ダイヤモンドより硬く輝いて
第11話 旅の始まり
 馬車に揺られてしばらく、この馬車が帝国経由なのに憂鬱になっていた。
「…はぁ…どうしよう…」
「なんだなんだぁ?若い奴がため息ついちまって…」
 馬車の出発前に駆け込んできた中年の男性が話しかけてきた。
「え、えっと…」
「あー、怪しいものじゃないぜ?俺はシラヌイ。フリーの傭兵さ…まあ、ここ3ヶ月くらい仕事は無かったがな…」
「は、はぁ…」
「すまんすまん、で?どうした?」
「あの…ミーリアルの途中で帝国に行くのが不安で…」
「不安?何でだ?帝国なんて仕事に溢れて生活に困らないぜ?」
「………」
 この人は、帝国のやり方を知らないのか…?
「…冗談だよ、帝国が各国に侵攻を始めてるのは知ってるさ、でもな?時代ってのは勝手に動いていくもんさ、俺みたいなオジサンにはせいぜいこのナイフとマスケット銃くらいしか動かせんしな」
「…でも…」
「いいかボウズ、帝国で捕まりたくなきゃあ、帝国の悪口はやめとくんだな、たまには長い物に巻かれるのもいいもんだぜ?」
 ………。世の中には色々な考え方の人がいる。このオジサンも僕も、考えは違う。分かってるつもりだけど…
……………
………
…
 その日の夜は、馬車に乗り合わせている人達で野宿となった。食べ物は御者の人から買うか、自分で持ち込むかだ。僕はリュックからパンとジャーキーを取り出し、さらにチーズを焚火で炙り、上にかける。食べようとしたら、後ろからグウゥゥと音が聞こえて、振り返るとヨダレを垂らしたシラヌイがいた。
「…えっと、あの…」
「………(ジーッ)」
「…シラヌイ、さん?」
「ハッ…い、いやすまねぇ、美味そうに見えたもんでな…気にせず食ってくれ」
「は、はぁ…シラヌイさんは、何か食べないんですか?」
「俺はいいんだよ、オジサンはお腹空かないのさ、ハハハハ…」
 しかし、やはりグウゥゥと空腹の音がする。
「……あぁ、そうだよ。3ヶ月仕事なかったんだ…馬車代を払ったらもう手持ちは数えるくらいしかねぇ…つらいもんだぜ…」
 リュックにはまだ食料あるし…うん。別にいいよね、困った時はお互い様だ。
「シラヌイさん、よかったらこれどうぞ」
 と、リュックから別のパンとジャーキーとチーズを出して、シラヌイさんへ渡す。すると狼の半獣人の耳と尻尾をピンと立てながら、「いいのか!?」と、喜びが混じった声を上げる。
「…すまねぇな、借りが出来ちまった…いずれ倍以上にして返すぜ!恩にきる!」
 パンを受け取ると、ガツガツを食べ始める。ものの1分もかからずに平らげる。
「ふぅー、2日ぶりの飯はうめぇなぁ!」
「そんなに食べてなかったんですか?」
「ん?あぁ…貯金切り崩しながらだったからなぁ…飯食う金があるんなら、少しでも弾丸とかの金に回す方がいいと思ってな」
「マスケット銃…でしたっけ?」
 マスケット銃、師匠の講義で聞いたし、元の世界でもゲームとかで見たけれど、実際に持ってる人を見るのは初めてだ。シラヌイさんは「あぁ、コイツか?」と言って腰のケースから取り出す。
「俺は風の属性なもんでな、銃との相性は比較的いい方なんだ、だからコイツを使ってる」
「でも、そういえばなんですけど…ナイフも持ってましたよね?」
「おう、銃の弾が切れたり、接近戦だったりすると銃よりもナイフの方が何かと便利だったりするからな、銃使いなら結構持ってるぜ」
「へぇ…」
 意外と理に適っているんだな…この世界の銃は火薬だけでなく、魔法も必要って師匠が言っていたけど…どんな感じで魔法を込めるんだろうか?
