S級冒険者パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる 〜勇者である妹より先に魔王討伐を目指す〜

英雄譚

第6話 『幸運なボクは女盗賊と迷宮へ』

 


 王都から南に離れた迷宮に辿りついた。
 荷物を掴む手は決して緩めたりはしない。
 油断したらいつ私物を盗られるのかが心配だ。


「荷物を盗んだりしない?」

「しないわ」

「裏切ったりしない?」

「しないわ」


 無表情に軽く受け流すように答えていくリンカに警戒が晴れない。
 とても信じられない。
 常に彼女の背後にまわって注意する。


「殺したりしないよね……?」

「なっ、するわけないでしょ! そんなに信じられないのなら、どうして易々とパーティに入れてくれたの?」

「昔、助けられた借りがあるからね。少しは信じてみたいんだ」


 ムッとした顔で振り向かれ、鋭い目で睨まれる。
 今のは流石に言いすぎた。


「それなら色々質問してこないでよ。信頼に足りたいなら、そうやって私を疑わないことを推奨するわ。しないと私もいつ手のひらを返すのかも分からないわよ」


 突然手を差し出されて、とっさにボクは後方へと引き下がった。


「もう」


 ボクの行動に呆れ、リンカは松明を手にして通路の先を進んだ。
 さすがは元幹部か、魔力により変異を起こしたモンスター『魔物』が湧いてくるたびに瞬殺している。

 一方、後方で唖然と彼女の背中についていっている自分。
 出番も隙もない状態だ。


「中層だから仕方ないんだけど、張り合いがないわね。どいつもこいつも」


 リンカの銀色の剣が空間を斬り裂き、先でスタンばっていた魔物に見えない斬撃が炸裂する。
 お見事と言うべきか、周囲の魔物を殲滅したばかりなのに息切れもしていない。

 まったく活躍を見せていないボクはその間にドロップした魔石を回収。
『漆黒の翼』にいた時とあまり変わらない役割だ。


「それで、あんたの標的はなに? 以前この迷宮に入ったことがあるんだよね?」

「ああ……」

 剣を鞘にチャキっとしまい、腕を組んで股を開きながらリンカは疑問をボクに質問した。


「前に倒し損ねた上層のボス、『サイクロプス』のリベンジをね。パーティ人数は申し分ないと思うんだけど、能力値が『聖剣士』と大差ないリンカさんが同行すれば討伐できるのかなぁって……思ってね」

「サイクロプスね。確か、金銀財宝が眠るところをよく守護している1つ目の魔物でしょ? 盗賊時代に1匹とは対峙したことあるけど、正直骨が折れる相手よ。怪我なしじゃ済まないかもね」


 ボクを見ながら肩をすくめて、両手のひらを上に向けてリンカは呆れ顔で溜め息を吐いた。
 見下したような、寄生虫を見るような眼だ。

 そんなボクに当てられる目線を怪訝に思ったのがフィオラだ。
 半目にさせてリンカを睨みつけていた。


「はぁ? なんなのあの女のネロ様を舐め腐ったような態度は! 我慢できないや!」


 リンカの背後めがけて突進しようとするフィオラを慌てて右手で制して小声で注意をする。


(……こらフィオラ、パーティメンバーに攻撃しちゃダメじゃないか)

(だって気に入らないんだもん、あの澄ました感じの女!)

(それじゃ仲間を攻撃してもいい理由にはならないよ。まだパーティに加入したばかりでボクらを知らない。ああいう態度を取ってしまうのも仕方ないのさ)

(でも……)


 ボクの言葉にしょんぼりと肩を落としてしまうフィオラ。
 彼女の小さな頭に手を置いた。


(大丈夫だって。後でボクの出番になったら彼女をギャフンっと言わせるから、心配しないで)


 微笑みながらそれだけを言ってボクは前へと歩んだ。
『漆黒の翼』でサイクロプスを倒すために挑んだ迷宮『アルゲイン』で中層は確かにショボイ。

 今のボクから見ても雑魚な魔物が多い。しかし、上層は違った。
 いくら盗賊団元幹部のリンカであろうと1人での戦闘は無理だ。
 勝ち目はない。



 ※※※※※※




 アイアンリザードという全身を硬化させるトカゲを相手に前線のリンカが苦戦していた。
 盾すら装備していない彼女では素早い動きで攻撃を繰り出すアイアンリザードでは相手が悪い。


