異世界でもプログラム

北きつね

閑話 グスタフの憂鬱/チェルソの事情


(ふぅ・・・なんなのだ。あれは?)

 グスタフは、アルノルトシンイチ・アル・マナベが出ていったドアを見つめている。
 アルノルトが居なくなった事を確認してから、大きく空気を吸い込んでから吐き出す。自分の緊張を身体から追い出すような仕草だ。

「おい」

 ギルドマスターの部屋の1角に向けて声をかける。

「はい」

 壁だと思われた場所が開かれて、一人の男が出てきた。

「お前から見て、マナベはどう見えた」
「化物です」
「それは?」

 男は、グスタフの正面。アルノルトが座っていた所に腰をおろした。

「マスター。マナベは、ランドルのパーティーを一人で無力化しました」
「あぁでも、お前でもそれは可能だろう?」
「そうですね。事前準備をして、1対多にならないように誘導して戦えば可能です」
「なら」
「私が言いたいのはそこではありません。正直に言えば、マナベがやった事なら、上位者なら可能でしょう」

 グスタフは、男が言っている上位者が誰を言っているのか理解している。
 しかし、それが一握りの人間である事も理解している。

 グスタフや男から見た場合に、アルノルトは一握りの人間と同等の力を持っていると判断した事になる。

「・・・」
「私たちの事はいいですよね」
「あぁ。今は、彼の事を聞きたい」

 問われた男は、やはりそうなるのかと思いながら、覚悟を決めてセリフを吐き出す。

「わかりませんでした」
「え?」
「正確にはわかった事だけを書き出せば、貴方もわかると思います」

 そう言って、男は懐から一枚の羊皮紙を取り出して、グスタフに渡した。

---
名前:シンイチ・アル・マナベ
魔法制御:0.95
精霊の加護
 火の加護:1.01
---

「は?」

 グスタフは、渡された羊皮紙をキレイな二度見をした。裏返して、続きが裏に有るのではないかまで考えた。

「ハハハ。そうなるだろう?」
「何かの間違いじゃないのか?」
「間違っていない。鑑定ではそうなっている。嘘だと思うのなら、他の鑑定持ちに見てもらえばいい」
「わかった。お前を疑ったわけじゃない。”なぜ”これで勝てるのかわからなかっただけだ」

 男は、グスタフの問に明確な発言を避けるように視線を外した。
 自分が書いた物だが、自分でも信じられないのだ。

 グスタフの問は男が知りたかった事でもある。

「マスター。マナベの戦い方を見たが、正直に言っていいか?」
「もちろんだ」
マナベは、加護を隠蔽している。もしかしたら、偽装しているかもしれない。それなら説明がつく事が多い」
「おい。隠蔽なら、鑑定で見破れるだろう?」
「あぁでも、俺の加護を上回っていたら見破れない可能性がある」

 唖然とした顔で、男を見るグスタフだが、男が真剣に話をしている事はわかる。
 男が自分を騙す必要がない事も理解している。

「検証する事は、難しい。不可能と言ってもいい。難しい問題だ。それに、お前の加護を上回る・・・。どれだけの修羅場を・・・。違うな・・・」

 グスタフは自分の思考に引っ張られてしまって、そこから何も進まなくなってしまっている。

「マスター。今は、伝説級の偽装ができると仮定して話をするぞ?」
「あぁ」

 男の話をグスタフは黙って聞いていた。
 黙っていたのは反論できる情報が無いからなのだがそれ以上にアルノルトという冒険者に興味が出てきてしまったからだ。

「お前の話を総合すると、マナベは風の加護と火の加護。もしかしたら、炎の加護と木の加護と闇の加護を持っているという事か?」
「あぁそうだ。仮定の話だと前置きはしたが、間違っていないと思うぞ」

 グスタフはそれでもかなりの違和感を覚えていた。

「お前、彼と対峙していないよな?」
「あぁ」
「先程、彼の正面に座った。正直、お前たちのボスと対峙するよりも怖かった」
「・・・。マスター。それは肯定しますが、あまり言わないほうが・・・」
「解っている。お前だけだ」

