ダイヤモンドより硬く輝いて
第15話 ギルド
 帝国から馬車に揺られて2日、僕達はミーリアル王国の首都、ミリシアに着いた。ミリシアは街の至る所に水路が流れており、まさに水の都だ。市場を見ても魚介類が多く並んでいて、産地直送ゆえにお値段も少し安い…魚が食べたい時はお財布に優しい。
 色々と見て回っているとロゼが駄々をこね出した。
「なー、ケントー、観光ばっかしてないで何か食べようよ、アタシお腹減った…」
「あ、ごめん…来るの初めてだったからちょっとワクワクしちゃって…」
「ふーん…そういえばケントってどこ出身なの?」
「…えっ…えーと」
 ま、マズイ、流石に異世界とは答えられない、よね?え、えっと…
「ケ、ケイニックだよ!うん!」
「…ふーん、じゃあ、お父さんとかお母さんは?」
「…父さんと母さんは、いない。事故で死んじゃった…」
「あ…ごめん、アタシそんなつもりじゃ…」
「うん、大丈夫。分かってるよ…そこから僕は孤児院で育って…イジメられて、飛び降りて…気がついたら師匠の家にいた…」
「…そう、か…」
 …マズイ、一気に空気が重くなってしまった。な、なんとか話題を変えなくては、そう思って僕はヴァントさんからもらったギルドハウスの譲渡書類を取り出す。
「えっと、ほら!知り合いのヴァントさんからもらったギルドハウスの譲渡書類!どこかで御飯食べたら確認の為にも冒険者協会にいこ!」
「ん…そう、だな…ごめんよ、アタシが空気暗くしちゃって…」
「いいんだよ、それより何食べたい?」
 何とか話題を変えられた…ロゼも気にしていたんだろう、すぐに話題に乗ってきて「なら、アタシはせっかくだから魚系が食べたい!」と言ったので、魚料理を扱っている酒場に入り、食事を摂る。この世界の酒場に来るの初めてだ…ゲームやアニメで見るよりも少し薄暗くはあるが、蝋燭の炎がそれを照らしている。僕達は入り口に近い位置に座り、魚のムニエルを注文した。
「これが、酒場かぁ…」
「え、来たことないの?」
「ははは…まあね…」
「へぇ…そんな人もいるんだ…アタシはしょっちゅう隊の皆と来てたけどねぇ…」
 僕が「へぇ」と言おうとした時、店の奥からガラスの割れる音が聞こえた。その直後に「ふざけんじゃねぇ!」と罵声もした。
「どうしたんだろ?」
「あー、やめときなよケント。酒場じゃよくあることさ」
 よくあること…見ると2人の男性が取っ組み合いの喧嘩を店の中でしている。店主が止めに入るが喧嘩をやめない。そんな中僕達は運ばれてきたムニエルを頬張り、お腹を満たす。不思議な感覚だった。
 食べ終わって支払いを済ませた後、僕達はミリシアにある冒険者協会へと向かった。このミリシアの冒険者協会は、帝国の首都にある協会の半分くらいの大きさで、豪華さも無く、赤いレンガ造りの3階建てのモダンな雰囲気の建物だった。扉を開けると、受付のカウンターは3つしかなく、人もまばらで、何もかも帝国とは比べものにならない。だが、唯一帝国より優っているのは…
「おや、いらっしゃい。見ない顔だけど…初めてここに来たのかな?」
 こちらの受付の男性は物腰が柔らかかった。
 僕が「はい、えっと、ギルドハウスの譲渡を…」と、書類を取り出そうとすると、
「…もしかして君、ケントって名前かな?」
「え…はい、そうですけど…」
「ああ、よかった!ケイニックのヴァント・キリオスさんからお手紙を預かっていてね…はいこれ」
 と、封筒を受け取り、中身を確認する。手紙にはこう書いてあった。
[ケント君へ
 この手紙を受け取る時はきっと君がミーリアルの首都、ミリシアの冒険者協会に着いた時だろう。冒険者にはなれたかな?頼りになる仲間は出来たかな?また泣いてはいないかい?心配が絶えません。さて、手紙を書いたのはユウキ…君の師匠に頼まれていた荷物を送ろうと思っているからなんだ。だから着いたら手紙を送って欲しい。
 追伸:ギルドハウスへは行ってみたかい?きっと喜ぶと思うよ。]
 …読み終えてからも僕は手紙から目を離さなかった。嬉しかったのだ、次第に涙が溢れて、手紙に雫が落ちる。
「ヴァント、さん…!」
「あーほらほらケント、泣くな。ヴァント・キリオスさんもこう言っ…て…?」
 ピタリとロゼが目を丸くして止まる。そして僕から手紙を取り上げて、手紙を読んでいる。
「ケ、ケント!アンタが言ってたヴァントさんって!あのヴァント・キリオス!?」
「…うぇ?ヴァントさんは、ヴァントさんだよ?」
「そうじゃなくて!英雄のヴァントか!?」
 ロゼが凄い剣幕で僕に迫る。ヴァントさんと知り合いなのだろうか?