「…そういえば、えっと名前聞いてたっけ?」
「い、いえ、まだ。僕は風信 研人っていいます」
「…フウシン…?なんつーか親は個性的な名を付けたもんだな」
「あ、そうじゃなくて、風信が苗字で研人が名前です」
「え、そうなのか?」
 あぁ、この世界では外国と同じように名前が先で苗字が後に来るのか…覚えておこう。
「あー、で、ケントは何しにミーリアルへ行くんだ?」
「…僕は、冒険者になって、強くなりに行くんです」
「強くなりに?そりゃまたどうして?」
「実は…」
……………
………
…
「お゛ま゛え゛、く゛ろ゛う゛し゛た゛ん゛た゛な゛ぁ゛!」
 これまでの経緯、といっても師匠の正体はボヤかし、この世界に来てからの事だけを話した。が、シラヌイさんがそれを聞いて、目の前で漢泣きをしている。
「ズビッ!そりゃあ帝国恨むわなぁ!許せん!」
「許せないっていうのもありますが、それよりも帝国を止めたいっていう気持ちの方が大きいです、かね…」
「エライッ!俺なんかよりよっぽどエライ!」
 うんうん、とシラヌイさんは涙を流しながら頭を縦に振る。この人、涙脆いんだなぁ…
「ってことは冒険者登録はしてるのかい?」
「へ?」
 冒険者登録?そんなものが必要なのか?
「まだなら…そうだな、帝国の冒険者協会で登録するといい。ちょうど立ち寄るしな」
「冒険者、協会?」
「…おいおい、冒険者が依頼を受けたり、冒険者になる奴が書類を出しに行ったりする場所じゃないか…知らないのか?」
「…はい、お恥ずかしながら…」
「…しゃーねーな、飯の礼もあるし、帝国に着いたら連れてってやるよ」
「いいんですか!?」
「あぁ、そのくらい訳ないさ、あー、ジャーキーもう1枚くれないか?」
「はい、どうぞ」
 いやぁ、よかった。登録とか協会とか聞いた時はどうなるかと思ったけど…なんとかなりそうだ
「グウゥゥゥッ…」
「え?シラヌイさんまだお腹減ってるんですか?」
「ん?いや今のは俺じゃないぜ?」
「へ?じゃあ…」
 恐る恐る振り返るとそこには…
「グウゥゥ!ガウッ!」
「うわぁぁぁ!?」
 そこには5メートル程の大きな熊がいた!
「うわー!」「キャーッ!」「に、逃げろぉ!」
 馬車に乗り合わせていた他の乗客達は皆、馬車の後ろや岩の陰へと隠れていく、そんな中で1人、シラヌイさんが銃とナイフを抜く。
「チッ…マウンテンベアとはな…こんな平地になんでいやがるんだ…」
「シラヌイさん!危ないですよ!」
「何言ってんだ!ここでやらねぇと皆やられちまうぜ!?」
「それは…」
「それに!戦えるのは俺達だけらしいぜ?」
「え?」
 岩陰や馬車の陰に隠れている人を見ると、商人や、老人。親子連れといった戦闘とは縁のない人達しかいなかった。シラヌイさんが言う通り、戦えるのは僕達だけ。
「…やるしか…ないのか…」
「そうだぜ!強くなるんだろ?コイツを超えなきゃ強くなんてなれないぜ!」
「よ、よおし!」
 僕とシラヌイさんはマウンテンベアに向き合って、構える。
「グオォォォ!」
 鋭い爪がシラヌイさんを目掛けて振り下ろされる!だが、
「おおっと、みすみすやられないぜ?アボイドッ!」
 爪が命中する紙一重で攻撃を回避する。その回避と同時にナイフでカウンターを仕掛ける。
「援護します!黒曜弾!」
 撃ち出された黒曜弾はマウンテンベアの腹部に命中する。だが、ビクともしない。
「鼻だ!鼻を狙え!」
「分かりました!」
 …でも、動いていて狙いが定まらない…!
