わなければ、死なずにすんだ生徒だっていたはずよ」

 平森は歯を食いしばって、叫んだ。

「ふざけるな! 僕は……僕はずっと、このクラスの被害者だ!」

 御影零は表情を一切崩さずに告げた。

「相手が死ぬまで復讐に取り付かれた人間が、被害者面できるわけないでしょう?」

 御影零は目を閉じた。

「痛みを知っていて、他人にその痛みを与える行為。それをした時点で、貴方はもう被害者じゃない」

 平森の心臓の鼓動が教室中に響いてきそうなほどだった。
 それほど平森の表情は蒼白で、開いた口を震わせていた。

「ちがう! ちがう! やめろ!」
「貴方は覚悟もないのにやりすぎた。これじゃあただの……」
「やめろおおおおおおお!」

 平森はカッターナイフを掲げて、御影零へと向かっていった。
 そして、振り下ろした。
 そんな平森には一切怯まずに、御影零は告げた。

「『罪人』よ」

 平森は目を見開いた。
 振り下ろされたナイフは御影零に届く寸前で止まっていた。
 平森の呼吸が荒くなる。
 脂汗がどっと噴き出てくる。
 体温は生きた心地のしないほど冷めていた。

「いやだ……いやだああああああああああ!」

 目を雫で潤ませた平森の号哭が響いた。
 平森は自身がナイフを持つ手を震えさせ、ゆっくりと胸部のもとまで引き下ろした。
 その手は#自分以外の何者かに操られているもの__・__#に対抗しているようだった。

「やめて、やめ、て……」

 平森はもう一方の手で、ナイフを持つ手を押さえつけた。
 しゃがみ込み、歯を食いしばって。
 そのとき、ふっとナイフを持つ手にかかる力が抜けた。
 平森の表情に安堵が見えた。
 次の瞬間、ナイフを持つ手が平森の眼球目掛けて直撃し貫いた。

「ああああああああああああああ!」

 教室中に平森の叫びがこだました。
 まわりの生徒たちが目を背けるなか、御影零だけはその姿を捉え続け、静かに不敵な笑みを浮かべた。

『只今の審判によリ、今回ノ罪人は平森隆寛に決定いたシまシた。罪人に与えらレた判決は血しぶきの刑でウ。皆様、審判ノご協力ありがとうゴざいまシた。それデハ次回審判でお会いシましょウ。ばいばいきーん』

 ――ぷつん
 と、スピーカーから鳴る放送は途切れた。
 平森は血の流れる目を押さえつけ、もう片方の目で周りの生徒たちを睨むように見やった。
 どこにも自分の友人はいなかった。
 陽太と桜を見た。

「平森……」

 陽太と桜は自分へと哀れみの眼差しを向けていた。
 平森はさらに息を荒げていく。
 そして、ナイフで身体中を切り刻み始めた。

「いやあああ! いだい! いだい! いだい! やめてくれええ!」

 ナイフを胸部に向け、『罪人』という文字を刻んだ。
 平森の目から涙が零れ落ちた。

「どうして……、僕は……っ!」

 彼は窓ガラスに目をやり、頭から突っ込んだ。
 ガラスの破片が飛び散り、平森の頭に突き刺さる。
 割れた窓に鋭利なガラスが残っていた。
 彼はそれに目をやった。

「僕は……死ぬのか……」

 ゆっくりと鋭い割れたガラスに向かって歩き始めた。

「……あずま、さん……いせ、くん」

 平森は鋭く尖ったガラスに向かって、自らの顔を叩きつけた。
 ガラスは彼の喉もとに突き刺さり、貫いた。
 そして、鮮血が窓ガラスと宙に血しぶきをあげた。
 それは光に反射した綺麗で鮮やかな赤い色だった。

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