「確か、師匠がそう言ってたけど…」
「何でそれを先に言わないの!ってか英雄に会ったの!?どんなだった!?」
「お、落ち着いてよ!周りの人にも迷惑かかっちゃうよ…」
 ロゼは「後で絶対聞くからな!」と僕に念押ししてから黙ったが、待っている間はずっとムズムズしている様子であった。
 僕はすぐさま受付の人に頼んで紙とペンを借り、簡単に返事を書いて送ってもらった。それからギルドハウスの譲渡書類を渡して不備がない事を確認してもらい、ギルドハウスの鍵と住所が書かれたメモが手渡され、僕達はどんなギルドハウスか見に行くことになった。
「た、楽しみだね、ロゼ!」
 ギルドハウスは街の中でも少し林になっている場所にあるらしく、そこまで徒歩で向かう。
「…それよりアンタ、どういうことなのさ?英雄が知り合いなんて…羨ましいよ」
「ん…師匠の昔の仲間だったんだ」
「え!?アンタの師匠って…!」
「…ノールド・トラヴィス、だけど」
 それを聞いてロゼは絶句する。が、すぐに立ち直り、
「ア、アンタ!マジで!?え?伝説の勇者の弟子!?ホントに!?」
「伝説の勇者かは分からないけど…師匠は師匠だよ」
「なんて羨ましい…!やっぱりすごかった?」
 ロゼは目をキラキラと輝かせている。そんなに凄い人だったんだ…でも、だとしたら何でそんな凄い人が僕なんかを…?
「…すごかったよ。僕に勇気をくれた人なんだ…もう一度、頑張ろうって思わせてくれた」
「…あ…そっかノールドさんが師匠ってことは…」
「…そう。シンに、師匠は…」
「ごめん!本当にごめん!今日だけで2回も!アタシ、小さい頃から英雄が大好きで…舞い上がっちゃって…」
 ロゼがシュンとなって、歩みが遅くなる。分かってる。誰にだって舞い上がっちゃうことはある。
「ロゼ、いいんだよ。僕怒ってないし、それに、僕でよかったら師匠の話、するよ?」
「ケント…」
 そこからちょっとだけ師匠の話をした。シチューを作るのが上手だとか、練習だと言って仕掛けた罠の趣味が悪いだとか、そんな話だったが、ロゼは真剣に聴き入っていた。
 師匠の話をしながら歩いていると、林の奥の方に家の屋根らしきものを見つけた。
「それで……あ、ギルドハウスって…あれ、かな?」
「そう、なんじゃない?まあ近くまで行けば分かるでしょ」
 近くまで行ってみると、2階建てで木造の大きなコテージがあった。裏には綺麗な泉もあり、過ごしやすい雰囲気である。冒険者協会の話だと、数日前にヴァントさんが清掃などを頼んでいてくれたらしい。
 中に入ってみると、玄関は広く天井には小さいながらもシャンデリアがあり、食堂や各自が過ごすであろう部屋には一通りの家具は揃っていて、お風呂は和風な温泉で、至れり尽くせりだ。
「…すごい…これが師匠達の使ってたギルドハウス…!」
「英雄達はここで過ごしていたんだ…!アタシがそんな場所に居られるなんて…お?ケント!修練場もあるぞ!アタシがみっちり鍛えてやるからな!」
「あ、あはは…お手柔らかに…」
 個人の自室に出来るような部屋は7つあって、僕達はそれぞれ自分の部屋を決めて荷物を降ろす。今までずっとリュックを背負ってきたがやっと降ろせる。フライパンや鍋は後で台所へ持っていこう。師匠から貰った辞典はいつも持ち歩きたいから…ちょっと小さめのリュックをまた買いに行こうかな…。そうやって自分の部屋を整理していると、急にロゼが入ってきて、
「なーケント、模擬戦するか依頼受けに行こうよー、アタシ退屈だよ…」