「黒曜弾!黒曜弾ッ!」
「おいおいッ!早めに!頼むッ!」
「分かって、ます!」
「しゃーねーなッ!ちっとばかり危ねえが…!スキを作るから頼むぜ!」
 そう言って回避してからシラヌイさんは今度はマウンテンベアに組みつく!
「ぐおッ!おっと!今だ!」
 マウンテンベアが組みついたシラヌイさんに気を取られ、動きが鈍くなる。これなら!
「黒曜弾ッ!!」
 放った黒曜弾は、マウンテンベアの鼻に命中する。
「グオォォォォウッ!!」
 マウンテンベアは巨体を大きく仰け反らせ、体勢を崩す。シラヌイさんは組みつくのをやめて、僕の近くへ飛び降りる。
「上出来だ!あとは、この特製の弾丸を…!」
 マスケット銃に黄色い弾丸が装填される。
「あの、シラヌイさん?その弾丸は一体…?」
「まー、見とけって!」
「グオウッ!」
 マウンテンベアが体勢を立て直しこちらに突進してくる!
「いい素早さだ!だが…俺が引き金を引く方が早いぜ!」
 バァンッ!と弾丸が撃ち出され、その弾丸はマウンテンベアの鼻に命中し、黄色い液体を散らす。
「グ、グオゥッ!?グウゥッ!グアゥッ!」
 弾丸が当たって、のたうちまわる。あの黄色い液体は何だ?
「ふふん!どうだ!激辛マスタード弾の威力は!鼻の傷に沁みるだろう!」
「マスタード…弾…?」
 マウンテンベアはしばらくその場でのたうった後、逃げるように去って行った。
「ふぃー、なんとかなったな」
「シラヌイさん!大丈夫ですか!?」
「あー、大丈夫。どこも怪我は無いさ」
「…でも、なんでマスタードを?」
「あん?なんでって、殺さない為さ」
「え…」
 以外だった。相手は命を狙っていただろうに、シラヌイさんは殺さない選択をするなんて…
「…おいおい、相手は動物だぜ?魔物じゃないんだ。それにアイツだって、元いた住処を追われたから山からこんなとこまで来たんだろうよ、かわいそうだぜ?」
「でも、強くなる為って…」
「…いいか?殺して強くなるよりも、殺さずに強くなる方がよっぽどいいぜ?それに…見てみな」
 そう促されて振り返る。隠れていた人達が出てきて歓声を上げる。
「皆に死体を見せるのは、気が引けるしな。ちっさい子どももいることだし」
 …そこまで考えていたんだ。あの戦いで。僕はただ魔法を当てるのに夢中で、それ以外考えていなかった…
「…何だ?しょぼくれた顔して、さてはしょうもないことを考えてやがるな?」
「…え、あ、はい…」
「ケント、多分お前戦いの経験浅いだろ?そういう時期は攻撃を当てることばかりに考えがいってしまうものだぜ、戦っていくうちに色々考えられるようになるさ」
「…シラヌイさんもそうだったんですか?」
「ああそうさ、誰だってそう。あと、覚えておくとすれば、殺したり倒したりすることだけが勝利じゃないって覚えておけ、いい男になるには必要だぜ?」
「…はい!!」
「いい返事だ。…さ、皆のとこへ行こうぜ!運が良ければ何か御馳走してもらえるかもしれないぜ?」
「…やっぱりお腹減ってたんですか?」
「たはは…まあな…」
 乗客の皆のところへ戻った僕達は、お礼として美味しいものを分けてもらった。シラヌイさんなんか葡萄酒を貰って上機嫌になって一気飲みをして…その夜は楽しい宴になった。寝る時もキャンプみたいで楽しくて、ワクワクした。…仲間がいれば、毎日がこんな感じなんだろうなぁ………。
 殺したり倒したりすること以外の勝利、か…僕も、シラヌイさんみたいに出来るかな…そう思い、その日は眠りについたのだった。
「…はぁ…どうしよう…」
「なんだなんだぁ?若い奴がため息ついちまって…」
 馬車の出発前に駆け込んできた中年の男性が話しかけてきた。
「え、えっと…」
「あー、怪しいものじゃないぜ?俺はシラヌイ。フリーの傭兵さ…まあ、ここ3ヶ月くらい仕事は無かったがな…」
「は、はぁ…」
「すまんすまん、で?どうした?」
「あの…ミーリアルの途中で帝国に行くのが不安で…」
「不安?何でだ?帝国なんて仕事に溢れて生活に困らないぜ?」
「………」
 この人は、帝国のやり方を知らないのか…?
