君の嘘は僕を救う

モブタツ

  ベランダからの眺めが変わってしまった。
  僕が見てきた景色は一瞬にして奪われた。
  小学校や中学校の体育館は避難所に変わり。
  空にはテレビカメラと思われるヘリコプターが何台も飛んでいた。
  幸、僕の家はかなりの高台にあったため津波の被害に遭うことはなかったが、それでも、ショックは大きかった。
「……………」
  大震災の翌日。殆どが更地になってしまった町の景色を、僕はベランダから眺めていた。
  瓦礫の中から救い出した美乃梨は意識を取り戻し、美乃梨と咲凜はしばらく僕の家に泊まることになった。美乃梨は住む家をなくし、人生で二度目となる大震災を経験したことによるショックで無口になってしまっていた。
  彼女がそうなるのも無理はない。僕だってそうだ。8年前に起きた大震災で両親を失い、住む家も無くした。こちらに引っ越してきたのは、自分の故郷が壊滅的被害を受けたからだ。それなのに───。
  それなのに、引っ越し先のここでも震災に見舞われるなんて、もう不運であるとしか言えないだろう。
「………咲凜…?」
  ベランダから下を見ると、僕の家の玄関を出たあたりに咲凜が座り込んでいた。しばらくするとゆっくり立ち上がり、前に歩き始め、転落防止のガードレールに手を掛けた。
  彼女も、更地になった町の景色を眺めていた。
  悲しそうに。寂しそうに。
  そして、彼女の心情を体現するかのように。
  雨が降ってきた。

  傘を持って彼女の元へ向かう。
「咲凜」
  僕が彼女の元に着いた時も、彼女は景色を眺め続けていた。
  傘をさし、彼女に差し出す。
  自分の名前を呼ばれたからなのか、自分に降りかかっていた雨が突然止んだからなのか、目をキョロっと見開き、驚いた表情でこちらに振り返った。
「…司…君」
  なぜかすぐに目をそらす。
「私のやり方は正しかったのかな」
  僕は何も言えない。
「もっと救える命があったと思うの。私と君がいつも会ってたあの公園、あそこは被害が大きくてさ。公園周辺にいた人たちはみんな死んじゃった」
  僕をそこから離れさせたのは、そうなることを知っていたからなのだろうか。
「建設中のビルが私達に倒れて来た時、私と君以外の人たちは潰されて亡くなった」
  僕と咲凜は、時間を移動したから助かった。
「私と君で力を合わせて美乃梨ちゃんを助けた時、近くで美乃梨ちゃんと同じように瓦礫の下敷きになってる人が何人もいたの。時間がなくて助けることはできなかった…」
  彼女が嘆いているのは「人の命を見殺しにした」からなのだろう。
  彼女の気持ちは分かる。
「……咲凜」
  それでも、これだけは言える。
「今までの行いが正しかったのか、そうでなかったのかなんて、僕達には分からない。君の気持ちは分かるけど…少なくとも僕と美乃梨の命は助けられた。今は前向きに考えなきゃ。そうでしょ?」
  下を向き、黙り込んだ。
「……………君は昔から変わってないんだね」
  彼女はそれだけ言うと、再び黙り込んでしまった。
  雨の音が強くなる。傘に当たる水の音も鋭いものに変わり、僕は咲凜が濡れないように、しっかりと彼女を傘の内側に入れてあげた。
「…ありがと」
  ボソッと言ったその言葉には、様々なことに対しての意味が込められているような、そんな気がした。
「ふふっ。これが『あいあいがさ』ってやつ?」
  彼女の小悪魔のような笑みが僕をムッとさせた。
「仕方がないでしょ。雨降ってるんだから」
「別に嫌だなんて言ってないよ。ただ…未来では、スマートウォッチに傘の機能があるからさ」
  そう言いながら、彼女は電池切れになった時計を指で指した。
「こんなに…ドキドキするものなんだね」
「…え?」
  ふと、彼女の言葉を思い出す。
『司君のことが、好きだから。かな』
「私、君のことが好き。君のためならって思うと力が湧いて来るし、それに…君と一緒にいると、いつもドキドキしちゃってさ。7歳の私を助けた時だって、地震の時だって、君のことがすごくカッコよく見えた。君ともっと一緒にいたいって…そう願ってた。私と付き合って欲しかった」
  僕は…彼女が言うことを黙って聞いていた。
  ───が、彼女の言い方に違和感があった。
「でも、それはできないの」
  咲凜は自分の思いを僕に告げてすぐに、自分自身を否定した。
「それはどういう───」
「私と君は、住む世界が違うから。それに、本来私と君はこの世界では出会わないはずなの。まぁ、最初から私と君がこういう形で出会うっていうことか決まっていたのなら、話は別だけどさ」
  なんだかややこしいね、と苦笑いをしながら続けた。
「私が君と出会うのは、もっと未来の話。だから、君を好きになることは…できないの。それに、君には好きな人がいるでしょ?」
  彼女の核心をつく言葉に、僕はドキッとしてしまった。
  そう。彼女は僕のこれからを知っている。
  未来から来た彼女は、今の僕が何を思ってるのか、これから何をするのかを知っている。それを誰から聞いたのかは分からない。もしかしたら未来の僕から聞いたのかもしれないし、もっと別の方法で知ったのかもしれない。
  未来の僕が何をしているのかが気になったが、聞かないでおくことにした。
「君って…さ。未来の僕とは、どういう関係なの?」
「ふふっ。なーいしょっ♪」
「なんだよ…」
  彼女との別れの時が迫っている。
  僕は彼女の衰弱した笑顔を見て、すぐに理解した。

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