「ロゼ、自分の部屋の整理は済んだの?」
「とっくに済んでるよ、だってアタシ荷物ほとんど無いもん」
「あー、そっか…ごめんね、街へ行ってどんな依頼があるか見てみようか」
 身支度を整えて街へ向かう。鉱石の辞典は持っているが、背中にリュックを背負っていないから体が軽い。
 冒険者協会へ向かって、依頼を受けようとしたその道すがら…
「あれ…あの人…」
 1人の見覚えのある半獣人族の男性が、3名の冒険者らしき人達に囲まれているが…なにやら様子がおかしい…
「オイ、オッサン!立てよ!こんだけしか持ってないのか?ジャンプしろオラ!」
「ギャハハ!いいねぇ!」
「ちょっとぉ、やめたげなよ、キャハハハハ!笑えるぅ!」
「…ハ、ハハ…勘弁してくれよ…オジサンもう何も持ってないんだよ…」
「はあ?おいシラヌイとか言ったか?お前まだ服があるじゃねえかよ!それ売ってこいよ!」
「なっ…!それは無いだろ!」
「ああん?ギルド、入りたいんだろ?お前みたいな役に立たないオッサン、うち以外じゃ誰も入れてくれないんだからよ!ちったあ役に立てよ!」
 そう、彼はシラヌイさん。以前僕と一緒に戦ってくれて、僕に倒すこと以外の勝利を教えてくれた人…!その人が…あんな…!
「…あのオジサン、可哀想にな……?あ、ねぇケント!?」
 気がついたら僕はシラヌイさんと冒険者達との間に割って入り、両手をを広げて立ち塞がる。
「お、お前…!ケントか!?」
「ああ?なんだこのガキ?」
「……ッ!シラヌイさん!大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ…だが、なんで…?」
「分かりません!でも!助けたいって思ったんです!だから!」
「お前…」
 相手は3人……でも!僕はーーー
「やめてくれ…」
「え…」
「やめて、くれ…これ以上…俺をミジメにしないでくれ…やっと見つけたギルドなんだ…だから…」
「そ、そんな…」
 シラヌイさんはヨロヨロと立ち上がって、冒険者達の方へ歩く。
「すまんな、ケント…無事に辿り着けたようで何よりだ…だが…俺にはもう…関わらない方がいい…」
「…ケッ、なんか興ざめだぜ、おいシラヌイ、メシ買って来いよ。お前の最後の所持金でな、俺達は宿にいっからよ」
「はい…分かり、ました…リーダー」
「シラヌイさんッ!いいんですか!?そんな!!」
「…ッ…いいんだよッ!!……悪いな……」
 3人組は立ち去り、シラヌイさんも街の方へと歩いて行く。そんな彼の背中はくたびれていて、以前のシラヌイさんとは思えなく、去って行く彼に声を掛ける事が出来なかった…。
「…ケント、あれアンタの知り合い?」
「…うん、シラヌイさん。ケイニックから帝国へ行くまでの間、色々お世話になった人…」
「…なんか、アイツらにいいように使われてるようにしか見えないんだけど…」
「…うん………ごめんロゼ、今日はちょっと協会に行けそうにない…」
「ああ、分かったよ。そうだ、今日はアタシが飯作ってやるよ!だから…元気だせ、な?」
 ロゼが背中をさすって慰めてくれる…。だが…シラヌイさんには慰めてくれる人すらいない……どうにか、ならないのか?
 …クソ…俺は一体何をやっているんだろうな…せっかくケントが助けに来てくれたってのに…俺は…俺って奴は…
「すまねぇ…ケント……」
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