君の嘘は僕を救う

モブタツ

[私が見たモノ]1

  時間の流れとは、とても不思議なものだ。
  人から物事を忘れさせたり、物の質を下げたり、小さかった物を大きくする力がある。
  そして、時間は後戻りすることはできない。
  一度過ちを犯したら、それは償うことしかできない。
  一度善行を積んでも、それはいずれ「過去の栄光」になってしまう。
  ただ、私はそんな不思議な「モノ」に、抗える力を持っていた。


  病院への道。
  大仕事を終えた私は休む暇もなく、司君の姉がいる病院へ向かっていた。
  あたりに人通りはなく、私が履いている靴の、コツコツという音が響いている。
  腕時計を確認する。
『2017.06.07』
『15:50』
  よし。予定通り。
  歩くスピードを上げ、私は司君の姉がいる病室へ急いだ。

「司の…友人なのね?あなたは」
  今日初めて会った、司君のお姉さん。大人しく、容姿端麗。口調も大人のような、とても賢そうな人だった。
「はい。今日は、司と一緒には来ていませんが」
「咲凜ちゃん…ね。覚えておくわ」
「あの…こんなことを言うのも変だと思うんですけど…ここに私が来たことは、司には内緒にしていて欲しいんです」
「…どうして?」
「訳は話せないんですけど…理由はまた今度話します。お願いです!」
  やっぱり、こんなに唐突だったら怪しまれるだろうか。
  でも、これ以外方法はないのだ。
「……」
  司君のお姉さんは何も言わない。
「だめ…ですか?」
  やっぱり…だめか。でも、そんなはずはない。そう思った時。
「…分かった。内緒にしておくわ」
  司君のお姉さんは、静かに了承してくれたのだった。
「え…?いいんですか?」
「あなたは悪い子には見えないから。それに、わざわざここまで来てくれたんだもの」
  そう。内緒にしてもらうことだけが、ここに来た理由ではないのだ。
  ただ、司君のお姉さんには
「それに、あなたが右手に持っているその薬。私に飲ませたくて持って来たんじゃないの?」
  全てがお見通しだったようだ。
「え、えっと…はい。でも、怪しいですよね。もちろん、そんなつもりはないんですけど」
「あなたがここまで来てくれてる時点で、悪い子ではないと思ってる。全然怪しくなんてないわ」
  どこまで心が広いのだろうかと考えながら、薬をお姉さんに手渡した。
「この薬、お姉さんが患っている病気の薬なんです。今はまだ出回っていませんが…これから、きっと広まるはず」
「私は…あと一週間保つかわからないと先生から言われたんだけど。そんな私でも、この薬は効くのかしら」
「…はい。必ず。でも」
  そう。これを言わなくてはいけない。
「一度、容態が急変します。でも、目が覚めた時には、病気が治っているはずです。必ず!」
「そう…いいわ」
「いい…とは?」
「この薬、飲むわ。どうせ一週間保つか分からない体だし。これで治ったら、あなたにはなんてお礼をしたら良いか…」
「私の頼みごとを聞いてくれたんですから、それで充分ですよ」
  これで一安心。司君のお姉さんは助かる。あとは『例の日』までに退院できれば、目的達成だ。
  お姉さんに、服用時間、服用回数を教え、病室を後にする。
『2017.06.07』
『17:30』
  腕時計を見ると、先ほどの時間より1時間ほど時間が進んでいることに気がついた。
  私は無意識にため息を漏らす。
  疲労困憊、睡眠不足、体力は尽き、歩くことすら苦痛に感じる程、体は限界を迎えていた。
「今になって緊張して来ちゃったなぁ…」
  でも、少しだけ楽しみでもあった。
  16歳の『司』という男の子に会う。彼は今頃、公園のベンチで本を読んでいるだろう。今読んでいる本は、彼にとって当たりの本。後半に進むにつれ、内容がだんだんと面白くなっていくお話。クライマックスは、小説内の世界に引き込まれてしまいそうな程、面白いものだ。
  住宅街を通り、商店街の隣を抜ける。団地の敷地内の隅っこに坂がある。そこを登りったところに、見晴らしの良い公園があった。
  辺りを見回す。人がいない。
  おかしい。彼は今本を読んでいるはず。
「あれ…どこにいるんだろう…?」
  ふと、ベンチを見ると、制服を着た男の子が本を読んでいた。
  もしかして、彼があの司君…?
  「ねえ。ねえねえ。」
  声をかけなければ、事は始まらない。
  私は勇気を振り絞って声をかけた。
「………………」
  返事がない。恐らく、自分が声を掛けられているとは思っていないのだろう。
「ねえ。君だよ。君」
「ぼ、僕?」
  2回目で彼は応えた。
  そうだ。まずは、あれを聞いて「確認」しないと。
「いつもここで本読んでるよね?」
「そうだけど…何か用?」
  よし。順調。
  彼の言葉を聞き、私は嬉しさのあまり目をキョロっと見開いてしまった。
「あ、えっと…クライマックスのところ申し訳ないね…別に怪しいものではないから、安心して!」
  怪しまれないように、そう告げる。
「…そんな心配はしてないんだけどね」
  それは良かった。
  次に、本の確認。
「今読んでる本って、なんていう本?」
「…これだけど」
  彼に差し出された本を見て確信する。
「あ!この人だ!」
  嬉しさのあまり、言葉に出てしまったが、彼に怪しまれていないだろうか。
「これ面白いよね!私も読んだよ!」
  そう。ある人に勧められ、私も読んだ。
  すごく面白かった。
  彼は顔をしかめながらこちらを見ている。
  そうだ。名前を聞かないと。
「君、名前は?」
  最終確認。彼の名前を聞く。
「…司」
  ゆっくりと、彼は答えた。
  司君。
  いや。
  司。
「司…ね。私は咲凜(えみり)。よろしくね」

  私は…必ず…
  君を…君を、救ってみせる。

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