S級冒険者パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる 〜勇者である妹より先に魔王討伐を目指す〜
第49話 『黒竜の討伐 ③』
エルフ領北部の辺境、大地の渓谷。
右側の川が流れる谷底に気をつけながら、狭い脇道をゆっくりと進んでいた。
しかし渓谷の間を吹き抜ける強風が体に直撃するため、うっかり横に押し倒されてしまいそうになる。
「ほらほら、どしたんだよ皆の衆~?  俺はまだまだ余裕だぞ!  ほら、この通り!」
まだまだ余裕そうにガレルがパーティの先陣を切っていた。
まるでこの状況を楽しんでいるかのように元気が有り余っている様子だ。
その後、二番目に続いていたエレナが目を半開きにさせながらガレルを見つめる。
怒っているわけではない、風が強いからあまり目が開けられないのだ。
「もうぅ。ガレル君が脳筋だってことは承知しているけど、あんまり急かさないでよぉ!  ネロちゃんが疲れちゃうじゃないの!」
前方でピョンピョンと跳ねているガレルを尻目に、エレナは自分の背後を必死に追いかけている僕に心配そうな声をかける。
「疲れたらちゃんと言ってよね~ネロちゃん。私がいつでもおんぶしてあげるから」
そっちの方が圧倒的に危険なような気もするけど、彼女の厚意は非常に嬉しいことなので、あえて拒否はしない。
声には出さないけど、青くした唇でニコリと笑いながら無言で頷いた。
すると突然、僕を見つめるエレナの表情が無になる。
よく見ると、彼女の耳だけがみるみると赤くなってきてる。
「……尊い!」
獲物を目の当たりにした瞬間の眼光、唇からツーッとヨダレを垂らして見つめてくるエレナの視線に、背中が冷気に包まれる。
今でも飛び込んできそうな彼女に身構えると、僕の背後にいる魔道士マーラが興奮状態のエレナを注意した。
「エリナさ~ん。興奮するはいいですけど場所を考えてよ?  こんな所で急に暴走したりしたら、ネロだけじゃなくてアタシらも巻き添え食らうから、とにかく抑えて」
「へへ……そのぐらい……わかってるわよ……私だって、バカじゃないんだから……ねぇ」
抑制できているか否かは置いといて、彼女から向けられる視線がとにかく恐ろしい。
平静を装っているのも限界で、足が震えてしまう。
小柄で可愛い容姿をしているが、たまにエレナは怖い行動を取ってたりするので油断できない。
自分に好意を抱いてくれる事に関しては、言葉にしなくとも「ありがたい」で胸一杯である。
しかし、過剰とも捉えられる興奮状態を引き起こされたら、流石に彼女との距離を遠ざけたいと本能で思ってしまう。
それはさておき、ずっと妙に上の方から変な臭いの水滴が降ってきていた。
体に付着するとネバネバとして、さらに強烈な臭いを発するのだ。
あまりにも鬱陶しく思ったのか、先陣を切っていた剣士ガレルは睨みつけるように青空の方へと目線を移動させた。
「………あっ……」
背後からガレルの表情を伺ってみると、先ほどまでの威勢が崩れるような、口ではとても表現できない感情が彼の顔の表面に浮かび上がっていた。
生を失ったような打ち拉がれた表情。
そのままガレルは、動かしていた足を止めてその場で硬直してしまう。
ガレルの行動によって進む道を塞がれた後方の僕たちは、揃って足を止めて彼を見つめた。しかし、怯える彼に声をかける者は誰一人としていない。
ガレルから放たれている異様な雰囲気、この場に立ち止まる誰もが真上にいるであろう何らかの存在を既に察知していた。
「「!!」」
ーーー愚かに僕だけは、よく周囲を観察せずに躊躇いもなく真上を見上げてしまう。
若いながら探究心溢れる、夢見る幸運な少年だ。
そう呼ばれ続けていた自分をこの瞬間、呪ってやりたいと思った。
見上げた先には、青空を覆うほどの翼を広げ、目を疑いたくなる程に黒い鱗で纏われた胴体を持つ怪物がそこに自然と飛んでいた。口元に赤い血痕が付着しているのを見ると、そっこうに肉食なんだと断言できる。