「…冗談だよ、帝国が各国に侵攻を始めてるのは知ってるさ、でもな?時代ってのは勝手に動いていくもんさ、俺みたいなオジサンにはせいぜいこのナイフとマスケット銃くらいしか動かせんしな」
「…でも…」
「いいかボウズ、帝国で捕まりたくなきゃあ、帝国の悪口はやめとくんだな、たまには長い物に巻かれるのもいいもんだぜ?」
 ………。世の中には色々な考え方の人がいる。このオジサンも僕も、考えは違う。分かってるつもりだけど…
……………
………
…
 その日の夜は、馬車に乗り合わせている人達で野宿となった。食べ物は御者の人から買うか、自分で持ち込むかだ。僕はリュックからパンとジャーキーを取り出し、さらにチーズを焚火で炙り、上にかける。食べようとしたら、後ろからグウゥゥと音が聞こえて、振り返るとヨダレを垂らしたシラヌイがいた。
「…えっと、あの…」
「………(ジーッ)」
「…シラヌイ、さん?」
「ハッ…い、いやすまねぇ、美味そうに見えたもんでな…気にせず食ってくれ」
「は、はぁ…シラヌイさんは、何か食べないんですか?」
「俺はいいんだよ、オジサンはお腹空かないのさ、ハハハハ…」
 しかし、やはりグウゥゥと空腹の音がする。
「……あぁ、そうだよ。3ヶ月仕事なかったんだ…馬車代を払ったらもう手持ちは数えるくらいしかねぇ…つらいもんだぜ…」
 リュックにはまだ食料あるし…うん。別にいいよね、困った時はお互い様だ。
「シラヌイさん、よかったらこれどうぞ」
 と、リュックから別のパンとジャーキーとチーズを出して、シラヌイさんへ渡す。すると狼の半獣人の耳と尻尾をピンと立てながら、「いいのか!?」と、喜びが混じった声を上げる。
「…すまねぇな、借りが出来ちまった…いずれ倍以上にして返すぜ!恩にきる!」
 パンを受け取ると、ガツガツを食べ始める。ものの1分もかからずに平らげる。
「ふぅー、2日ぶりの飯はうめぇなぁ!」
「そんなに食べてなかったんですか?」
「ん?あぁ…貯金切り崩しながらだったからなぁ…飯食う金があるんなら、少しでも弾丸とかの金に回す方がいいと思ってな」
「マスケット銃…でしたっけ?」
 マスケット銃、師匠の講義で聞いたし、元の世界でもゲームとかで見たけれど、実際に持ってる人を見るのは初めてだ。シラヌイさんは「あぁ、コイツか?」と言って腰のケースから取り出す。
「俺は風の属性なもんでな、銃との相性は比較的いい方なんだ、だからコイツを使ってる」
「でも、そういえばなんですけど…ナイフも持ってましたよね?」
「おう、銃の弾が切れたり、接近戦だったりすると銃よりもナイフの方が何かと便利だったりするからな、銃使いなら結構持ってるぜ」
「へぇ…」
 意外と理に適っているんだな…この世界の銃は火薬だけでなく、魔法も必要って師匠が言っていたけど…どんな感じで魔法を込めるんだろうか?
