S級冒険者パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる 〜勇者である妹より先に魔王討伐を目指す〜

英雄譚

第52話 『戦士長の勇敢なる剣閃』

 

 ネロの放出された闇に二人が飲み込まれたその瞬間、トレースは涼やか表情を保ったまま剣を振り上げ、赤子の手を捻る感覚で周囲を取り巻いていた闇を軽々しく払ってみせた。

 続くユーリスはネロの正面に立ち、散らされる闇の経路を塞ぐように虚空を一刀両断。
 ユーリスの剣によって空中に白い真空生まれ、撒き散らされた闇を一瞬で吸収しながら音もなく消滅させた。

 黒衣を揺らしながら、二人の妨害に目もくれずネロは黒く侵食された自身の短剣を懐から取り出し、肉眼では捉えるのが困難ともいえる移動速度で、一瞬にして二人の視界からその姿が外れる。

「ハッ、その程度で俺らを翻弄できるとでも思っているのか? 」

 愛剣を構えるユーリスにはソレは通じない。彼の光明な瞳はどのような速度の斬撃ですら捉え、標的の微かな行動で先を予知する。

 よって彼が剣を振るう先は、死角である頭上ーー!!

「ガァァァァアアアッ!!!」

 空の方を見上げると、予想通り血を求めようと凶器《短剣》を振り下ろしながら、黒い眼球でこちらを睨みつけるネロがそこにいた。

「ユーリス君、  なるべく深手は避けてくれ」

 忠告するトレースに対してユーリスは眉をひそめるも、素直に溜息を吐いて暴走するネロへの殺気を押さえ込んだ。
 それは決して善意でではない、どうせここでネロを絶命させたりしたら面倒は避けられないだろうと判断したのだ。

 よって、ユーリスは上から飛びついてくる標的を斬ることを断念し、持ち方を変えてから剣身をネロの胴体に思いっきり叩きつける。
 骨を砕いたような手応えある感覚と音、口から吹き出される血を目にしながらユーリスは、ありったけの筋力をこめてネロの小さな体を前方へと吹き飛ばしてみせた。

 だが思ったよりしぶといネロはすぐさま姿勢を直しながら、鼻の先の地面に着地する。
 よく見ると、その手に持つ短剣の切っ先には誰かの血が付着していた。

 それを目にした瞬間ユーリスは鋭い感覚と違和感を左腕から感じ、感覚の居場所へと視線を移動させる。

「……くっ、俺のか」

 かなり深く切られてしまった腕の肉と服に付いてしまった血を見て、潔癖症のユーリスは目を細めてしまう。痛みより先にこの服をどう洗濯しろと?  といった苛立ちを現にしてしまうユーリス。

「ガァァァアアアア!!!」

 反してネロはそんな事に構うことなくユーリスにめがけて膨大な魔力が圧縮された鎌鼬を放つ。

 風切り音に反応してユーリスは片手で剣を握りしめ、飛んでくる鎌鼬を捉え弾こうとする。

「ユーリス君!  ダメだ避けるんだ!」

 トレースの忠告はユーリスの耳元まで届いていたが、防御手段を中断できないユーリスはネロの放った半透明な鎌鼬を素早く両断してしまった。

 瞬間、鎌鼬を斬り裂いた空中が大きく破裂。
 無数もの鋭い刃の風がユーリスの体めがけて容赦なく散乱する。

「!」

 ユーリスは体を斬り刻まれながら、爆風によって吹き飛ばされてしまう。
 それだけではない、爆風の被害はユーリスだけに及ばず周囲の木々までもが巻き込まれ、地面に崩れていた。

(まさか、圧縮した鎌鼬の内部に無数もの鋭い風を仕込むだなんて……!)

 宙に飛ばされたユーリスの落下する場所を先読みしたトレースは、地上へと叩きつけられる前になんとか落下するユーリスに追いつき受け止める。

「……チッ、余計な事をしやがって」

「はは。悪いね、人助けがモットーで」

 そんな会話を挟みつつ、ネロが再び風魔法で攻撃を仕掛けてきた。
 射出された鎌鼬は斬るのわけでもなく弾くわけでもなく、二人は地面を蹴って直撃を回避した。

 進行速度は速いが避けられない程ではないため余裕、だと思われたが。

「!!」

 回避するために飛んだ方向にも、待ち伏せするように二人めがけて鎌鼬がすでに射出されていた。まるで自分らが回避行動をとるのを分かっていたかのように、必然的に狙いを定められていたのだ。

 しかも、範囲がかなり拡大された黒い魔力を纏わせた鎌鼬である。

「この程度の小細工など、この目を持ってして見極められないとでもっ?」

 ユーリスは先読みしていたのか、地面を踏み込みながら鎌鼬の射出範囲からすぐさま遠ざかった。

 一方、地に生える草木を刈りながら徐々にトレースへと接近、直前トレースは片手で握っていた剣を両手で掴む。

「フンッ!」

 爽やかな顔立ちに似合わない強張った表情で、トレースは黒竜の鱗さえ切りさる鎌鼬にむかって肉眼では見えない斬撃を射出した。
 飛んでくる鎌鼬にトレースの見えない斬撃が命中するが、消滅することは無い、ただし勢いが弱まっているのを見計らい地面に着地しながらトレースは剣を振り絞った。

