君の嘘は僕を救う

モブタツ

「そう…じゃあ、あなたは、ご両親のために頑張っているのね」
  私の身の上話をすると、お姉さんはすぐに信じてくれた。
「あの…こんなにも馬鹿げた話なのに…どうして信じてくれたんですか?」
「前にも言ったけど、あなたは悪い子には見えないからよ。それに、あなたがここで嘘をついたって仕方がないでしょう?」
  お姉さんの優しい言葉を聞き、私の目からは涙が溢れ出した。
「一人で頑張っていたのね。ありがとう」
  お姉さんに抱きつき、子供のように泣いた。
「でもまさか…この子がそうなんてね…」
  お姉さんの呟きを聞きながら。

  司君と美乃梨ちゃんが飲み物を買い終え、帰って来た。
「お姉ちゃん、咲凜といつの間に仲良くなったの?」
  司君がお姉さんにそう問うと、お姉さんは一瞬、ほんの一瞬だが、固まっていた私を見て、少しの間を開けてから答えた。
「司が帰ってくるのが遅かったから、その間に仲良くなっちゃった」
  うまく誤魔化してくれたお姉さんに感謝しながら、私は安堵のため息をついたのだった。

  雨が降りそうな曇り空。まだ明るいはずの時間なのに、もうあたりは薄暗くなり始め、薄気味悪い雰囲気が漂っていた。
  病院を出た私達は、いつも通りの帰路をたどり、それぞれの家へと向かって歩いていた。
「よかったね、司。お姉さんの病気、良くなって」
  そう一言、美乃梨ちゃんは彼に告げ、いつものあの公園で別れた。
  2人っきりになり、彼は私と交わした約束を思い出したかのようにハッとなり、私に視線を向けた。
「咲凜、一緒に行きたいところって…」
  うん。と小さく声を漏らし、私は公園からさらに上に伸びる上り坂を指差した。
「あそこの上。行きたいんだ」
  坂を登りきっところに、この公園がある。そこは見晴らしが良く、ドラマの撮影などにも使われる場所だったらしい。
  その公園から、さらに上に伸びる坂がある。そこを登ると、小さな山の頂上にたどり着く。展望台のようになっており、そこから見る街の景色はまさに絶景であったと、本で読んだ。
「うわぁ〜!!」
  本でしか見たことなかった景色は、キラキラして見えた。
「景色、すっっっごーく綺麗!」
「ここからの景色って、坂を登りきらないと見れないんだけど、その苦労を跳ね飛ばしてくれるような、そんな力があるんだよね」
「うんうん!あぁ…変わってないんだなぁ…」
  景色が違くても、この独特の雰囲気は変わってない。
  数日前に訪れた「ココ」とは、雰囲気が変わっていなかった。
「何が?」
「いや?こっちの話だよ」
「そ、そう…。それで、何か思い出せた?」
「うーーん…あんまりだなぁ…」
「…そっか」
  本当は違う。君には、本当のことを話したい。
  悪気はないの。でも今はこうするしかなくて。
  だから、これだけは言わせて欲しい。
「うん。でも」
  私と一緒にいてくれて、私のわがままを聞いてくれて。
「ありがとうね」
  だから『その時』が来たら必ず話すよ。
「…私もね、子供の頃、死にそうになったことがあるんだ」
「震災で?」
  目を瞑り、首を横に振った。
「違うの。私は交通事故」
  あと、このことも。
「交通…事故…」
「うん。交通事故。ほら、司、昔の話してくれたじゃん?だから、私も自分の話をしようと思って」
  あの時、私はお兄さんに助けられた。
  そのお兄さんが、君によく似ていたの。
「昔にも、交通事故に遭ってたんだね」
「まぁね!あはは!確かにそうだ!」
  本当は、その交通事故が最初で最後の体験なんだよ。

  「…私の住んでる場所も、通っている高校も、君に話すことはできないの。どうしても、ね」
  私は、何度も何度も心の中で謝り続け、秘密を隠し通して来た。
「…どうして?」
「それも、内緒♪もし、話す時が来たら話すよ。それまで待っててね」
  嘘を隠し通そうとする度に胸が痛くなった。
  ──でも。
  今回は…特に辛い。
「今日はありがとう。病院にも連れて行ってくれて、ここにも来てくれて。ね」
「…うん」
「またね。司」
  私は、堪え切れなくなった「モノ」を司君に見せないために、彼に背を向けた。
  そのまま歩き出す。
「待って」
  でも、彼の呼び止める声を聞くと、私の歩みは反射的にピタリと止まった。
「また明日も…会えるよね?」
  彼からの想定外な質問に、私は全身が固まってしまった。
  私は何も言えず、私と彼がいるこの空間だけ、時間が止まったように静かになった。
  何か答えなければ。うまく、うまく誤魔化して。
  雨が降って来た。傘を持っていない私達は、少しずつ濡れ始める。でも、私はそんなことを気にはせず、彼への返答を考えた。
  この雨がせめてもの救いで、私は涙を雨に紛れさせ、彼の方に振り向いた。
「────会えるよ」
  絞り出すように言った言葉は、自分でも分かるほど声が震えていた。
「会えるに…決まってるでしょ…?もう。そんな変なこと聞かないでよ…」
  辛い。辛すぎる。
「また明日………ね」

  彼に背を向け、歩き出す。彼が見えなくなったところで、耐え切れなくなった私はその場に泣き崩れてしまった。
「───パパ…ママ」

  嘘をつくのって、こんなに辛いことなんだね。

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