「…そういえば、えっと名前聞いてたっけ?」
「い、いえ、まだ。僕は風信 研人っていいます」
「…フウシン…?なんつーか親は個性的な名を付けたもんだな」
「あ、そうじゃなくて、風信が苗字で研人が名前です」
「え、そうなのか?」
 あぁ、この世界では外国と同じように名前が先で苗字が後に来るのか…覚えておこう。
「あー、で、ケントは何しにミーリアルへ行くんだ?」
「…僕は、冒険者になって、強くなりに行くんです」
「強くなりに?そりゃまたどうして?」
「実は…」
……………
………
…
「お゛ま゛え゛、く゛ろ゛う゛し゛た゛ん゛た゛な゛ぁ゛!」
 これまでの経緯、といっても師匠の正体はボヤかし、この世界に来てからの事だけを話した。が、シラヌイさんがそれを聞いて、目の前で漢泣きをしている。
「ズビッ!そりゃあ帝国恨むわなぁ!許せん!」
「許せないっていうのもありますが、それよりも帝国を止めたいっていう気持ちの方が大きいです、かね…」
「エライッ!俺なんかよりよっぽどエライ!」
 うんうん、とシラヌイさんは涙を流しながら頭を縦に振る。この人、涙脆いんだなぁ…
「ってことは冒険者登録はしてるのかい?」
「へ?」
 冒険者登録?そんなものが必要なのか?
「まだなら…そうだな、帝国の冒険者協会で登録するといい。ちょうど立ち寄るしな」
「冒険者、協会?」
「…おいおい、冒険者が依頼を受けたり、冒険者になる奴が書類を出しに行ったりする場所じゃないか…知らないのか?」
「…はい、お恥ずかしながら…」
「…しゃーねーな、飯の礼もあるし、帝国に着いたら連れてってやるよ」
「いいんですか!?」
「あぁ、そのくらい訳ないさ、あー、ジャーキーもう1枚くれないか?」
「はい、どうぞ」
 いやぁ、よかった。登録とか協会とか聞いた時はどうなるかと思ったけど…なんとかなりそうだ
「グウゥゥゥッ…」
「え?シラヌイさんまだお腹減ってるんですか?」
「ん?いや今のは俺じゃないぜ?」
「へ?じゃあ…」
 恐る恐る振り返るとそこには…
「グウゥゥ!ガウッ!」
「うわぁぁぁ!?」
 そこには5メートル程の大きな熊がいた!
「うわー!」「キャーッ!」「に、逃げろぉ!」
 馬車に乗り合わせていた他の乗客達は皆、馬車の後ろや岩の陰へと隠れていく、そんな中で1人、シラヌイさんが銃とナイフを抜く。
「チッ…マウンテンベアとはな…こんな平地になんでいやがるんだ…」
「シラヌイさん!危ないですよ!」
「何言ってんだ!ここでやらねぇと皆やられちまうぜ!?」
「それは…」
「それに!戦えるのは俺達だけらしいぜ?」
「え?」
 岩陰や馬車の陰に隠れている人を見ると、商人や、老人。親子連れといった戦闘とは縁のない人達しかいなかった。シラヌイさんが言う通り、戦えるのは僕達だけ。
「…やるしか…ないのか…」
「そうだぜ!強くなるんだろ?コイツを超えなきゃ強くなんてなれないぜ!」
「よ、よおし!」
 僕とシラヌイさんはマウンテンベアに向き合って、構える。
「グオォォォ!」
 鋭い爪がシラヌイさんを目掛けて振り下ろされる!だが、
「おおっと、みすみすやられないぜ?アボイドッ!」
 爪が命中する紙一重で攻撃を回避する。その回避と同時にナイフでカウンターを仕掛ける。
「援護します!黒曜弾!」
 撃ち出された黒曜弾はマウンテンベアの腹部に命中する。だが、ビクともしない。
「鼻だ!鼻を狙え!」
「分かりました!」
 …でも、動いていて狙いが定まらない…!