「………黒い竜」
誰がそう言ったのかは分からない。
ただ、それが間違いではないのが目の前の生物を目の当たりにして痛感した。
喉からは乾いた音、叫んではいけないと本能がボクの声を抑えている。
瞬間、黒竜は瞳孔を細めて血のこびり付いた口を大きく開けた。
水滴だけではない、赤い液体もが僕らの頭上にめがけて容赦なく降り注いだ。
「………グルルルル!!!」
唸り声が耳に届いたその瞬間、奴が獲物に標準を定めたのが合図。
最前列で見上げていたガレルは腰の鞘におさめた剣に震えている自身の手を当てて、後方に立っている僕らの方へとおそるおそると振り向いてきた。
戦闘を開始させようとしている、直感的に僕はそう思った。
だが黒竜は獲物が自身の攻撃範囲から逃れようとしているのを、指を咥えて見るほど優しい生物ではない。
「逃げろぉぉおお!!」
黒竜の胸元が赤く発光したその瞬間、誰しもがその場を離脱しようと地面を踏み込んでいた。
遅くも黒竜の吐き出した黒い炎が、僕らの足場を崩してしまう。
直接、僕達に目掛けて攻撃を放ったのではない。谷に落下しないように伸びた一本道を、まるで分かっていたかのように黒竜は火炎を吐いたのだ。
「くっ!?」
崩れていく地面を背に、来た道へと振り返って僕は走った。
前方には魔道士のマーラと最後尾にいたロインズもが、崩れていく地面から逃れる為に元の道へと引き返していた。
血の気が引いたような表情、荒々しくなっていく空間、それを感じとった黒竜は高度を下げながら僕らを追ってきた。
「ガァアアアアアアア!!!」
黒竜の咆哮が渓谷に響いた。すぐ背後に居るのが音だけで分かる、けっして遠くない距離に奴は追ってきている。
「ネロ!  目を瞑って!!」
すぐ前を走る魔導士のマーラにそう伝えられ、何も考えずに僕は瞼を閉じて足で地面を蹴った。
マーラは特に確認もせず、走りながら杖を上へと振り上げる。
同時にチリヂリと燃えるような音が背後から聞こえた、また『ファイヤーブレス』を吐き出そうとしているであろう黒竜が脳裏によぎった。
大地をも破壊する火力が、もしも自分らに直撃すれば無事では済まないだろう。
それも当然のこと、マーラはこの展開を打開する為に全力で魔力を杖へと注いだ。
「天の都から注がれし大地の糧よ!  その神々しき力を今ここで解き放て!!  【光の塊】!」
太陽から放たれる光、とでも表現しても違和感のない眩しい明かりが周囲を包み込んだ。
瞼を閉じようが眼球にまで届くような威力の光が直視していた黒竜の視界を容赦なく焼きつけた。
「ギャアアアアア!!」
光は一瞬ではない、三秒のほど続いた後、音もなくマーラの杖に吸い込まれるように消滅する。
瞼を開くと、周囲にはまだ明かりが微かに広がっていた。
振り向くと、巨体を無造作に壁に叩きつけながら暴れ回っている黒竜が目に入る。
どうやらマーラの先ほどの目くらましが効いたらしい。それに、幸運にも黒竜が吐き出そうとしていた『ファイヤーブレス』が中断されている。
「流石だな、マーラ」
小さく呟くとロインズ。
それを聞いたマーラは嬉しそうに笑った。
「ふふ……こう見えたって私、一流の魔導士ですもの!」
一流というマーラの自画自賛に納得せざる得なかった。彼女のおかげで黒竜は今、理性を失ったかのように暴れまわっていて、距離を段々と離していく僕らを見ていない。
いくら竜だろうと、どうやら視覚の構造は他の生物と異ならないらしい。
目を瞑るなら一応対処できるが、まさか自身よりちっぽけな生物が突然、目をくらまししてくるとは思ってもみないだろう。
「このまま走り抜けるぞ!  洞窟があれば、そっこう入り込め!  俺らでは到底、勝てる相手ではなーー」
鼓膜を破く程の咆哮と、衝撃が同時に背後に伝わった。気づけば僕の視界は地と宙がひっくりかえる光景を、震えながらも捉えていた。
いや、世界が法則無視でひっくりかえったのではない。
何かの衝撃によって吹っ飛ばされてしまったんだ、僕の方が………!