「クッ……生意気なぁ」

「伏せて!!」


 と叫んだもののリンカは伏せたりはしない。
 仕方ないので彼女をつき飛ばして、アイアンリザードの腹部に回し蹴りをお見舞いした。

 そっこう硬化されるが、それをも砕く強烈な蹴りにより砕かれアイアンリザードは宙へと吹っ飛ばされ、壁にめり込んでしまう。


「え? え?」


 ポカーンとするリンカを尻目に、ボクは鞄から回復薬を取り出して彼女に投げ渡した。
 いい反応でキャッチされるが、見開かれた目を逸らそうとしない。


「……どうしたの? とっとと進まなきゃ奴らの援軍が来ちゃうよ」


 冗談のつもりがリンカは震えた様子で周りを見回してからボクの方へと接近した。


「わ、わ、わかってるわよ! 行けばいいんでしょ行けば! けど!」


 失礼にも指を差される。
 人に指を差してはいけないとお母さんに教わらなかったのかな。


「あんたが前線!  私は後方!  ふん、別に怖いんじゃなくて中層でずっと戦っていたから疲れただけよ。トカゲの1匹を倒した程度で調子に乗らないでよね。私だったらもっと早く片付けられたから! わかったかしら!?」


 隣で怒りにより震えるフィオラを抑えつけながら、ボクは素直にツンデレモードのリンカに頷いた。
 厄介ごとはゴメンだし、もしパーティ脱退を希望するのなら迷宮の外でだ。


「うん、わかった」


 珍しく動揺している自分がいた。
 あまりこういう人間関係に慣れていないせいか、後先が不安で仕方がない。



 ※※※※※※



「しっ、みつけた」


 前線で指を口に当てて後方のリンカにジェスチャーをした。
 ボクの指示に従いながらも、怪訝そうに足を止めた。


「どうしたのよ?」

「臭う」

「臭う……なにがよ?」

「糞」

「ふ、ふ……!? 」

「しかもサイクロプスのね」


 ふざけているつもりがないのに、リンカのチョップを頭に食らってしまった。
 先ほど仲間に攻撃してはいけない、とフィオラに注意したばかりのボクが馬鹿みたいだ。


「どうして分かるのよ!!?」

「しっ、聞こえるって!」


 自分の行いに驚き、フィオラはすぐさま自分の口を閉ざして手を当てた。


「嗅いだことはないんだけど、奴らの習性、食べている物、排泄する付近、全てサーチしているから推測したんだ。多分、この異様にクサイ臭いはサイクロプスのだってね」

「うわっ、本当だわ……鼻が曲がりそうな臭いだわ」

「私はなにも匂いませんね!」


 悪臭耐性でも身につけているのか、もう1つ持っていたら分けて欲しいものだ。
 それよりもだ、通路の角を曲がった先にサイクロプスは絶対に居るだろう、糞をしている。

 前回、トレス達と戦ったばかりなので弱っているはず。
 非道な方法『奇襲』を仕掛けるか、それとも正々堂々『正面』から攻撃を仕掛けるか。


「リンカさん、魔法は使える?」

「うん? 魔法というより似た能力は使えるわ。相手の魔法を盗むスキルぐらいかしら……? 先ほど倒してきた魔物の中に遠距離魔法も盗んでおいたから、火力はないものの陽動に使えるかも」


 自身なさげそうだが、誤魔化すようにリンカは汗を垂らしながらも笑ってみせた。
 カッコいい作り笑顔だ。それと流石は盗賊だ、スキルがずる賢い。


「それじゃまずリンカさんは奴の眼球に向かって盗んだ魔法で潰して。その間ボクが応戦して引きつけるから正確に当ててくれ!」

「はぁ? あんたに命令される義理ないんだけど?」


 フィオラが飛び出したので両手で止める。
 まぁ、ウザいのは分かるが堪えてくれ。
 今はパーティ同士で争っている場合ではない、ボスはもう目前ってところで倒れるわけにはいかない。


「だけど、策がないのなら仕方ないから乗ってやるわよ。安くないわよ?」


 金取るの!?

 とツッコんでいると、サイクロプスがボクらの存在に気がついてしまった。
 雄叫びが広い広間で反響して、体が固まっ……らない。


「こんな狭い通路での戦闘は不利だ! 今すぐ広間に行こう!」

「チッ、わかっているわよ!!」


 遂にボクは武器を手に取った。
 まだまだ貧相で小さな短剣だが、鞘から抜き取る瞬間にフィオラは短剣に息を吹きかけた。

 なにをしたのかは分からないが、突如短剣は光に包まれ重くなる。


「女神の息吹はどんな脆い刃でさえ進化させる」


 短剣は巨大な結晶の剣に姿を変えていた。
 捨てた松明の明かりが反射して、美しくギラギラと輝いていた。


「すごい……」

「喜ぶのは後ですわよネロ様。まずは実験体となる厄災を祓ってから笑いましょう」


 ボクの唇に指を当てて、フィオラはにんまりと笑った。
 結晶の剣をみながらボクは頷き、広間へと向かって走った。

 一足先にリンカが辿りついていた。
 真剣な形相を前方に立ち塞がる巨大な人型に向け、銀色の剣を抜く。


「遅いわよ、バカ」

「アレ……かわいいな」

「はあ!?」


『漆黒の翼』で感じた恐怖は不思議に湧いてこなかった。
 赤い一眼の魔物。ハゲた頭の持ち主のサイクロプスを見て抱いた印象は、同情のようなものだった。

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