「黒曜弾!黒曜弾ッ!」
「おいおいッ!早めに!頼むッ!」
「分かって、ます!」
「しゃーねーなッ!ちっとばかり危ねえが…!スキを作るから頼むぜ!」
 そう言って回避してからシラヌイさんは今度はマウンテンベアに組みつく!
「ぐおッ!おっと!今だ!」
 マウンテンベアが組みついたシラヌイさんに気を取られ、動きが鈍くなる。これなら!
「黒曜弾ッ!!」
 放った黒曜弾は、マウンテンベアの鼻に命中する。
「グオォォォォウッ!!」
 マウンテンベアは巨体を大きく仰け反らせ、体勢を崩す。シラヌイさんは組みつくのをやめて、僕の近くへ飛び降りる。
「上出来だ!あとは、この特製の弾丸を…!」
 マスケット銃に黄色い弾丸が装填される。
「あの、シラヌイさん?その弾丸は一体…?」
「まー、見とけって!」
「グオウッ!」
 マウンテンベアが体勢を立て直しこちらに突進してくる!
「いい素早さだ!だが…俺が引き金を引く方が早いぜ!」
 バァンッ!と弾丸が撃ち出され、その弾丸はマウンテンベアの鼻に命中し、黄色い液体を散らす。
「グ、グオゥッ!?グウゥッ!グアゥッ!」
 弾丸が当たって、のたうちまわる。あの黄色い液体は何だ?
「ふふん!どうだ!激辛マスタード弾の威力は!鼻の傷に沁みるだろう!」
「マスタード…弾…?」
 マウンテンベアはしばらくその場でのたうった後、逃げるように去って行った。
「ふぃー、なんとかなったな」
「シラヌイさん!大丈夫ですか!?」
「あー、大丈夫。どこも怪我は無いさ」
「…でも、なんでマスタードを?」
「あん?なんでって、殺さない為さ」
「え…」
 以外だった。相手は命を狙っていただろうに、シラヌイさんは殺さない選択をするなんて…
「…おいおい、相手は動物だぜ?魔物じゃないんだ。それにアイツだって、元いた住処を追われたから山からこんなとこまで来たんだろうよ、かわいそうだぜ?」
「でも、強くなる為って…」
「…いいか?殺して強くなるよりも、殺さずに強くなる方がよっぽどいいぜ?それに…見てみな」
 そう促されて振り返る。隠れていた人達が出てきて歓声を上げる。
「皆に死体を見せるのは、気が引けるしな。ちっさい子どももいることだし」
 …そこまで考えていたんだ。あの戦いで。僕はただ魔法を当てるのに夢中で、それ以外考えていなかった…
「…何だ?しょぼくれた顔して、さてはしょうもないことを考えてやがるな?」
「…え、あ、はい…」
「ケント、多分お前戦いの経験浅いだろ?そういう時期は攻撃を当てることばかりに考えがいってしまうものだぜ、戦っていくうちに色々考えられるようになるさ」
「…シラヌイさんもそうだったんですか?」
「ああそうさ、誰だってそう。あと、覚えておくとすれば、殺したり倒したりすることだけが勝利じゃないって覚えておけ、いい男になるには必要だぜ?」
「…はい!!」
「いい返事だ。…さ、皆のとこへ行こうぜ!運が良ければ何か御馳走してもらえるかもしれないぜ?」
「…やっぱりお腹減ってたんですか?」
「たはは…まあな…」
 乗客の皆のところへ戻った僕達は、お礼として美味しいものを分けてもらった。シラヌイさんなんか葡萄酒を貰って上機嫌になって一気飲みをして…その夜は楽しい宴になった。寝る時もキャンプみたいで楽しくて、ワクワクした。…仲間がいれば、毎日がこんな感じなんだろうなぁ………。
 殺したり倒したりすること以外の勝利、か…僕も、シラヌイさんみたいに出来るかな…そう思い、その日は眠りについたのだった。
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