君の嘘は僕を救う

モブタツ

エピローグ

  すごい揺れだ。これがパパが子供の頃に体験した大震災…。
  揺れの中、私はここに来る前のことを思い出す。


        ◯


  私は公園にいた。
  それは、パパが学生時代、学校帰りに必ず本を読みに立ち寄ったという公園。今では自然記念公園という名前になっており、震災で絶大な被害を受けたこの公園周辺で亡くなった方々の冥福を祈念する場所になっている。
  昔は普通の公園だったらしい。見晴らしが良く、ドラマの撮影などにも使われるような、遊具が置いてある普通の公園だ。
  今では見る影もないが。
  そんな公園の奥に、上に伸びる上り坂があった。
  その坂を登ったところに、私はいた。
  ここには何度か来たことがあった。
  私はここから眺める街の景色が好きだ。
  奥には大きなビルがいくつも建っていて。少し前に普及した『タイヤのない車』が走っているところも上から見れて。手首に巻いたスマートウォッチを見ながら会社に向かうサラリーマンや、重心の移動だけで操縦する乗り物に乗りながらペットの散歩をする様子が見れたりもした。
  ここは普通の公園ではないけれど、テレビでよく紹介されるし、とにかくここが好きだった。
「私は…パパを助けられるのかな…」
  そんな景色を眺めながら、私は後ろにいたパパに話しかけた。
「大丈夫。エミならきっとやり遂げられるよ」
  パパから昔あった出来事を全て聞き、手帳にメモをし終わった今、これから私がやる事はとても大きな事で、とても自分がやり遂げられるモノだとは思えない。
「私がやりたいって言い出したのに…わがままでごめんね」
  スマートウォッチの超未来型。といっても、きっとこれは販売は中止になるだろう。
  スマートウォッチに、時間を移動する機能がつけられた。付けられたといっても、まだ実験段階のもので、そのスマートウォッチの最新機能を体験してみたい人を抽選で選ぶというキャンペーンを会社が行なった。
  それに応募した私が、見事に選ばれたわけなのだ。
「私が若い頃のパパを見たいって言い出すのも、抽選で選ばれるのも、もしかして」
「うん。分かってたよ」
「やっぱり…」
「そりゃぁね。『咲凜』が言ってたもん。エミが勝手に応募した事だって知ってたさ」
「うぅ…ごめんなさい…」
  バレバレだったか。
「…エミ。エミは今、不安や緊張で押しつぶされそうだろう?」
「…うん」
「でも。大丈夫。落ち着いて。」
  16歳になったのに、私はパパが嫌いではない。反抗期というものが来ないようだ。
  それは、パパがこうやって、私をいつも支えてくれるからだ。
「何かを成し遂げる者は下を向いてちゃダメなんだ。顔を上げて、前を向きなさい。どんなに過酷な状況でも笑って、手を差し伸べる者こそ、大志を抱き、それを成し遂げることができる」
  約束、果たしたよ。と、私には意味が理解できない内容を呟く声が聞こえた。
  パパの言葉が、いつも私の背中を押してくれる。
「……………うん」
  もう、やるしかない…!
「行ってくるよ」
「…うん。あ、それと…」
  パパは鞄から薬を取り出し、私に手渡した。
「この薬を、向こうの時代の、僕のお姉ちゃんに渡して」
「………?わ、分かった」
  薬を鞄に入れ「よしっ」と声を漏らし、私はスマートウォッチの電源を入れた。
  ピコンという音が小さく鳴り、時間が表示される。
『2042.06.07』
  ここから33年前の時代に。
  パパがまだ8歳の頃の時間に。
………私は行く。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。8歳と16歳の僕のこと、頼んだよ」

  大きな揺れに恐怖を覚えるが、私はこんなものに屈してはならない。
「パパ…じゃなくて、司…君のところに行かなきゃ…!」
  そう。これから会う子は私のパパになる前の司君なんだ。
  地面を蹴り、走り出す。
  司君の両親の声だろうか、近くからパパの名を呼ぶ叫び声が聞こえる。
  そっちに司君がいるんだね…?
  次第にその叫び声は遠くなって行く。
  そうだ…津波が来るんだ…!
  ……急がなきゃ。
「司君!…司君!」
  手が少しだけ瓦礫の山の中から飛び出ている。
「司君!」
  腕に力を入れ、瓦礫をどかす。
  中から出てきたのは、アルバムの中にあった写真でしか見たことのない、8歳のパパがいた。
  そうだ。フードを被らなきゃ。
  顔は見られないように。
「大丈夫!?怪我はない?」
  私は彼に尋ねた。
  彼は黙って首を縦に振って応える。
「よかったぁ…」
  胸を撫で下ろし、少しだけ安心する。
  ここで死なれたら元も子もないからだ。
「はやくここから逃げないと!津波が来る!」
「…つなみ?」
「大きな波が来るの!とにかく逃げるよ!……ほら!」
  背中を見せる。きっと意味はわかってくれるだろう。

  司君を背負って走り出す。
  よし。この子を避難所まで送り届ければこの時代のミッションは完了。
  近くの避難所は津波が到達してしまうので、少しだけ遠くにある中学校の体育館を目指すことにする。

  司君。君のことは私が守る。
  16歳のパパもママも。司君のお姉さんも。


  必ず救ってみせる。


                                      君の嘘は僕を救う
                                                            終わり

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