「ネロ!!」
崖から落下する僕に手を伸ばそうとする二人が見えたが、手を伸ばしたところで決して届かないであろう距離に二人は僕を見下ろしていた。
ーーー死。
頭にそんな文字が一つだけ暗闇の中に浮かび上がっていた。
何度も経験したことのある感情、感覚……感性が当然のように胸の奥から噴水のように湧き出てくるようだ。
「ガアアアアアアアアッ!!」
全長二十メートルものでさかを誇る怪物が、落下していく僕の肉体を求めるように大きく口を開けながら、その中に並ぶ凶器ともいえる歯を披露してきた。
広い渓谷の間を泳ぐように近づいてくる、とてもじゃないが落下している状態で回避できる気がしない。
段々と距離を詰めていく黒竜が、心なしか遠くで見るよりも奴は想像を遥かに凌ぐほど巨大に見えた。
ーーー怖い……怖い怖い怖いっ!!
無意識に宙に揺らいでいた僕の手は、腰の後ろにかかっていた短剣に触れていた。
瞬間、魔力という単語が頭の中に浮かびあがる。
ーー!!
重力に引っ張られる体をひねりながら、頭を片手で守るような姿勢を作る。黒竜はもうすぐそこまで来ている、視界で捉える限りもう目前だ。
「ガァァアアアアアア!!!」
「ぐあああああああ!!!!」
ギリギリの距離まで接近してきた黒竜が喰らいつこうと、首を右へと曲げる。もう奴は鼻の先、酷い悪臭が奴の口から漂ってくる。
ーーーここだあああ!!!
寸前、黒竜が噛みつこうとするタイミングを見計らって、魔力を込めた右手から魔法を発動させる。
「風魔法【風渦】!」
発生させた渦巻きが体を包みこみ、僅かだが風によって僕の体は上の方へと浮き上がった。黒竜が勢いよく噛みつくが、標的である僕はもう頭上から見下ろしている状態である。おかげか、黒竜は何もない空気に喰らいついただけ。
歯の擦り合う鈍い音が、すくそばの僕の耳にまで届く。
黒竜は驚いたように牙のみえる口を小さく開けた。
予想外もなにも、脳の認識が追いつかない黒竜はそのまま前進。風によって体を振り回され続ける僕は、流れていく黒竜の体にめがけて短剣を全力で振り下ろしてみせる。が、到底届かない。
問題はそこだけではない。黒竜の全身を包んだ艶めく黒い鱗からとても頑丈な雰囲気が漂ってくるためか、こんな短剣ごときでは外皮まで通るのは不可能だろう、そう思ってしまう。
だが偶然にも、黒竜の背中には微かな亀裂がはいっているのが目に入る。
「あっ!」
それを肉眼で捉えた瞬間にもう一度、僕は無意識に空へと腕を伸ばしてみせていた。
ーーー【風渦】!!
小さな竜巻を再び生み出し、宙に浮いた自身の体を黒竜の向ける背中へとわざと吹き飛ばす。勢いに乗りながら風を切っていく短剣を強引に僕は全力で振り下ろしてみせた。的は小さく、この手にある刃で貫通できるのかも怪しい。
だけど、ここでこの状況を打開できるかもしれない可能性が見えたのだから、ここで諦めたら食われて終わるか谷底へと落下して死ぬかだ。
この瞬間、僕はどのように展開が転がろうと受け入れてみせる覚悟をした。
「あああああああああっ!!!!」
今まで発した事のない漢らしい声が渓谷に反響すると同時に短剣は、亀裂のはいった黒竜の鱗を貫通していた。あの巨体のたった一つしかない弱点にまさか、見事命中するだなんて誰も予想できなかっただろう。
だけど、幸運値が最大ならば話は大きく変わる。
黒竜は苦痛にも似た絶叫を響かせ、壁に体を衝突させた。それでも尚、この手を緩めるワケにもいかないのだ。肉に埋まった短剣を両手で握りながら僕はありっけの筋力を腕へと込めて、刃をさらに奥へと深く突き刺した。
「ガァアアアアアアアアッ!?」
咆哮をあげながら黒竜を翼を大きく広げ、天へとむかって高く飛んでしまう。深く突き刺さった短剣を離さぬように握りしめる僕をひき剥がそうとしているのか、身体をひねりながら黒竜は高速で空中を旋回してみせる。
「ーーー離すものかぁああ!!」
噴出する血を全身に浴びながらも僕はさらに深く、肉をえぐり取る勢いで短剣を鱗の奥へと押し込んでみせる。どうなるかは予想は出来ない恐怖が心を蝕んでいく、だけどこの手だけは離してはいけない、そんな気がして仕方がない。
すると黒竜は、観念したように目を閉じて翼を折ったのだった。
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