君の嘘は僕を救う

モブタツ

  4人分の飲み物を持ち、僕と美乃梨は病室に戻って来た。
「お帰りなさい。遅かったね」
  姉は、静かにそう言い、微笑んだ。
「どこの自販機に行けばそんなに時間がかかるの!おーそーいー!」
  咲凜も、いつも通りの元気で僕を叱って来た。
「お姉ちゃん、咲凜といつの間に仲良くなったの?」
  僕が姉にそう問うと、姉は一瞬、ほんの一瞬だが、咲凜を見て、少しの間を開けてから答えた。
「司が帰ってくるのが遅かったから、その間に仲良くなっちゃった」
  美乃梨の、安堵のため息が聞こえ、美乃梨の吹き出す音が聞こえ、最後に僕の舌打ちが病室に響いた。
「人使い荒いんだから…お姉ちゃんは」
「奢ってあげたんだから、文句は言わないの」
  僕は姉の正論に何も言い返せず、負けた気分になる。
「あれ?お姉さん、病気は良くなったの?」
  美乃梨の言葉を聞き、僕はもう一度姉の方に視線を向ける。
「……どうしてそう思うの?」
  姉がこうして意味深な聞き方をしてくるのは、昔からの癖だ。
 …が。確かに、姉の周りにあった機械たちが
「だって、昨日まであった機械たちが今日は一つも」
  無くなっていた。
「…気づいたのね」
  ふふっと小さく笑い、姉はこちらをまっすぐに見つめて来た。
「病気、治ったの。明日、退院だって」
  僕は耳を疑った。
「…本当に?」
  そして、次に姉の言葉の真偽を疑った。
「本当よ。奇跡だって」
  そう。姉の病気は、今の医療技術では治ることはないと言われていた病気だったから。
「奇跡…奇跡でも…よかった…!お姉ちゃん、死なないんだね!?」
  美乃梨と咲凜が見ていることを忘れ、僕は姉の手を握り、無事を大いに喜んだ。
「ちょ、ちょっと…!司、もう高校生なんだから、みんなの前でそういうのは…」
  戸惑っている姉を美乃梨と咲凜がなだめる。
「いいんじゃない?病気が治ることって、すごくめでたい話だし。司、お姉さんのことすごく心配してたからさ」
「今は司の素直な気持ちを受け止めてあげてください」
  2人の言葉を聞いた姉の手が、僕の手を強く握った。
「…そうね。ありがとう」
  そのありがとうが、誰に当てられたものなのかは分からなかったが、僕は涙を流して喜んだのだった。

  雨が降りそうな曇り空。普段ならまだ明るいはずの時間なのに、もうあたりは薄暗くなり始め、薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。
  病院を出た僕達は、いつも通りの帰路をたどり、それぞれの家へと向かって歩いていた。
「よかったね、司。お姉さんの病気、良くなって」
  そう一言、美乃梨は僕に告げ、いつものあの公園で別れた。
  2人っきりになり、僕は咲凜としていた約束を思い出す。
「咲凜、一緒に行きたいところって…」
  うん。と小さく声を漏らし、咲凜は公園からさらに上に伸びる上り坂を指差した。
「あそこの上。行きたいんだ」
  坂を登りきっところに、この公園がある。そこは見晴らしが良く、ドラマの撮影などにも使われる場所だった。
  その公園から、さらに上に伸びる坂がある。そこを登ると、小さな山の頂上にたどり着く。展望台のようになっており、そこから見る街の景色はまさに絶景であった。
「うわぁ〜!!」
  少しだけ長い上り坂を咲凜と一緒に歩き、ようやく上がりきったところで、咲凜は前を向いて目を輝かせた。
「景色、すっっっごーく綺麗!」
  両手を広げて走っていくその姿は、子供のように見える。
「ここからの景色って、坂を登りきらないと見れないんだけど、その苦労を跳ね飛ばしてくれるような、そんな力があるんだよね」
「うんうん!あぁ…変わってないんだなぁ…」
  変わって…ない?
「何が?」
「いや?こっちの話だよ」
「そ、そう」
  昔から景色が変わってないと言うことだろうか。
「それで、何か思い出せた?」
「うーーん…あんまりだなぁ…」
「…そっか」
「うん。でも、ありがとうね」
  一緒に来てくれて、ということだろう。
「…私もね、子供の頃、死にそうになったことがあるんだ」
「震災で?」
  目を瞑り、優しく首を横に振った。
「違うの。私は交通事故」
「交通…事故…」
  どうして僕にこの話をしてくれるのだろうか。
「うん。交通事故。ほら、司、昔の話してくれたじゃん?だから、私も自分の話をしようと思って」
  なるほど。話してくれたから私も、ということか。
「昔にも、交通事故に遭ってたんだね」
「まぁね!あはは!確かにそうだ!」
  笑っていいことなのかは分からないが、彼女自身は楽しそうなので気にしないことにした。
「…私の住んでる場所も、通っている高校も、君に話すことはできないの。どうしても、ね」
  今日の咲凜は、話題の切り替えが早い気がする。
「…どうして?」
「それも、内緒♪もし、話す時が来たら話すよ。それまで待っててね」
  意味深な言い方をするのは何故だろう。
  また、彼女は彼女特有の独特な雰囲気を醸し出している。
「今日はありがとう。病院にも連れて行ってくれて、ここにも来てくれて。ね」
「…うん」
「またね。司」
  咲凜は僕に背中を向け、歩き出した。その背中が、どこか寂しそうな、悲しそうなオーラを出し、いつもの元気な咲凜ではないということが分かった。
「待って」
  僕が呼び止めると、彼女の歩みはピタリと止まった。
「また明日も…会えるよね?」
  このままいなくなってしまう気がして、僕はそう尋ねた。
  咲凜は何も言わず、僕と咲凜がいるこの空間だけ、時間が止まったように静かになった。
  雨が降って来た。傘を持っていない僕達は、少しずつ濡れ始める。でも、僕はそんなことを気にはせず、彼女の返答を待った。この間はなんなのか。どうしてすぐに答えないのか。
  嫌な予感がした。
「………………会えるよ」
  小さく、震えた声で彼女は答えた。
「会えるに…決まってるでしょ…?もう。そんな変なこと聞かないでよ…」
  こちらを振り向いた咲凜の目からは、涙なのか、それとも雨なのか分からない「モノ」が流れていた。
「また明日………ね」
  もう一度僕に背を向け、歩き出す。
  僕が彼女をもう一度呼び止めることはなく、彼女は遠くへ消えて行った。



  咲凜は司の見えないところまで歩いてくると、その場に崩れて泣き出した。
  咲凜は、司に大きな嘘をついていた。
  それは、心の中で何度も謝り、涙を流しながらついた嘘だった。

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