Duty

Kfumi

chapter 4 第1の審判 -1

1  5月1日 罪状


 最近、夕刻の時間はどうにも薄暗いことが多い。
 昼の明るい時間が長続きしない。空模様が悪いのも原因のひとつであるが。
 そんなある日に事件は起きた。

「ゴールデンウィークさ、皆でどっか行かね?」

 いつものように調子のいい声で五十嵐はA軍へと声をかけた。
 そのようなイベントの提案は金城蓮の役目なのだが、今日は異様に気分の良い日だったのかもしれない。
 荒廃された教室は空模様のせいもあるのか、いつも以上に不気味な雰囲気を漂わせていた。

「いいね! どこに行っちゃう?」

 ミキが歓喜の声で答えた。見た目どおり、仲居ミキは盛り上がり事は大好物なのである。 

 そんなときだった。
 A軍たちが話をしているなか、五十嵐は自らの鞄を乱雑に床に置き去りにしていた。
 そこへC軍の黒三つ編みの眼鏡女子、東佐紀が通りかかった。
 そして東佐紀は床に置いてあった五十嵐の鞄に気が付かず、躓き転倒してしまったのだ。

「きゃっ」

 小さな悲鳴だったが、その出来事にA軍のみならず、クラスの生徒たち皆も気が付いた。
 誰しもその出来事に怯え始めたのだ。
 クラスの生徒たちの脳内に4月の平森と五十嵐の事件を思い起こさせるには十分すぎた。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 東佐紀は慌てて頭を下げ、必死で謝った。
 A軍たち、とくに五十嵐は女子であろうと容赦しない性格であることを知っていたからである。
 だが時は既に遅かった。
 五十嵐は鋭い目付きで東佐紀を睨みつけた。

「お前さあ、人の鞄蹴っといて、そんな謝り方は無いんじゃない? 人としてなってなくね?」

 そんな五十嵐の傍らに居た山田秋彦が口を開いた。
 彼はA軍のなかでも存在感の低い人間であるためか、五十嵐との仲を良く見せたがる癖があった。

「五十嵐。やめとけって相手女だぜ? ブスだけど」

 そんな台詞を吐いた山田を睨みつけ、五十嵐は気に食わなそうに顔を歪めた。

「はあ? お前なに? 調子のんなよ、C軍上がりのくせによ」

 五十嵐は山田に苛立ち奴当たる。
 山田は「はは……」と愛想笑いを浮かべて、呆然と佇んだ。
 五十嵐は東佐紀のもとに近づく。東佐紀は怯えて後ずさることさえできなかった。

「やりすぎんなよ、五十嵐」

 にやっとして金城が声をかける。

「いやいや俺、紳士だからさ。そんなヤベーことなんてしねえよ」
「はは、よく言うね」

 スマホをいじりながら横に足を広げて座っていた仲居ミキが笑った。
 勿論、そんな冗談は東佐紀には届かない。

「ご、ごめん、なさい……」

 東佐紀の微かな謝罪も五十嵐には届かない。
 そんな騒動に帰り支度をしていた神谷陽太と胡桃沢桜も気付き始めていた。

「まあさ! 誠意ってやつを見せてほしいよね? 謝罪ってそういうもんじゃん?」

 五十嵐は不気味な笑みを浮かべて言う。

「誠意って……なにをすれば……」
「確かお前さ、東って言ったよね?」
「は、はい」
「俺たちさあ~。ゴールデンウィークに遊びまくりたいんだよね~。まあつまりは金が沢山欲しいわけ? わかる?」
「え……い、いや……無理です、お金なんて」
「ちょっと東さん? 立場がわかってないね? どの口が言ってんだよ、被害者はこっち。慰謝料っていうでしょ? こういうの」

 横で目もあわせずにミキが呟いた。

「んじゃあ稼いで来たら? 体でも売って。エンコー。JKなんだからがっぽり稼げるっしょ?」

 笑いながら金城がミキのあとに続く。

「いやいやこいつじゃ無理無理。ルックスがおわってるから!」

 金城とミキは楽しそうに笑い転げる。
 東佐紀はふらふらとそんな状況を眺め、ただただ佇むことしかできなかった。
 陽太は自分の机に鞄を叩き置き、揉めているその場へと向かおうとした。

 そのときである。

♪ ピピピ ♪ ♪ ピピピ ♪ ♪ ピピピ

 五十嵐のスマホの着信音が鳴り響いた。

「ちょっと五十嵐なんだよ。いいところで」
「わりいな。ラインか、何かだな」

 五十嵐はスマホの画面を除いた。
 そこには意味不明に乱雑されたアドレスの差出人から、謎のメッセージが寄せられていた。

「はあ? なんだよこれ?」

――――――――――

5月1日

五十嵐 アキラ

あナたは『恐喝』の罪にヨり『罪人』になりました
ざまあw わろたw

ツきましてハ後日
刑罰ノ執行に関すル審判を行イたイと思いますのデ
宜シクお願い致しまウ

追伸 
評判良けれバ見込みアリ! 
イイ人になれるよう努力すればええかもネ!

じゃ、ガンバッテね

――――――――――

「なんだよこれ? 誰の仕業だ!」

 スマホの画面を教室中に向け、五十嵐は怒号を浴びせかける。
 近くまで来ていた陽太もその画面を見つめた。

「なんだそれ……」

 そのときスマホを握っている生徒もちらほら居たが、皆が不思議そうな顔をしている。
 金城が心配そうに五十嵐のスマホを覗き見にやって来た。

「どうしたんだよ? ってなにこれ? 罪人って何? ……どっかの業者とかじゃね、こういうの多いだろ」
「エッチなサイト見まくってるからそうなんだよ~」
「……」

 そんな金城とミキの冗談にも応じず、五十嵐は真剣な表情を浮かべる。

「誰がやったってんだよ!」

 そう言ってスマホを机に置き、教室中の生徒のスマホを見回って行った。

「おいおい五十嵐、ブチ切れ?」
「まじ? ウケル」

 そんな五十嵐を陽太は止めに行った。

「おいやめろって。なんでこの中に居ると思うんだよ」

 陽太の手を振りほどき、五十嵐は睨みつける。そして舌打ちをした。

「くそ……あーあ。こんなつまんねえことしかできねえから、てめえらは雑魚なんだよ!」

 教室中の誰もが、五十嵐から視線を外した。

「チッ……おい、帰るぞ」

 鞄を持ち上げ、五十嵐は教室から出て行った。

「あ、おい待てって五十嵐!」

 A軍たちも追うように教室を後にした。
 
 東佐紀は腰が引けたのか、その場にしゃがみ込んでしまった。

「東さん、大丈夫か」
「なんだったんだろうね?」

 桜もその場にやってきて心配をしていた。
 そしてこれから始まる惨劇を微塵も感じ取ることなどできなかったのだ。
 暗い夕刻の時間は、空にいつまでも佇み続けていた。

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