『ーー勇敢なる剣閃!!』

 縦斬りによって剣から放たれたのは、天へと伸びていく光の大柱。
 強大な魔力で形成された柱は地面を抉りながら、勢いが弱まった鎌鼬へとめがけて飛ばされる。時間もかからず互いの魔法が衝突したそのとき、耳にまで直接響いてくるような鬱陶しい轟音と衝撃が同時にこの場にいる者をすべて巻き込んでいた。

 ドォォォォォォォォォォオッ!!!!!

 焼けるような熱気に包まれながらもネロは野生の如くに牙を剥きだし、充血した眼球で光の柱を睨みつけながら魔力で包まれた黒衣を前方へと大きく広げて、トレースの放った光の柱を抑え込んでみせた。

 そして、わずかな時間の経過だけでネロは術者である本人の目の前で光の柱を容易くその手で消滅さてしまう。

「なんだと……!」

 流石のトレースでさえ最大出力で放った剣技をあんな風に抑えこまれるだなんて思いもしなかったのか、微かな戸惑いが瞳に映っていた。
『勇敢なる剣閃』エルフ秘伝奥義であり、3日の複雑な魔力制御によって一度だけ可能となる最強の剣撃。

 それがあんな風に呆気なく消滅させられるとは、さきほど黒竜をたった一人で撃破した報告もこれなら納得いく。

「どうやら俺ら二人だけでは……この場は乗り切れる気がしない、ようだ。どうする、ユーリス騎士団長さん?  尻尾を巻いて逃げるも、血を流して戦うのも君しだいだよ」

「……撤退できる訳ではないだろう?  今、俺らの背後には倒れた役立たずの俺の部下が全員、気を失ってしまっている状態だ。無論、騎士は手足を失ったとしても戦い続ける」

 身体中に切り傷を負い、立つのがやっとな状態のユーリスは荒々しい呼吸を繰り返しながらも、唇の端をつりあげながら言い放ってみせる。


 ーー逃げるわけにはいかないのだ、大切な仲間を守る為にもな。

 トレースは彼の言葉を、いい加減にもそう解釈していた。
 こういう時でもポジティブ心を決して忘れない、歪で暗い雰囲気には最適の心得である。
 それを子孫が出来たら、言い聞かせてやろう。
 トレースは一人で盛り上がりながらそう思っていたのだった。

「わかったよ、親友。必ず、勝ってみせようぞ!」

「相変わらず貴様って奴は、新兵時代から変わらない馬鹿丸出しだ」

 消えることない闘志を瞳孔に浮かべ、二人は戦闘を続行するために一歩前へ踏み出してみせた。



「ーーーちょっと!!   そこの騎士さんと戦士さん方々~!」

「え?」「む?」

 次の瞬間、眼前に立ちふさがるネロの頭上の上空から無数もの見覚えのある人影が、この場にめがけて物凄い速度で落下してきていた。

 呼びかける声に二人はとっさに空へと目を向ける。
 声の主は、眼鏡をかけている紺色の髪をした女魔道士マーラだ。その他、ネロを誘って今朝どこかに出かけていったメンツが揃っていた。
 風圧のせいで顔芸を披露することになったガレル、ネロの変わり果てた姿を目撃して涙目するエリナ、興味津々に眼鏡を輝かせるマーラ、これといった反応をみせないロインズ。

「……あれは」

 目を凝らしながらよく見上げると、その中に人形を腕の中に包んだ全身包帯の奇妙な女性も何故か混ざっていた。

 知る人も知る、知りたくもない人ぞ知る『狂人形使い』の神魔道士レヴィア・ターナだ。




 ※※※※※※




「おや……どうやら、始まったようね」

 精霊樹を中心にした大都市『ルヴニール』の一角の石造りの高台に立つとある人物が、白衣のような服装を風に揺らしながら、街を見下ろしていた。

 もうそろそろ精霊願の日が始まろうとしている。
 その為か、街の大通りを行き来するのは種族が異なった様々な亜人たち。
 全種族がミアに望みを叶えさせるための『試練』の開幕にも準備が必要だ。そのための準備作業を既に行っている輩も大多数見受けられる感じだ。

「………」

 白衣を着た人物は街並みを一通り確認してから頭に生えた猫耳を垂らし、小さな笑みを浮かべると、街に背中を向けて歩きだしてしまう。

「そういえば、エリーシャに会わなければ……そんか気がするのニャ」

 疲れた表情でため息を吐きながら、白衣を着た人物は何かを小さく呟き、高台に生えた一本の樹木を通りすぎる。


 ーー気づくとその目立った姿は、その場から音もなく消えたのだった。



※※※※※※※

次回、完結します。



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