 男は、敬々しく頭を下げた。

「それで、お前なら彼に勝てるか?」
「わかりません。わかりませんが、なんでもありの戦いだと負けるかもしれません。彼に加護を使わせないように条件を絞って、殺す事が前提の戦いなら勝てると思います」

 グスタフは、その言葉を聞いて少しだけ安心した。
 眼の前に座る男が勝てないような”冒険者”が下のランクではいろいろとまずい事になってしまう。

「彼が、ランクアップを受けてくれればいいのだけどな・・・」
「マスター。彼は、理知的な印象を受けます。彼が保有している権利を侵害しない限り、彼はマスターの意に添った行動をしてくれると思います」
「わかった。テオフィラがやろうとした事の逆を殺ればいいのだな」
「そうなります」

 二人は、お互いの顔を見ながら笑いあったのだが、グスタフは不思議と”それ”だけでは終わらないような気がしていた。
 理由はわからないのだが、アルノルトが問題を引き起こすわけではなく、彼の周りで問題が発生するような気がしてならなかった。

 グスタフの憂鬱は始まったばかりだ。
 後日、アルノルトが本格的に動き出してからすぐに、商業ギルドからの苦情が寄せられて、その後に、鍛冶ギルドから同じような苦情が、グスタフの所に寄せられる。
 少しだけ遠慮したような感じで、宿屋ギルドからも苦情が寄せられる未来が待っているのだが、このときにはグスタフは考えても居なかった。

 その後、大きな大きな爆弾が落とされて、冒険者ギルドだけではなくウーレンフート全体が上へ下へのてんやわんやの大騒ぎになるのだが、まだその事実を知る者は誰も居ない。

 グスタフと男も、アルノルトの事を過小評価していた。所詮、冒険者だと思ってしまっていた。少し事情がある程度だと思ってしまっていたのだ。そのために、王都にある各ギルドや王宮や教会に問い合わせをしなかった。
 アルノルトの正体になりえる情報を、後から来た者に打ち明けられた時に、ひどく後悔する事になるのだが、その時に初めてアルノルトと敵対しなかった自分たちの行動が間違っていなかったと心から思うのだった。


--- チェルソの事情

 模擬戦でランドルが負けを認める前の話

(あぁやっぱりな)

 チェルソと呼ばれた男が、闘技場の最上段から模擬戦の様子を伺っていた。

(使えそうな駒だったけど、ダメになっちゃったな)
(でも、彼は異常だな。加護の力で強引に戦っている印象が有るけど、多分、僕では全力を出しても勝てそうにない。ダブルナンバーの上位かシングルナンバーの下位じゃないと勝つことは難しいだろう)

 チェルソは、アルノルトの戦いを見ながら情報収集を行っている。

(少し目立ちすぎたからな。あの方からの命令は果たしたから、ウーレンフートは退去しよう)

 チェルソが担っていた事は、簡単だった。
 ウーレンフートにあるダンジョンの調査だ。実際に、パーティーとしての攻略とは別に組織のメンバーとの攻略では、最下層の一歩手前まで攻略が進められていた。

 そこで攻略が止まってしまった。トラップが突破できなかったのだ。

 チェルソが出した結論は、このトラップは突破できないという物だった。組織に問い合わせたのだが”誰にも”読めないと結論が出た。盟主や組織の人間たちが解読を行っているが、それでも数年はかかるという結論が出た為に、攻略は必要ないという連絡が来た。組織としては、自分たち以外が攻略しなければそれで十分なのだ。

(あの方への土産話もできたし、帝国に帰ろう)

 闘技場では、ランドルの腕が切り飛ばされている所だった。
 チェルソは、興味がなくなってしまったおもちゃを見つめる目でランドルを一瞥してから、新しいおもちゃになりえるアルノルトを興味津々な表情で観察してから、魔道具を発動させた。

 チェルソの居た場所には、もう誰も立っていなかった。
 少しだけ風が凪いでいるだけの空間になってしまっていた。

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